平成新選組捕物帳面
第四話
平助が裏返った声で叫ぶ。
「な、ななんで……おま、だって帰ってくんの明日の夜…」
「……僕、質問してたんだけどな。ねぇ、何の騒ぎ?」 そう言って公園の外側の道路で立ち止まり、再び聞く。
「新八さんが羽交い絞めにしてるのって誰?新手のリンチでもしてるの?なんで千鶴ちゃんが……」
言葉と共に何気なく視線を千鶴に移した総司は、目を見開いてまじまじと千鶴を見た。
羽織っていたカーディガンはストーカー男に掴まれた時にはだけており、服もスカートも土で汚れている。そして髪には草がついて、瞳には涙……
総司のすごみのある声が、夜の公園に静かに響いた。
「……どういうこと……?」
皆がゾッとして総司を見つめた時、隙があったと思ったのかストーカー男が緩んだ新八の腕から抜け出して公園外の道路に向けて走り出した。
公園の入口は一つしかないが、柵は膝より下までの低さなので、飛び越えようとすれば簡単に公園から逃げ出すことができる。公園の入口あたりには二人の男がいる。そして反対側には背の高い『総司』と呼ばれている男一人……ストーカー男は、一人しかいない方が逃げやすいと考えそちらへと足を向けた。
我に返った土方が叫ぶ。
「ばっばか野郎!!そっちに逃げるな!死ぬぞ!」
その切羽詰まった声に何かを感じたのが、ストーカー男は足を止めて肩越しにわずかに土方を振り返った。土方はもう一度叫ぶ。
「あっちだあっち!逃げるなら斎藤の方へ行け!」
そう言って公園の入口にいる二人の男たちの方を指差した。
わけがわからないまま、とにかくいう事を聞いた方がよさそうだとストーカー男は判断する。それぐらい、土方や左之、新八の顔は強張っていた。
「斎藤!確保しろ!左之、新八!総司押さえろ!」
土方の指示と共に皆が一斉に動き出した。
一が、公園の入口の横の柵を飛び越えようとしていたストーカー男の襟首を捕まえて、腕を背中へとねじり上げる。
ストーカー男は叫び声をあげて、あっさりと捕獲されてしまった。
ストーカー男に殴りかかろうとしていた総司は、右腕を新八、左腕を左之にがっちりと掴まれて、これも無事捕獲された。
「さて、ゆっくり話を聞かせてもらおうか。警察でな」
一がストーカー男に言う。
「おっと待って、一君」
平助はそう言うとビデオを止めてストーカー男の顔を覗き込む。そして男の手にまだ握られていた千鶴の携帯をとりあげた。
「これも確保、と。それからお前んちどこ?」
平助はにっこりと笑って男に聞く。
「お前のパソコンとかネット環境とか、いろいろ調べさせてもらうからさ。これから一緒に行こうか。一君、車は公園の裏に停めてあるんだろ?」
うなずく一に、青ざめるストーカー男。平助は続けた。
「携帯の画像やらデータ、パソに移してねーだろーな?大丈夫!パスワード教えてくれなくてもちゃんと調べられるから。俺たち伊達に理系じゃないし、俺工学部だし、コンピュータ専門だし!最悪どうしようもなけりゃあ武闘派もいるから、ぜんぶぶっ壊しちまえばいいだけだし!」
平助はそう言って、総司を抑えている新八を指差した。男は泣きそうな顔になる。
「そ、そんな……!家には親父とおふくろが……」
土方がうなずいた。
「ちょうどいいじゃねぇか。ご両親に息子さんが何をしてたかちゃんと見てもらわねーとな。今後こういうことがないように」
くしゃっと顔を歪めた男を見ながら、皆がうなずいたのだった。
「……いつまで僕はこうしてなきゃいけないわけ」
底冷えのする総司の声に、大円団でほっこりしていた皆が、一瞬にして凍りついた。
じゃ、俺たち行ってくっから、と言い残し、そそくさと平助と一とストーカー男は一の車に乗り込んだ。
土方が言いにくそうに左之と新八に言う。
「あー……、そろそろ放してやってくれ。助かったぜ」
左之が腕を外して、総司に言った。
「お前帰るの明日の夜だったんじゃねぇのか?」
「全然千鶴ちゃんと連絡とれないし、平助も電話しても挙動不審だし、一君はでないし、怪しいから近藤さんに断って一日早く帰ってきたんだよ。千鶴ちゃんちに行ってしばらく待ってみたんだけど誰もいないし、とりあえず帰ろうかと思って歩いてたら、この捕物にでくわしたってわけ」
新八が焦りながらも必死に説明した。
「いや、お前に言わなかったのは悪かったけどよ。やっぱ彼女の危機とかになると冷静じゃいられねぇもんだろ?ほら医者は肉親の手術はしない、とかいうじゃないかよ。それに俺ら千鶴ちゃんが危なくないようにかなり綿密に作戦くんだから、大船に乗った気持ちっていうの?そんなかんじで……」
新八の言葉は、総司の冷たい視線で尻すぼみになる。
「千鶴ちゃんの危機……って?」
総司の静かな声に、今度は左之が説明する。
「いや、ほら、携帯をさ、盗られちまってよ。その盗ったヤツがなんだかんだで千鶴につきまとってるっていう話を平助から聞いて、な。皆で留守電メッセージとか聞いたらこれがまたひどくて、千鶴も相当怖かった……と……」
左之も、何も言わない総司にだんだんと元気をなくす。
「悪かった!」
土方が諦めたように、きっぱりと謝った。
「おめーは近藤さんの遠征があったし、あの遠征には近藤さんも総司を連れて行きたがってたしよ。それにお前は冷静に対処はできねーだろうと踏んで、俺が勝手に作戦考えて実行したんだよ。千鶴をおとりに使うようなことをして怖い思いをさせて悪かったと思ってる。すまない!」
いつも総司を怒ってばかりいる土方が、潔く謝ったことに皆は驚いた。
しかし総司はあいかわらず冷たい瞳を崩さない。
「だいたい何があったのかは、今の説明でわかりましたよ。結果オーライで見逃すつもりなんてさらさらないですけど、まぁ無事捕まえたしその後の対応もしてくれてるみたいだし、僕も一応お礼は言っておきます」
そう言って、ありがとうございました、と土方達に礼を言う総司に、皆は茫然とする。
「おま……いいのか?」
左之が恐る恐る聞くと、総司はあっさりと答えた。
「よくないですよ。どう落とし前つけてもらうかはこれから考えるって意味です」
ははは……と新八の力のない笑いが夜の公園に響く。 「……いいだろう。確かにこっちも落ち度はあるが、責められるばっかでもねぇつもりだ。日と場を改めて、近藤さんにでも入ってもらってみっちりやろうじゃねぇか」
土方が腕を組んでそう言うと、左之もうなずいた。
「だな。とりあえず今日はもう遅いし解散にするか」
新八もほっとしたように言う。
「そうだな!左之!帰りに飲んで行こうぜ!」
「待てよ、新八。平助たちのサポートにも行かねぇと」
「左之の言うとおりだ。連絡してみるか……」
そんなことを話しながら公園を出て行く土方と左之と新八。その後ろに千鶴もおずおずとついて公園を出ようとしたその時。
ぐいっと腕を総司につかまれた。
「おっと君はこっち。このまま逃げられると思わないでよ」
きらきらとにこやかなほほえみが余計に恐ろしい。千鶴は総司の顔を見上げて固まった。
「千鶴ちゃんにはたっぷり聞きたい事があるからね。さ、君のマンションに行こうか」
「あの…皆さん!私も一緒に平助君たちのお手伝いを!」
総司に腕を掴まれ、ずるずるとマンションの方へと引きずられていく千鶴を、駅へ向かう皆は憐みの眼で見つめた。
「いやぁ、犯人とのいろいろはお前にはつらいだろうから俺たちでやるよ」
「悪いな、千鶴。がんばれよ」
「……総司、ほどほどにしておけよ」
助けてくれるつもりの全くない言葉に、千鶴は青ざめながら総司に引きずられていったのだった。
マンションの千鶴の部屋。
千鶴のベッドの上、総司の広げた足の間に向き合ってペタンと座らされて、千鶴は至近距離で総司の冷たい視線にさらされていた。
「……というわけで、今日こういう結果になったんです」
最初から全部話して、と言う総司の言葉に、千鶴は必死になって時系列でおこったことを話していく。途中平助には外で見張りをしてもらったことにして。
話を聞いて行くうちに、総司の眉間のしわはどんどんと深くなって言った。
「……一歩間違ったら襲われてたね。どうしてすぐに僕に相談しなかったの」
千鶴はうつむいた。
「あの居酒屋での出来事で先輩と話すのが気まずくて…」
ぎろっと睨まれて、千鶴は小さくなり『ごめんなさい』と謝る。
「あれは……」
話そうとする総司を、千鶴はさえぎった。
「わ、わかってます!先輩は悪くなくて……」
「……じゃあ、なんで気まずいのさ」
「会うと……ばれちゃいそうで怖かったんです」
千鶴の言葉に総司は首をかしげる。
「ばれる?誰に何を?」
「……」
俯いて顔を赤くして黙り込む千鶴に、総司が『千鶴ちゃん』と冷たい声をかける。と、千鶴はビクリと肩を揺らしてしぶしぶ口を開いた。
「沖田先輩に、私があの女子の先輩に嫉妬してることが、ばれちゃいそうで、怖かったんです」
千鶴が思い切ったように言うと、今度は総司が黙り込んだ。
しばらくして千鶴に聞く。
「……嫉妬……?してたの?千鶴ちゃんが?なんでそれが僕にばれると怖いの?」
「だって……別に嫉妬するような出来事じゃないのにしちゃって、すごく心が狭い子だ、とか嫉妬深い子だ、とか思われて、嫌われて……」
千鶴は両手で真っ赤になっている頬を押さえて、必死に言葉を絞り出した。
「……そんな女だって思われたくなかったんです……」
千鶴が顔をあげずに、ずっとベットのシーツの皺を見ていると、しばらくして総司が溜息をついて髪をかき上げた。
「あ〜あ……毒気抜かれちゃったよ……ったく君はうまいよね」
何のことかと顔をあげた千鶴を、総司は呆れたように見て。そして溜息をついた後言った。
「でもストーカーに狙われてたことを僕に内緒にしてたのは許せないな。遠征に行った後だって、知らせる気があれば僕の携帯に家の電話からでも電話できたよね?」
「……すみません……」
またしょんぼりと肩を落とした千鶴を見ながら、総司は意地悪そうに瞳をきらめかせて言う。
「君なりの謝罪の仕方が知りたいな。言ってみてよ。それで僕の機嫌が直ったら、もうこの件は触れない。機嫌が直らなかったら……オシオキ」
その言葉を聞いて、千鶴はしばらく考えて……
少しだけ体を乗り出して、ちゅっと音をさせて総司の頬にキスをした。
「心配させてごめんなさい」
上目使いで謝る千鶴に、総司は再び黙り込む。
そうしてまた大きく溜息をついた。
「ああ〜……ほんとにずるい。いつから千鶴ちゃんはそんな子になっちゃったの。女の子の武器を使えば男なんて軽くあしらえるって?」
「……ダメでしたか?」
ちょっとだけ悪戯っぽく聞いてくる千鶴に、総司は苦笑いした。そして千鶴の肩を掴んでベッドに押し倒した。
「もうあしらわれまくりだよ。ったく……!僕が本気で怒っていなかったのまで見越してやったね?」
千鶴は、ふふっと笑いながら、顔をよせてくる総司の頬に手を添えた。
「わかっててちゃんとあしらわれてくれる沖田先輩が…」
そう言って、瞼をゆっくりと閉じる。
二人の唇が触れ合うか触れ合わないかのところで、千鶴の続きの言葉は総司の唇へと吸い込まれた。
大好きです
そして、千鶴を心配して四国から早めに帰ってきた薫が、たった今玄関で鍵を開けようとしているのは、また別の話……
終
2011年10月発行
2013年11月発行
掲載誌:Something Blue