【Blue Rose 8−2】

『青は藍より出でて藍より青し』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。 











 
 
  「なぁ、俺ら新年なのに冴えなくない?」
平助がソファに寄りかかってゲームのコントローラを動かしながらぼんやり言う。僕も格闘ゲームの試合を途中でコントローラーと一緒に放り投げた。
「激しく同感」
一君は参考書から目をあげた。
「少しは前向きなことをしたらどうだ。受験勉強とか」
「受験生になったらね」

 今日は三が日がようやくあけた1月4日。結局お雑煮食べてそのままだらだらして一君ちに泊まった僕たち三人は、午前中の11時にまったりとだらだらしていた。外に行くのも寒いし、特に用事もないし……。
「総司は千鶴と仲直りすればいいじゃん。せっかく冬休みなんだしさ」
平助の言葉に、僕は机の上に置いたままの一度も鳴らない携帯をちらりと見た。
「もともと今日は千鶴ちゃんは駄目なんだよ。なんかクラスの女子んちで集まってお菓子つくるんだって」
冬休み前から聞いてた千鶴ちゃんの予定。そう、今日はどっちにしろ会えなかったんだ。きっと千鶴ちゃんも昨日のこと後悔して謝りたいと思ってるんだろうけど、友達との約束があって連絡ができないだけなんだよ。うん、きっとそう。

 僕の言葉に、平助が、おっ、という顔をして、もうそんな季節か〜、と言った。
「何?季節って?」
僕が聞くと平助は答える。
「ほら、あれだよ。バレンタインデーのチョコづくりの練習みたいな?毎年千鶴やってんぜ。俺も何回も試食させてもらって、なんかケーキみたいなのと、鹿のうんこみたいなチョコとどっちがおいしいか、とか意見きかれたりさー」
「鹿のうんこではないだろう。多分それはトリュフではないか」
我慢できなかったらしく一君がつっこんだ。
「そうそう!それ。とりふ、とか言ってたやつ。……はぁ、いいねぇ女子はなんつーか……華やかでさ」
平助はそう言ってよどんだリビングの空気を見渡した。
「一人でどんより空気を出してる空気汚染機みたいなやつもいるしさぁ」
「……誰の事かな……?」
僕が黒く笑った時、平助の携帯が鳴った。メールの着信だったみたいで、確認した平助は、おおっ!と小さく呟いた。
「ナイスタイミングでコンパのお誘いがきたぜ。どーする?島原女子の子たちとだってさ。俺たちご指名らしーけど」

 「コンパか〜。最近行ってないよね」
と、僕。
「一年の時はよく行ったな」
そういう一君に、僕は答える。
「一君も来るとは思ってなかったけど、結構参加してたよね」
「父から、いろんな人物と交流を広げ交わるように、と言われている。コンパはいい機会だ」
「コンパも当たり外れがあるからなぁ……。ノリが悪くて『あんたたち私たちを楽しませてよ』みたいな子たちだと、なんで俺こんなとこにいなくちゃいけないんだろう……って悲しくなるんだよな。あんな短い時間じゃ、あんまり仲良くなれねーしな…。どうする?断る?行く?」
平助の言葉に僕は考え込んだ。
「……これで、コンパに行ったらさ、千鶴ちゃんどうするかな?ちょっとは嫉妬とかすると思う?」
それでもうちょっと危機感とか持ってくれるかな。
そんな僕のよこしまな思いは一君に一刀両断された。
「千鶴はそういった駆け引き的なことにはむかないだろう。そういうことをしたいのなら千鶴と別れて別の女子とすればいい。それにそんな動機で参加するのはコンパの相手の女子にも失礼だ」
「じゃあ純粋に気晴らししたいから、って参加するのはOKなんだ?」
そう言う僕に、平助がちょっと慌てたように言う。
「おいおい、総司前科あんだろ」
「……あるけどさぁ…」
ヤケ気味に僕がつぶやいたとき、僕の携帯メールがなった。平助と共通の友達が多いから、僕のところにも同じコンパのお誘いメールを送ってきたんだろう。携帯を見てみると……。

 「千鶴ちゃんからだ……」

思わず座りなおしてメールを開ける。


     『昨日はごめんなさい。
    これから沖田先輩と会うときは、
    ジーンズとゆったりした服を
    着るようにします。』


 僕は吹き出した。
本当に洋服だけのことであんなケンカになったと思ってる千鶴ちゃんが、可愛くて、愛おしくて。
わざと焦らされてるのかと思ってたけど、千鶴ちゃんはきっと僕がこんなに悶々としてることにあんまり気づいていない。多分知識としては知ってるんだろうけど、それがどれだけ男の行動を支配してるのかは知らないんだろう。

 ……わかってたんだけどね。でも、本能に振り回されちゃってわかんなくなっちゃうんだよな……。

僕は自分に小さく溜息をついた。そして携帯を操作して、千鶴ちゃんに電話をかける。
もうちょっと返事を送らせて千鶴ちゃんを不安にさせたり焦らしたりすればいいんだろうけど、そんなことして焦らされるのは自分の方だし。
『はい?』
「やっぱり見るだけでも楽しみたいから、ジーンズとゆったりした服はやめて」
いきなりそう言った僕に、彼女はしばらく沈黙して……。
『……はい。』
と、優しく答えてくれた。
「今どこ?友達んち?」
『そうです。ケーキ作ってるところで……』
「ねぇ、平助と一君もいるんだけど、試食係はいらない?」
『え……?試食ですか?平助君と斎藤先輩も?でもここお友達の家で……』

 千鶴ちゃんの言葉にかぶせるように、携帯のむこうから キャーーー!!!と叫ぶ悲鳴のような黄色い声が聞こえてきた。千鶴ちゃんが携帯の向こうで友達と話してる声が途切れ途切れに聞こえて……。
『あ、あの……大大大歓迎です!!!……だ、そうです。』

 

 

 コンパにはいまいち乗り気でなかった一君も平助も、このおよばれには乗り気なようだった。
「こういう何気ないかんじがいいよな〜!コンパっていまいちお互いかまえちゃっててさー。菓子も食べれるし」
「菓子づくりはしたことはないが、興味はある。何か学ぶものがあるかもしれん」
寒い北風の吹く中、ほくほくした顔の男三人で、千鶴ちゃんの友達の家へ向かう。
インターホンを押すと中から興奮した黄色い声が聞こえてきた。

玄関の扉を開けてくれた千鶴ちゃんの友達のお母さんに、サイコーの爽やかスマイルと剣道でつちかった礼儀正しさで挨拶をする。台所に案内されて入って行くと、千鶴ちゃんたち5人が僕たちを嬉しそうに出迎えてくれた。
漂う甘い香りに、華やいだ色の女の子たち、嬉しそうに頬を染めてキラキラした顔で笑ってくれる。

 ああ、やっぱり女の子はいいなぁ……!

そんな顔で僕と平助は顔を見合わせた。さっきまでのどんよりムードとはえらい違いだ。
楽しい一日になりそうな予感に、僕たちは自然と笑顔になった。


 コーヒーを出してもらって、飲みながらも焼きたての形のくずれたクッキーをつまんだり、上手くできたケーキを切り分けてもらったり。一緒にやる作業があるからか、僕たちと女の子たちはあっという間に打ち解けた。

一君は、くりくりした髪の女の子と真剣にケーキ作りについてキッチンで話し込んでる。
「だから、お菓子作りは料理と違って化学の実験みたいな感じなんです。分量をきっちりまもらないとうまく膨らまなかったり……」
「なるほど……。目分量ではいかん、というわけだな。しかしならばレシピ通りに作れば誰でも同じように作れるということになるのではないか?ケーキ屋や菓子作りの上手な人物、というのはどういうことなのか……」
「分量をきっちりまもるのは基本で、さらに、『さっくり混ぜる』とか『空気を抜く』とか、数値で定量化できない作業もあって、それが差別化になってるんです。一緒にシフォンケーキ作ってみますか?」
くりくり髪の彼女の言葉に、一君の眼がキラリとひかる。

 「……いいのか?」
「いいですよ。シフォンケーキ焼いてそれで最後にみんなでお茶しようと思ってたんで。型も二つあるし、人数が増えたからたくさん作った方がいいですし」
すっかり料理人となって二人の世界に入り込んでる。

平助は残りの三人と一緒にキッチンで片づけをしてた。
「藤堂先輩、いいですよ。座ってお茶飲んでてください」
「いいーって。なんかやることがある方がいいし。上手いもん食べさせてもらうんだからこれぐらいしねーと」
そう言って、ボウルについたケーキのタネを指ですくって舐める。
「あ、それ、生の小麦粉だから、あんまり食べるとお腹壊しますよ……!」
「え!マジ!?」
ほんと、意地汚いよね。


 そして僕は、キッチンの隣の部屋、ダイニングでチョコに粉をまぶしてる千鶴ちゃんを横で立って眺めてた。
今日は男の大好きな髪型No.1のポニーテール。ウサギの尻尾みたいなボンボンが結わえてるところに二つついてて、これもどーしよーもなく触りたい気分にさせられるんだよね。そして膝丈のチェックのプリーツスカートに白いフワフワしたセーター。あったかそうで抱きしめたくなる。
「……今日もかわいいね」
僕がそう囁くと、千鶴ちゃんはチョコを見つめたまま頬を赤く染めた。

 

 もう!どうしてそんな恥ずかしいことを照れもせずにこんなところで言えるのかな…!
私は沖田先輩の顔が見られなくて、手元をじっと見たままチョコに粉をまぶす作業を続けた。

でも先輩がことあるごとにこういうことを言ってくれてるおかげで、私は先輩の気持ちを疑ったり不安に思ったりすることなんてほとんどなかっんだよね……。

私がそんなことを考えてると、先輩が言った。
「メールありがとね。僕も……、昨日はちょっと勝手な言いぐさだったかな……。ごめんね?」
私は先輩の顔を見上げた。目じりをほんのり赤くして、そんなことを言ってくれる先輩がかわいくて……。
私も赤くなりながら小さくうなずいた。

 先輩のあけっぴろげな愛情表現に、なかなか素直に感情を出せない私はどれだけ助けられたんだろう……。先輩がそうやって心をすべて見せてくれるから、私も勇気をだすことができるようになった。携帯メールをだすのも、自分から謝るのも、最初はとってもとってもハードルが高くて臆病者だったのに、ここまで私を引っ張り上げてくれたのは、沖田先輩。
いつもそばにいてくれて、私の好きなようにさせてくれて、でも困ってるとさりげなく助けてくれる。

 なんだか胸にこみ上げてくるものがあって、私は我慢できなくて沖田先輩を見上げた。

「……ありがとうございます……。先輩、大好きです……」

 沖田先輩は一瞬固まる。一拍おいて、耳が真っ赤になるのが見えた。
珍しいその顔を、私が目を見開いて見上げていると、先輩は赤くなりながらもムスッとした顔になって、私が顔を見れないように自分の胸にボフッと抱きしめた。
「何、突然…!僕なんかしたっけ?」
照れ隠しなのかぶっきらぼうに言う先輩に、私はクスクス笑う。私の手はチョコの粉まみれで、先輩に触ると服が汚れちゃうから、触れないように体から離した。
「なんだか……。好きだなぁって。先輩とつきあえてよかったなって思って……」
あいかわらず上手くは言えないけど、いつも恥ずかしがって言えなかった思いを伝えることができて、私は嬉しかった。ちょっとだけステップをあがった感じ。これからもきっとこうやって、私がゆっくりゆっくり階段を一段づつ登るのを、先輩は横で手をとって助けてくれるんだろう。
私は幸せな気分になって、先輩の胸の中で彼を見上げる。

 先輩はぎゅっと私を抱きしめて、唇を寄せてきた。キッチンにいるみんなのことが気になって、私はすこし戸惑う。
「あの、せんぱ……」
「千鶴ちゃん、嬉しいけどさすがにここじゃだめだよ……。二人で今から抜けだそ?駅前にラブホがあったから……」
先輩の手が怪しい動きを始めて、唇は私の耳を優しく噛む。
「ラ……!!!先輩!ちょっと……!ダメ!離してください…!」
「……ダメ。もう離さない…。千鶴ちゃん、僕も好きだよ……。全部食べちゃいたい……」
先輩の手がセーターの下に潜り込んでくるにあたって、私は先輩の服が汚れちゃうのには構わず、粉まみれの手で先輩の肩を押した。
「先輩!!こんなとこで何をするんですか!」
「だから、抜けてラブホに……」
「行きません!これからみんなで作ったケーキを食べるんです!」

 私の言葉に、先輩が真顔になる。
「……今のは完全に誘ってたでしょ?」
「さそっ……!誘うって……誘うって……!!」
「エッチしましょってさ」
「そんなこと言ってません!『好き』って気持ちを伝えただけで……」
「だからさ。好きだからシたいでしょ?」
「それとこれとは……」
「同じだよ」
「全然違います!」

私がそう言うと、先輩は眉間にしわを寄せた。
「……千鶴ちゃんは初心だから知らないだけで、普通はそうなんだよ」
「そんなことありません!先輩の周りが乱れてるだけじゃないですか…!!」

バチバチバチッ。
二人の間に火花がちって、先輩がキッチンの方を見た。
「よし。みんなに聞いてこよう」
「ちょっ!ちょっと待ってください!何を……!何を聞くつもりですか……!?」
「大丈夫、僕たちの事ってわかんないように聞くし」
「きゃー!やめてください!そんな……!!!」
キッチンへと大股で歩いていく先輩に、私は必死で取りすがった。

 

 

 ダイニングの大きなテーブルのこちら側に女の子5人、あちら側に先輩たち男性3人が座って。真ん中に二つのシフォンケーキ。一つはきれいな形でもう一つは崩れそうにウエストができちゃってる。
「では、第一回『これはいったいどういう意味?女の子男の子クイズ』〜!!!を始めたいと思います!」
沖田先輩が音頭を取る。

 ……なんでこんなことになったんだろう……

私は小さくなって俯いた。
「さて、最初のお題は、『つきあって半年、まだキスまでしかしてない彼女が、上目使いで、好き……と真っ赤になって言ってきました。彼女はいつもはそいういうことを言うタイプではありません!これは、次のステップに進みたい、という彼女のメッセージである!』○か×かボタンを押してください!」

……先輩、丸わかりです……!!!


「司会の人!ボタンありません!」
平助君のつっこみに、沖田先輩は、じゃあ○の人は手をあげてください、と言いなおす。
「さあ、一斉に答えをどうぞ」

 沖田先輩はもちろん右手を挙げて、平助君にいたっては両手を挙げてる。斎藤先輩は少し考えて……そして左手を挙げた。
みんなが一斉にどよめく。
結果は、男性3人はみんな○で……、女の子たちはみんな×だった。
少し驚いた顔をしている沖田先輩を、私は勝った!っていう顔で見る。

 「お互い好きあってつきあっているのだろう。その上で改めて自分の気持ちを伝えた、ということは少なくともその意思はある、と、とってもいいと思うが……」
「好きだと思ったからそう言っただけであって、そんな裏の意味とか深い意味はないと思いますけど……」
「じゃあ、なんでわざわざ、好き、とか言うんだよ?何かほかに言いたいことがあるけど、恥ずかしいとかで言えないんだなって普通思うぜ」
「その時の仕草とかシチュエーションとかで、好きだなぁって思う時ってあるじゃないですか。それを口にだしちゃいけないんですか?」
「いけなくはないけど……。じゃあ逆に聞くけど、そんなに好きだなぁって思うってことは別に次のステップに進んでもいいってことじゃないの?」
「だから、好きって思うことと、それはまた全然別の話だと思うんですけど……」
「全然別ってわけじゃないでしょ、別に。だって好きだからそういうことをしたいって思うわけであって……」


 なんだか喧々諤々みんな盛り上がってる。
私は飛び交う「次のステップ」やら、「そういうこと」やら「したい」やら、恥ずかしい言葉が飛び交う会話に耐えられなくて、そっと席をはずしたのだった……。

 

 

 

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