君の名は 2
時刻はそろそろ昼。
「昼、食べよっか?」と総司に誘われて、マクドナルドで昼食をとる。
食後、総司は、向かいでポテトを食べている千鶴に聞いた。
「午後どうする?もうチラシはどっかに捨ててサボらない?」
総司の提案に、千鶴はあまり驚かなかった。彼はこういう仕事を真面目にやるタイプには見えない。要領も良さそうだし適当に配りあとはサボるつもりだったのだろう。午後は一人でやっても配りきれる量だし、薫のふりをするためにいろいろ気を使わなくてよくなるので、千鶴としても全然問題ない。
「はい。あとは私一人で配るので、沖田さんは、あの、いいですよ」
当然のように自分はサボるつもりのない千鶴の様子に、総司は少し驚いたようだった。
「……真面目だなあ。……まあいいよ。君がやるなら僕もやろっかな」
「あの、ほんとに……別に学園に言ったりしないですし、残りのチラシもあれくらいならあと二時間もしたら全部配れると思うので大丈夫です」
「うーん……いや、一緒にサボって遊びにいけたらなって思っただけなんだ。せっかく仲良くなれたんだしね。君がチラシを配るんなら僕も配るよ」
一緒にサボって遊びにいけたら……
総司の言葉に千鶴は固まった。返事が思い浮かばない。
こ、これは……誘われているのだろうか。多分そうなんだろう。こんなにさらりと。
女子校で男に免疫のない千鶴にとっては、胸がドキドキして頬が熱くなってしまう。
私が誘われたわけじゃなくて、誘われたのは薫なんだけど。
これがいわゆる『口説く』とか、そういうことなのか。最近の男子校生はすすんでいるんだ……!と最近の女子高生の千鶴は驚いた。女子高生をやっているときの『千鶴』はこんなふうに男子から誘われたことなどないのだ。女子高だから当然といえば当然なのだが。
今の総司のお誘いは、男と男のアレコレなのではあるが、千鶴は少しだけ薫がうらやましかった。
薫は迷惑なんだろうけど。
そういえばこれまでの薫あての家電への電話攻勢も、プレゼント攻撃も激しかった。これだけ熱烈に好意を示してくれるのは男みょうりに尽きるのではないだろうか。その時に電話越しに聞いた声はもう少し低くてトツトツとした話し方だったような気もするが。
「え、えーっと……はい。じゃあ、続きを配りましょうか?」総司にはドキドキしてしまうが、まあ、もし総司が女の子が好きだったのだとしても、きっとこんな目立つ彼の周りには綺麗な女の子がいっぱいで、地味な千鶴など誘ってもくれないだろうが。
こうやって狭い机をはさんで見てみると、整った顔の作りも、艶のある明るい髪の毛も、スタイルのよさも、可愛い笑顔も、表情にあわせて色の変わる緑の瞳も全部とても綺麗だ。そして自分とも薫とも違う広い肩やがっしりとした腕に目がいってしまう。
男の人を好きな人なんだから。
千鶴が変にドキドキしたりしてもおかしいし、今は千鶴は薫なのだから妙に仲良くなってもまずい。かと言って一日一緒にチラシを配るのだからいがみ合っているのも居づらいし、そこはバランスよくこなさなくてはいけない。
難しいな……
千鶴は、ゴミ箱でゴミを捨てている総司の広い背中を見て、ふぅ、と小さくため息をついた。
「はい、どーぞー」
チラシを渡しながら、総司はダンボールの中を覗いて残りを確かめた。
あと少し。時間は昼の三時を少し過ぎた頃。
単調な作業で飽きたし立ちっぱなしなのもきついし冬の底冷えがきつい。総司はどちらかというと暑がりのほうだが、あの子は女の子だし冷え切っているのではないだろうか。午後からサボっても何の問題もないのだけれど。
でもあの子が一人で頑張るとか言われたら、ねえ……
総司はそう思いながら、少し先でチラシを配っている千鶴を見た。
あんな華奢な子が頑張っているのに総司だけ休んでいるのもカッコ悪い。ふたりでさっさと配ってチラシをなくして早く仕事を終えてしまった方がいい。
その時、千鶴が何かに気づいて歩き出すのが見えた。なんだろうと総司が見ていると、千鶴は駅前広場の隅でしゃがみこむ。彼女の目の前には泣いてる男の子がいて、どうやら迷子らしい。
関係ないと無視するか警察を呼ぶかすればいいのに。
総司はため息をつくと千鶴の方へ歩き出した。余計な面倒を背負い込むタイプなのかなと思うけど、なぜかそういうところもいいなと思う。自分にはない一面だからだろうか。
近づくと、千鶴の困ったような声が聞こえてきた。
「お名前は?いくつかな?」
必死に話しかけているのにその男の子は大声で泣いているだけだ。
「どうしたの」
「あ、沖田さん。あの、この子が……」
総司は相変わらず泣いている子供をちらりと見た。
「迷子だね。警察へ連れて行ったら?」
「そうですよね、でも動いてくれなくて……怖がられているんでしょうか」
「そりゃあそうでしょ。親とはぐれて知らない人にいろいろ話しかけられてさ」
うわああん!うわあああん!という男の子の泣き声がさらに大きくなった。千鶴はおろおろする。彼女の方も泣き出してしまいそうだ。
「どうしよう。交番ってこのあたりはどこにあるんでしょう?でもこんなに怖がってるのに交番に行ったら多分もっと……」
「泣くよね。……しょうがないなあ」
総司は頭をかくと、持っていたチラシを千鶴に渡した。「これ持ってて」
そう言うと、泣いてる男の子を抱き上げる。
「うっうわあああああああんん!!」
驚いた男の子の泣き声がさらに激しくなり、ばたばたと両手足をうごかして総司の腕から逃れようと暴れた。だが、まだ幼児。総司の敵ではない。
「はいはい。大きい声で泣いてればいいよ。……よっと」
掛け声とともに総司が男の子の脇の下を持ち上げるのを見て、千鶴は一体何をするのかと目を見開いた。下手に刺激をしたらさらに泣き出すのでは……と心配する千鶴の前で、総司は軽々と男の子をかかえてて自分の肩に肩車をする。
突然高いところに置かれた男の子は、一瞬泣き止んだ。
「ほら、大声で泣いてお母さんを呼んだら?」
驚いて自分を見上げている千鶴に、総司はウィンクをした。
「親も多分探してるよ。これだけ目立てばきっとすぐに見つけてもらえるんじゃないかな」
「……」
総司の行動は千鶴にとってはカルチャーショックだった。碧の瞳を片目だけ閉じて綺麗に決まったウィンクも。
警察に行く以外の方法なんて思いつかなくて、自分で親を探すにしても遠慮がちな声で道行く人に声をかける程度だろう。
高くなった視界に一瞬泣き止んだ男の子はしかし、自分の置かれた状況を認識すると再び激しく泣き出している。バタバタと動く小さな足を総司が掴む。
「ほら、大声で泣くのはいいけどちゃんと掴まってないと落ちるよ。手で僕の頭を持って…ほら!」
泣きながら暴れる男の子を肩の上で抑える総司と男の子はどこかほほえましくて、千鶴は思わず微笑んでしまった。
総司の見た目と性格、それと薫のストーカーというのに警戒していた千鶴も、今の総司の様子は、小さな子の扱いに慣れていないのに一生懸命で手加減しつつもちょっとだけ荒っぽくて、なんだか素敵だと感じる。
そんな三人は当然ながら駅前広場でもかなり目立ち、すぐに慌てた様子の女の人が駆け寄ってきた。
「すいません!その子うちのこです!」
母親の声を聞いた男の子は総司の肩の上から飛び降りようとしながら、さらに大声で泣き出した。
「わっ!ちょっ、ちょっと待って!ちゃんとおろしてあげるから……!」
落ちそうになる男の子を、千鶴と母親で抱きとめて、迷子はなんとか無事母親の元に戻った。
何度も頭を下げ立ち去る親子に手を振りながら、総司は呆れたように笑った。
「すごい大音量だったね。耳がおかしくなるかと思ったよ。まあ、無事お母さんが見つかってよかったけど」
千鶴もほっとして微笑む。
「ほんとですね。よかったです。あの……ありがとうございました」
お礼を言われて、総司が千鶴を見た。
「ありがとう?何が?」
「その……私じゃどうすればいいのかわからなかったと思います。あの男の子を助けていただいてありがとうございました」
千鶴が、感謝と尊敬の気持ちを込めてにっこり微笑んで総司を見上げると、彼は一瞬息を呑んだ様に妙な顔をした。「いや、別に……」とかなんとか総司がもごもご口の中でつぶやいていると、千鶴はそれには気づかず、総司の頭をみてくすくすと笑った。
自分の頭の辺りを見て笑っている千鶴を見て、総司も上を見上げてみた。が、特に何もない。
「なに?」
「沖田さん、頭に……」
「え?」
なんだろうと総司が自分の頭を触ろうとすると、千鶴が慌てて止めた。
「男の子の涙と……多分よだれが。拭きますので、すこし頭を下げてもらっていいですか?」
総司が素直に体をかがめると、千鶴がポケットからハンカチを取り出し、総司の髪を拭きだす。
何も考えずに頭を下げた総司は、この状況に気づいて目を瞬いた。
目の前には千鶴の胸。両腕を総司の頭に回して、まるで彼女の胸に抱きしめられているようで、柄にもなく総司は緊張した。耳が熱くなるのが自分でもわかる。
ふわっと千鶴から爽やかな甘い匂いが香ってきて、総司の胸は柄にもなくドキドキする。髪を触ってくれている細くて白い指を想像すると腹の奥が熱くなった。
「はい、これで多分綺麗になったと思います」
千鶴の声とともに体がはなされて、総司は夢から覚めたように再び瞬きをする。
「……」
ハンカチをしまっている千鶴を見つめて。
何か言いたいけれど何を言えばいいのか思い浮かばず、総司は渡された残りのチラシを受け取った。
「あの、薄桜学園の沖田さんですか?」
妙にはしゃいだ女子高生の声に、千鶴はチラシを配っている手を止めた。総司の方を見ると、三人の女子高生に囲まれている。あの制服は島原女子校のものだ。
千鶴は見つからないようにと人ごみに隠れて彼女たちの顔を見たが、知らない顔でホッとした。島原女子の一年生だろうか。
「あのっ私、ファンで。写真を一緒にとってもらえませんか?」
真っ赤な顔で女子高生の一人が頼み、総司が頷くのが見える。友達の子がスマホをかまえて、そのファンだという女の子と総司のツーショットをとっていた。
ファン?
芸能活動でもしているのだろうか?と千鶴が首をかしげていると、多分学園祭からの帰りらしき別の女の子の集団も総司を見て黄色い悲鳴を上げていた。話しかける勇気はないようで、遠くからきゃあきゃあ騒いでいる。
「あれ、沖田さんだよね?」
「学園祭にいないと思ったらここにいたんだ!超ラッキーじゃない?」
「あの黒い服とかかっこいい!私服が見れるなんて!!」
「全国大会でも優勝したんだよね」
「かっこいいよねえ!」
漏れ聞こえてくる声から判断するに、総司はどうやら有名人らしい。全国大会で優勝とは……。なんの全国大会かは知らないが、すごいことではないだろうか。
「……」
千鶴は無言でチラシを配る。
薫のことを好きで、薫は嫌がっているのに強引にストーカー紛いのことをする迷惑な人だと思っていたのに。
ものすごい人気者ではないか。そんな人がなんで薫となんて……っていうか男の人が好きなんじゃなかったの?なんであんなにベタベタ触ってくる女の子にも笑って相手してるの?
千鶴は横目で、再び学園帰りの女子たちに囲まれている総司を見た。嬉しそうな顔をしている……ような気がする。
薫のことを好きだって言ったのに。
一緒にサボろうとか言ってたのに。
男の薫にバレンタインのチョコを贈ったり、家にしつこく電話してきたりしてたのに。
薫に言いつけたりはしないけど、ちょっと誠意がないんじゃないの……
千鶴はもやもやしながらチラシを配り続けた。
「終わった……!」
最後の一枚を配り終えて、総司は凝った肩をぐるぐると回した。午後も遅くなってくるとチラシもなかなか受け取ってもらえなくなり、残りあと少しのところから随分かかった気がする。
「お疲れ様でした」
千鶴も達成感からか嬉しそうだ。同じ作業を協力して終わらせた仲間意識のようなもので、今日の朝に比べて仲良くなれたきがする。
チラシの入っていたダンボールを崩して小さく折り、駅前にあるゴミ箱に捨てれば、本日の作業は全て終了だ。
「……」
駅に向かって歩きながら、総司は隣りの千鶴を見た。
どうしよう。誘ってみようか。
まだ時間は四時すぎだし、彼女と一緒のチラシ配りは楽しかったし、これから総司は特になんの予定もないし。
「これからなにか予定ある?」
「え?」
「小腹すいたし寒かったし、ちょっとどこかで何か食べてあったまってから帰らない?」
「あ、えっと……」
あ、まずい。断られるかな。
と、総司は内心思った。一日一緒にチラシを配って、彼女の方もいい感じだと思っていたのだが。困ったように視線を逸らせて口ごもった千鶴を見て、総司は失敗したと思った。
急ぎすぎたのだろうか。学園祭が終わって普通の学校生活に戻ってから誘った方がよかったのかもしれない。
千鶴のようなタイプの女の子は初めてなので、加減がわからない。これまでの総司が知ってる女の子達はこれぐらいの仲の良さだったら喜んで一緒に来てくれるのだが。というか、女の子の方から誘ってくる場合の方が多かった。
だが、一度断られてしまうと次が誘いにくくなる。
総司がなんとかごまかして今の誘いがなかったことにしようとしたとき、「あ!あのお兄ちゃんだ!」という子供の大きな声がした。
声のした方を見ると、フリーマーケットの端の一角の机の向こう側に、先ほど迷子になっていた男の子とそのお母さんが座っている。総司と千鶴に気づき、そのお母さんは立ち上がった。
「さきほどの……。どうもありがとうございました。もうチラシを配るのはおわりですか?」
「はい。ここで出店してたんですね」
千鶴が近寄ってみると、そこはミサンガを売っている小さな出店だった。隣りに空いた机もあって自分でも作れるようになっている。男の子のお母さんは千鶴の言葉に頷いた。
「そうなんです。だからこの子も飽きちゃってあたりをうろうろしだしちゃって、それで迷子に。……あ、そうだ、もうお仕事終わられたんなら、ミサンガ作ってみませんか?お礼も兼ねて、もちろん材料は無料だし作り方も教えますよー。うちもそろそろ片付けて帰ろうかと思ってたんで、最後にどうですか?」
総司と千鶴は顔を見合わせる。
そして、熱心に誘ってくれる男の子のお母さんに言われるがまま、空いている机の席に座って、渡された糸を選びだした。
「ぶっ!」
千鶴の作ったミサンガを見たとたん吹き出した総司を見て、千鶴は顔を赤らめた。
自分だってちょっと……かなりひどいかなと思っていたのだ。昔からこういう細かい仕事は苦手だしセンスにも自信がない。
「だって……初めてなんだし」
千鶴は赤くなって口ごもりながらそう言った。総司はひょいと千鶴の手の中から彼女が作ったミサンガを取り上げる。
「まずさあ、色がね。なんでこの鮮やかな緑にくすんだピンクを選んだわけ?もうちょっと落ち着いた緑なら和風っぽい感じになってまだ良かったと思うけど」
「……」
千鶴だって落ち着いた緑色にしようと思っていたのだ。でも選ぶ直前にふいに総司の綺麗な緑色の瞳を思い出してしまってついつい……
「それからさ、ここ、編み方が間違ってるよ。左、真ん中、右って順番にやるだけなのに、ここは左が二回続いてるしここは真ん中が一回ぬけてるよね。それからもうこれは今更言ってもしょうがないと思うけど、編み方がゆるいんだよ。それでもって最後の方にそれに気がついてきつめに編みだしてるから全体的にどうしようもない感じになっちゃってるんじゃない?」
全体的にどうしようもない感じだとは自分自身も気づいていたが、総司に具体的にその原因と理由を言われて千鶴は涙目だった。
こんなズケズケと意地悪なことを言う人だとは。
そりゃあ、千鶴は不器用で、誘ってくれた店の人ですらフォローの言葉がないくらいの代物を作ってしまったことは認めるけど、何もこんなに楽しそうにイキイキと指摘しなくてもいいではないか。
千鶴は恨めしそうに、相変わらず大笑いしている総司の顔を見る。
「だから、不器用なんですって言ったじゃないですか。いいです、別に使わなきゃ誰にも見られないし。それに、そういう沖田さんの方はどうなんですか」
千鶴は総司の手元を覗き込んだ。
大きな手でこんな小さなものを編めるはずもない。男の人は不器用な人が多いし……そう思って総司のミサンガを見た千鶴は固まった。
「……どう?」
ニヤニヤと、千鶴の答えはわかっているとでもいうような顔で、総司は自分の作ったミサンガを千鶴の目の前にぶら下げた。
「……」
白と基調として、紫色とピンク色が編みこまれているそれは、売り物にできるのはないかというくらい綺麗に編まれていた。批判をしてやろうと思っていた千鶴も、思わず手を伸ばしてしまうくらい。
ニヤニヤ笑っている総司の顔には腹が立つし、素直に言うのも悔しいけれど……
「すごい……可愛いです。これ、売ってたら私、買っちゃうかも」
「そう?じゃあ……」
そう言うと、総司は千鶴の手首を掴む。
「え?」
「あげる。ちょっとじっとしてて……よし、できた」
千鶴が自分の手首を見てみると、そこには先程総司が作ったミサンガがしっかりと結ばれている。
「えっと……え?これ、あの……」
総司は、千鶴の手首についている自分の作品を満足げにみながら言った。
「あげる。気に入らなかったら家で切ればいいよ」
「そんな……。沖田さんがせっかくつくったのに私がもらっちゃっていいんですか?」
「別に僕はいいよ。もともと君をイメージして作ったやつだから僕がしても似合わないしさ。……あ、じゃあ僕はこっちをしようかな」
そう言って、総司は千鶴の作ったボロボロで趣味の悪いのミサンガを取り上げると、自分の腕にあてた。
「ほら、結んでよ」
こんな格好の悪いものでいいのか、やめたほうがいいと言う千鶴の意見は聞かず、総司は強引に千鶴の作ったミサンガを自分の手首に結ばせた。そして二人の手首を並べて、満足げに眺める。
「いい感じ」
楽しそうな総司に、千鶴は首をかしげた。客観的に見ても、千鶴の手首にあるミサンガはかわいいけど、総司の手首にあるのは、なぜわざわざそんなものを……と思うような代物だ。
「あの、ほんとに家で切って捨ててくださいね、そのミサンガ」
「どうしてさ?」
「だって……みんなに変に思われちゃいます」
「別に周りになんて思われようと気にしないけど。聞かれたらちゃんと君が作ってくれたものだって言うし」
総司の言葉に千鶴は焦った。いろんな意味で。青くなったり赤くなったりしながら総司に訴える。
「だっだめです!そんな……そんな誤解されるかもしれないじゃないですか!」
「なんで?僕は薫ちゃんとなら誤解されてもいいんだけどな」
『薫』と言う言葉が千鶴を一気に現実に引き戻した。
笑顔がこわばるのを自分でも感じる。総司に見られたくなくて、千鶴はうつむいた。
総司はそんな千鶴に気づいていないようで、、迷子になっていた男の子と楽しそうに話していた。
「もういっかい肩の上にのせて!」
「えー?君、僕の頭の上にヨダレ垂らしまくってたらしいんだよね〜」
「もう泣いてないから大丈夫だよ!」
「そうかなあ」
楽しそうに男の子と笑っている総司を千鶴は複雑な思いで見た。
たった一日なのにいろんなことがあった。二人だけで一緒の仕事をして、不思議なことに千鶴は総司の事をとても近く感じるようになっていた。一年同じクラスにいてもいつまでも壁のある人もいるのに、何故か総司には……。
千鶴の頭には、二人でチラシを配ったこと、道を尋ねられて二人で一緒に教えたこと、二人で食べたマクドナルドに、迷子騒ぎ。そしてこのミサンガ。千鶴をイメージして作ってくれたというミサンガ。
でも、総司が見ていたのは全部『薫』だ。
最初からわかっていたのに、忘れないようにと気を張っていたつもりだったのに、楽しくてついつい忘れていた。
そんなことを知らない総司は、不意に暗くなった千鶴の表情に気づき、顔を覗き込んだ。
「どうかした?」
千鶴は総司にこれ以上怪しまれないようになんとか微笑むと、できるだけ明るく答えた。
「いいえ。あの、じゃあ……今日はこれで帰ります。ありがとうございました」
「え?ちょっと待って……」
総司は驚いて千鶴を追いかけようとしたが、男の子に話しかけられて止められている。
「ちょっと待って!薫ちゃん!」
総司の口からこぼれる『薫』という言葉がつらい。現実をつきつけられるようで聞きたくない。
千鶴は構わずそのままその場から逃げるように走り去った。