【Blue Rose 8−1】
『青は藍より出でて藍より青し』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
大きな駅から続いているショッピングモール。その中にあるフレッシュジュースを作ってくれる小さな小さな喫茶コーナーが待ち合わせの場所だった。1月3日の13時は、駅の中はUターンラッシュで混んでいて。トラブルメーカ(沖田先輩の言うところの)の私を心配して沖田先輩がここを待ち合わせの場所に決めた。
『座ってジュース飲んでれば、トラブルに巻き込まれることもないでしょ』って。
今日は沖田先輩は午前中近藤さんの道場での初稽古。午前中に終わるはずだけど、年始挨拶のお客様とかがいらっしゃって、もしかしたら全国大会優勝者としてごあいさつをしなくちゃいけない事態になって待ち合わせに遅れることもあるかもしれないから、そうなっても安心なように、だって。
なんだか小さな子供扱いのようで正直あまり嬉しくは無いけど、でも確かにいろいろトラブルに巻き込まれて沖田先輩に迷惑かけてきたのも事実だから、私は素直に、はい、と言った。
遅れそうになったら連絡するから、と沖田先輩は言っていたけれど、待ち合わせの時間を過ぎてもなんの連絡もない。
私はコーナーのビニールのソファに座って携帯を握りしめてあたりを見渡した。
つきあいだしてから、先輩が待ち合わせに遅れることは一度もなかった。いつも時間より10分は早く来てくれていた。約束が守られないんじゃないか、って私が不安にならないために。
ケンカもしたけど仲直りもして。
何を考えているのか相変わらずわからないけど、それでも一緒にいたくて。一緒にいてくれて。
幸せな約束もいっぱいいっぱいした。ちゃんとしたのからちょっとしたことまで。
でもそれも全部今は幸せな記憶につながってる。
時々相変わらず理由のない不安に襲われることもあるけど、それよりも何よりも先輩との毎日が幸せで、もう私が不安に振り回されることはなくなった。(そのかわり先輩に振り回されてるけど)。
今も……不安だけど、大丈夫。
正月1日と2日は、薫が家族で過ごす!と主張したせいで先輩と会えなかったけど、毎日電話してメールしてた。
昨日も実は朝の4時くらいまで、ベッドに寝転びながらずっと電話で他愛もないことをしゃべってた。電話を切るのが寂しくてずっと声を聴いていたくて、どっちからもオヤスミが言えくて。
沖田先輩、今日の初稽古眠いんじゃないかな……。
私は携帯を握り締めながら、壁にぼんやりと寄りかかった。
もう待ち合わせの時間から30分以上過ぎてる……。
不安な気持ちのまま、ゆっくりと目を閉じる。
周りの喧騒がだんだんと遠くなっていった……。
青い……空?海?
青よりももっと濃い青色の中に私は一人で立っていた。辺りを見渡してみても、青色以外何も見えない。
ふと下から生暖かい風が吹いてきて、私は下を見た。
私の足元、すぐそこに、大きな大きな穴が口を開けていた。
底は深すぎて見えない。黒くて暗くて……にじみ出てくるような黒さ。生暖かい風は、その穴の底から吹いてきていた。
私は足の先から震えが走るのを感じる。心の底からの恐怖、本能に根差すような、どうしようもないくらいの恐怖がこみあげてきた。
少しでもバランスを崩すと落ちてしまいそうなその穴から、じりじりと後ずさりをする。そしてある程度離れた途端、私はくるっと後ろを向いて穴と反対方向に全速力で走りだした。
後ろは振り返らない。
まるでその穴が追いかけてくるような気がして、私は無我夢中で走った。
走って走って走って……。息が苦しくて胸が痛くなっても、脚が動く限り走る。
もうこれ以上脚が動かなくなって、ようやく私は脚を緩めた。恐る恐る後ろを振り向くと、もう穴は見えない。
周りを見渡すと相変わらず青色で、だけどさっきより色が薄くなっているみたいだった。青というよりは水色のような……。
そして、何もない。穴も、何も。
私は今度は逆の不安に襲われた。
ここはどこなんだろう?何の目印もなくて……。迷子になってしまったのかもしれない。あの穴の傍に居れば、まだ、もしかしたら会えたか
もしれないのに……
自分の考えていることに、私はふと疑問に思う。
会う……って?誰に?
私は……誰に会いたいの?
私は……私は、誰……だっけ……?
自分の手を見てみると、透明になって、周りの青色に染まりつつある。私と外ととの区別がだんだんとつかなくなっていって、「私」というものが周囲に溶けていく。唯一感じる感覚は……頬に伝う暖かい滴だけ。
泣いてる……。そう私は泣いてる。会いたくて。あの人に会いたくて。あの穴に飛び込めば、もしかしたら会えるかもしれない。
大事なあの人……。
あの朝、暖かい腕からいつものように抜け出して、朝食を作って、いつものように起こしに行ったらもうあなたはいなくなっていた。
何も言わずに……。
いいえ、言っていた。
あなたはきっとわかってた。
だって今から考えると前の夜はいつもと違った。
新月の夜、星明りが入る場所へお布団を動かして、君の顔を見てたいんだよって。
私が眠る寸前に聞こえたあなたの最後の言葉……。
「愛してる」
さよなら、でもなく、ありがとう、でもなく「愛してる」。
あなたがその言葉を選んだ意味も何となく分かる。
さよなら、も、ありがとう、も終わりにできるけど、「愛してる」はできない。
そうやって、ずっと私を縛り付けて……それがあなたの望んだこと。
残酷で、優しくて、愛おしい、私の大事な……
「……総司さん……」
僕が千鶴の眼尻に浮かんだ涙を指でぬぐうと、千鶴はそう小さく呟いた。
遅刻した僕が焦ってフレッシュジュースの喫茶コーナーに行ったら、なんと彼女は隅のソファで壁にもたれて俯いて眠ってた。
無防備にもほどがある、と呆れて近づくと、彼女の眼に涙が光っているのに気が付いた。
そして今の言葉……。
「千鶴……?」
僕はそっと耳元でささやいた。
「……君はまだ泣いてるの?千鶴ちゃんとずっと一緒に僕を見てたでしょ?傍で、いっしょに手をつないだりキスしたりしたよね?」
眠っている彼女を、自分の胸に引き寄せる。
「……でも、いいよ。傷が治らなくても、涙は僕が全部ぬぐってあげる。血が出たら僕が手当してあげるよ。不安なら抱きしめてあげるし、甘い言葉が欲しいならいくらでも言ってあげる。だから……君はゆっくりゆっくり治ればいいんだよ。時間はたっぷりあるんだから」
そう言って、僕が彼女の瞼に優しく口づけをおとすと、千鶴の瞳がゆっくりと開いた。一瞬「千鶴」が瞳の中で揺らめいて……。
「……沖田先輩?」
「おはよ、千鶴ちゃん」
すっかり眠り込んでしまっていた千鶴ちゃんをからかいながら喫茶コーナーを出る。
これから二人で神社に遅い初詣に行って、その足で一君ちにお雑煮を食べさせてもらいに行く予定だった。
喫茶コーナーを出た途端、スルリと暖かくて小っちゃい手が僕の手のひらに潜り込んできた。僕が少し驚いて後ろを振り向くと、真っ赤な顔をした千鶴ちゃんが、きゅっと手をにぎって上目使いで微笑んだ。
「初つなぎ……です……」
恥ずかしそうに頬を染めて言う千鶴ちゃんに、僕の胸の奥はむず痒くなる。
途端にさっきまでの千鶴に対する包み込むような愛は消えて、僕を支配するのは除夜の鐘でも振り払えなかったボンノー。
かわいくて、愛しくて、貪るように抱きしめたい。
クリスマスに、心も体も開いてくれるまで待つよ、って言ったから、僕は信じられないくらいイイコで待ってるんだ。
千鶴ちゃんはわかってるかな?わかってるよね?
あれだけはっきり言ったんだし。
僕が君のGOサインを待ってるってこと。
もう、そりゃおあずけくらってる犬並に。君の「よしっ」の一言ですぐとびかかれるよう準備は万端。尻尾降ってよだれたらしてる状態。
今の、自主的手つなぎ&上目使いはGOサインなのかな……。
僕は考えるけど、はっきり言ってわからない。これまではつきあうことになったら、まず『両親いないから』って家に誘って、即エッチ。女の子たちは、初めての子も結構いたけど特になんの抗議もなかったし、もともとむこうからつきあいたい、って言ってきてるんだから、その段階でもうOKってことだし。
でも今はほんとうにわからない。彼女の一挙手一投足に敏感に反応して、意味を探ってる。
千鶴ちゃんはそれを知らないのか、知ってて楽しんでるのか……。
誘ってるのかと思って二人きりになれる場所にさり気なく行こうとすれば、ショッピングモールに行きたがったり、今日はみんながいるから無理だなと思ってたら、思わせぶりな台詞を言ったり……。
焦らされて焦らされて、イイコで鎖につながれて「ヨシ」を待てなくて鎖を引きちぎっちゃいそう。
でもそうなると、また前の二の舞で、泣き出して走って逃げられるのは目に見えてて……。
はぁっ。
僕は溜息をついて、隣で手を合わせて神様に新年のお参りをしてる千鶴ちゃんを横目で見る。
それから前を向いて、お賽銭を入れて手を打って。
千鶴ちゃんと早くエッチができますように。
神様はきっと、高校生男子に似たようなお願いをたくさんされてるはずだと思うな。
「沖田先輩は年末はご家族と過ごしたんですか?」
「うちの両親、海外だからね。あっちは別に新年の休みはないから、一君ちでだらだらしてたよ」
「斎藤先輩も一人ですか?」
今年は並びが悪くて休みが少ないせいで、一君の家族はこっちにこないで転勤先で正月を過ごすことにして。一君も呼ばれたんだけど、あっちには一君の寝るところはないんだって。それで、一人でこっちにいることになって……。
「じゃあ、二人で年越しですか?」
「ううん。平助もいたし、駐車場横のバスケコートで近所のやつらと年越しバスケ。うん、暗かったけど、面白かったよ。パス!とか言うからボール取りに行ってマークしてたら暗くてわからなかったけど実は持ってなかったり、一君なんて暗くてボール見えないから顔面で受けちゃったりしてさぁ」
大笑いして年越したよ。なんて話してたら一君ちに到着した。
(千鶴は総司達の年越し暗闇バスケを、アホ……と思ったが何も言わなかった。)
「よく来たな。今雑煮を作ってる。平助はリビングでテレビを見ている。総司、千鶴のコートとマフラーはお前の部屋にあるクローゼットにかけてやってくれ」
一君の指示に従って、千鶴ちゃんを『僕の部屋』、客間に案内してクローゼットからハンガーを出す。ベッドは朝僕が起きたまま。クローゼットの中には僕の服。千鶴ちゃんは少し呆れながら薄い紫のマフラーを外して僕に渡した。
「ホントにここに住んでるみたいですね」
「まぁね。居心地よくて……」
千鶴ちゃんの膝丈の黒のコートを受け取ってハンガーにかけようとした僕は、思わず千鶴ちゃんを二度見した。千鶴ちゃんは何も気づいていないみたいで、窓の方へと歩いて行って、あ、あれが例のバスケゴールですか?なんて言ってるけど……。
あの服は何……!!!
僕は千鶴ちゃんの後姿をガン見しながらコートをハンガーにかける。
千鶴ちゃんは黒のぴったりとしたタートルネック。体のラインがあますところなくよくわかる。それに膝上20cmくらいのウールのキュロット。そして……。黒のニーハイソックス……!
ニーハイとキュロットの間にちょうど手のひらサイズくらい生肌が見えるんだけど、これはそこを触るようにっていう指示だよね……!!?
これってGOサインでしょ!!
僕は何も言わずに窓に向かって立っている千鶴ちゃんを後ろから抱きしめた。ガッついて逃げられないように、そっと優しく。
千鶴ちゃんが少し赤くなりながら振り向いたところに、斜め上から唇を合わせる。
今日はピンクのリップで、これも会った時から気になってた。柔らかそうでぷりぷりしてておいしそうで……。っていうかまじでおいしいんですけど……。
彼女の甘い吐息に、僕は夢中になる。結構最初から生生しいキスをしちゃったけど、千鶴ちゃんは唇を開いて受け入れてくれた。
ふと唇を離して見つめあう。
「……初キスだね」
いたずらっぽく僕が言うと、彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
ふたたび引き寄せられるように唇を寄せて、舌をからめてキスをかわす。僕の手はゆっくりと下に降りて、触りたくてたまらなかった、ニーハイソックスとキュロットの間の生肌へと指をはわせた。
その瞬間「きゃっっ!!」と驚いた声を出して千鶴ちゃんが体を離して僕に向き直った。
僕は胸の中で舌打ちをして、千鶴ちゃんの手首を掴む。だってまだほんの一瞬しか触れなかったし……!
「ほら、大人しくして……」
そう言って、窓ガラスに彼女を押し付けて逃げられないようにして、僕の体で彼女の体を抑えて、僕はもう一度唇を寄せた。千鶴ちゃんの唇を捕まえて、さらに深いキスをしかけながら、今度は一気に例の生肌へと両手をはわす。千鶴ちゃんはくすぐったそうな仕草をしたけど、今度は体を離さなかった。ってゆーより僕に押さえつけられて離せないのかな。まぁ、いいや。思う存分滑らかな太ももの手触りを楽しんで、僕は次のポイント、ウエストのラインを撫で上げる。素肌を触りたくなって、タートルをたくし上げて下着をボトムから引っ張り出す。ようやく背中の生肌に触るかどうかの寸前で、また千鶴ちゃんからのストップが入った。
「っちょっ……!沖田先輩…!何して……」
「しーーーーーっ!平助たちに聞こえちゃうよ」
「先輩!ダメです!斎藤先輩の家ですよ!?みんなもいるし……!こんなこと、だめです!」
千鶴ちゃんは僕の手を抑えて体を離した。
……正直、欲求不満で八つ当たりしてることは否めないけど、僕は思わず言ってしまった。
「こうして欲しいからそんな服きてきたんでしょ?ご要望通り触ってるだけなのに、なんで嫌がるのさ」
ムスッとして僕が言うと、千鶴ちゃんは唖然とした。
「ふ……服ですか?」
「触ってくれって言わんばかりじゃない」
「そ、そんなつもりじゃありません……!」
真っ赤になって怒ったように言う千鶴ちゃんに、僕も思わずムキになって言い返す。
「そんなつもりもこんなつもりも、女の子の服なんてみーんな男がムラムラするようにデザインされてるの!髪型だって、化粧だって、男の視線を意識してやってるんでしょ?」
「ちっ違います!私は私が好きだから、こういう恰好をしてるんです!」
「だから、男を、かわいいなぁ、触りたいなぁって悶々とさせてるのが好きってことでしょ?」
僕がそういうと、千鶴ちゃんは口をパクパクさせて真っ赤になってフルフル震えだした。
「お、沖田先輩のばかっ!えっち!!」
千鶴ちゃんはそう叫ぶと、さっきかけたばっかりのコートとベッドの上に置いてあった鞄をひっつかんで、勢いよくドアを開けて出て行った。しばらくして玄関のドアが閉まる音が聞こえる。
僕が憮然としてリビングへ行くと、平助がニヤニヤしてこっちを見てた。
「千鶴がなんか叫んで出てったよなー。総司また怒られてやんの」
台所から一君もお雑煮の乗ったお盆を持ってやってくる。
「千鶴は帰ったのか。ケンカしたのか?」
「うるさいよ。二人とも」
僕がムスッとして言うと、一君が平助に行った。
「初ケンカだな」
平助も答える。
「ちげーよ。初怒られだよ。どーせ総司がまたなんかしたんだろ」
僕のどんよりした気分を無視して、二人はのんきにそんなことを話してた。