ひととせがさね 1
冷え込みが厳しくなってきた季節でも、火を使う勝手場はあたたかい。
「ああ! それは重いだろう。私が持つから君はかまどの火を見てくれるかい」
源三郎――通称源さんはそう言うと千鶴が持ち上げようとした大鍋を代わりに持った。中にはたっぷりの汁物が入っている。
「はい」
素直に返事をしてかまどを覗き込む千鶴に、源さんはほほ笑んだ。
こうしてしゃがんでいるところを上から見ると本当に小さい。顔もしぐさもあどけなくて、今年で確か十五と聞いていたがもっと幼く見える。
何の因果かまだ子どもで、しかも女の子のこの子がこんなところで生活しなくちゃいけなくなって……。たいへんだろうが一生懸命頑張ってるのを見ると応援したくなるな、と源さんはにこにこと千鶴を見た。
源さんが火からおろした汁物を各人の椀に注いで行こうとしたとき、千鶴がおずおずと言った。
「あの、かまどに残ってる火を少し使ってもいいですか?」
「別にかまわないよ」
見ていると千鶴は小さな鍋をかまどにかけた。
「それはなんだい?」
「野菜売りのおばさんが半端ものだからってくれたんです」
「大根?」
「はい。みんなで食べるほどの量はないのでどうしようかなって思ったんですが、そういえば沖田さんが風邪でのどが痛いって言っていたのを思い出して。大根って喉にいいんですよね?」
「ああ、そうだけどね……」
源さんは、ためらった。
総司は確か、煮た大根は嫌いだと言ってこのまえ飯屋ででた大根も残していた。それで説教した覚えがある。
コトコトと煮えてきた大根はあたたかくておいしそうだが、総司のことだ。あっさりと『それキライ』と言ってこの子を傷つけやしないか。総司ももう少し相手を思いやって言ってやればいいのに、この子はまだ子供だからあいつの言葉はこたえるだろうなあ。
源さんが千鶴にどう言おうか迷っていると、ドタドタと足音がした。
「うー! さみい! 今日の夕メシ何〜!」
「あ、いい匂い」
平助と総司だった。
案の定千鶴の作っている鍋を覗き込んで、総司はあっさりと「僕、煮た大根嫌いなんだよねー」と言った。
「そ、そうなんですか……」
しゅんとなった千鶴。大根は鍋ごと平助に奪われた。
「やり! じゃあ俺が食べるよ、俺なんでも大好き〜い!」
「あれ? これって一人分だけしかないの?」
小鍋に気づいた総司が千鶴に聞く。頷く千鶴に、源さんが答えた。
「そうだよ。お前が喉が痛いっていうからおまえのためだけにこの子が作ってくれたんだ。まったくいつまでも好き嫌いをしているから風邪なんかひくんだぞ」
総司は「へえ……」と目を瞬いて、源さんを見、次に千鶴を見て、最後にいざ平助に食べられそうになっている大根を見た。
「じゃ、僕がいただこうかな」
ひょいっと平助から鍋を取り上げて、総司は大根へ箸をいれる。
「おい、総司いー!」と文句を言う平助に「だって僕用の大根だっていうし」と総司はパクパクと食べてしまった。
源さんは、驚いて見ていた。
嫌いなものはガンとして食べない総司が……
「あの、大根を煮たの、つくるのはじめてだったんですけど、どうですか……?」
心配そうに聞く千鶴に、総司はにっこりと笑った。
「うん、まあ……煮た大根は苦手だけどね。食べられなくはないよ」
「なんだよ総司、その言いぐさ! いいなあ、千鶴、俺が風邪ひいたら作ってくれよな!」
「うん、もちろん。今日だってほんとはみんなにも作りたかったんだけど大根が少ししかなくてね……」
和気あいあいと三人で話しているのを見ながら、源さんは先日の総司とのやり取りを思い出していた。
飯屋で出た煮大根を残した総司に、源さんは先ほどと同じことを言った。
『いつまでも好き嫌いをしているから風邪をひいたりするんだよ。作ってくれた人の気持ちも考えて嫌いなものでもちゃんと食べなさい』
総司は煮大根には手を付けずに焼き魚を食べる。
『作ってくれた人の気持ちって……源さんは優しいなあ。別に僕のことを考えて作ったわけじゃないですよ』
『何を言ってるんだ。お客さんにおいしいものをと考えて朝から買い出しや仕込みをして作ってくれてるんじゃないか』
『だからそれは僕のためじゃなくて、客のためにでしょ』
『お前は客なんだから同じだろう』
『全然違いますよ』
全く気にしていない様子の総司に、源さんはため息をついた。そういえば先日も土方と近藤が総司のこういうところを心配していたっけ。
『総司はなあ……もう少し人の気持ちを考えるようにしなさい』
総司は肩をすくめてご飯を食べている。相変わらず煮大根には手を付けない。
『僕の気持ちを考えていない人に対して、どうして僕がその人の気持ちを考えてあげないといけないのかわからないですね』
『何を言ってるんだ。お前の実家だって新選組のみんなだってお前のことを思ってるだろう』
総司は源さんの言葉に楽しそうに笑った。
『それは僕に利用価値があるからですよ』
あっさり言いきった総司にショックを受け、源さんが口を開くと、総司はそれを止めるようにつづけた。
『でも、僕はそれでいいんです。役に立ちたい、必要とされるようになりたいって小さいころからずっと思ってきましたから』
皮肉でもすねているわけでもなく淡々と言う総司。
表情は晴れやかで自分に満足している自信が感じられる。
源さんは何も言えなくなってしまった。
「また作ってよ、まあおいしかったし」
「はい!」
嬉しそうに頬を染めている千鶴。それを楽しそうに見ている総司。新選組で邪魔にされ部外者だと邪見に扱われていた千鶴にとって、総司の言葉は嬉しいだろう。
そういえば総司は子どもには優しかったな。
源さんから見ればまだまだどちらも子どもの二人。
近藤さん、トシさん
あいつは思いやりをちゃんと返せる人間ですよ。
大丈夫、あいつを思ってくれる人がまわりにできて、自分に向かってきてくれる思いやりを、ちゃんと受け止められるようになってきています。
ゆっくりだけど変わっていくと思います。きっと自分からも思いやりを与えることができるようになる。
源さんは、千鶴と平助と笑いながら話している総司を見ながらそう思った。