LOVE
STORY
寒い。
でも熱い。でも寒い。この抱いている物はひんやりとして気持ちいいのに暖かくてちょうどいい。
熱過ぎず冷たすぎず……ほらちょうどいい。
ちょうどいい暖かさなのにひんやりして気持ちいい。その上にすべすべで柔らかくてちょうどいい大きさでいい匂いがして……安心する。
これは何なんだろう。でもものすごく安心して気持ちいい。
頭が痛くて、体中痛かったけど気にならなくなってきた。体の芯からあったまって心地いい……
ちゅんちゅん、というスズメの泣き声で千鶴は目を覚ました。
暫くぼんやりとして、そしてぎょっとする。
夜着がかなりはだけて隣には総司。総司も着物の裾も袷もかなりはだけている。
一気に目が覚めた千鶴は、思わずあげそうになった声を必死に我慢して、そっと布団から抜け出そうとした。しかし総司が脚を絡め、腰に腕をがっちりまわしているのでなかなか抜け出せない。
千鶴は焦りのあまり汗がにじみ出てきた。
早くここから逃げ出さなくては……!
総司の心配をした誰かが部屋にやってきてこれを見られたりしたら身の破滅だ。しかし総司に目を覚まされるのはダメだ。それだけは絶対に避けなくてはいけない。
一体どういう経緯で二人がこんな状態になっているのか、ぼんやりとしか思い出せないが何も……そういう色っぽいことはなかったことだけはわかる。だがこんな恰好で抱き合って眠っていたなどと意識してしまったら今後総司と同室で一体どういう顔をすればいいのか。
総司の呼吸とあわせて、千鶴は少しずつすこしずつ総司の腕をはずし、脚を抜いて……一刻あまりかかったが、千鶴はようやく総司を起こさずに布団から抜け出すことに成功した。
朝の光の中でむき出しの自分の恰好に、千鶴は慌てて身だしなみを整える。そしていつもの着物を着て袴を着け髪を結った。
人心地ついてそろっと総司の様子をうかがうと、総司は相変わらずぐっすりと眠っていた。
昨夜の苦しそうな様子はなくなっているが、頬が赤く息が荒い。
熱が上がり切って熱いのだろう。
昨夜は何もなかった。何もなかった。何もなかった……
千鶴は頭の中で呪文のようにそう唱えて、そっと部屋を出る。のぼせている頬をパンっと叩いて気持ちを切り替えて。
総司のためにおかゆと、あと何かさっぱりしたもの……それと額を冷やす水と手ぬぐい。
千鶴は切り替えようと思ってもなかなか熱がひかない頬を両手で押さえながら、台所へと向かったのだった。
しゅんしゅんと土瓶の中のお湯が沸く音が、総司の部屋に静かに響いていた。千鶴が用意した火鉢のおかげで、総司の部屋はすっかり暖かく居心地がよくなっている。
千鶴は総司の枕元で手ぬぐいをしぼり、また額に乗せる。その時そっと後ろの襖が開き、近藤が入ってきた。
「……近藤さん」
近藤はしっと言うように人差し指を立てて、総司の方を見る。千鶴はにっこりと微笑んで、少し後ろに下がった。
「朝におかゆを少し食べて、また眠ってしまいました」
「そうか……」
近藤は音をたてないように総司の枕元に座った。そして慣れた手つきで額に手を当て、「熱いな」と顔をしかめる。
千鶴は立ち上がり、台所に行って近藤の為のお茶を淹れ戻ってきた。近藤は千鶴が出て行った時と同じ場所で、総司の顔を眺めている。
「どうぞ」
千鶴がお茶を出すと、近藤は礼を言ってお茶を飲んだ。
「……総司は小さいころから体が弱くてな。よくこうやって熱をだしていたんだよ」
「そうなんですか?」
鬼のように強く飄々とした総司がよく風邪をひくと言うのは想像できず、千鶴は少し目を見開いた。近藤は困ったもんだというように微笑んでうなずく。
「俺は田舎の道場主で総司はそこで預かっていた子供だったんだ。剣の練習というよりはどちらかといえば家の中の下働きのような感じでな。風邪で寝込んでいても看病してやれる人間などいなかった。俺もできるだけ様子は見る様にしていたんだが、一日に一回顔を見に行くくらいが精いっぱいでな。それでも総司は、俺が行くと嬉しそうな顔をして布団から起き上がってたもんだ。小さいころに母親や姉と別れて寂しかったんだろうなあ」
しみじみとした様子で総司を見ながら話す近藤を、千鶴は黙って見ていた。
生活の苦しい田舎では子供を奉公にだすことはよくあることだ。だが奉公先の人間が近藤のように優しい人でよかったと、千鶴は他人事なのにまるで自分のことのように嬉しかった。
一人で心細くて、しかも風邪をひいて寂しくてつらいときに、近藤の見舞いは総司にとってとても嬉しかったことだろう。
「沖田さんは、近藤さんみたいに優しい人に出会えてよかったですね」
千鶴がそう言うと、近藤は頭をかいた。
「いやあ……そうならいいが、そうとも言えんと最近は思いはじめてるんだ」
「そんなこと……」
「いやいや、君も見たろう。総司がなんのためらいもなく人を殺すところを。善悪を教えてこなかった俺の責任なのだが、そんな総司を新選組という人斬り集団に引き込んでしまったのは俺だ。俺が京に総司をつれてこなければ、あいつはこんな人を殺すようなことはなかったのではと思うとな」
「……」
近藤の言うことも、総司が昨日境内で言っていたことも、どちらにも千鶴にはわかった。そしてどちらも間違っていないと思う。
「沖田さんは…沖田さんは近藤さんのことをとても好きでついてきたかったんだと思います」
まだ新選組に来てひと月しかたっていない千鶴が何か言うのも差し出がましいとは思ったが、珍しく気弱になっている近藤に何か言わなくてはいけないような気がして、千鶴はそう言った。
「だがなあ……。俺の後をついてきてくれるのは嬉しいが、男である以上いつまでもそのままではいられんだろう。いつかは自分の守るべきものを見つけ、自分の道を歩いて行かなくてはいかんのだ。その時の指針となるような『心』を、俺は総司の中に育てられなかったのではないかと思うとな」
近藤は誰に言うでもなく独り言のようにそう言うと、そのまま総司の顔を見つめていた。
「……」
近藤と総司の間にはとても強い絆があるように見える。
近藤の傍に居れさえすれば、総司は大丈夫なのだ。好きな物を一途に慕う『きれいな心』を総司は持っている。そして近藤も、総司をとてもかわいがっていることが千鶴にもわかった。
小さいころからの弟分と、新選組一番組組長としての役割と。近藤自身も葛藤しているのだろう。
そんな想い合っている近藤と総司の二人の道が分かれてしまうことなど考えられない。
千鶴はそう思いながら、黙って近藤の顔を見つめた。