【Blue Rose 1−2】
『青は藍より出でて藍より青し』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
斎藤先輩を呼んできます!と言って走り去っていく小林君を横目で見ながら、僕は顔面を狙ってきた一発目の拳を避けた。殴り返そうかとも思ったけど、そうなるとたぶん大事になりそうだからとりあえず避けるだけ。横からとびかかってきた奴には足払いをかけて転ばす。これも別にキックはしてないよね。相手は勝手に転んだだけで。
ケンカしながらこんなことまで気を使うなんて、僕もほんとに丸くなったよね。前なんて血まみれのぐっちゃぐちゃになるまでぼっこぼこにしてやってたもんだけど。自画自賛しながら、さらに殴りかかってきたのを下にかがんで避け、相手のみぞおちに肘で一発いれる。ここならあまり目立たない上に効くからね。後のことまで考えなら冷静に相手をしていると、バタバタと足音がして誰かがかけよってくる気配が背中からした。
「総司!」
想像通り一君の声だった。証人もできたし、そろそろわざと一発殴られてから正当防衛としてぶちのめしてやろうと思い、僕は一君を振り返りながら相手の拳を待った。…と。
え……?千鶴ちゃん……?
なんと一君の横には、心配そうな顔の千鶴ちゃんがいる。
僕は舌打ちをして、さらにその隣いる小林君をにらんだ。ここは千鶴ちゃんを連れてくるところじゃないだろう?まったくさっきといい空気の読めない奴だなぁ!
僕は動揺して、殴られようと待っていた相手の拳を思わず手首で掴んで止めてしまった。反射的にそのまま力を入れて締め上げる。
どうしようか……。ここからもう一度殴られるのは無理だし、千鶴ちゃんの前で殴られるのはかっこ悪くて勘弁してほしいし……かと言って殴られてもいないのに殴り返すと僕が悪くなっちゃうし……。もうめんどくさいからやっつけちゃおうかな…。
そんなことを考えていると、ぼそっと呟く一君の声が聞こえた。
「総司を止めるんだ」
隣にいる千鶴ちゃんは、その言葉に一瞬一君を見て、すぐ僕に向かって言った。
「沖田先輩やめてください!」
また一君が、視線は僕を見たまま呟く。
「この練習試合は土方先生が総司の優勝記念に組んで下さったものだ」
千鶴ちゃんは一君の台詞をそのまま大きい声で僕に言う。
「この練習試合は土方先生が沖田先輩の優勝記念に組んで下さったものなんですよ!」
そう言われても、土方さんのことをどちらかというとうっとおしく思ってる僕にはなんの効果もないし……。
一君。
「また問題を起こすと剣道部に迷惑がかかる」
千鶴ちゃん。
「また問題を起こすと剣道部に迷惑がかかります!」
もう僕剣道部引退だしね……。っていうか君たちなんなの。腹話術の芸風でも目指してるワケ?
どうしようかと僕が千鶴ちゃんたちと、握ってる拳と、顔を真っ赤にして歯を食いしばって殴ろうと腕に力をいれている男とを見比べていると、また一君の声がした。
「そんなことをすると嫌いになるぞ」
千鶴ちゃんが続ける。
「そんなことをすると先輩のことを嫌いになりますよ!」
えっ?と思って僕が千鶴ちゃんを見ると、千鶴ちゃんも自分が言った言葉に驚いて、えっ?という顔をして一君を見ていた。僕と、まわりの奴らが千鶴ちゃんを見ているのに気が付いて、彼女は赤くなっておたおたしている。
「えっ、えっと……今のは……、あの……」
真っ赤になってうろたえている千鶴ちゃんと、その隣で相変わらず無表情のまま腕を組んで僕を見ている一くんを見て、僕は思わず吹き出してしまった。
ああ、もうやめだ、やめ。すっかりケンカする気がなくなっちゃった。
僕は、ぎりぎりと握っていた男の手首を思いっきり前に引いて放した。そいつは勢い余って前につんのめる。
「もうやめた。千鶴ちゃんに嫌われたらたいへんだからね」
僕は千鶴ちゃんの顔を覗き込んでにこっと笑うと、彼女の手をとって武道館へと走り出した。後ろからあいつらの怒鳴り声とそれを抑える一君の落ち着いた声がする。
「おっ沖田先輩!」
戸惑いながら後ろを気にしてる千鶴ちゃんに笑いかけて僕はそのまま走った。
結局試合の後にケンカ騒ぎが土方さんにばれて、連帯責任ってことで部員全員がランニングをさせられた。ぶうぶういっているやつらに、体力がつくんだからいいだろ、と言って僕は全く気にせず走る。
蝉の声がじーじーいってうるさい。
夏特有の濃い青空がどこまでも続いて、すいこまれてしまいそうだった。
武道館横の日陰のコンクリートの上に、へばった部員たちが寝転んだりしゃがみこんだりしている。千鶴ちゃんはその間を、スポーツドリンクをくばりながら走り回っていた。今日の髪型は、頭のてっぺんに緩く結んだお団子。後れ毛が幾筋もたれていてうなじに汗ではりついてる。僕の視線はそのまま繊細な肩のラインへ移り、男からしたら魅力的な細いウエストへと移動する。
薄いガラスの下にとろりとした暖かい液体がつまってるみたいだな。
僕は千鶴ちゃんの体を見てそんなことを思った。繊細で、乱暴に扱うと割れてこぼれてしまいそうな……。おんなじ人間とは思えない。特にこれとは……。
そう思いながら、僕は思いっきり嫌そうな視線を、隣で寝転んで袴をばっさばっさと扇いで汚い脚を見せてる平助に移した。
「ねぇ、まじでやめてよ、それ。なんか飛んできそうだしさ、汚いのが」
「あー!?何?総司。あっちーよ!あーしんど〜!!」
「余計しんどくて暑くなるぞ、平助」
たった今ランニングしてきたとは思えないくらい落ち着いた声で一君が言う。
「だって黙ってるとよけーあちーよ!ほんとになんなのこの高2の夏休み!毎日毎日毎日部活!おかしくない!?」
「叫ぶな、平助。キャンプも夏祭りも花火も行っただろう」
「そーだけどさー。もっとこう……思い出っていうのがさぁ…」
スポーツドリンクのボトルを三つ持ってこっちに歩いてくる千鶴ちゃんを横目で見ながら僕は言った。
「そうだよね〜。たまには平助もいいこと言うね。せっかく千鶴ちゃんと付き合い始めたんだから、僕ももっといろいろ思い出をつくりたいな」
「「えっ!!!!?」」
僕の台詞に、平助と千鶴ちゃんが目をまんまるにして驚いた。
「……ちょっと。なんで千鶴ちゃんまで驚いてるのかな」
我ながら黒いと思う笑顔が顔に浮かぶ。千鶴ちゃんはそれを見て後ずさりをして「え、えっと……」とつぶやいたけど、空気を読まない平助の大声にかき消された。
「おっおまえらつきあってんの!?いつから?っつーか千鶴までなんで驚いてんの!?」
千鶴ちゃんがあわあわとしながら言う。
「だっだって……。私、沖田先輩とつきあってるんですか……?」
ピキッと僕の額に青筋が入る。
僕は平静な顔を崩さないまま何でもないようにさらっと言った。
「ふーん、僕と千鶴ちゃん、つきあってなかったんだ。そーか千鶴ちゃんはつきあってない男とでもあんなキスをするんだね」
わざと大きめの声で言ったせいか、周囲のざわめきが一瞬にして静かになった。
特に千鶴ちゃんに告白してた一年の小林君なんて、背を向けたまま固まって全身耳ダンボになってる。まぁ聞こえるように言ったんだから思うツボなんだけどね。平助と千鶴ちゃんは口をあんぐりあけて顔を真っ赤にしてて、一君は目を細めて僕を見てる。
「おまっおまっ……。キスって、つきあってねーんならお前まさかむっ無理矢理っっ……!」
平助が口を開けたまま詰め寄ってくるのをそのままにして、僕はさらっと返した。
「うーん?一度目はちょっと無理矢理……だったかな?でも二度目は嫌だったら止めてねって言ったけど止められなかったし、三度目なんか……」
「きゃーーーーー!!!!」
千鶴ちゃんが叫び声をあげて僕に飛びついて手で口を押えてきた。真っ赤になって目が潤んでる。僕はすかさず聞いた。
「ね、千鶴ちゃん僕たちつきあってないの?」
「……つ、つきあってます……」
僕はにんまりして胸に飛び込んできた千鶴ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「そうか、つきあってたんだね。じゃあ、今度誘うからね?二人でデートしようね」
『幸せな約束』が苦手なのは知ってるけど、日時は言ってないしこれくらいなら大丈夫かな?と思いながら僕は千鶴ちゃんに言った。こくこくこく。千鶴ちゃんはまるで人形みたいに目を見開いたままうなずいた。僕がもうこれ以上余計なことを言わないように必死だ。こういうところもかわいいよね、ほんとに。
顔を手で押さえながら逃げるように部室に走って行く千鶴ちゃんと、そんな千鶴ちゃんを追いかけていく平助をみながら僕はにやにやしていた。そんな僕を見て一君が言う。
「強引だな」
「そう?手段は選ばないってね」
「以前もそんな感じだったのか?」
一君の言葉に、僕はにやにや笑いをおさめて彼を見た。
あの大会の後、何度かお互いに過去の記憶があることを確かめるような会話はしたけど、こんなに積極的に一君から聞いてきたのは初めてだった。
「前(前世)は……、なんていうか成り行きでね」
千鶴ちゃんは最初は本意じゃなかったんじゃないかな。……なんて後半の言葉はもちろん言わない。頭の中に屯所で一君と楽しそうに話している彼女の笑顔が浮かぶ。前世で僕は、一君と彼女は相愛なんだと思ってたのを思い出す。だって一君の前での彼女の笑顔は、本当にまぶしかった。一君も僕らが見たことのないような表情で彼女を見ていた。
でも、きっかけは成り行きでも、その後の彼女と積み重ねた時間は僕のものだ。
「そうか……」
一君はそれ以上聞かなかった。一君も彼女に思うところがあるんだろうか。今の彼はどちらかというと僕に協力的な感じだけど。
なんとなく一君には説明しなくてはいけないような気がして、僕は珍しく思っていることを口にしてみる。
「僕が死んだあとの千鶴のことを考えると、たまらなくなるんだ。流した涙をぬぐってくれる人もいなくて。頼れる人も家族もいなくて。僕たちには結局子供はさずからなかったし、あの後どうやって生きて行ったんだろうって。たぶんその時のつらい思いが今の千鶴ちゃんの傷になってると思うんだ。年の割には恋愛に臆病なところとか、幸せな約束を嫌うところとか……」
僕は言葉を切って一君を見た。彼は目を細めて考え込んでいる。彼女のことを考えているんだろう。
僕は続けた。
「……だから、僕は彼女を癒したいんだ。できれば前世の千鶴を傍で慰めてあげたいんだけど、それはもうできないから。だからせめて前世の魂を持っている千鶴ちゃんの傷を癒してあげたい。臆病になっているのなら強引かもしれないけど手をとって引き寄せてあげたい。もう僕がいなくなることは決してないってことを、心の底から感じさせてあげたいんだ。できるかどうかわからないけど、でもそれをすることが、僕が記憶を取り戻した理由だと思う」
一君は黙ったままだ。
でも僕にはもうこれ以上話すことはなくて、一応過去の一君には仁義をきったつもりだった。
しばらくしたあと、一君はふっと笑って静かに言った。
「青いバラだな」
「……は?」
「不可能だが、美しい」
そう言って一君は、バラには遺伝子的に決して青色はないこと、それから派生して青いバラとは不可能の意味をさす、ということを説明した。
「俺も見たい。青いバラが咲くところを。……きっと美しいだろう」
「……うん」
一君のたとえがすごくきれいで的確な気がして、僕は少し悔しかったけどうなずいた。
見上げると、入道雲と青い空。
青いバラが本当にあるんだとしたら、この空みたいな色なんだろうか。
僕の青いバラ。
大事に大事に育てて、きっと咲かせてみせる。
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