【青は藍より出でて藍より青し 10-2】
SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
授業開始のチャイムの中を、千鶴は必至で移動教室へと走っていた。途中ガラスの扉に自分の姿が映り、あわててブラウスをスカートの中になおし、胸のリボンをなおす。
ガラスに映った自分の顔は、困ったような顔をして真っ赤だった。
どうしよう……。こんな顔で教室いけるかな……。
そう思いながらも真面目な千鶴には、さぼるなんていう発想はなく、再び歩き出した。
さっきのことを思い出すと、さらに顔が赤くなるのがわかった。ほかの人に見られないように両手で頬を抑える。最初は驚いたけど、あっという間に総司の熱にのまれて訳が分からなくなってしまった。千鶴にはファーストキスだった。それをあんな風に奪われて、本来なら怒るべきなのだろうが、そこは惚れた弱みなのか、嫌ではなく逆に彼の匂いにつつまれ、大事そうに抱きしめられ、舞い上がってしまったのだ。まるで子供をあやすかのような優しい愛撫が、男を感じさせる刺激的なものに変わったのはすぐ後だった。知識ではあったが、あんなキスは普通の人はしないと思っていた。それにいきなり素肌に手を……。
千鶴は、暗い顔になって足を止めた。
きっと、前の彼女と間違えてたんだ……。
家にもいつも行ってたみたいだし、きっとああいいうことを何度もしてたのかな…。
私だって、気づいてなかったもんね……。
総司と前の彼女のそういう場面を、思い浮かべてしまって、千鶴は顔を赤らめながらも泣きそうに顔をゆがめた。総司がそんな行為をするのも彼の自由だとはわかっているが、未経験の潔癖さで、あまりいい気持ちはしない。その反面、千鶴の知らない総司を見たことがある彼女、あんな風に大事に扱われていた彼女に嫉妬してもいた。
千鶴は自分の気持ちの整理がつかないまま、化学室へ急いだ。
帰りのホームルームが終わるなり、総司は教室を飛び出して、千鶴の教室へと急いだ。きっと彼女は総司をさけるために大急ぎで帰ってしまうに違いない。一年の教室にたどりつくと、まだホームルームは終わっていなかった。ほっとして廊下の壁によりかかって終わるのを待つ。
なんて言えばいいのかな。まず、謝って……。
教室から出てきた千鶴は、思った通り、わき目も振らず速足で帰ろうとしていた。総司はあわてて千鶴の腕をつかむ。
まわりのざわめきと、つかまれた腕に驚いて、千鶴は見上げた。すると、総司が思いつめた顔をして自分の腕を掴んでいる。有名人の総司は周りの女子達の注目の的になっていた。
「千鶴ちゃん……。話があるんだ。ちょっといい?」
正直なところ、まだ心がざわめいている今、総司と話したくはなかった。しかし正面切ってこういわれてしまえば「はい」と答えるしかなかった。
場所は最上階の視聴覚室の先の、ほとんど使われていない階段の踊り場だった。遠くから生徒たちの笑い声や歓声、誰かを呼ぶ声がざわざわと聞こえてくる。千鶴は顔をあげられなくて、自分のつま先をじっと見つめていた。
「千鶴ちゃん……」
総司にしては珍しく、言葉に詰まる。
「謝りたくて……。ごめんね。突然あんなこと……、びっくりしたよね。ちゃんと合意の上でやるべきだったよね」
総司の言葉で、千鶴は下を向いたまま目を見開いた。驚いて、ふざけているのかと総司の顔を見上げたが、総司は心から申し訳ないと思っているような、後ろめたそうな顔をしている。総司は居心地が悪そうに口元に手をやりながら、千鶴から視線を外して、言葉をつづけた。
「……千鶴ちゃん、もしかして、はじめてだったり…した…?」
「……沖田先輩……。あの……、謝ってもらっていてなんなんですが……何かずれてるような……」
総司がキョトンとして千鶴に向き直る。
「へ?千鶴ちゃん、怒ってないの?」
「怒ってるというか……」
「……?じゃあ、どうして叩いたの?」
そう言われて、千鶴は自分が総司の頬を叩いたことを思い出した。
「あっ……!沖田先輩、すいませんでした!大丈夫でしたか…?」
「ああ、まぁ大丈夫だけど……。よくわからないな。叩いたのは、なんで?」
「あっ、あれは……驚いて……」
「驚いただけ?嫌じゃなかったの?」
千鶴の言葉を聞いて、総司が嬉しそうに、勢いづいて聞いてくる。
「……嫌でした……!」
千鶴は思わずそう返した。それを聞いて、総司は一瞬ひるんだ。
「ごめ……」
「寝ぼけて、他の人と間違えてあんなことをされて、嫌じゃない女の子なんていないと思います!」
千鶴の言葉に、今度は総司が目を見開く。
「他の人と間違えるってどういう意味?」
「だって……。沖田先輩は私とあんなことしたことないですし、誰かと間違えてしたんでしょう?」
真っ赤になって言いつのる千鶴とは裏腹に、総司は思わず笑い出した。
「あっはははっ!嫌って、それ!?誰かと間違えられたと思って、それが嫌で怒ってたの?」
楽しそうに笑っている総司を、千鶴は憮然として見つめていた。笑うような問題ではないはずだ。
「なーんだ。ほっとした」
ようやく総司は笑いをおさめ、目じりににじんだ涙をぬぐいながら千鶴を見る。
「間違えてなんかないよ。確かに千鶴ちゃんとあんなことしたの初めてだけど、ずっとしたいと思ってたし。そもそも千鶴ちゃんじゃなければあんなことしようとも思わなかったし。千鶴ちゃんだから、抱きしめたいと思ったんだし、首筋にキスがしたかったんだ。あと、口へのチューも、ディープも、素肌に触りた……」
「きゃーー!!!もういいです!!やめてください!!!!」
わー!わー!わー!
千鶴は大声をあげ、総司がいちいちあげつらう先ほどの行為の言葉を聞こえないように自分の耳を押さえる。
「なっなんてことを言うんですか!いちいち言わなくていいんです!」
「だって千鶴ちゃんが、ほかの人と間違えてたなんて言うからさ。さっきのは全部千鶴ちゃんにしたいなーって思ってたことを寝ぼけて、千鶴ちゃんの声が聞こえて、ついやっちゃったんだよ。じゃあ、千鶴ちゃんは、さっきの嫌じゃなかったんだね?」
にんまり、そんな効果音が聞こえてきそうな総司のほほえみだった。千鶴は表情を見られたくなくて、ぱっと赤くなった顔をうつむけたが、総司はそんな千鶴を覗き込むように長身をかがめてくる。
「どうなの?」
返事をするまでは、追求を緩めてくれそうにない総司に、千鶴は小さな声で答えた。
「わ、わかりません……」
顔を真っ赤にして汗をかきながら一生懸命あの時の自分の気持ちを思い出しながら伝える。
「混乱して……、いろんなことが急にありすぎて……、わかんない…です…」
「じゃあ、今もう一度してみよう?そうすれば、嫌だったかどうかわかるんじゃない?」
はっ?!
という顔をして総司を見上げた千鶴に、総司はにっこりとさわやかに笑う。
「大丈夫。今回は『いろんなこと』はゆっくりするから。……ゆっくり考えて」
総司の整った顔が、ゆっくりと千鶴に近づく。最後の一言は、いつもよりも低く、艶めいて、唖然としたままの千鶴の耳に届いた。
ゆっくり、ゆっくりと総司の唇が千鶴の唇に触れる。固まったまま見開いている千鶴の瞳のすぐ間近に、瞳を閉じた総司の長い睫があった。唇の感触を確かめるように、やさしく総司の唇があわさる。そのままついばむ様に、角度を変え、何度も何度もあわせてくる。視界から入ってくる情報と感覚で伝えられる情報二つで、千鶴は爆発しそうになりあわてて目を閉じる。そうすると感覚が余計にはっきりと感じられるようになった。総司の手が、そっと自分の肩と頬に添えられている。振りほどこうとすればすぐできるように。
きーん、と耳鳴りがするくらい校庭や他の階にいる生徒たちの声が遠くに聞こえる。千鶴は我知らず、総司のキスにおずおずと応えていた。総司の唇にあわせて、千鶴の唇も応えるように動く。千鶴の唇が離れそうになると総司が追い、つかまえて、甘くついばむ。そんなことを繰り返しているうちに、総司はだんだんと熱くなり、千鶴はぼんやりと何も考えられなくなってきた。
総司は千鶴の肩から手を滑らせて、ウエストへとまわし、ゆっくりと千鶴を自分に引き寄せる。千鶴は、まるで溶けるように柔らかく総司の体に沿った。頭に血が上りそうになるのを必死に抑えて、総司はキスを少しだけ深める。舌で千鶴の唇に触れ、味わう。その感触に刺激されたのか、千鶴の唇が少しだけ開く。最初のキスは触れるだけにしようと思っていたのに、千鶴の唇の甘さに総司は止められなくなった。
やさしく、やさしく……。
呪文のように、思考力の落ちた自分の頭で、その言葉を繰り返す。ほんの少しだけ開いた楽園への入り口が閉じてしまわないように、ゆっくり、優しく、千鶴の反応をみながら総司は舌を滑り込ませた。
「んっ……」
千鶴の反応は、敏感になった口内を刺激されたことによる甘い吐息だった。総司はその反応に励まされ、さらに奥へと侵入し、探る。千鶴の舌を探し出し、触れると、電流が流れたように総司の背筋がしびれ、頭が真っ白になった。千鶴も小さく震え、さらに体の力が抜ける。もう立っている、というよりは総司の制服のシャツに縋り付いている状態だった。
総司が思う存分、本当に思う存分キスを堪能し、これ以上はもうこの場で千鶴を襲ってしまうギリギリのところまで味わった後、ようやく唇を離した。千鶴は、キスが終わったこともわかっていないかのように、ぐったりと総司にもたれかかる。瞳は閉じたままだ。総司はそんな千鶴の体を、大事そうに自分の胸の中に抱え込んだ。
総司は、何か軽い言葉を言って、キスに溺れていた千鶴をからかいたかったが、千鶴よりも自分が溺れて息が詰まって窒息しそうだった。何よりも動揺していてとても気の利いた言葉を組み立てることができない。甘い感情と欲情で、自分の目がこれまでないような色をしているのが自分でもわかり、総司は目を伏せた。
そのまま自分と、千鶴が落ち着くのをじっと待つ。
「……嫌だった?」
しばらくしてから、千鶴に問いかけた総司の声は、自分でも驚くくらい低く、掠れていた。
千鶴は一瞬体に力をいれたが、しばらくの沈黙のあと、そっと首を横に振る。総司は自分の胸で、千鶴の動きを感じ、千鶴をぎゅっと抱きしめた。
言葉にした方がいいのかな……。
総司は、今のキスで自分の気持ちは千鶴に伝わったと思ったし、千鶴の気持ちも自分を受け入れてくれたことでわかったと思っていた。けれど、それだけでは不安だ。心で、体で、言葉で、関係性で千鶴を自分の傍に縛り付けておきたい。告白なんてしたことがなかった総司は、頭の中で言葉を考えた。
つきあって……かな?いやそれよりもまず自分の気持ちを言った方がいいよね?
「千鶴ちゃん、僕、君のことが……」
「あっあの!お話が終わったんでしたら、わっ私もう帰ります!!」
総司が生まれて初めての告白をしようとした言葉を、思いっきりさえぎって(そう、まるで聞きたくない、とでもいうように)、千鶴は総司の顔も見もせずに、すごい勢いで階段を駆け下り、走り去って行ってしまったのだった。
なんで……?
後に残された総司はわけがわからなかったが、告白を拒絶されたことだけはわかった。
今度は、何がまずかったんだろう……?
先ほどいた天国から、一気に、総司は今地獄へとまっさかさまに落ちて行った。
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