【Blue Rose 3−1】

『青は藍より出でて藍より青し』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。










 「沖田先輩!」
きらきらした笑顔でかけよってくる千鶴ちゃんは、頭からむしゃむしゃ食べたいくらい可愛かった。まわりの世界から千鶴ちゃんだけ光りながら浮いている感じ。我ながら顔が緩んでいるだろうなぁと思いながら、僕も千鶴ちゃんの方に足を進める。
「すいません。お待たせしちゃいましたか?」
「いや、今日は僕が先に着いてようと思ってすごく早く来たから」
千鶴ちゃん待たされるとその間にいろいろ考えて不安になっちゃうでしょ。僕がそう言うと、千鶴ちゃんは感激したような顔で僕を見上げた。

あ、今ポイント稼いだかな。

 幸先のいい始まりに、僕はいい気分になりながら、千鶴ちゃんに手を差し出した。千鶴ちゃんが赤くなりながらおずおずとのせてきた手をぎゅっと握る。

初めての二人きりのデートの始まり。

「じゃ、行こっか?」
「はい!」


 今年の夏、僕の会ったこともない遠い親戚が死んで、その葬式にでるために僕と姉さんは電車を乗り継いでローカル線で行く海辺の町へと向かった。その時に乗った海沿いを走る電車がなんともいい味を出してて、千鶴ちゃんと一緒に乗りたいなぁって思ったんだ。半島の先っぽにある小さな島。その途中にある神社で一応お参りとかしてその前にあるお土産屋さんとかをひやかして。一応海辺だからおしゃれなカフェとかもあるし、お盆もすぎたから海水浴客もいなくてすいてるし。
 そんなことを千鶴ちゃんに話ながら僕たちは電車を乗り継いだ。ホームで海沿いを走るローカル線の電車を待つ。
今週は大型の雨台風が来てて週末もだめかと思ってたけど、僕の祈りが通じたのか台風はもう去って行った。今日は台風一過の秋晴れで、空が高く気持ちのいい絶好のデート日和だった。

 今日の千鶴ちゃんはうす紫色のチュニックに白いふくらはぎまでのびったりしたズボン。サブリナパンツっていうんだっけ?女の子らしくて、でも動きやすくて涼しげだけど清潔感もあって。とにかくかわいい。ほんとにかわいい。
それにしても千鶴ちゃん肌白いなぁ。白のズポンよりふくらはぎの方が白い。いや白いっていうんならズポンの方が白いんだけど、脚の色の方がなんていうのか…まぶしいというか透明感があるというか……、とてもきれいだ。脚であんなに白いんなら、普段外にでてないところ……お腹とか背中とか胸とかはどんだけ白いんだろう。そっちもあんなにすけそうな白さなのかな。たとえるとしたらなんだろう……。雪……?ちがうな。真珠かな……?

 僕が千鶴ちゃんの脚の白さについて論文が一本かけそうなくらい考察を巡らせていると千鶴ちゃんのはしゃいだ声がした。
「あ!沖田先輩!電車来ましたよ!」
「ほんとだね」
僕は、何を考えているのかわからない、とよく言われる笑顔で答えた。
たいていはこんなこと考えてるんだけどね。

 最初は少し混んでいたその列車は、進むにつれて人がどんどんいなくなり僕たちは並んで窓際の二人掛けの席に座った。海が見えてくると千鶴ちゃんが歓声をあげる。青い空に反射して海はとてもきれいな青色をしてきらきらと輝いている。目を輝かせながら外を見ている千鶴ちゃんに、僕はふときいてみた。
「今日は平助には見つからなかったの?」
「クラスの女友達の子と遊びに行くって言って、口裏もあわせてもらってたんで、大丈夫でした」
「そうなんだ。あいつも彼女つくればいいのに。はやく幼馴染離れしてほしいよ」
僕がそういうと、千鶴ちゃんはくすっと笑った。

 「実は、私の初恋は平助君なんです。だから今まで幼馴染離れできてなかったのは私の方で、平助君は彼女がいたときも単なる幼馴染の私につきあってくれてたんですよ」

千鶴ちゃんの一言にはあまりにもつっこみどころが多すぎて、僕は固まった。

額に手をやりながら論点を整理する。
「……えーっと、ちょっと待ってね千鶴ちゃん」
「はい?」
「平助が初恋って、幼稚園とかの話だよね?」
千鶴ちゃんは僕の言葉に恥ずかしそうな顔をして口ごもった。
「……いえ、実は中学生くらいまで、好きでした」

ちゅ、ちゅーがくせーってちづるちゃんはんとしまえじゃないの……?

衝撃的な発言に僕が固まっていると、千鶴ちゃんはそれには気づかないで話を続ける。
「私が中学生になってすぐ、平助君に彼女ができて。本当に大ショックだったんですけど、私たちの関係は全く変わらなかったんです。それで、あれっ?って思って……。別に私は彼女になりたいわけじゃなくて、平助君が私にかまってくれなくなることが不安だっただけみたいです。これまでどおりにつきあえるのなら、平助君に彼女がいても別にかまわないってことに気が付いて……」
私の勘違いな初恋は終了しました。千鶴ちゃんは恥ずかしそうに言う。
僕は心の底から安堵の溜息をついた。

 平助は前世でも千鶴と一番の仲良しだった。いつも人との間に線をひいて丁寧な態度をくずさない千鶴も、平助の前だけでは素のままで楽しそうだった。恋、という仲ではなかったとは思うけど、あの仲の良さ、信頼の厚さはいつそっちに転がってもおかしくないもので、はっきり言って油断できない。でも今の千鶴ちゃんの話を聞くと……。
「じゃあ、平助に対する千鶴ちゃんの思いは、最初から恋じゃなかったと、そういうわけだね。それでいいよね?」
畳み掛けるように聞く僕に、千鶴ちゃんは不思議そうな顔でうなずいた。
「ったく、平助のやつ油断も隙もあったもんじゃない…。平助からは何も言われてないよね?大丈夫だよね?」
僕がそう聞くと、千鶴ちゃんは、何をそんなに勢い込んでいるんだろう?と不思議そうな顔で答えた。
「そうですね……。あ、でもそういえば、この前『俺にしとけば?』って言われましたけど……」

僕はまた額に手をやる。頭痛がするのは気のせいじゃないはずだ。
「……このまえっていつ?」
「えーっと……6月くらい…かな?」

もう僕と出会ってる時じゃないか……!
「……それで千鶴ちゃんはなんて答えたの?」
「え、違いますよ。平助君は別に私を女の子として好きだからそう言ってくれたんじゃなくて、私が沖田先輩を好きで不安そうだったんでそう言ってくれたんです。だから、そんなボランティアみたいなことはしてくれなくていいんだよって答えました」

はっきりいって、女の子として全く魅力を感じないのにボランティアでそんなことを言う男なんてこの世にはいない!断言してもいい。
そんなことを言ってたとしても状況次第で美味しくいただくに決まってる。僕は、実は危機一髪だったことに今更気がついて冷や汗をかいた。もう平助に会うのもしゃべるのも禁止!と言いたかったけど、それは無理に近いし千鶴ちゃんも困るだろう。僕は、どうすればいいのかこれから考えないと、と思いながら腕を組んで、不思議そうな顔をしている千鶴ちゃんをじろりと見たのだった。


 神社のある駅で途中下車をして二人でゆっくりと参道を歩く。昔からそれなりに栄えていた町のようで、古い趣のある建物が道の両側に並んでいた。僕もここで降りたのは初めてなのでもの珍しく土産物屋や骨とう品を扱っている店なんかを眺めながら歩く。千鶴ちゃんが気に入ってくれるか不安だったけど、すごく楽しそうでほっとした。
「なんだかすごく楽しそうだね。気に入った?」
「はい!私こういうのが好きで……」
「こういうのって?」
僕が聞くと、千鶴ちゃんはどう説明したらいいのか……といった顔であたりを見渡して、小さい骨とう品屋を見つけてそっちへ僕をひっぱっていく。
そこは、まあ言っちゃ悪いけどぱっとしない感じの古びた店だった。だけど商品はきれいに手入れされていて店もこぎれいだ。千鶴ちゃんは店の外の展示机に並べてある古い道具や根付け、キセルなんかを眺めながら言った。
「こういう風に、昔のものを見るのが好きなんです」
そういって、傷だらけの根付けを手に取る。
「どんな人が使って、どんな風にここまで来たのかなって想像するのが楽しくて。ほらこれとか……」
千鶴ちゃんが手に取ったのは鼈甲でできたかんざしだった。僕は一瞬ドキッとする。前世で島原の時に千鶴ちゃんがつけていたものに何となく似ていたから。もちろん今千鶴ちゃんの手の中にある方がぼろくて傷だらけで保管状態が悪かったのは一目でわかるけど。
「これ、鼈甲ですよね。作ったときはきっと高価なものだったと思うんです。どんな女の人が買って、どういう時につけて、どうしてここにあるのか…とか考え出すと止まらなくて。この傷とかもきっと乱暴に扱ったからだと思うんですが、何か不幸なことがあったのか……」
千鶴ちゃんはそう言って思いをはせるようにそのかんざしを見つめていた。

 僕はなんとなくドキドキしながら千鶴ちゃんを見つめていた。今のところ千鶴ちゃんは過去を思い出すようなそぶりは全くないけれど、何かのきっかけで思い出すのかもしれない。もしかしたらこのかんざしに何か感じるところがあるのかな……?
でも千鶴ちゃんは、スッとそのかんざしをもとに戻すと、時間ととってすいません、行きましょうか、とにっこり笑って言っただけだった。

 神社でお参りをして、和風オープンカフェみたいなところでうどんを食べて。今度はまた電車にのって半島の先っぽに行ってみることにした。
ほとんどだれも乗っていない車両で二人で静かに座っていると、電車の単調な音と昼食後の満腹感のせいか、千鶴ちゃんがうとうとしだした。そのままゆっくりと僕の肩にもたれて、静かに眠りだす。
近くで見る千鶴ちゃんの睫は黒くて長くて。瞼は薄くて下の血管が透けて見えそうだった。頬はなめらかでつるんとしていてゆで卵みたいだ。

安心したように眠り込む千鶴ちゃんが嬉しくて、静かな時間が幸せで、僕は視線を列車の窓の外に移す。
窓の外はほぼ海で埋め尽くされていた。はるか空の向こうに薄黒い雲があるだけで、ほぼ青空だ。あの向こうの黒い雲はきっと昨日まで日本にいた雨台風の名残なのだろう。静かで幸せな時間。
僕はそっと深呼吸をした。


 どのくらい時間がたったのかな、そろそろ降りる駅も近いし千鶴ちゃんを起こそうと思っていたら、千鶴ちゃんが身じろぎをした。起きたかな?と思って顔を覗き込むと、ゆっくりと瞼があがり、大きな黒目がちな瞳が開かれる。まだぼんやりと焦点が合っていない目が右、左とゆっくりと動く。
「目が覚めた?」
僕がささやくように聞くと、その瞳がゆっくりとこちらを向く。

 ……何か変だ。

僕は気が付いた。千鶴ちゃんの様子が変だ。まるでお酒か薬に酔っぱらっているみたいにぼんやりしている。いつまでたっても目の焦点があわない。僕をぼんやりと見ているかと思ったら、突然千鶴ちゃんの大きな瞳に涙がうかんでこぼれた。
「千鶴ちゃ……」
どうしたの?という僕の言葉は千鶴ちゃんの唇で塞がれた。
突然のことで驚いて、僕は固まった。何が起こったのかが理解できない。理解できないけど、華奢ですべらかで暖かいものに抱きつかれているのはわかる。そしてキスをされているのも。首に回された腕が柔らかくてひんやりしていて気持ちいい。寄せてこられる体の線を感じて思わず僕は彼女の腰に腕をまわしてしまった。

 千鶴ちゃんにキスされてる……?

う、嬉しいけど……。嬉し過ぎるけど……。千鶴ちゃんは寝ぼけるとキス魔なのかな?いやそんな話は聞いたことがない。昼のうどんにお酒でも入ってた?それに涙が……。いまだに泣いているらしくて、僕の頬が千鶴ちゃんの涙で濡れる。
 考えようとしたけど、考えなくちゃいけないんだけど僕の体にびったり沿った千鶴ちゃんの体に反応しちゃって、もう何も考えられなくなってしまった。おまけに……おまけに千鶴ちゃんは舌で僕の唇を優しくなぞる。もう千鶴ちゃんがどうなったのかを気にしている余裕はなくなって、僕は体勢を変えてキスに応えた。と、いうより主導権を取り戻して僕からも舌をからめる。
「ん……」
甘い声が千鶴ちゃんの喉から洩れて、僕はこの場がどこなのか忘れた。手のひらで千鶴ちゃんのウエスト、背中を撫ぜながら千鶴ちゃんを椅子の背中に押し付けて角度をつけてキスを深めた。千鶴ちゃんは抵抗するどころか柔らかく受け止めてくれる。

ああ、もうだめだ。このままどこまでも深く千鶴ちゃんの中に入りたい……!

僕はあっという間に煽られて千鶴ちゃんのチュニックの下から手を入れた。素肌の背中の滑らかさがさらに僕を酔わせる。

と、到着駅を告げるアナウンスが響き、ガクンッと大きく揺れて電車が止まった。

 そこは終着駅なので、電車はとまったままで、窓の外をまばらな乗客たちが歩いていく。


しばらく僕は固まって……。


溜息をつきながら名残惜しげにゆっくりと唇を離して、千鶴ちゃんから離れた。
「……千鶴ちゃん?ごめ……」
一応謝っておこうと千鶴ちゃんに声をかけた僕は驚いた。
だって千鶴ちゃんはまた眠っていたんだ。




 僕のキスが眠くなるほど退屈だったってことかな……。

僕は憮然としながら、目が覚めたばかりの千鶴ちゃんの手をひっぱって改札を出た。千鶴ちゃんの様子をうかがってたけど、全くいつも通り。さっきあんなキスを仕掛けてきたとは思えないくらい普通だった。
「……千鶴ちゃん、覚えてないの?」
「?何をですか?」
「さっき……」
さっきのキスの話をしようかと思ったけど、キョトンとしてる千鶴ちゃんの顔をみて止めた。
「まぁいいや。もしかして夢遊病の気があるとか、ない?」
「???いえ?そんなこと今までありませんでしたけど?」
さっきの神社の駅よりもさらに鄙びた街を海に向かって歩きながら、僕はさっきのはなんだったんだろう?と不思議だった。あの積極性やキスの仕方はあきらかに千鶴ちゃんじゃない。でも、あの雰囲気や涙にはなんとなく覚えがある気がする……。

 僕は立ち止まって、隣の千鶴ちゃんを眺めた。

 あれは、千鶴……?
 僕の妻だった、女性……?

 僕は自分の突拍子のない考えに苦笑いをして、先輩?と僕を呼ぶ千鶴ちゃんに笑顔を見せて、また歩き出した。



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