【青は藍より出でて藍より青し 12-2】

SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。











 

  「ああ〜!やっとテスト終わった〜!」
「なあ、台風来てるんだろ?週末の全国大会大丈夫かな」
「応援行くだろ?」
わいわい騒ぎながら、テストあけの初めての部活が終わり開放的になった剣道部員たちが部室へと戻って行く。千鶴は久しぶりの部活に、てんてこまいで働きながらもとても楽しかった。それはやはり、彼らの役に少しでもたてる気がするから。……それに、総司が見れるからだろう。今も総司と一の会話が聞こえてくる。
「総司、今日は俺の親が来る予定で、俺は外食だ。昨日の残りでよければ俺の家にあるから、あたためて米を炊いて食べているか?」
「ああ……、まぁいいよ。コンビニでなんか買って食べる。ありがとう」
千鶴は黙っていられなくて、思わず会話に入ってしまった。
「あ、あの……!もしよければ私、作りましょうか!?」
総司と一が同時に千鶴を振り返る。
「作って」
即答だった。
総司はにんまりと獲物を追い詰めた猫のような顔で笑った。その総司の表情で、千鶴は自分が早まったかと不安になる。後ろで一の溜息が聞こえた。


 総司の家は、かなり高級そうなマンションだった。三方向に窓がある角部屋、最上階であることから、総司の家はその中でも一番いい部屋であることがわかる。台所は大理石のカウンターでとても立派だが、ほとんど使われた形跡がない。千鶴は汚さないように気を付けながら手早く生姜焼きにキャベツの千切り、豆腐の味噌汁にだし巻き卵とご飯をつくる。総司が一緒に食べよう、と言ってくれたので(材料は総司のお金で帰りにスーパーで買ってきた)二人分。総司はお腹が減っているだろう、と千鶴が急いで支度をしていた。総司は、練習で汗をかいたしシャワー浴びて着替えていい?と聞き千鶴の了解を得てシャワーを浴びていた。

 料理がほぼできたころ、総司が私服に着替えてキッチンにやってきた。二人きりで夜、というシチュエーションと前にあった手をつないだ記憶やキスの経験のせいで、千鶴はかなり緊張していたのだが、総司が全くそんなそぶりもみせず、いつも通り意地悪を言ったりからかったり、普通の友達のように明るく接してくれるので、千鶴の緊張も解けてきた。
出来た料理を総司がダイニングテーブルに運んでくれて、二人で食事をする。二人きりで何を話せばいいのかどこを見ればいいのか千鶴は困ったが、総司がさりげなくあたりさわりのない会話をリードしてくれたおかげで、とても楽しい夕食になった。平助との出会いやバカ話、一との押しかけ共同生活の話を面白おかしく話してくれて、千鶴は笑いっぱなしだった。夕飯も口にあったようで、総司はおかわりまでしてくれて、千鶴は嬉しかった。

 食事が終わり片付けも終わり、帰る千鶴を総司が送ると言ってきた。
「いえ、私の家はここから遠いんで……。電車乗らないといけないですし、いいですよ。まだ8時ですし」
「僕の自転車に乗ってけば?電車乗ったら30分くらいかかるでしょ。自転車だと15分あれば余裕でつくよ」
「え!?いっいいです!そんな、沖田先輩部活で疲れてるのに……!」
「いいーっていいって。美味しいごはん食べて元気でたし。行こ」
自転車のキーを指でくるくるまわしながら、総司は強引に千鶴と一緒に玄関をでた。

 「あの……重くないですか?」
結局自転車の後ろに立ってまたがった千鶴は、総司の耳に口をよせて聞いた。
「ぜーんぜん。乗ってないみたいだよ。後ろの荷台がなくて立ったままでごめんね。大丈夫?」
「大丈夫です」
声が風に飛ばされてしまうので、千鶴は恥ずかしかったけれど総司の背中に寄り添って耳に口を寄せて答えた。
夜の風が気持ちいい。千鶴は深呼吸をした。総司も機嫌がよさそうで、鼻歌がとぎれとぎれに聞こえてくる。信号待ちの時に総司は後ろを少し振り向き指差しながら千鶴に何かを言い、千鶴は少し前に乗り出して総司の話を聞いて笑う。傍からみたら仲のいいカップルそのものだった。


 千鶴の家に近づくにつれ、総司はペダルをこぐ足が重くなるのを感じた。今日は本当に楽しかった。空っぽだった何かが満たされて幸せだった。千鶴が傍にいないとまたすぐ空っぽになってしまう。一人でいるよりも、千鶴といる方が楽に息ができる。

 帰したくない。
 ずっと一緒にいたい。
 彼女に僕以外のものを見て欲しくない。
 僕だけの傍に……。

暴れだしそうになる自分の心を、総司は奥歯を噛みしめて抑えた。


 千鶴の家について、別れの挨拶をかわす。
お互いにふと言葉が途切れ、見つめあった。

 「……帰らないで」
思わず総司の口をついて心がこぼれた。
「え……」
総司は驚いている千鶴の手を握った。
「傍にいてよ」
千鶴の大きな瞳が揺れる。
総司は自分が写っているその蜂蜜色の瞳をのぞきこんだ。

沈黙の後、総司はふっと笑って手を放した。
「冗談だよ。本気にした?」
「あ……」
千鶴は真っ赤になった。
「も、もう…!どうしようかと思っちゃったじゃないですか……!」
「……どうしてた?」
急に真剣になった総司の声に、千鶴はまた総司の顔を見上げる。
「本気だったら、千鶴ちゃんはどうしてた?」
「……」
「ごめん。急がないって言ったのにね。意地悪な質問だったかな。じゃ、もう家に入りなよ」

千鶴は何か言いたげに総司を見上げて口を開けたが、言葉にならない。千鶴はしばらく考えていたがあきらめたように笑った。
「じゃあ、また明日部活で。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。おやすみ」

 千鶴は背を向けて一度だけ振り返りにっこり笑うと会釈をして玄関のドアの中に消えた。

 天国にいた分、落ちる距離が長くてイタイ。でも一度天国を味わってしまうともう一度、もう一度と望んでしまう。
最初は顔を見たくて。
顔を見たら声が聞きたくなって。
声を聞いたら、僕だけを見て欲しくなった。
きっと……、これからどんどん僕の欲望は大きく貪欲になっていく。
彼女を飲み込んでしまうくらいに。

 家に帰って眠って起きたら、すぐまた彼女に会えるのに。

総司は自分に苦笑いをして、灯りがともった千鶴の部屋から目をそらして自転車に勢いよくまたがった。勢いをつけないと朝までここに居てしまいそうだったから。

 

 次の日は台風が接近しているとかで、雨はそれほどでもないが空気は湿気をはらみ風が強く、空が暗かった。
総司が部活に行って、これから全国大会までの練習は近藤の道場でする、と部活のみんなに伝えると、千鶴は少し寂しそうな目をした。総司はそれを見てにやにやしながら、千鶴をからかう。
「ごめんね、千鶴ちゃん。さみしい?」
案の定千鶴は真っ赤になった。
「ちっ違っ……!お役にたてなくてさみしかったんです……!」
どっちにしろさみしかったのは認めてしまっている千鶴に、総司は笑い声をあげた。
「あははは!でも、僕もう筋肉疲労をとるためにさらっと型を流す程度だから、みんなと練習のテンポがあわなくなっちゃうんだよね。大会終わったらまたくるからさ」
「はい。応援行きますね!がんばってください!」
千鶴は笑顔でうなずいた。

 ごめんね、千鶴ちゃん。
君を見てると心があっちこっちに揺れちゃうんだ。僕が未熟なせいなんだけどさ。自分でコントロールできなくて。
情けないけど君のいないところで、精神を安定させてから大会に臨むよ。
さっき言った練習内容の違いも嘘じゃないし。しばらく会わない。
大会で優勝した後、いっぱい遊ぼうね。

 総司は心の中で千鶴に謝った。


 全国大会の前日、総司は近藤の道場に来ていた。外は台風の接近による大雨だ。
平日金曜日の昼間の上にこんな大雨のせいで、道場には誰もおらず、静まり返った道場の中で総司は一人で素振りをしていた。
体調はいい。精神も安定し、気力が充実するというのはこういうことかと実感できる。

 例の夢は相変わらず見るけれど、もう怖いとは思わなかった。あの夢に飲み込まれるのではない。きっと吸収するのだろう。日常生活の中で、夢で見たと感じるデジャヴが増えた。それは一心に竹刀を振っているときや、千鶴の笑顔を見たとき、夕焼けの空を仰いだ時、子供たちの笑い声を聞いたとき……。全然関連性のない場面場面で総司は一時夢と現実の区別がつかないくらい既視感を覚えることが頻繁になった。けれども特に不安ではない。

 予感がある。たぶんこれは一時的なもので。なにかのきっかけできっと溢れてこぼれて、そして収まる。そんな予感が。今はそれまでの過渡期なのだ。特に異常なこととも思わず、総司はそれを受け入れていた。


 あんなに怖がってた夢が現実にあふれてきてるのに、全くの平常心ってね……。しかもそれよりも千鶴ちゃんが他の奴と話してるのを見る方が心が乱れるっていうんだから、僕も普通のオトコだったってことだなぁ。

 総司は笑うべきか悲しむべきか悩んで、苦笑いをした。

 道場の扉が開く音がして、土方が入ってきた。
「お?こんな雨なのに来たのか。学校は今日は部活は中止になってみんな帰らせたぞ」
「そうですか。まぁ別に雨くらい……」
道場の片隅にある事務スペースに向かう土方をみて、総司はにやっと笑った。
「デスクトップの環境は気に入りました?」
「あ?」
「かわいいウサギやらハートやらがあふれてたでしょ?」
「あー……。ったく。お前も暇なガキだなぁ。あんなのすぐ元通りに変更しちまった。もうやるなよ」
「はぁい」
今度はエッチ系にしてやる。
総司は黒い笑顔をはりつけながらたくらんだ。

 クリックするたびにあえぎ声がするソフトがある。ドラッグすると女の人の甲高いアノ時の声が大音量で鳴るようにしてやろう。デスクトップの壁紙は何にしようかな……。スクリーンセーバーはもちろんアレだよね。

 総司は黒い思考を終えて満足すると、土方に背を向けて、また素振りにもどった。

 道場には総司の竹刀が立てる風切音と、土方のパソコンのキーボードをたたく音だけが響き、外の雨音がそれを包んだ。

 「お前の剣……。変わったなぁ……」
土方が突然言う。集中が途切れて、総司はうっすらとかいた汗を腕でぬぐいながら土方を振り向いた。
「そうですか?確かに体は一回り大きくなったし軸足も前よりも安定した気はしますけどね」
「いや、それはそうなんだけどよ。俺が言ったのはそーゆーんじゃなくて……。なんつーか一本芯が通ったっつーか、目的がはっきりしたっつーか……。近藤さんも変わったって言ってたが、ほんとにそうだな」
きっとお前はもっと強くなる、そんなことを土方はつぶやき仕事に戻った。

 犬猿の仲をお互いに自認している相手に、手放しに褒められて総司はあっけにとられた。

 近藤さんにも言われたし、一君や平助、新八さんにも言われた。
 本当に自分は変わったのだろうか。もしそうだとしたら……。

 「土方さん」
総司はそう呼びかけたものの、次の言葉が出なかった。土方は呼びかけに顔をあげたがその先がないので、総司を促す。
「なんだ?」
「……僕は恋をしてるみたいです」

 ……

「……はっ?!」
「前話したじゃないですか。近藤さんのキッチンで。あの時の話ですよ。あの時土方さんが言ってた症状がことごとくでてるんで」

 竹刀をぶら下げ、道場の床の一点を見つめながら、少し頬を赤らめている総司は、年相応の若さに見えて、土方は目をまたたいた。
「恋……って……。おめぇ自信たっぷりに、恋なんかしねぇって……」
そこまで言って土方は悪いと思いつつ噴出した。総司の頬が膨らみ、さらに赤くなる。
「そーか、恋か。総司がねぇ…。それがお前を変えたっつーわけかよ。じゃあ今はかわいい彼女といちゃいちゃってわけか」
「全然楽しくないですよ。寂しいし切ないし、腹が立つことばっかりだし、この世の男は全部消えて欲しいし。かっこ悪いことばっかりです」
「……っくくくっ」
「無理やりキスしようとしてほっぺたビンタされたり、メールの返事がこなかったり……。女の子からのこんな扱いは初めてかもしれない」
「?つきあってんなら楽しいことだってあんだろ?」
「まだつきあえてもいません。告白しようとしたら逃げられました」
それを聞いて土方は我慢ができずにお腹をかかえて笑い出してしまった。

 「あーっはっはっ!お前、いままでのバチがあたったんだろ、きっと!あっははっは!散々だなぁ!」
「うるさいなぁ。いいんですよ。幸せなことだってちょっとはあるし」
手をつなげてドキドキしたこととか、ごはんを作ってもらって一緒に食べたりとか……。
総司の挙げる『幸せなこと』が、これまでの爛れた女関係の総司からは想像できないくらい可愛らしいのに土方は驚いた。前の左之の話では、総司は手をつなぐこともキスもこれまでの彼女とはしなかったそうなのに、今の相手には自分から無理やりしようとして抵抗されているなんて……。

 こりゃ、えらく重症だな……。

 「焦ってないって言ったらウソになりますけど、でも急ぐつもりもないんです。彼女はまだ僕ほど気持ちがついてきていないし。間違って壊しちゃいたくないから」
総司は、すっと竹刀をあげ、剣先を見上げる。
「だからまず自分を変えます。自分で彼女にふさわしいと思えるようにならないと」
剣先を見つめる総司の瞳は真剣で、土方は近藤を見上げていた幼いころの総司を思い出した。

 そうか……。こいつは根っからいい加減なやつだが、本当に好きなものに対してはどこまでも真剣で一途な奴だっけ……。問題はそれがほんとに数少ないってことなんだが、一つ増えたみてぇだな。こんな大きな子供みてぇな奴に一途に思われる女の方もたいへんだろうが、こんなこいつを見るのは久しぶりだ。できれば上手く行ってくれるといいが……。

 上手くく行かなかった場合、どうなるか、と考えると土方はぞっとした。中学の時の総司の荒れようは半端じゃなかったが、まだ総司は子供だったからなんとか抑えられた。高校生で、この時期でまた自暴自棄になったら人生を棒にふってしまう。土方は総司の恋の成就にできるだけ協力しようと思った。

 「で、どの女だ?俺の知ってるやつか?」
「千鶴ちゃんですよ。マネージャーの」
隠すつもりもないのだろう、総司はさらっと言った。
その言葉に土方は目を剥いた。
「ゆっ雪村か?!おまえ……それは無理だろう……」
土方が思わずつぶやいた言葉に総司がむっとする。
「……なんで無理なんですか」
「なんでって、あいつは真面目で素直で本当にいい子だからよ。お前みたいな奴の毒牙にかかるなんて哀れすぎる……」
思わず本音がもれてしまった土方に、総司は爽やかな笑顔で言った。
「千鶴ちゃんにとっては毒牙じゃないかもしれませんよ。僕も変わるし、もう実行してるつもりなんですけどね」
総司は土方に背をむけ、竹刀をぶんっと一度振った。


 土方は複雑な気分だった。確かに千鶴が総司とつきあってくれれば、総司にとってこれほどいいことはないだろう。優しく控えめだが芯は強く、意外に頑固で世話やきの彼女は、きっと、甘えんぼでそのくせ一番つらいことは隠して飄々と世間の斜め上を生きていく天邪鬼な総司にはぴったりだ。

 総司には、な……。

土方は苦笑いをする。でも千鶴にとっては、総司の捻くれた性格に振り回されからかわれあまり嬉しくないことになるかもしれない。心の安定や安心感といったものは、総司とつきあった途端彼女には無縁のものになってしまうだろう。

 まぁ雪村がそれでもいいって言ってくれることを祈るしかないな……。

土方は総司のために、自分のために、近藤のために、そして千鶴のために、信じてもいない神様にそっと祈ったのだった…。

 

 
 

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長すぎる話におつきあいいただいて、ほんっとーにありがとうございます!
こんな長い話読んでくださってる方、いらっしゃるのかと不安に思っていたのですが、
拍手で励ましのメッセージをいただいてほんとにうれしかったです。
ありがとうございます!
お疲れ様でした。次(13)で終わります!いつも金曜日にUPしていたんですが、来週は
大晦日……。年末年始はUPできないので、12月29日か30日に最終回をUPしようと
思っています。最後までおつきあいいただければ幸いです。
RRA
                                          

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