平成新選組捕物帳面




第三話


『なんでいないの?連絡するって言ったろ?』
ピーッ
『いるんだろ?電話にでろよ!』
ピーッ
『つきあってくれたら携帯返すよ』
ピーッ
『今から行くから』
ピーッ
『本当に来てるよ〜今駅についた。これから家まで行くよ』
ピーッ
『あれ、電気がついてないね。ほんとにいないのかな?それとも電気消して隠れてる?』
ピーッ
……
留守電に入っているメッセージが続けば続くほど土方の眉間の皺は深くなった。
「だめだなこいつは」
吐き捨てるように言うと、オンフックになっていた電話をガチャンと勢いよく切る。
 左之も心底嫌そうな顔をして言う。
「ったくこっちの方面に行く気力があんなら正攻法で女をおとせっつーんだよ」
「許せねぇ!こんな可愛い千鶴ちゃんを脅しやがって!」
新八も我慢ならんという表情で言いつのる。平助は千鶴の顔を覗き込んだ。
「千鶴、大丈夫か?お前、こんなの聞いて」
千鶴は少し青ざめながらもうなずいた。
「うん。みなさんに相談して……自分が怖がり過ぎなのかと思ってたんだけど違うってわかって、ほっとしたし、心強くて……ありがとうございます」
最後は皆の顔を見ながら言う。
バイトが終わって帰り道に千鶴から事情を聴いた平助は、自分の一人暮らしのマンションはさすがにまずいから、と千鶴を近藤の道場につれて来た。
 総司もよく泊まりに来ているし、平助も一もちょこちょこ泊まる。土方もほぼここで暮らしているようなもので、近藤道場の母屋には空いている部屋がたくさんあり、近藤の妻と子供もいる。変な噂もたたないし安全だ。
 たまたま練習に来ていた一と左之、土方と飲んでいた新八も加わり、近藤の執務室の電話から千鶴の家の留守録に入っているメッセージをみんなで聞いたところだった。
「お前今日一人で自分ちにいなくて正解」
平助が真剣な顔で言う。千鶴も今日の家の電話のメッセージは聞いていなかったので、今聞いてかなりショックを受けていた。
土方が眉間に皺を寄せながら腕組みをした。
「こりゃあもう犯罪レベルで変質者、ストーカーだな。警察に相談するっつっても相手がどこのだれか、顔もわかんねぇんだろ?」
一がずいっと膝を進め、真剣な目で土方を見た。
「どうしますか、副長」
「副長?」
土方が問い返すと、一は珍しくパッと頬を染めた。
「いえ、とりあえず我々で、警察に突き出すまでをなんとかできればと思いまして……」
一の言葉に土方はうなずいた。
「斎藤の言うとおりだ。とっつかまえてふんじばる。それと雪村の携帯のデータも握られてるからな、そっちも対策たてねぇとな」
「……捕物ですね」
一の眼がきらりと光った。
 
 次の日から、土方の指示でストーカー男捕獲作戦が始まった。斎藤が通学や外出時の千鶴の警護。かつ怪しい人物をチエックする。平助は千鶴のマンションでの警護と留守電メッセージのチェックだ。そして左之は、犯人像の特定と携帯を失くした場所の捜索だった。最後に新八は、実際の捕獲作戦時の犯人逃走ルートの想定と、こちら側の人員配置について検討をすることになっていた。
 
 『皆聞いてくれ。これが一番大事かもしれねぇが……』
捕獲作戦の打ち合わせの時に、土方はそう言って輪になってこちらを見ている皆の顔を見渡した。そしておもむろに口を開く。
『……総司には言うな。絶対だ』
意外な言葉に、千鶴はキョトンとした。皆は神妙な顔をしたままうなずき合っている。土方が続けた。
『あいつが遠征について行ってるのは、本当に運がよかったとしかいいようがねぇ。アイツがいたらほぼ間違いなく血を見る結果になる。悪く行きゃあ両手が後ろにまわっちまう。もちろん総司の両手だ』
土方はそう言って隣に座っている千鶴の頭をポンとたたく。
『だからお前も言うなよ』
平助が口をはさんだ。
『千鶴携帯失くしてるし、ちょうどいいんじゃね?俺らんとこに問い合わせが来ても適当に言っておくからさ』
千鶴は少し焦る。
『あの…でも、隠してて後でばれたりしたら……』
『……お前ら言ったりしねーよな?』
土方のドスの効いた声に皆が大きくうなずく見ながら、千鶴は複雑な気分だった。               
そんなにうまく行くものだろうか?総司が帰って来るのは来週の金曜日。ちょうど一週間後だ。その間にストーカーをつかまえることができるのだろうか。さらにそのことは総司に内緒で。
 おしおきだよ、とにっこり黒く笑う総司の笑顔を思い出して、千鶴はぶるっと体を震わせたのだった。
 
次の週の水曜日、一が怪しい奴がいると土方に報告した。
千鶴は火曜日だけは一コマ目の授業がなく、遅い電車に乗る。そしてその男は月曜の早い電車にも火曜の遅い電車にも、千鶴と同じ車両に乗っていた。
試しに一が、水曜日の早い電車は別の車両に乗るよう千鶴に指示したところ、電車が発進してしばらくしてから別の車両からその男が移動してきた。
『決して近くに来ないところも、千鶴を意識しているように思われます』
斎藤の報告に、土方はうなずいた。
『よくやった。そいつの特徴をみんなに教えておいてくれ。平助によると留守電のメッセージはかなりエスカレートしてきているようだし、行動にでるとしたら夜だろう。帰り道を気を付けてやってくれ。ただし』
土方はそう言うと、斎藤を見た。
『……隙は見せておけよ。それとお前は見つからねぇよう気をつけろ。ストーカー野郎は千鶴からの反応が無くなって相当いらいらしてるにちがいねぇ。こんな時にお前や平助の存在がばれてみろ。ヤツが行動をおこすのが慎重になっちまう。誘って誘っておびき寄せて、もう引き返せない行動を起こさせてからふんじばるぞ』
一は静かにうなずいた。
『承知しました』
そして水曜の夕方、一は千鶴の家の最寄駅でその男の姿を見かけた。
 これまで帰りには一度も見かけたことはなかった。帰りの電車にも乗ってなかったから、多分駅で待っていたのだろう。結構大きな駅なので帰りの通勤ラッシュの混雑のせいで、その男は千鶴を見つけることはできなかったようだ。
一が、その男の後をつけるか、千鶴の護衛を続けるか迷っているうちに、その男も人ごみにまぎれてしまった。
その旨を、夜の定例で一が言うと、皆の意見が一致した。
『明日の夜だな』
 
駅前の明るい繁華街をしばらく歩き、右に曲がる。真っ暗とわけではないが人通りは一気に少くなる。
住宅街のため門灯がついており、時々人が通ったりもするが、道も狭いし一方通行のため車もバイクもほとんど通らない細い道だ。
 でも、何かあって叫べばすぐに道路の両脇の家から人が出てくるだろう。
 千鶴はドキドキしながらも、大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせて少し速足で歩いた。後ろを振り向いて誰もついてきていないのを確かめたくなるが、我慢する。
『普段通りにしてくれ』
と一には頼まれている。どこにいるのか全然わからないが、きっと一は距離を保って護衛してくれているはずだ。要は千鶴はおとりなのだ。いかにもすぐ掴まりそうに、隙が多そうにして、なめてかかった獲物が飛びついたときに土方をはじめ皆がでてきてストーカーを捕まえる。             
皆の事は信用している。……しているけど、この状況が怖くないわけじゃない。突然その男が目の前に現れたら、自分はどうすればいいんだろう、と千鶴は考える。逃げて相手を罠深く深く誘い込むべきなのはわかっているのだが、足が動かないのではないだろうか。
土方達に助けを呼ぼうにも声が出ないのでは……
千鶴の背中をじっとりとした嫌な汗が伝う。
電話で最初の頃に話していたときは、そんな人には思えなかった。ちょっとそっけなかったが普通の人だと……
あれこれ考えながら歩いていると、道路の反対側から人が歩いてくるのが見えた。
暗くて顔は見えないが、千鶴の進行方向を、まっすぐこちらに歩いてくる。狭い道と行ってもすれ違う時に肩が当たるほどではないのに、その男は脇にずれるつもりなど全くないようにスタスタと歩いてくる。
 千鶴は瞬きをせずに、その人影を見ていた。ストーカーが現れた時、どのように行動しようかあれこれ考えていたはずなのに、今頭にはなにも浮かばない。立ち止まって踵を返すべきなのに足は惰性のままゆっくりと前に進んでしまう。そして魅入られたように千鶴の視線はその男に固定されていた。
「……」
男は無言で眼の前に立った。千鶴は足がすくんでその場に立ち止まる。
「……携帯、いらないの?」
男は唐突にそう言うと右手を掲げた。
その手に握られているのは、千鶴のパールホワイトの携帯で、ネコのストラップもぶらさがったままだった。
 千鶴が茫然としていると、男の手がのびてくるのが視界の端に見えた。本能的に千鶴は後ずさり、男の横をすり抜けて走り出す。
 男が追いかけてくる。               
本気ではなくからかうような感じで。
「ねぇ、携帯は?いいの?」
住宅街を抜けると小さな公園があり、その先は倉庫や工場が立ち並ぶ一角だった。公園の手前で男の手が千鶴の手首を掴んだ。
「ちょっと待ちなよ……」
男が何かを言いかけていたが、千鶴は知らない人間にいきなり手を掴まれた驚きで、小さく叫ぶと手を振り払う。
そしてそのまま公園へと走りこんだ。
追いかけてきた男が、今度は千鶴の肩を掴んだ。
生暖かく湿った男の息が千鶴にかかり、千鶴は、いやっ!と叫んで後ずさる。と、草に足を取られて勢いよく尻もちをついてしまった。
 千鶴が転んだのが予想外だったようで、男は一瞬とまどったような顔をした。しかし次の瞬間表情が、ギラリとしたものに変わったのが、道路の街灯の薄暗い灯りの中でもわかった。
 おそらく男はそこまでする気はなかったのだろう。すこし怖がらせて、千鶴と接点を作って……くらいにしか考えていなかったに違いない。ことによると携帯電話も素直に返していたのかもしれない。
 しかし、逃げる女性を追いかけ追い詰め捕まえた、という状況が男の心の奥底にある熱に火をともした。
「……」
男は無言のまま素早く膝をつき、起き上ろうとした千鶴の肩を押さえる。
「い、いやっ……っ!」
恐怖に掠れた千鶴の声も、さらに状況を加速させる。男はそのまま千鶴をもう一度雑草だらけの地面に押し倒し……

「おっと、そこまでだ」
平静な声と共に、男はすごい力で千鶴から引き離された。
千鶴も、そしてその男も何が起きたのかわからず目を見開いたまま固まっている。男の首には新八の太い筋肉質の腕がしっかりと回され、横には左之と土方が立っていた。
「…ひ、土方さん、左之さん、新八さん……」
千鶴は茫然としながら男を捕まえている三人を見上げる。土方が千鶴に手をさしだして立ち上がらせてやった。
「よくがんばったな。怖かったろ」
左之が、ぽんと千鶴の頭を叩く。安堵と気が抜けたのとで、千鶴はまだ茫然としたままぼんやりとうなずいた。
「撮ったか?」
土方が公園の入口の方を振り向いて声をかけると、ばっちり!という声とともにビデオカメラをまわしながら平助が現れた。そのさらに後方から一がゆっくりと歩いてくるのが見える。
成功したんだ……
千鶴はそれを見て、涙が勝手に滲んでくるのを感じた。
「よし、じゃあ平助、お前は打ち合わせどおり……」
土方がてきぱきと指示を出そうとしたとき、倉庫や工場が立ち並ぶ方面の道路から、もう一つの影が近づいてくるのに気づく。
「……なんの騒ぎ?」
その声に皆が固まった。
ゆっくりと公園に近づいてくる、その長身の男は……
「そ……総司……!?」





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