LOVE
STORY
そりゃあ島原には綺麗な人が多いから、おめかししたいんでしょう
どうしてもつんけんしてしまう心を抑えながら、千鶴は総司の羽織の襟足の皺を直した。
「じゃあ行ってくるね」
総司の言った通り、帰りは遅かった。
千鶴は灯りを消して布団に入っていたのだが、そっと襖を開ける音で総司が帰ってきたのに気が付く。
そして移り香。
島原は部屋に香を焚いているらしく飲みに行くだけでもいつもいい匂いを付けて帰ってくるのだが、今夜はそれが余計に癇に障る。千鶴が腹を立てる筋合いでないのは百も承知なのだが、起き上って何か話すと余計なことを言ってしまいそうで、千鶴は背中を向けたまま寝たふりをしていたのだった。
「あ、今日も夜は島原に出かけるから」
次の日も総司はそう言って出かけて行った。風邪の方はすっかりいいようで、千鶴が心配するのをうるさがっているくらいだ。
その次の日も、さらにその次の日も、総司は島原へ出かけて行った。
別にいいのだけれど。
総司は自分の給金で飲んだり食べたりしているのだろうし。
もう大人なのだから好きなときに島原に行っていいのだけれど。
しかし千鶴の胸はなんだかもやもやしていた。
昼に総司の部屋で繕いものをしていたら、『昼寝をしたいから』と総司に追い出されたりすると余計に。
夜遊び歩いているから昼に眠いんじゃないですか、新選組の剣がそんなに飲み歩いていたらさびてしまうんじゃないですか、などとイヤミな言葉が喉まで出かかる。
千鶴は裁縫道具と繕いものを持つと、昼寝をする総司に部屋を開けるために食事を食べる部屋に移動しそこで繕いものをはじめる。
通りかかった左之と斎藤が千鶴に気が付き、部屋に入ってきた。
「こんなところで何やってんだ」
と左之。
「裁縫なら総司の部屋でやったほうがいいのではないか。ここは暗い」
斎藤が言う。千鶴は頬が膨れないように注意しながら言った。
「沖田さんの部屋は今沖田さんがお昼寝をなさっているので」
「昼寝?こんな真昼間からか?」
驚く左之に斎藤が冷静につっこむ。
「昼間に寝るから昼寝だろう」
「あれか?風邪がまだ治らねえとかか?」
左之が隣に座りこみ聞いてきた。千鶴は首を横に振る。
「いえ、風邪はもうすっかり」
「じゃあなんで昼寝なんてしてんだよ?」
「……」
千鶴は笑顔がひきつっていないことを祈りながら、にっこり微笑んで左之を見た。
「最近、夜にいつも出かけていてそれでじゃないでしょうか」
「出かける?どこにだ。一番組はここしばらく夜の巡察は無い筈だが」
斎藤が不思議そうに言うと、左之は「ああ!」と膝を打った。
「そういえば島原で舞妓といる総司を見かけたな。お気に入りでもできたか?」
「総司が?」
不審げな斎藤の肩を叩いて、左之は笑った。
「なんだよ、あいつだってもう二十歳超えてるだろ。普通じゃねえか」
「それはそうだが……」
千鶴はどんどん沈んでいく自分の気持ちを抑えられなかった。
島原に通っている総司を毎晩見つつも、他の誰かに誘われてとか何かの会合でたまたまとか思っていたのだが、左之の言葉によると個人的に行っているようだ。しかも舞妓と会っているとか……
決定的だ。
千鶴は傷ついた表情を見られないように、俯いた。これだけショックを受けて泣きたい気分になるのは、千鶴の立場では筋違いだとわかっている。重々わかっている。それでも止まらない自分の気持ちに気づかざるを得ない。
自分でも何故と不思議に思う。
そもそもどんな人なのかもわからないのに。
命令があれば千鶴のことだって、眉ひとつ動かさずに斬り捨てることができる人なのに。
そして斬り捨てた後にはもう千鶴のことなんで覚えていないだろう。
それでもあの緑の瞳で自分を見て欲しいと思う。
土方や原田は島原の女性たちから大変な人気だと聞いた。剣も強くて若くて金があって見た目もよくて……彼らからしたら選びたい放題だろう。総司はそんな女遊びなどするようなタイプではないと思うが、それでも気に入った舞妓やなじみの舞妓が出来てもおかしくない。
千鶴は、あの熱の夜抱きしめてくれた総司の腕を思い出してギュッと目を閉じた。
あの時はまるで千鶴は抱き枕の様に抱きしめられていたけど、総司が自分の意志で女性に手を伸ばし抱き寄せるのはどんな風なのだろうか。抱き寄せて抱きしめて、あの緑の瞳が優しく輝いて覗き込んでくるのを見つめるのはどんな気持ちなのだろうか。
それを毎夜味わっている女性が居るのだと思うと、千鶴の胸はしくしくと痛んだ。
その後左之達とどんな会話をしたか千鶴は覚えていなかった。とにかく初めて気づいた自分の気持ちを隠すのに必死だった。
左之達に対してでさえそうなのに、あの狭い部屋で四六時中一緒にいる総司に隠しきれるか千鶴は自信がない。
総司は何も気にしてなさそうに見えて意外に鋭いところがある。千鶴の様子がおかしいのがばれてしまうかもしれない。
沖田さんにばれちゃったらどうなるんだろう……
一緒の部屋にいるのがきっと重いって思うよね。でも近藤さんと土方さんからの命令で私の面倒を見なくちゃいけないから我慢してくれるかな。それならいっそ、私から近藤さんに言って世話人を別の人にしてもらった方が良いんじゃないかな……あ、でもそうしたら他の人は一体何があったんだって不思議に思うよね。
傍に総司の気配を感じて、声をかければすぐ振り向いてくれることに千鶴はもう慣れてしまっていた。
一緒の部屋に住み始めてもう二か月近く。
お互いがお互いの存在に慣れ、生活リズムも似てきている。今ここで総司と離されるのはつらいだろう。
沖田さんの傍にいたい。
私は沖田さんに女の子として見られていなくて、沖田さんに他に好きな人ができて、つらいかもしれないけど傍に居たい。
それに、意地悪だけど沖田さんはその舞妓さんとは一緒に暮らせない。屯所で沖田さんの傍に居られるのは私だけ。
そのためには決して自分の気持ちを悟られてはいけないと千鶴は思った。
総司に対する想いを大事にしたいのなら、その気持ちを総司はもちろん他の誰かにさとられてはいけないのだ。
『千鶴は嘘が下手だなあ』と父にも薫にも言われていたが、だがきっと突き通せる。事実、風邪の時に一緒に寝たかという総司からの質問には平然とウソがつけたではないか。
千鶴は自分に小さく頷くと、深呼吸をして繕い終えた総司の着物をピンと伸ばした。
それからしばらく総司の島原通いは続いた。
しょっちゅう派手に遊んでいる新八たちはたまに土方や山南から注意されていたのだが、総司はあまりそういう遊びをしてこなかったせいか特に注意もない。
そんなに毎晩会いたい人がいるのかと千鶴の胸は痛んだが、屯所にいるときの総司は以前とまったくかわらなかった。
千鶴をからかい、近所の子供たちと遊び、剣の鍛錬をする。
普通恋をしたのならどこか浮ついた様子が現れそうなのに、と千鶴は不思議に思う。事実恋をした千鶴は、総司の一挙一動に天国と地獄の間をいったりきたりしているのだ。
今日も朝から総司は非番で、繕いものをしている千鶴の横でのんびりと書を眺めたり昼寝したり、千鶴に話しかけたりしている。
また夜になって島原が開く時間になったら行ってしまうのだろうと思いながらも、千鶴がゆったりとした今の時間を楽しんでいると、総司がふと思い出したように言った。
「あ、そうだ君さ、これから暇?って…居候だし暇だよね」
聞いておいて自分で答えて笑っている総司を、千鶴は軽くにらんだ。まあ実際暇なのだが。
皆の雑用もいろいろとまかされるようになってきて、やることはあるが別に急ぎではない。千鶴がそう言うと、総司は起き上って伸びをした。
「じゃあ、これから出かけない?僕と一緒なら屯所の外を出歩いても大丈夫でしょ」
「……私も、ですか?何か用事でも……?」
何故わざわざ?という表情で首をかしげる千鶴に、総司はあっけらかんと言った。
「君も一応女の子だからさ。女の人がどんなのを喜ぶかわかるでしょ?贈り物をしたいんだけどどんなのがいいのかわからないんだよね」
グサリと傷ついた心を隠して、千鶴は笑顔で答えた。
「私なんかではお役にたてないんではないかと……」
「大丈夫大丈夫。自分がもらえたら嬉しいなーってのを選んでくれればいいんだから。さ、行こ」
強引に誘われて、千鶴はしぶしぶ立ち上がった。総司と二人で屯所の外に出られるのは嬉しいが、買いに行くのが総司の馴染みの舞妓さんへの贈り物と言うのは……
しかしそれでも傍に居たいと願ったのは自分だ。
総司の一番の想い人になれなくても傍に居たいと。
例え沖田さんの好きな人のために贈り物を選ぶためだとしても、いっしょに出かけられるのを喜んでるなんて、私ってどこかおかしいのかな……
それでも隣を歩く総司が視線をあわせて微笑んでくれると、妙に心が浮き立ってしまう千鶴だった。
小間物問屋に行くと、奥から主人が出てきた。
巡察などで総司の顔などは知っているのだろう、すぐに『沖田様』と呼び下にも置かぬもてなしを受ける。
「今日はどういったご用件で?」との問いかけに、総司は千鶴を見た。
「どうかな。どんなのがいいと思う?」
なじみの舞妓さんへの贈り物なら、やはりお座敷でつけられるものが良いだろう。総司が島原に頻繁に行くようになったのは風邪が治った後、この一か月くらいだ。着物などの大物は専属の旦那が贈る物だと聞いているし、総司は上客だろうがそこまでではないだろう。となると……
「かんざしとか櫛とか…あとは扇子とかがいいんじゃないでしょうか?」
「そっか。じゃあかんざしと櫛を見せてくれる?」
総司がそう言うと、女中らしき女性が朱塗りの箱にきれいに並べられたかんざしを持ってきた。そして奥からもう一人がまた別の箱を。さらにまた別の箱も運ばれ、目の前に置かれる。
「これかな?」
総司が手に取ったのはシンプルな桜の花の形をした飾り紐が一つだけついたかんざしで、千鶴が一番最初に『かわいい』と思ったものだ。しかし千鶴は首を横に振った。町娘には似合うだろうが、豪奢な舞妓がつけるにはあまりにも寂し過ぎる。
「そうなの?君に似会いそうだと思ったんだけど」
「……え?」
意外な言葉に千鶴は目を見開いて総司を見た。総司はにっこりと微笑むとそのかんざしを千鶴の髪に当てて眺める。
「ほら似合う」
千鶴は、奇妙な顔をして二人を見ている店の人を見て、慌てて言った。ちなみに千鶴はもちろん男装しているのだ。
「お、沖田さん!男の私にかんざしが似合ってもしょうがないでしょう!」
千鶴がそう言うと総司は驚いたように目をパチパチさせると笑い出した。
「そっか、そう言えば確かにそうだよね」
千鶴は『もうっ』と思いながらも改めて総司に聞いた。
「あの、島原の舞妓さんに贈るんじゃないんですか?」
まさか自分への贈り物だったのか…?と千鶴がほんの少しの期待と共にそう聞くと、総司は無邪気に「うん、舞妓さん宛て」とうなずき、千鶴はがっくりした。わかっていたが一瞬期待してしまった自分が恨めしい。
「じゃあもう少し豪華なものにしないと。これじゃあ完全に衣装負けしてしまうと思いますよ」
「そうなの?服に合わせて選ぶものなんだ」
「そうです。それに、私に似会ってもその女性に似会わなかったらダメじゃないですか。どんな人なんですか?」
総司がどんな人を選んだのか聞けるかも……とドキドキしながら千鶴が聞くと、総司は特に考えるでもなくあっさり答えた。
「ん?綺麗な人だよ?」
「……だから、色っぽいのかかわいいかんじなのか明るいのかしっとりしてるのか、何かもう少し……」
要領を得ない総司の答えに千鶴は困り、質問する。総司は考え込んだ。そして肩をすくめる。
「うーん……よくわからないんだよね。島原の人はみんな化粧が厚すぎてどんな顔かわかんないし」
「……」
……あれ?
毎夜毎夜恋焦がれて通っている男の台詞とは思えない。しかも贈り物までしようとしている男の台詞とはもっと思えない。
「あの……沖田さんのなじみの舞妓さんに贈るんじゃないんですか?」
「僕の?僕にはなじみの舞妓なんていないよ」
「……」
あまりの返事に、千鶴はしばらくなんと返せばいいのかわからず固まった。
聞きたいことは山ほどあるのだ。じゃあ毎夜どこに、何しに行っていたのか。なぜ今贈り物を選んでいるのか。しかし混乱しすぎて言葉にならない。
総司はそんな千鶴には気づかずに『ど・れ・に・し・よ・う・か・な…』と楽しそうにかんざしを選んでいる。
「あの……あの、じゃあ誰に贈るんでしょうか……?」
「近藤さんが今度落籍させるんだよ。その相談で毎晩置屋に行ってたんだけど、ようやく話がついてね。で市中に家も借りて準備が出来たんだけど近藤さん最近忙しくてはじめてその家に行くのに何も贈り物を買ってないんだって。で、なにかみつくろっておいてくれって言われてさ」
そうだったのか…と千鶴は全身の力が抜ける思いだった。
散々苦しんで眠れない夜を過ごしたのは、全て誤解だったのか。
嬉しいという感情よりも先に、茫然とした脱力感が千鶴を襲う。
すべては千鶴の勘違いだったのだ。
次に襲ってきたのは、理不尽ではあるが総司に対する怒りだった。
何の説明もなしに毎夜島原に行っていたら、そりゃあ馴染みの女性が出来たと思うのは当然だろう。左之だってそう言っていたのだ。千鶴の傷ついた胸の痛み、流した涙、切なくて苦しかった。あの頃を思い出すだけで胸がいたくなるくらい。
それが全て総司の説明不足のせいだと思うと……!
別に総司が千鶴に自分の行動を説明する義務はないのだが、千鶴は今目の前でのんきに鼻歌を歌いながらかんざしを見ている総司のあっけらかんとした呑気な顔を見てムラムラと怒りが込み上げてくるのを感じた。
今日のかんざし選びだって千鶴がどれだけ傷ついて、それでも傍に居たいからと言う健気な思いでついてきたと思っているのか。
千鶴はざっと箱を見て、その中で一番派手でじゃらじゃらとかざりのついているかんざしを選んだ。
「これでいいんじゃないですか!?」
「これ?少し派手すぎな……」
「これでいいと思います」
有無を言わせぬ千鶴の言い方に、総司は一瞬キョトンとした。
「どうしたの?」
「どうもしません。今日は夕飯当番をお手伝いしますって左之さんに言ったので早く帰りたいんです」
「……ふーん……ま、いっか。じゃあこれください」
総司はそう言うと、千鶴が渡した派手なかんざしを店の主人に渡す。
「それとこれも」
そう言って総司が主人に渡したのは、最初に千鶴が『いいな』と思ったシンプルな桜のかんざしだった。
「沖田さん、だからそれは……」
それは舞妓さんの趣味には多分合わない…と言おうとした千鶴の言葉は、総司の悪戯っぽい笑顔にさえぎられた。
「これは僕から」
そう言って、千鶴の耳元に口を寄せ囁く。
「君にね、千鶴ちゃん。この飾り、桜の花だからこれからの季節にちょうどいいんじゃない?いつも部屋をきれいにしたり洗濯してくれたりしてくれてるお礼。女の子に戻ったら使いなよ」
唇がふれそうなくらいの総司の近さにどきんとし、さらに言葉の内容に千鶴のドキドキは強くなった。
本当にさっきまで奈落の底に居たのに今は天国だ。
「沖田さん……」
ああ、今自分は恋する女子の顔をしてしまっている、と千鶴は思った。
気づかれてはいけない。
実際足がフワフワと浮いてしまいそうなくらい幸せで嬉しい。でもそれを表に出してはいけない。女子に戻るとしたら、それは総司の傍を離れなくてはいけないときだろう。新選組は女人禁制で、総司が新選組から離れることはあり得ないのだから。
それならこのかんざしを使う日が一生こないのだとしてもかまわない。
「あ、ありがとうございます……」
千鶴はうつむいて、できるだけ感情を込めないように気を付けてそう言った。