【青は藍より出でて藍より青し 12-1】

SSLではありません。が、似ている設定も多々あります。そして長いです……。
作者は剣道、その他について未経験者です。内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。











 

  テスト週間が始まった。総司は要領よく、一は真面目に、二人ともそこそこの手ごたえだった。平助は、ぎりぎりでなんとかすり抜けることができた。
 テスト期間中は午前中授業で、総司たち三人は近藤の道場で夕方までテスト勉強をし、そのまま夜遅くまで道場で全国大会に向けた練習を続けた。地獄の基礎トレーニングも三週間も続ければさすがに体が慣れてくる。そして総司は自分の体が一回り大きく、がっしりとし、さらに竹刀を構えても、『必殺技』の突きをしても、体の軸がぶれず動きも滑らかに素早くできるようになったと感じていた。

 来週の火曜日にはテストが終わる。そうしたら練習はほぼ型のおさらいと素振り、何回かの試合程度におさえて、筋肉疲労をとってから来週末の全国大会に臨む予定だった。本番当日に効果をだすためにも、今週はさらに体を追い詰める必要がある。総司の練習メニューはさらに倍の練習量になっていた。

 傍から見ていてもきつそうな練習量と内容なのに、総司は黙々と真面目にこなしていた。そんな総司に、周りの目もだんだんと変わっていく。新八は仕事をできるだけ早く終えて道場に寄り、総司の相手をするようになった。近藤も忙しい仕事の合間を縫って、道場によく顔をだす。一は総司の姉のミツがいない夜はほとんど自分の家に寄るように言い、夕飯をつくってやっていた。平助は、総司を少し見直した。いつも余裕で過ごしているように見える総司が、完全になりふり構わずに泥臭い地道なことを続けている。そしてそれはたぶん……千鶴のため。正直いつまで続くのかと皮肉に思ってしまうところもあるが、それでも総司がここまでするのは初めて見た。たぶん総司自身も初めてなのではないのだろうか。それに、あの総司ににここまでさせる千鶴も、ある意味すごい。

 千鶴と総司が惹かれあっているのは傍から見てすぐにわかる。目がいつもお互いを追っているし、会えると嬉しそうだ。あんなにかわいい笑顔を見せる千鶴と、態度で真剣さを表す総司の二人を、平助は応援したいと思うようになっていた。


 
 「は〜ぁ…」
総司は大きく溜息をついて自転車にまたがったまま透明な藍色の夜空を見上げた。テスト期間中の日曜日。例のごとく総司は近藤の道場で練習をし、くたくたの体をひきずって帰宅する途中だった。
 梅雨あげ宣言がされた後、空気は湿気がぬけ、さらりとした夜風が総司のブルーのストライプのシャツを捲っていく。今日は姉のミツがいない上、一も都合が悪いようで夕飯を自分で対処しなくてはいけなかった。腹はすいているが食べに行くのも作るのも面倒くさい。

 コンビニでなんか適当に買ってくか……。

 どこのコンビニに寄ろうかと考えていると、ふと千鶴を家まで送って行った途中にコンビニがあったことを思い出した。今いる場所から総司の家までは自転車で5分もかからない。総司の家を通り越してさらに電車で二駅ほど行ったところにあるコンビニだ。はっきり言って遠回りどころの話ではない。けれども総司は迷わず自転車をそこへと走らせた。電車で二駅だが途中線路が曲がっているため、直線距離で自転車を走らせればきっと15分程度でつくはずだ。千鶴とちゃんと会って話したのは先週の土曜日、平助の家に行った時のゴキブリ事件以来だ。今週は挨拶程度でほとんど話はしていない。

 そろそろ千鶴ちゃんを補給しとかないとね。

 総司は楽しい思いつきにうきうきしながらペダルをこぐ。鼻歌がでそうになる自分に少し呆れながら。


 コンビニの近くにくると、せっかく近くまで来たから、せめて外から千鶴の部屋の灯りを見たい、なんて思って。
千鶴の部屋に灯りがともっているのを見つけると、何しているのか気になって。
総司は千鶴の部屋を、道路から見上げながらメールをした。

 『今なにしてる?』


 千鶴はもちろん試験勉強をしていた。着信音に携帯を開けると、キス事件後久しぶりの総司からのメールだった。

 『部屋で勉強してました。
  先輩は練習ですか?』

 『窓あけて外見てみて。』

 千鶴はカーテンを開けて、外を見る。自分の家の前で総司が自転車の横に立っていて千鶴に気が付き、にっこり笑って手を挙げた。

 
 「どうしたんですか?」
千鶴が息をきらせて外にでてきてくれた。髪をおろしたまま、カシュクール風の薄い緑色のTシャツに 白のふんわりとした膝上丈のスカートをはいた千鶴は、露出も多いしくつろいだ感じもあってとてもかわいくて魅力的だ。
キス事件の後、どんな顔をして会えばいいのかお互いに悩んでいたが、ゴキブリ事件で変な気まずさも薄れていたた。

 「一緒にコンビニ行かない?」
「?コンビニですか?」
「うん。夕飯買いたいんだ」
「あ、わかりました。ちょっと待っててくださいね」
千鶴はそう言うと、いったん家に帰り財布を持って出てきた。
「家の人は心配しない?」
「え?大丈夫ですよ。すぐそこですし、まだ9時ですし」
総司は、無防備な千鶴とその家族に少し眉をしかめたが、それについては何も言わなかった。
「帰り家まで送るから、自転車千鶴ちゃんの家の前に置いて行っていい?」
「いいですよ。玄関のところに置いてください」


 千鶴の家から二人でコンビニまで歩く。
「沖田先輩、なんでこんなところにいるんですか?平助君の家にいたんですか?」
「ん?ううん違うよ。さっきまで近藤さんの道場で練習してた」
「道場からわざわざここのコンビニに???」
首をかしげてこちらを見上げてくる千鶴に、総司はにっこり笑って答える。
「うん。ここのコンビニ、好きなんだ」
さらっと言う総司に、千鶴は????と思いながらも、あのコンビニで何か特別に手作りしてるお惣菜でもあったかな、と考える。普通なら『コンビニはどこでもコンビニだろ!』とつっこむところだが、物事をストレートに受け取る千鶴は、総司の言葉を不思議に思いながらもそのまま信じた。

 こうして歩いていると、この人とキスしたなんて嘘みたい……。

千鶴は、横を歩く総司を意識しながら、そんなことを考えていた。あれからゴキブリ事件でうやむやになったものの、自分と総司は確かにキスをしたのだ。しかも……、全然軽くないキス。思い出しても胸が熱くなり顔が赤くなるようなキスを。千鶴は、そっと総司の顔をうかがう。夕明かりに照らされた綺麗なその顔は、とてもあんなことをするとは思えない飄々とした表情だった。唇は薄くて冷たそう。けれども実際はとても暖かかった。思い出して赤面していると、ふと自分の手に暖かいものが触れ、気が付くと総司の手がそっと自分の手を握っていた。

 千鶴の体が途端に固くなった。
 
 な、な、なななななんで……!?こっこれはどういう……。どうして手を、手をつないでるの……!?
 千鶴は耳まで真っ赤になり、心臓が飛び出すほど激しく打つ。つながれた右手を意識しすぎてどうやって歩けばいいのかわからなくなってしまう。とても総司の顔が見れず、千鶴は不自然なほど前へと視線を固定した。

 「ぷっ…!千鶴ちゃん、手と足が同時にでてるよ」
総司がおかしそうに噴出した。
「えっ。あ、はい…」
千鶴はさらに顔を赤くして、手と足の動きを必死で治す。しかしいつも無意識にしていることを意識的にすることは難しく千鶴の動きは不自然極まりないものだった。そんな千鶴の様子を楽しげに総司は見ながら千鶴の歩調に合わせてゆっくりと歩く。

 しばらくして、総司は千鶴に尋ねた。
「……千鶴ちゃん、今何考えてるの?」

 な、何って……、何って……!決まってるじゃないですか!手、手をなんでつないでるんですかって。どうして、どうしてこんな……!

 こんなことが千鶴の頭の中をぐるぐるとまわっていたが、いつもと全くかわらないように見える総司が少し悔しくて、千鶴は珍しく逆に総司に聞き返した。
「沖田先輩こそ……何を考えてるんですか……?」
「僕?僕はね、そうだな……。髪を下した千鶴ちゃんがかわいいなーとか、その生足は反則でしょ、とか、心臓の音かうるさいなぁ、とか……」
手をふとひかれて、総司は千鶴を見た。千鶴は立ち止まって総司を見上げていた。
その表情を見て総司は苦笑いをする。


やっぱりそうか。『幸せな約束。』それが千鶴ちゃんを不安にさせてるんだ。


 「……そんな不安そうな顔しないで。ゆっくりするから。君が不安にならないように」
千鶴は、そんな総司の言葉にも答えず、瞳を不安げに揺らしながら総司を見上げている。

 「千鶴ちゃんはあんまり先のこととか考えず、今がいいか嫌かだけ考えてて欲しいな」
「今が……?」
「うん。例えば…今はどう?手をつなぐのって嫌?」
千鶴はつながれた二人の手を見た。一度おさまっていた顔がまた赤くなる。
「嫌……じゃないです」
「じゃあさ、これはどう?」
総司は二人のつながれた手を、するっと指をからませてつなぎその手を上にあげる。いわゆる恋人つなぎというつなぎ方だ。
「……い、嫌じゃ……ないです……」
俯いて、小さな小さな声でつぶやくように言う千鶴に、総司は嬉しそうに笑った。
「先のことは僕が考えるから心配しないでいいよ。大丈夫。君を絶対傷つけないから」


 総司はコンビニに入っても手を離さなかった。二人で一緒に総司の夕飯を選ぶ。お金はEdyで支払ったためレジでも手をつないだまま。千鶴は近所のコンビニだけに、知り合いがいたら、とずっと赤くなって下を向いたままだった。

 二人は帰り道の途中の公園に寄り、総司はそこで夕飯を千鶴と一緒に食べた。二人でいろんな話をする。テストの話、総司の今の剣道の練習の話、道場の先輩である新八や左之の話……。千鶴はいつも総司の前では緊張してしまっていたが、今日は夜で暗いせいだろうか、リラックスできてとても楽しかった。この時間が永遠に続いてほしいと思うくらい。

 「…そういえばさ、千鶴ちゃん、なんであの時保健室にいたの?」
夕飯を食べ終えてペプシを飲みながら、総司が尋ねた。保健室というとあの時しかない。千鶴は思い出して少し硬くなった。
「先生に頼まれてアンケートを持って行ったんです。そしたら……うなされているような声がベッドから聞こえて、気になって様子を見たら沖田先輩で……」
「それで、僕に押し倒されちゃったんだ」
総司がいたずらっぽく笑って言った。千鶴は真っ赤になってうつむく。 

 しばらくの沈黙の後総司がぽつんと言った。
「……前に話したよね。小さいころ悪夢ばかり見てたって。最近またよく見るようになってさ」
「保健室でも見てたんですか?」
「うん。でも……」
あれから夢が変わった。いや、夢自体は変わっていないのかもしれない。夢をみる総司の方が変わったのだろう。あいかわらず起きると忘れてしまっていて、夢の中の自分の感情だけを覚えているのだが、それが変化した。前は怖くて気持ち悪くて嫌な感じしかせず、なんとか逃れることしか考えていなかったが、保健室で千鶴に夢から助けられてからは少しずつ受け入れられるようになってきた。そして、きっとあれも自分なのだと思うようになってきていた。
 たぶん自分の中の自分の嫌な面から必死に逃げようとしていたのではないだろうか。けれども千鶴が……、あの時彼女はそんな嫌な面も全部ひっくるめて明るく照らし暖めてくれた。言葉では何もなかったけれど、あの時総司は千鶴が自分のすべてを受け入れてくれて愛してくれていることを何故か確信したのだ。それは今隣にいる千鶴であり、そうではなかった。うまく言えないのだが、千鶴自身というよりはイメージのような記憶のような……。漠然とした、けれども彼女に対する自分のしっかりとした感情が自分の中に確実にあり、それが彼女に対する気持ちを意識したことにより浮上し、悪夢に対抗できる強さをくれた、そんな感じだった。

 「……うまく言えないけど……。君に助けてもらったよ。あれからも見るけど……もう悪夢っていうよりはただのリアルな感情を伴った夢って感じになったんだ」
「そうなんですか。よかったです」
私、何にもしてないですけど、恥ずかしそうにそう言って千鶴は笑った。そんな千鶴を見つめて、総司は自分の中に千鶴への強い感謝の思いが湧き上ってくるのを感じた。総司は思わず口にしてしまう。

「……ありがとう」
たぶん君に会わなくて、好きにならなかったら、僕はいつかあの夢に飲み込まれてた。

 こんなこといきなり言ったらひかれちゃうかな。

 総司はそう考えて、ありがとう、の後の言葉を飲み込んだ。

 スキンシップもそうだけど、好き、の気持ちの強さも、ゆっくりゆっくり千鶴ちゃんのペースにあわせなきゃね。

 総司はしんみりした雰囲気を変えるように、明るい声で言った。
「さ、帰ろっか。遅くまでつきあってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ。楽しかったです」
「そう?そう言ってくれると嬉しいな。僕も千鶴ちゃんを十分充電できたよ」
「え?」
充電???と首をかしげる千鶴に、総司はにこっと笑顔を見せる。
「うん、一週間会えなかったからね。僕はもう電池切れ寸前だったんだ。フル充電、とまではいかないけど、部活が始まる火曜日まではこれでもつよ」
なんと返したらいいのかわからず、千鶴は赤い顔をして総司を見ながら口をポカンと開けたままだった。

これはむちゃくちゃ甘い言葉なんじゃないだろうか……?

恥ずかしくて千鶴はいたたまれないが、総司はなんとも思っていないようにゴミを公園のごみ箱に捨て、当然のようにまた千鶴の手を握って歩きだす。その感触に千鶴はふと既視感を感じた。

 こんな風に、二人で歩くときは当然のように手をつなぐ相手がいなかったっけ……?

 千鶴は記憶の糸をたどるが、わからない。けれども手の暖かさと力強さは、どこかで覚えているような気がした。

 
 

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