【青は藍より出でて藍より青し 10-1】
SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
総司達三人が全国大会への出場を決めた次の月曜日、千鶴が放課後部室へ行くと、平助と一、総司の三人が制服のままで何やら話し合っている。何かお手伝いできることでもないかと、千鶴が覗き込んでみると、三人は紙に手書きしてあるトレーニングメニューを見ていた。
「千鶴か。もうテスト期間中だから部活は休みだろう。どうしたんだ」
「あ、しばらくこれないので、掃除と洗濯だけしておこうかと思って……。先輩たちこそどうしたんですか?」
「全国大会の対策会議だよ。あと一か月で効率的に結果のだせる練習メニューを作ってるんだ」
「練習って……。部活は休みですよ?テスト勉強とかは…?」
「まぁ赤点とらない程度にやりゃーいいのかなって。練習は主に近藤さんの道場で、かなぁ」
そして三人はまた話し合いにもどった。千鶴はそのまま聞くとはなしに聞きながら、とりあえず洗い物を集めだす。
「総司、最終戦のビデオを見たんだな?」
「うん」
「それでこのメニューか」
「去年全国一位の風間だろ?」
「うん。バカみたいに力強そうだよね。一君、戦ったんでしょ?」
「ああ、技術を上回る体力と馬鹿力だった」
「だからね、基礎体力UPのためにとりあえず三週間基礎トレーニングと筋トレ。残りの一週間で筋肉疲労を流して」
「まあ、いい線だな。あと、試合用に五分ダッシュ3回3セットもあった方がいいな。竹刀を持っての練習は基礎トレの後にやるのか?」
「うへぇ〜。総司死ぬぞ」
「別に平気だよ。目標あるし」
「試合形式の練習は、新八さんに頼んでみよう。タイプが風間と似ている。警察の仕事が非番の日なら大丈夫だろう」
「平助は……、筋トレ?」
「うん、あんま筋肉つけて体重くなると俺不利だし、でも打ち込みと剣の重さは欲しいからさ、足と腕だけ。あとはやっぱり駆け引き部分かなぁ。打ち込まずに待てるように、とか。ほら、総司がやったみたいに相手を誘い込むとかさ。左之さんに相手してもらおっかなって。左之さんってそーゆーの器用だろ?」
「そうだね。左之さん今、日勤だから、夜とか週末ならいけるかもね」
「一君は?」
「……これっていつも通りじゃん!」
「俺は日々最善のメニューを考えて練習をしている。全国大会だからと言ってわざわざかえる必要はない」
「でも風間に負けちゃって、12位だったじゃん」
「実力がおよばなかった、ということだ。俺は15歳で体もまだできていなかった。そもそも『剣道』と『実戦』の違いをあまり把握していなかった。あれから俺も日々成長することを目指して練習してきている。勝てない相手ではないはずだ」
千鶴が掃除と洗濯を終えるころ、三人の会議も終了した。
「じゃね、千鶴ちゃん。勉強がんばって」
「また明日の朝な!」
「またな」
三人が別方向に歩き去っていくのを見ながら、千鶴は寂しさを感じていた。何か力になりたいと思っても、一緒にいたいと思っても、自分は彼らの仲間にはなれない。彼らが打ち込む剣のような対象を、千鶴は持っていない。一緒に同じ目標に向かって歩きたくても横から見ているしかできない自分が、歯がゆかった。
「……っはぁ!」
汗でぐっしょり肌にはりついたTシャツが気持ち悪いが、もう着替える気力もない。総司は道場の床に倒れこんだ。
今がテスト期間中でよかった。こんなによれよれの僕なんて、かっこわるくて千鶴ちゃんに見られたくないし。
朦朧とした頭でそんなことを考える。胸が激しく上下して、息をするのも苦しい。
「はぁっ、はぁっ……!」
「五分ダッシュはきついか」
冷静に一が聞いてきた。
「まぁ……ねっ!ランニングと筋トレした後だしっ……ねっ…!はぁっ」
「総司、練習メニュー終わったのかよ?俺らもう帰ろうかと思ってるんだけど?」
夏の遅い暮れでも、空はもう真っ暗だった。
「あぁ……。いいよ先帰って。僕あと素振りしてから帰る」
「総司、今日はミツさんは残業だろう?夕飯はどうするんだ?」
「あー、まぁ……。そだなぁ。コンビニでてきとーに……」
「いかん。筋トレで筋肉を破壊したあと、良質なたんぱく質をとることにが筋肉の増強につながるんだ。俺の分と一緒に用意してやるから、俺のうちに寄るといい。プロテインもあるから飲め」
総司は、天井に向けていた緑色の瞳を一と平助に向けた。ゆっくりとほほ笑む。
「……苦いのとか、やだよ?」
「大丈夫だ。お子様メニューにしておく」
総司はよっこらしょ、っと立ち上がった。
「じゃあ〜、とっととやって、ごはんが出来たころに帰れるようにしよっかな」
疲労で固まった筋肉を伸ばしながら総司は竹刀を手にとった。
「あ…!平助君!」
家に入ろうとしている道場帰りの平助を、千鶴は部屋の窓から呼び止めた。様子を聞きたくて、平助の帰りを気にしながら勉強していたのだった。平助は千鶴の声に気づき、千鶴の二階の家の窓をふり仰ぐ。
「ね、ちょっ、ちょっとそこで待ってて!」
千鶴はあわてて階段を駆け下り、ミュールをつっかけて平助の元まで走った。
「練習、どうだった…?」
「あー…まあきつかったけどよ。総司だろ?あいつが一番きついよなぁ。…でも真面目にやってたぜ」
「……沖田先輩が……?」
不思議そうにする千鶴を見て、平助は苦笑した。
「あいつ、強くなることには貪欲だからな〜」
「で、でもこの前の試合の時も、その前の全国大会の時も寝過ごしそうになってたし……」
「ああ……!そういうことか」
平助は千鶴の言いたかったことがわかった、というように、ぱっと笑った。
「昇段試験とかああいう箔付けみたいな大会とかにあんま興味がないんだよ。そのかわり自分より強いやつに対する対抗心はすげーぜ。そのために強くなる練習には、ほんっと真面目だし。部活では結構さぼってるような印象があるかもしんないけど、ほとんど毎日そのあと近藤さんの道場行ってんだぜ、あいつ」
そーいえばさ、と平助は思い出し笑いをした。
「高校で剣道部に入って、初めて一君と戦った時、総司負けたんだよ。それまでは道場の中でも、道場で参加してた試合でもあいつ負けなしでさ。そーとー自身持ってたんだろうに、あっさり負けて。そっからだよ、傍目にもあいつが変わったの。それまでも真面目に剣道だけはやってたけど、中学の部活には入ってなかったし、近藤さんのためにっていう理由が結構大きかったと思うんだけど、一君に負けてさ。たぶんありゃ初めての挫折だな〜。変な奴らとつきあったり、ケンカしたりするのも減って、一時はほんとに剣道、剣道、剣道だけって感じだったんだぜ」
いつも余裕を持っているような印象の総司が、そんなに負けず嫌いの熱いところがあるということに千鶴は少し驚いた。でもそんなところもかわいい。しばらく会えないのがさみしいが、総司は今一途に剣道に打ち込んでいる。自分も、自分が今やるべきことに一生懸命になろう、千鶴はそう思った。とりあえずは試験勉強である。千鶴が総司達と同じ学年なら、テストの方で力になれるのに、と残念にだった。
そんな日々が続いた週の最後の平日、金曜日。
千鶴は20分放課の間に、担任からたのまれたアンケートを置きに保健室へと急いでいた。次は移動教室だから時間がない。保健室のドアを開けると、校医の山南はいなく、静まり返っていた。
ここに置いておいていいのかな……。
千鶴は机の上にアンケートの束をおく。開けっ放しの窓から入ってくる風が、上から1〜2枚を巻き上げ、床に散らばしてしまう。千鶴はとりあえず机の上にあったマグカップを残りのアンケート用紙の重しにして、飛んでしまった2枚を追いかけた。
2台あるベッドの間に飛んで行った一枚を拾おうとしたとき、かすかなうめき声が聞こえた。一台のベッドはカーテンが閉まったままになっている。
誰かが休んでるんだ……。
そっとアンケートを拾って、千鶴は休んでいる人の妨げにならならいように踵を返す。と、また、今度は先ほどよりももう少しはっきりした唸り声が聞こえてきた。痛みをこらえているような、つらそうな声に、千鶴は動きをとめた。その声に、聞き覚えがあるような気がしたから……。
この声……。もしかして……?
かなりの時間逡巡したあと、千鶴はそっとカーテンに隙間をつくり、ベッドをのぞいてみた。
やはり、眠っていたのは総司だった。じゃああの唸り声も総司が発していたのか、と千鶴は心配になりカーテンの中に入る。連日のハードトレーニングで平助もぐったりしている。きっと総司もそうなのだろう。見た感じでは怪我はないようだし、熱があるような顔色ではない。しかし、すっきりとした眉の間には深い皺がきざまれ、何かから逃れようとしているかのように、小刻みに寝返りをうち、荒い息をしている。
起こした方がいいのか、眠らせたままの方がいいのか千鶴は迷った。
でも、そういえば……。嫌な夢を子供の頃よく見ていたって前に沖田先輩、言ってたっけ……。また今も見てるのかな……?だったら起こした方がいいのかな……。
迷う千鶴の前で、総司は一層つらそうな声をあげる。千鶴はその声で心を決め、総司の名をそっと呼んだ。
総司は、例の夢の中にいた。赤黒いどろどろとした生暖かいものが、空から総司に滴り落ちてくる。ぬぐってもぬぐっても止まらないそれは、総司の視界をふさぎ、息すらもさらわれるのではないかという恐怖に襲われる。拭う手もすでにそれにまみれて総司は溺れそうになっていた。走って逃げようとしても、どうしても体が動かない。夢の中の総司は、これが地獄であるということが分かっていた。妙に戦闘的になり、意気揚々と人を殺している自分が空いっぱいに見える。人を切ったときの感触が、総司の手に伝わってくる。剣をふるうたびに、したたりおちてくる赤黒いものの量が増える。空に見える自分は、とても一途な瞳をして、後悔はしていないことが伝わってきた。
そうだ、僕が選んだ道だ。地獄に落ちても本望だ。このままこのどろどろしたものに埋まり窒息したとしても、後悔はしない。僕自身はこれ以外何も望んでいないのだから。
確信に満ちたその思考の裏に、かすかに揺らぐ光が見える。
−−−ホントウニ?
−−−ナニモノゾマナカッタ?
−−−コウカイハナカッタノ?
違う。望んだ。何かを胸が張り裂けるほど強く望んで。後悔をしていない自分がつらかった。
−−−ナンデ?
何で望んだ?何故?
−−−幸せにしたくて。
僕が彼女を幸せにしたかった。
僕が彼女を笑顔にしたかった。
僕が彼女の涙をぬぐってあげたかった。
僕が彼女のそばで生きていきたかったんだ。
そうだ、彼女のところに行かなきゃ……!きっと泣いてる。一人で。
総司は駈け出そうとしたが、足が動かない。空に映る自分は相変わらず楽しそうに人を斬り、赤黒いものの滴る勢いが増していく。
だめだ……!埋もれてしまう…!こんなところでこんなことをしているわけにはいかないのに……!
嫌だ!こんなところで死にたくない!死にたくない!!
焦り、けれども動けない自分に絶望的になった総司の耳に、光のような軽やかな声が聞こえた。
内容は聞こえないのに自分の名前を呼んでいることは不思議とわかる。そしてこの声は自分の光であることも、何故か総司にはわかっていた。
僕が望んだ全て。
僕が手に入れた唯一の暖かい光。
命を愛おしく思う理由。
総司はその光にすがりつこうと手を伸ばし、掴んだ。そしてそれを思いっきり引き寄せ胸に抱え込む。
暖かい……。
その光を抱きしめた自分の手は、もう赤黒いもので汚れていなかった。絶えず視界を塞いでいた赤い滴も、もうない。べとべとしていた体も、乾いていた。自分の腕の中の光が祓ってくれたのだ。総司は体を反転させて、その上に覆いかぶさり、首筋に顔をうずめた。
ああ、この匂いだ……。
甘く、安心させるとともに自分を酔わせる彼女の香り……。これが大好きで、いつも彼女を後ろから抱きしめうなじにキスをしたっけ。
総司は、そう思いながらそこにそっとキスをした。その感触が引き金となって、総司は唇をもとめ、あわせる。柔らかい感触を自分の唇で探り、見つけ、ついばむように、確かめるように、角度をかえて何度も何度も口づけた。彼女は、最初は体をこわばらせ固まっていたが、優しく口づけを繰り返していくうちに、柔らかく溶けていくのがわかる。キスにもおずおずと、だが応えてくれる。その反応に刺激されて、総司の奥で熱がともった。少し開いている唇をなぞるように舌をはわせるとともに、手で彼女の体の線をなぞる。その手がウエストを探り当て、ブラウスを引き出して中に侵入すると同時に、総司の舌も彼女の口の中へと入り、彼女の舌をさぐろうとした。
その途端、パンッという乾いた音がして、総司の左頬に熱い痛みが走った。
夢うつつだった総司は、その痛みで目がはっきりさめた。目にはいってきたのは、近くでゆらゆらとゆらめく白いカーテン。灰色の無機質なリノリウムの床。自分の上履き。総司はゆっくりと視線を自分の下に移した。
乱れたベッドに……。
顔を真っ赤にして目に涙をためて、怒った顔をして僕の腕の中にいる千鶴ちゃん……。
「……あれ…?」
我ながら間抜けな声……。
その声と同時に、ゆるんだ総司の腕の中からスルリと千鶴は抜け、ベッドから素早く降りると、カーテンを翻し、あっという間に走り去った。
後に残されたのは、しわくちゃの制服の白いシャツとズボンをはいて、ベッドの上で茫然とたたかれた自分の頬を手で押さえている総司だけだった。
夢の中にいた千鶴ちゃんは、現実だったんだ…。
彼女を抱きしめた感触、キスした時の暖かさ、優しい匂い……。すべてなまなましく覚えていて、現実の総司を興奮させる。しかし一方で、たぶん無理やり抑え込んであれやこれやをしてしまったのだろう。千鶴がどう思っているかと思うと少し怖い。とことんまで嫌われていなければいいんだけど……。
「……まいったな……」
総司は両手で髪をかき上げて大きなため息をついた。