LOVE
STORY
第七話
洗濯をしていても片づけをしていても、千鶴はなかなか集中できなかった。
今も片付けの手を止め、先程から気になってしょうがない自分の数少ない私物の入っている長持の蓋をまた開ける。
中には着替えが一式と夜着が一枚、そしてその上に折りたたまれた桜色の袱紗が一枚。
千鶴はその袱紗をそっと手に取り、手のひらの上でゆっくりと開いて行く。
中には先日総司に買ってもらった可愛らしい桜のかんざしがあった。
千鶴はそれを見ながらその時のことを思い出して微笑む。総司がそんなことに気が付くような人だとは思わなかったし、自分がこういう贈り物にここまで喜ぶとは思っていなかった。
でも嬉しくて幸せで、袱紗に包まれて長持の中に入っていてもそれがまるで熱を発しているように千鶴はいつもそれの存在を感じていた。そして今のように時々長持を開けて実際に見て、幸せな気持ちになるのが最近の常だ。
千鶴がもう一度ゆっくりと袱紗をしまい長持の中に入れたとき、「千鶴ちゃん!いる?」という声とともに、いつもはあまり音をさせずに歩く総司が珍しく足音を立てながら廊下を急いで走ってくる音が聞こえた。
千鶴が慌てて長持の蓋をしめるのと総司が部屋に入ってくるのが同時だった。
「……何してたの?なんかニヤニヤして気持ち悪いなあ」
「ニッニヤニヤなんて……!」
かんざしを見ていたのはばれなかったが緩んだ顔は見られてしまったようで、千鶴は真っ赤になってごまかした。
「沖田さんはどうしたんですか?近藤さんのお使いでお出かけって聞いていましたが…」
「うん、それは今終わって帰ってきたんだけどさ、歩いててふっと思い出したんだよね。千鶴ちゃん、風邪の時に一緒に寝たでしょ!?」
不意打ちの質問に、千鶴は以前のように平然としらをきることができなかった。
「えっ……え…そ、それは……」
明らかに怪しい感じで赤くなっている千鶴に、総司は嬉しそうに歩み寄った。
「やっぱり…!なんか本当にふいにさ、降りてきたって感じであの時の感じとか匂いとかを思い出したんだよ。あれってなんなんだろうね?別に同じような体験をしたわけじゃないのにさ。まあそれはいいんだけど、その時に千鶴ちゃんの……」
「寝てません!」
思い出してすっきりしたのか妙にテンションが高い総司に押されていた千鶴は、ここできっぱりと否定した。総司は当然ながら不審顔だ。
「……ほんと?」
「本当です。私は、そりゃあ夜中も様子を見たりしておでこに触れたり汗を拭ったりはしましたけど、いっしょになんて眠ってないです。沖田さん熱がとても高かったですしそれを勘違いしたんじゃないですか?」
「でも……千鶴ちゃんの着物ほとんどはだけてて、僕千鶴ちゃんの胸を見た気がするんだよね」
「!な、何を……!」
千鶴は飛び上がる。両腕を庇うように胸の前で合わせ身を守るようにして総司を睨んだ。全身から嫌な汗が噴き出る。
動揺のあまり何を言っているのかわからなくなっている千鶴のことは気にせず、総司は腕を組みながら思い出すように頭を傾けた。
「ねえ、ちょっと抱きしめさせてよ」
両手を広げながら近づいてくる総司に、千鶴は後ずさりした。
「何を…お、沖田さん、ちょっ…」
「胸を見せてとまでは言わないからさ。抱きしめた感じで腰の細さとか、あと首筋の匂いとかであれが夢だったかどうかわかると思うんだ。どっちもものすごく鮮明に覚えてるんだよ、だから実際に同じことをしてみてどうなのか比べてみれば……」
部屋の隅に追い詰められそうになった千鶴は、「きゃあ!」と叫んで総司の横をすり抜けて廊下の方へと逃げ出た。
「おっ沖田さん!おかしいですよ!そんなこと……」
「そんなこと実際になかったのなら別にやらせてくれてもいいじゃない。それでやっぱり僕の夢だったって僕が納得したらそれでこの話は終わるんだし」
「や、やらせてくれてもとか、そういう…!そういうことは、その、普通はしないんです!」
「でも君はしたでしょ?あの夜。僕の布団の中で」
「〜〜!!だからそんなことしてません!」
千鶴と総司が言いあいをしていると、表庭の方から近藤が歩いてきた。そして傍から見たら仲良さ気にじゃれているように見える二人をニコニコと見ている。
「あれ、近藤さん」
「近藤さん…!」
変な所を見られて気まずいが、無理やり総司に抱きしめられてうなじをくんくんされるのは避けることができて千鶴はほっと肩の力を抜いた。
「何かありましたか?」
総司が嬉しそうに中庭に下りると、近藤は頷いた。
「ああ、トシと山南さんと話したんだがな。そろそろ雪村君にも綱道さんを探してもらおうかと思ってな」
「えっ?」
「この子に?」
驚く二人に近藤はにこにこと説明した。
「そうだ。、もともと雪村君は探しに行きたがっていたが、こちら側の人員不足でな。申し訳ないが我慢してもらっていたんだが、この前の隊士募集でかなりの人数も集まったことだし、そろそろいいんじゃないかと話し合ったんだ」
「ありがとうございます!」
千鶴は嬉しさのあまり中庭におりて、頭を下げた。これで父を自分で探すことができる。新選組を信用していないというわけではないのだが、何もできない自分が歯がゆかったのだ。
総司はもろ手を挙げて賛成という訳ではないのか、冷めた顔で千鶴を見ながら頭をかいている。近藤がそんな総司の様子に気づいた。
「なんだ、総司は反対なのか?」
「反対じゃないですよ。近藤さんたちが決めたなら従います。だけど、どうやって探すんですか?この子と護衛を一人か二人つけて?襲われた時にこの子が逃げ出そうとしたら対応できないんじゃないですか?」
「逃げ出したりなんて……!」
そんなことするわけないではないか。そりゃあ最初は新選組がどんなところでどんな人達の集団かわからなかったせいもあって、逃げ出そうかと考えたこともあるが、しばらくいるうちにある程度の信頼関係はできてきたと思っていたのに。
総司はまだ千鶴が逃げ出すと考えているのだろうか。
いろんな意味で距離が近くなった感じていたし、かんざしをもらったことでうきうきしていたのだが、そんな風に思っていたのは自分だけだったのかと千鶴は悲しくなった。
近藤はそんな千鶴の様子には気づかず総司の問に答える。
「いや、雪村君には巡察について行ってもらおうと思ってな。いろいろ準備もあるだろうから、明日から巡察に同行するといい。十番組組長の原田にはもう話はつけてある。あとで一度話に行ってみるといい」
「十番組……左之さんに同行させてもらうんですね。わかりました。ありがとうございます、ご迷惑をおかけしないようにがんばります!」
喜んでいる千鶴とは対照的に、総司は今度はあからさまに不満顔だった。
「どうして十番組なんですか?僕に面倒を見ろって言ったのは土方さん何だから巡察同行も僕の所が筋でしょう?」
「お前の巡察はここしばらく夜だろう?夜は危険も多いし、人もいないから雪村君が同行しても意味がないだろう」
「……まあ、それはそうですけど……」
しかし面白くない。
総司は釈然としない思いで、飛び跳ねて喜んでいる千鶴を見た。近藤の言うことももっともだし、千鶴が一番組の巡察についてこないのなら、その方が余計な気遣いがなくて総司は楽なはずだ。
楽なはずなんだけどね……
だが、面白くないのだ。彼女は、彼女が頼るのは総司で彼女の一番の傍に居るのは総司のはずなのだ。そしてそれはこれからもそうで、それが当然だと思っていたのに。
だって最初に皆が面倒がっていたころに面倒をみてやったのは総司なのに。
それを今、屯所に慣れてきて皆とも仲良くなってきたからと変えるのはおかしいのではないか。そしてそれを無邪気に大喜びしている千鶴はなんなのだ。
総司はムッとして近藤とにこにこしながら明日の巡察の注意について話している千鶴を見た。先ほどまでの総司との話などすっかり忘れた様子で瞳をきらきらさせている。
「……僕、素振りでもしてこようかな……」
総司がそう言っても誰も気に留めてくれる人もおらず、あいかわらず千鶴と近藤は楽しそうに話している。
なんなの。
本格的に機嫌を損ねた総司は、ぷいっと踵を返すとその場を去ったのだった。
第八話
へつづく
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