【Blue Rose 3−2】

『青は藍より出でて藍より青し』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。










 どうぞ、と仲居さんに言われて案内された部屋には、お布団が二つ、並んで敷かれていた。予想はしていたものの、あまりにも衝撃的な映像に私は思わず固まった。後ろで沖田先輩が、笑いをこらえたような声で言う。
「ほら、千鶴ちゃん入るよ」
沖田先輩に手を取られて、私はおずおずと靴を脱いで、旅館の部屋に足を踏み入れた。


 半島の一番先端で海を見てゆっくりと駅へ戻ると電車が止まっていた。驚いて駅員さんに話を聞いたら、どうやら昨日までの台風で緩んでいた地盤が崩れ、ここから戻るための唯一の鉄道とその脇を通っている道路に土砂が流れ込んでしまったらしい。夜を徹して撤去作業をするらしいけど、どうやら今夜はもう電車が動かないらしくて……。それを聞いた沖田先輩はすぐに近くにある旅館2〜3軒にあたって唯一残っていた一部屋をとってくれた。やっぱり土砂のせいで足止めをくらってしまった観光客が急遽押しかけたせいで、その一部屋しか空いていなかった。私たちの後には、もう泊まる場所がなくなってしまった人たちが困っていて、沖田先輩の早い判断のおかげで、本当に助かったんだけど……。

 急だったので部屋は開いているけどまだ準備ができていない、ということで、私たちはまず先に夕飯をいただいて大浴場でお風呂に入った(もちろん男女別のお風呂!)。この旅館はとっても古くて……なんというか不気味な感じだった。沖田先輩と二人で一部屋も困るけど、ここで私一人で一部屋もたぶん無理なくらい。電気が暗くて部屋や廊下の隅が薄暗いし、家鳴りがあちこちでして、私はそのたびに飛び上がった。お風呂やご飯を食べるところはまだ明るかったし、お風呂を出たところで沖田先輩が待っていてくれたからよかったけど、廊下が暗くて正直私から沖田先輩に手をつないだのは初めてだったけど、先を行くお風呂上りの沖田先輩の手を後ろからつないでしまった。恥ずかしい、よりも怖くて……。
「千鶴ちゃん、怖いの?」
沖田先輩が何故か嬉しそうに聞いてくる。先輩は怖くないのかな……。
「ちょっと……なんか不気味じゃないですか?」
「そうかな?」
そんな話をしながら旅館の受付に行くと、部屋の準備ができたそうで、仲居さんが案内してくれた。

その部屋は……最初に言った通りお布団が二つ……。

 「千鶴ちゃん、そんなに警戒しなくてもいいよ。いくら僕でも最初のデートで襲わないから」
沖田先輩が面白そうに言う。

そんなに警戒した顔してたかな……。

私は赤くなりながら部屋に入って隅に荷物を置いた。
「家の方はいいの?僕の方は別に大丈夫だけど」
「あ、そうですね!」
私は思い出してあわてて携帯を出した。父様が出てくれればいいけど、薫だったら困るな…。
「なんて言うの?」
沖田先輩の言葉に私は考え込んだ。

本当だ、なんて言おう……。本当のことを言ったら……どうなるかな?っていうか言えないよね。

「……余計な心配をかけるのもなんなので……。とりあえず嘘をつくしか……」
沖田先輩は片方の眉をあげて、面白そうな顔をした。私はそんな沖田先輩をちょっとにらんで携帯電話のボタンを押す。

 『はい、雪村です』
「あ、薫?千鶴。今日菊ちゃんと遊ぶって言ってたよね?それで、今日菊ちゃんの家に泊まらせてもらおうと思ってるんだけど……。父様に言っておいてくれない?」
『父様はまだ帰ってない。まあ別に泊まってきてもいいけど迷惑かけないようにしろよ。家の場所はどこらへん?』
「えっ?えっと……」
思わずいいよどんでしまった私に、薫が不審そうに聞いてくる。
『……何?なんか……怪しいな。ちょっとその菊さんって人に代わってよ。』
「えっ、えーっと今お風呂に入ってて……」
『じゃあ菊さんの家の人に、挨拶しとくから代わって。』
「あ、あの、みなさんでかけてて……」
『……千鶴……?』

不気味な声で薫が私の名前を読んだ。

悪い予感が……。

『……男だな?おまえ最近おかしいと思ってたんだ。彼氏でもできたんだろう?そいつに泊まれって言われたのか?家族に嘘つけって?そんなことを言うやつがお前を大事にしてると思うか?彼女の家族に堂々と挨拶もできない奴の言うことなんか聞いてどうするんだよ!』

 「ちっ違うの!沖田先輩はそんなこと言ってなくて……!遊びに来たんだけど、帰りの電車が土砂崩れで止まっちゃって……」
『沖田っていうのか、そいつ。それがほんとならなんでさっきあんな嘘ついたんだよ!どうせお前遊ばれてるんだよ!早く帰って来い!』
「か、薫聞いて……」
私が必死に続きを言おうとしたら、後ろから沖田先輩が私の携帯をすっと取り上げて話し出した。

 「もしもし、こんばんは。初めまして。沖田総司といいます。お兄さんですね?今日は妹さんをお借りしてすいませんでした。出かけた先で土砂崩れが起きたせいで電車が止まってしまい、仕方なく宿を借りました。無事にお返しするつもりです。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

 立ったまま真面目な顔で話す沖田先輩を、私は目を見開いたまま見上げていた。

私一人で薫に責められているのを助けてくれたんだ……。

いつも我儘を言ったりからかったりしてるのに、薫に対して妙に大人な対応をしている沖田先輩に、私はドキドキした。
沖田先輩は薫が何か言っているのを黙って聞いている。
「……おっしゃる通りです。すいませんでした。……はい。はい、テレビかネットを見ていただければたぶん土砂崩れのニュースはやっているかと…いえ、そんなつもりは……」
沖田先輩の話している途中で薫が大声で何か言っているのが携帯越しに聞こえてくる。沖田先輩は携帯をちょっと耳から話して眉をしかめた。
「……いえ、ですから妹さんは……」
まだ何かわめいている薫に、沖田先輩がぶちっとキレる音がした。
「……お言葉ですが」

そう言った沖田先輩の顔は……く、くろい……。

 「妹さんが本当のことを言えなかったのはお兄さんのせいでもあるんじゃないですか?頭から信用しないでそこまで言われるのなら言いたくもなくなりますよね。ってゆーか日頃の信頼関係ができてないんじゃないの?シスコンにもほどがあるよね。嘘を言わせたのは僕っていうよりお前だろ!」
沖田先輩はそう言うと、携帯をぶちっときり、電源まで落とした。

「お、沖田先輩……」
「あー、腹立った。なんなの千鶴ちゃんあの兄さん。思わず切っちゃったよ、ごめんね」
全く悪いと思ってないようににっこりと笑って沖田先輩は言い、携帯を私に返してきた。
「お父さん、携帯持ってるでしょ?電話して理由話しておきなよ。なんだったらまた僕が代わってもいいし」
確かに……。最初から父様の携帯にかければよかった……。

 父様には最初から事情を話した。男の人と一緒、とは言わなかったけど。そしてたぶん薫が怒り狂ってることを伝える。父様は笑って言った。
『そうか。たいへんだったな。薫は過保護だからな。……まあ、千鶴はしっかりしてるから私は信用してるよ。気を付けて明日帰っておいで。』
父様の信頼が嬉しくて、私がほほえみながら携帯を切ると、沖田先輩が布団を障子の向こう、窓ガラスの傍に運んでいた。

 「沖田先輩?」
「いくら襲わないつもりでも、隣で眠ったりなんかしたらほぼ100%襲っちゃう自信があるからね。ここなら障子を閉めれば見えないし」
「で、でも……!沖田先輩に悪いです……!」
あんな場所、ガラスのすぐ横だし下は固そうだし……。
私が焦ってそう言うと、沖田先輩はこちらを見た。
「……隣で寝てもいいって意味?」
私は黙り込んだ。

言葉もなく二人で見つめあう。

 沖田先輩のことは好きだけど……。大好きだけど。でも……今はまだ……。
私の戸惑いを見抜いたように、沖田先輩は苦笑した。
「……まぁ、そうだよね。もし気が変わったら言って。ゴムはあるから大丈夫だよ」
沖田先輩の言葉に、私は真っ赤になった。


 障子の向こう側とこちら側で旅館に備えられていた浴衣に着替えて。
私たちはお互いにおやすみなさい、と言って電気を消した。
沖田先輩のことがドキドキして眠れないんじゃないかと思ってたけど、電気を暗くしたら部屋が妙に暗く、広く感じる。部屋の隅で何かが動いた気がして私は思わず飛び起きた。携帯の灯りで見てみると、特に何もいない。

 当然だよね……。何もいない。何もいない。

呪文のように唱えて目をぎゅっとつむる。と、ミシッと家鳴りがする。その音にびっくりして私はおもわず、ひゃっ、と叫んでしまった。頭から布団をかぶって、何も聞こえないし見えないようにする。その時窓の外で強い風が吹いて、窓がガタガタっと鳴った。私はまた飛び起きて窓の方を見る。

 はぁっ。

障子の向こうから、沖田先輩の溜息が聞こえた。それと同時に衣擦れの音がして障子が開く。
はっきりいって、この不気味な旅館が怖かった私は、沖田先輩が来てくれたことが嬉しかった。

襲わないって言ってくれたし……。大丈夫だよね。

沖田先輩は浴衣姿で頭をかきながらこちらへやってくる。
先輩は私の布団の横に座ると言った。
「怖くて眠れないんでしょ。眠るまでここにいてあげるから」
私はなんだか小さな子供になったみたいで恥ずかしくて布団に顔半分をうずめて赤くなった。
「す……すいません……」
「布団の中に入ると、僕の理性は焼き切れちゃうから、布団の外でね」
先輩はそう言うと布団の外に横になる。
「さ、寒くないですか……?」
「……寒い方がいいから大丈夫だよ。かなり熱くなってるし」
先輩がつぶやいた言葉で、私はまた赤くなった。

男の人は、……耐えるのがたいへんらしいし、どうなんだろう……。

「……沖田先輩…。つらい…ですか……?」
私の言葉に、沖田先輩は溜息をついた。
「……もういいから。早く寝て」
「はっはい!」

 となりに感じる先輩の存在に、本当なら緊張するべきなんだろうけど私は何故だかとても安心した。そいうことをする勇気はないけれど、できれば沖田先輩に布団に入ってもらって一緒に眠りたいくらい(本当にただ眠るだけ!)。人と一緒に眠るなんてほとんどないのになぜか心地いい眠気が襲ってくる。
「……先輩……おやすみなさい……」
私が眠りにおちながらつぶやくと、先輩がもう一度溜息をつくのが聞こえてきたような気がした。
 



←BACK 



                                                                                                    
 戻る