【青は藍より出でて藍より青し 13-1】
SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
その日は台風一過で、空が抜けるように高かった。
全国大会最終戦。総司は珍しく改まった気分だった。何が、というわけではないが何かが変わるような、変えなくてはいけないような妙な覚悟が胸の奥底に静かに横たわっている。けれども緊張している、とか、気が重い、というわけではない。どこまでも青い今日の空の様に、自分の限界などないような根拠のない全能感のようなものがあった。
やるだけやった、ってことかな。
自分なりに気持ちの整理をつけて、総司は試合会場へ向かった。さすがに全国大会だけあって、関係者や観客の数は多かった。メディアや協会関係者のようなスーツを来た人間もちらほらと見える。広い試合会場は全部で四面もあり、開会式が終わるとすぐに試合が始まった。体育館に気合いの声と竹刀で打ち合う音が響き渡る。
薄桜学園剣道部の全国大会出場者は、一と総司と平助の三人だけである。全国大会への応援は自由参加だが、剣道部員のほとんどは休日にもかかわらず体育館に来ていた。広い観覧席の一角に集まって座る。更衣室はあるものの選手控室のようなものはないため、一たち選手も高校の応援席の一角に荷物をおいて、一緒に観戦していた。
「沖田先輩、おはようございます」
千鶴の声に、総司はふりむいた。2,3日会っていないだけなのに、ずいぶん久しぶりのような気がする。今日の千鶴は、いつもうなじのあたりにゆるく結んでいる髪をポニーテールにしていた。顔回りがすっきりしてほのかな色気もあり、とてもかわいっかった。
「千鶴ちゃん、今日もかわいいね」
「え……っ」
千鶴は言葉に詰まる。
「平助はもう行ったの?」
「あ、はい。次の試合なんで……」
さりげなく総司が自分の隣に置いてあった荷物をどけて椅子を開けてくれたので、千鶴はよく考えずに総司の隣に座った。
「今日もこーやって応援してね」
総司は自分の手を、祈るようにぎゅっと顎の下で握り合わせて、からかうように笑いながら言った。
第二試合で平助は風間に負けた。鍔迫り合いになり、体ごと押し倒されてしまったのだ。馬鹿みたいに力がつえぇ。席に戻ってきた平助は悔しそうにつぶやいた。
一は順調に勝ち進んでいたが、第三試合で試合相手がバランスを崩し一の方に倒れこんできた。試合には勝ったもののその拍子に足を痛め、次からの試合は棄権となってしまった。
「総司と戦りたかったのだがな……」
戻ってきた一は、ちょうど試合をしている総司を観客席から見ながら、ぽつりと言った。
「大会の後でまたできるじゃないですか」
珍しく一が感情をあらわにして心底残念そうにしているのを見て、なぐさめるように千鶴が言った。
「最近の……特に今日の総司は、特別だ。以前の総司が戻ってきたような……。あの必殺技というやつなんて、以前の奴の得意技そのものだ。剣に対する姿勢と体、技術全てがそろっている」
一は総司の試合から目を離さずに言う。
「この会場で、試合の形式で、本気で、今の総司とやってみたかった」
「……」
淡々とした口調が、一の悔しさを余計に表しているようで、千鶴は何も言えなかった。
ずっと、誰よりも何よりも一途に努力してきたことだからこそ、叶わなかったこと、負けたことが平助も一も悔しいのだろう。日々積み重ねた時間と努力が余計につらさを増す。何もしていない千鶴には立ち入ることのできない部分であることはわかっていた。一緒に努力できないこともつらかったが、悔しさを分け合えないことも寂しかった。しかしこれは一も平助も自分で整理して受け入れなくてはいけない事柄だ。千鶴はそれを待つしかないのだ。
ちゃんと待ってよう。そして、斎藤藤先輩や平助君が、私を必要としてくれる時がきたら、そしたら力になれるよう頑張ろう。
千鶴はそっと席をたち、スポーツドリンクの準備をしに行った。
優勝を決める最終戦は総司と風間だった。
風間の強さはずば抜けていた。余裕すら感じる試合展開で、全くの疲れを感じさせない。しかし総司も他の選手たちとは一線を画す強さだった。普段の動きと剣技の華麗さに加え、改良を加えた『必殺技』を持ったことで、対戦相手の攻め方が制限されて試合展開が圧倒的に有利になっていた。
会場全体が総司達の最終試合に注目し、体育館が静寂につつまれる。千鶴は観客席から会場の総司を見つめる。
試合前の総司は、珍しくふざけておらず真面目な表情で観客席から他の試合を見つめていた。集中しているのが周りにも伝わってきて気軽に話しかけられるような雰囲気ではなく、皆遠巻きにしていた。
三位決定戦がはじまり、総司は集合場所に行くために席を立った。気遣わしげに総司を見ていた千鶴と目があう。総司はにっこりと、いつもと同じ笑顔で千鶴を見て笑った。
「行ってくるね」
いつもと同じトーンで、ちょっとお茶でも買いに行くような調子で軽く言う総司に、千鶴は思わず微笑んだ。
「……行ってらっしゃい。応援してます」
「うん」
そう言って背中を向けた総司だったが、ふと思い出したようにもう一度振り返って千鶴に言った。
「……会場中の人に教えてくるよ。僕が誰よりも強いって」
総司の緑のまなざしは強くまっすぐで、これまで千鶴が見た何よりも美しかった。
審判の合図で試合が始まった。
間髪を入れず、総司が『必殺技』の構えをとり、攻め込んだ。いきなりの攻めに会場がどよめく。風間は避けきれず、首のあたりの防具を総司の竹刀がかすめる。
はずれた!と息をのむ千鶴に、隣に座っている一が冷静に言った。
「あれはわざと外したんだ」
「え?」
平助が言う。
「あいさつっつーか……。威嚇だよ。総司の奴、ケンカ売ってる」
「あの速さで急所を狙われると、普通は恐怖が刷り込まれて動きが鈍るか攻めが慎重になるだろう」
まぁ、風間はそんなタマじゃないだろうがな、一が苦笑いをしてつぶやいた。
竹刀の乾いた音が会場に響き、千鶴は会場に急いで目を戻した。総司と風間が激しく竹刀で打ち合っている。鍔迫り合いになったが、総司は押し負けてはおらず逆に風間を押しかえし、風間が体勢を崩したところに面を打ち込む。風間は竹刀でそれを受けたが、不安定な姿勢だったため、受けきれず総司の竹刀が面に入った。審判が総司の一本を示す。
「一本とりました!!」
千鶴は両手を握りしめたまま思わず立ち上がった。
「ああ。いい打ち込みだった」
「やっりぃ!総司!」
喜び合ったのもつかの間、何故か総司が膝をついた。
「……っ!?」
千鶴が会場に身をのりだす。審判があわてて総司にかけよるが、総司はすぐに立ち上がった。めまいがしたかのように頭をふるふると振ると、審判に大丈夫、というようにうなずいて構えた。試合が始まる。総司の動きはふらふらもしていないし、むしろ一本目よりも素早く鮮やかな動きになったように、千鶴には感じられた。
「……どうしたんでしょう…?」
心配そうにつぶやく千鶴に、一が答える。
「……わからん。特に風間に打ち込まれてはいないが……」
一の返答は途中で途切れた。
あの、動きは……、あきらかに変わった。あれは剣道ではない……。あの動きは人を最少の動きで最短で殺すための……。
突然総司の戦い方が変わった。間のとり方、攻め込む時の緩急のつけ方がこれまでとは違い滑らかになった。初めて見せるフェイントやかわし方になった総司に、風間はやりにくそうにしている。しかしそこはさすがに去年の優勝者である。総司を上手くかわしつつ、渾身の力で踏込み攻めていく。
千鶴から見てもあきらかに今の総司はおかしかった。普段、総司は何も考えてないように見えて、実はかなり冷静に試合を展開させてきていた。しかし今は……。時間制限や反則スレスレの一撃必殺の技を次々とくりだしたりする。風間の誘いにわざと乗った総司の打ち込みを、風間は人間離れした力で跳ね返し、逆に総司に激しい突きを繰り出した。総司は避けようとしたが避けきれず、風間の竹刀が面ののど当てを突く。相打ちを狙った総司の竹刀を避けようとした風間がよろめいて竹刀を跳ね上げたため総司の面が外れ、総司はバランスを崩して後ろに倒れた。 会場がどよめく。
「どんだけ馬鹿力なんだよ……」
立ち上がった平助があきれたように言う。審判は風間の一本を示していた。あと一本をとった方が勝ちだ。通常ならすぐ試合再開なのだが、総司の面がとれてしまったのと、どうやら風間の竹刀が総司の頬を傷つけたようで、保健要員らしき人が救急箱を持って総司を座らせ何か手当をしている。一も千鶴も立ち上がってしまっていた。
「大丈夫なんでしょうか……」
千鶴は一に問いかけたが、一は返事もせずに総司を凝視していた。
「斎藤先輩……?」
一は千鶴の言葉が聞こえていないようで、眉間にしわを寄せて傷の手当を受けている総司を見つめていた。そして誰に言うでもないようにつぶやく。
「あの剣筋は……。以前俺が見たあいつの最盛期のものとほぼ同じだ……。まさか試合中に……」
「……斎藤先輩?」
千鶴の声にようやく気が付いて、一は千鶴の顔を見た。
「……どうした?」
「あの……。沖田先輩の怪我……。大丈夫でしょうか?」
「ああ…。怪我はたいしたことはないだろう。それよりも…もしそうなら今総司は記憶の混乱が起こっているはずだ。試合が続けられるか……」
斎藤の言っている意味がよくわからなかったが、何かよくないことが総司の身におこっているらしいということが、千鶴にはわかった。一が凝視している総司の方を千鶴も見る。総司は両手で頭を抱えて審判の人の問に何か答えているようだ。千鶴たちが見つめていると、総司は何かを振り切るように両手で髪をかき上げて落ちていた面を取り上げた。遠目でよくわからないが右頬に赤い筋が入っている。絆創膏を取り出して貼ろうとする保健委員を手で押しとどめて断り、総司は面をつけた。
「再開するみてーだな」
平助のつぶやきとともに、総司と風間が位置につき、審判が試合開始の合図をした。
異様なオーラが二人から発せられる。それに呑まれ会場がシン……となった。この一本をとった方が全国大会の優勝者になる。
千鶴はこれまでの総司を思い出していた。
本当にいろんなことがあった。総司との出会いからまだたった四か月程度しかたっていないなんて信じられないくらい密度が濃かった。ケンカして怖がって笑って楽しくて泣いてまたケンカして……。部活に入っていたこともあるが、ほぼ毎日総司と会っていた。総司は千鶴にとってこれまで会ったことのないタイプで、本当に精神的にも肉体的にも振り回されていた。でも離れたいとは思わない。総司のいろんな面を知るたびに、どんどん惹かれて行く。飄々としているように見える総司だが、剣道に対する姿勢だけはずっとまっすぐに向き合っていた。地区大会の件があってから、さらにどっぷりと打ち込むようになった。男の人が本気を出した時の集中力と実行力に、千鶴は圧倒されっぱなしだった。
だからきっと。
千鶴は祈るように手を握り締めた。