そして二人はいつまでも
第三話
------当日昼十二時三十分------
パイプオルガンが奏でる荘厳な音楽の中、薫の差し出す腕に千鶴は手袋をした指を掛け、ゆっくりと一歩一歩進んで行った。自分たちを優しい目で見ているみんなの視線を感じる。
ブラックスーツなのに緑のバンダナをあいかわらずしている新八に、吹き出しそうになりながら千鶴は涙をこらえた。
幸せな日なんだから…!泣いちゃダメ
近藤、土方をはじめ、一や平助、左之……みんな来てくれていた。千代は一が抱っこしていてくれている。
フラワーガール用のピンクのチュチュがかわいらしい。
千鶴は前世からのつながりに思いをはせる。
時代の大きな流れの中で、意見を違えたこともある。袂を分かち違う道を進んだことも…敵同士だったこともあった。
哀しいことがたくさんあって、いろんなことを乗り越えて、今こうして再び出会うことができた。
今はもう、あの時の彼らの燃え滾る様な熱い生き様は見られないけれど、その代わりにいつまでも続く長い長い道が見える。
ぼんやりと生きていた前世での千鶴は、彼らの命をかけた生き方に触れて大きく自分の生き方が変わったように感じた。自分の身を削っているわけではない、彼らを傍で見ているだけの自分に彼らと同じ思いをもつことはできないけれど、それでも憧れ、焦がれて、ついて行きたいと強く思った。
つらい思いをしたけれど、その分生きていることを強く感じることができた。悲しい経験もしたけれど、その分深く人を想うこと、愛することができるようになったと思う。
全て積み重ねてきた大事な思い出で、それが今の幸せを作ってくれていることを感じながら、千鶴は一歩一歩、薫のエスコートで足を進めて行った。
天井からさしこんでくる光が美しい。式場の演出で入場の際に舞い上がった雪のようなものが、今はゆっくりとかすかに、静かな空気の中を舞い落ちていた。ヴェール越しに視線だけで千鶴はそれを見上げる。そしてゆっくりと視線を下していくと……
祭壇の前でベージュのタキシードを着た総司がこちらを優しく見つめていた。
途端に千鶴の視界は総司でいっぱいになる。
前世での初めての出会い、看病、二人での旅、そして雪村の里での夫婦としての短い生活。
その記憶がないままで、千鶴はもう一度現世で総司に恋をした。嵐のような感情が自分の中にあることを教えてくれたのは、前世でも現世でも総司だった。
きっと、何度生まれ変わっても、私が求めるのは彼で
総司にたとえ会えなくて千鶴の記憶がないままでも、きっといつも何かを……総司を追い求めて生きていくのだろう。そして出会えないまま生を閉じる人生もあったのかもしれない。
そう考えると、ボストンの教会で総司が言った、『何か大きなもの』に心から感謝したいと強く思う。
千鶴と薫は、総司の近くまで足を進めると祭壇の前で立ち止まった。
式の手順では、ここで薫は千鶴の手を、総司に渡すことになっている。説明通りに千鶴は薫に手をとられ、総司に向かって差し出される。その時、何気なく薫の顔を見た千鶴は、薫に握られていた手を止めた。
「薫……!」
千鶴は思わず小さく呟く。
薫の瞳からは涙が次々とこぼれていた。我慢していた千鶴の涙もたまらずに決壊する。
「せっかく我慢してたのに……!薫が泣いたら私も泣いちゃうじゃない……!」
千鶴はくしゃっと顔をゆがませながら手を薫の頬にのばし、隠し持っていた布きれで薫の涙を拭いた。
「…もういいから早く沖田の手を握れよ!」
薫が小さい声でうるさそうに言うが、涙を拭く千鶴の手は振り払わなかった。
いつまでたっても新郎に新婦を引き渡さず別れを惜しんでいる双子を、式場の参列者たちは暖かい目で見ていた。
「かおうちゃんえーんえーんって?」
一に抱かれてる千代が不思議そうに薫を見ながら言った。
隣で立っていた平助は、千代の頭をなでながらうなずいた。
「そうだな。いい兄ちゃんだな」
平助は子供のころ……二人がまだ四、五歳のころを思い出した。あれはたしか夏休みで……
平助と薫は、薫の家の裏庭で昨日庭に埋めた死んだ金魚がもう天国に行ったかどうかを掘り返して確かめている所だった。千鶴は…よく覚えていないが家の中で昼寝をしていたか他の友達と遊びに行っていたかでいなかった。
暑さでうだるような昼下がり、蝉の声もほとんど聞こえてこない時、掘り返している平助と薫の耳に、男性と女性の声がふいに聞こえてきた。
『で?どっちにするんだ?』
男性の声。女性の声がそれに応える。
『そうねぇ……。どっちも綺麗な顔をしているし、どっちでもいいかと思っているんだけど……』
二人は薫の家の客間で話しているようだった。そういえば薫の家には一週間ほど前から『四国の本家』の人二人がきて滞在していた。
平助は掘る手を休めないでぼんやりとそんなことを思う。薫も表情を変えずに手で土を掘り続けている。
客間の二人の声はまだ聞こえてきていた。すぐそばの庭に子供がいることなど気が付いていないようだ。
『跡取りにするんだろ?男の方がいいんじゃないのか?』
『女の子なら婿をとればいいだけだから同じことよ。逆にこちらが選べるから女の子の方が都合がいいかもしれないわね。反抗期とか思春期とかも男の子よりは楽そうだし』
『たしかにな。あそこの病院のバカ息子とかいいんじゃないか?今二十歳過ぎでも嫁の来手がないんだそうだぞ』
『そうねぇ。十五年後っていったらあの子は十九歳でバカ息子は……三十九歳。まぁ可哀そうだけどない話じゃあないわねぇ。それよりあそこの地主んとこも男の子が生まれたそうだからそっちでもいいわね』
正直その時の平助には、客間の主たちが何をしゃべっているのかわからなかった。
しかし、多分薫はわかっていたのだ。突然掘るのをやめて客間の会話に耳を澄ませていた。
そしてその後、平助は薫が自分から四国の本家に行く、と言い出したと母親から聞いたのだった。
しばらくは近所はその話で持ちきりだった。
『薫ちゃん、自分から行くって言いだしたそうよ。本家の方がいい暮らしができそうだからって』
『ここはお母さんがいないけど四国家の養子先には養父母がいてお母さんがいてご飯をつくってくれるから、とも言ったみたいよ』
『もともと何考えてるかわからない子だったけどねぇ』
前から愛想のいい方ではない薫の評判は、今回の件でさらに散々で。
でも平助にはわかっていた。
薫は千鶴をかばったのだ。四国の本家には子供がいなくて、本家存続のためだけに分家で両親がそろっていない雪村家に目をつけた。そんな状況でもらってきた子が愛情いっぱいに育ててもらえるわけはない。しかも大人しい千鶴のような女の子だったらつけこまれてどんな目にあわされるか、勘の鋭い薫は、なんとなくわかったのだろう。
結局薫が四国に引き取られていって三年後に、子供が出来ないと言われていた本家夫婦の間に子供ができた。
途端に薫に対する……虐待……とまではいかないが、ネグレクトに近い状態だったらしい。心配して様子を見に行った鋼道が、あまりの仕打ちに怒って法的手続きもせずにそのまま薫を連れて帰ってきたのだった。
薫が四国で過ごしたのは五年間。その間四国で何があったのか、薫は決して話そうとはしなかった。児童相談所が手を変え品を変え薫にいろいろ聞いていたが薫が口をつぐんでいた。
しかし四国での出来事はもともと扱いにくかった薫の性格を、かなり捻じ曲げるようなものだったらしい。その後の薫はほんとうにわずかな人にしか心を開かないようになっていた。
「平助、鼻水を拭け」
一がにゅっと差し出したティッシュを受取り、平助はチーンと鼻をかみ、大聖堂にその音が響く。一は眉根を寄せた。
「もうちょっと音をおさえろ」
平助はへへっと笑いながら一を見た。
「一君だって目ぇ真っ赤だぜ」
「これは昨日コンタクトを長時間つけていて……」
「裸眼のくせに」
平助の言葉に、一は黙り込んだ。
しばらく無言の後、祭壇に視線をやる。
祭壇ではようやく千鶴が薫の腕から手を離し、総司の腕に手を掛けるところだった。
あの、天敵、水と油、コブラとマングースと言われた総司と薫の二人が、千鶴をはさんで目線でうなずき合っているのが見える。
「……いい結婚式だな……」
一がつぶやくように言う。
「ああ」
平助もうなずいた。
「沖田総司、あなたは千鶴と結婚し、神の定めに従って夫婦になろうとしています……」
神父のよく通る声が温かい空気に満ちた空間に響き渡った。
------当日午後十三時三十分------
「ようやく落ち着いて話せるね」
新郎新婦控室で披露宴の準備を待ちながら、総司は千鶴に言った。千鶴は座っていた鏡台前の椅子から立ち上がり、ソファの総司の横にそっと座る。総司に抱かれた千代は、いつの間にか眠り込んでいた。
「ほんとに。……千代は寝ちゃったんですね」
神父の誓いの言葉が終わり、指輪の交換、ベールのフェイスアップ、誓いのキス……と順調に式が進み、最後の最後でフラワーガールの千代が、ピンクの可愛らしいドレスにピンクの花びらを籠いっぱいに入れて総司と千鶴の元までやってきた。
本来なら新郎新婦の退場の前を歩いて花びらを撒く演出だったのだが、当然歩き出したばかりの一歳半の赤ちゃんには無理で、総司が両手を広げて籠ごと抱き上げる。
そうして三人でチャペルを退場したのだった。そしてそのまま披露宴会場の近くに用意された新郎新婦控室まで歩いて行ったところ、千代は眠ってしまった。
「ちょうどお昼寝の時間ですし……。眠いとぐずるからちょうどよかったですね。披露宴や二次会の間の千代の面倒は薫が専属で見るって言ってくれてるから、後で呼んでこないと……」
千鶴の言葉に総司の緑色の瞳が楽しそうにきらめいた。
「薫か……。意外だったよねぇ。あの号泣」
一生からかえそうだ、と顔に書いてある総司を見ながら千鶴は、ふふっとほほ笑んだ。
「薫が泣くものだから、せっかく我慢してたのに私まで泣いちゃって……」
「なんだか仲のいい双子をひきさく悪人の気分だったよ」
総司がにやにやしながら言うと、千鶴は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「すいません……」
「いや、別にいいんだけどね。平助、次に薫に会った時に殺されるね」
黒い笑顔で、ぜひ見たいなぁと楽しそうに言う総司を、千鶴は目線でたしなめて。
「でも、エスコートしてくれたのが薫でよかったって思います。以前を想うと……」
「そうだね」
総司は優しく千鶴を見つめた。
前世での殺し合いをした関係から考えると見違えるようだ。相変わらず薫とは仲は悪いしこの先好きになることは決してないだろうけが……だが、居てもいい、と思える。あれはあれでいいのではないかと思う。何よりもあの変わり者の兄は、妹の千鶴の事が大好きだ。千鶴もあんな奴だが大切にしている。それなら自分も……後ろから蹴飛ばさない程度にはならなくてはならないと思う。
そこまで考えて、総司はふと思い出した。
「朝の電話……もう大丈夫?夢ってどんな夢だったの?」
千鶴は一瞬何のことかわからない、と言うような顔をして、しばらくして思い出したように目を瞬いた。
「ああ……」
そう言って何故か頬を染めた千鶴を、総司は興味深そうに見た。
「何?」
「あの……総司さん、あの時のこと、覚えてらっしゃいます?あの……」
あの、あの…と言いながらなかなか先を言わない千鶴に、これはますます面白うそうだと総司は身を乗り出した。
「前世すべての出来事を思い出してるわけじゃないけどね。思い出してるところも忘れてるところもあると思うけど、言ってくれれば思い出せると思うよ?」
千鶴はしばらく真っ赤な顔のままあさっての方向へ視線を彷徨わせていたが、ようやく心を決めたように口を開いた。
「あの…蛍……」
「ああ、あの泉エッチ?」
即答した総司に、千鶴は真っ赤な顔で、シーッと人差し指で口を押える。
「あれは覚えてるよ。僕の中では千鶴との前世エッチの中でも上位にランクインする……」
「総司さん!」
慌てる千鶴に、総司は笑いながら言う。
「でも今の『千鶴ちゃん』は『クマ』しか覚えてなくてさ」
「え?」
「覚えてない?高校……一年だったかな?付き合う前にみんなで花火行った時に、千鶴が覚えてないかな〜って蛍の話をふったんだよ。そしたら…」
「ああ……思い出しました。駅のところですね?」
そうそう、と二人で吹き出す。
「小さい時から私、『蛍』と『クマ』が何故かセットで……!」
「ひどいよね。僕は恋心の方を覚えていてほしかったのにさぁ!薄情だなぁ」
千鶴ってそういうとこあるよね、と拗ねたように言う総司に、千鶴は笑いながら謝った。
「薄情ってわけじゃないんですが……でもごめんなさい。今は思い出してますから…」
「でも僕さ、僕の事覚えててねって泉でお願いしたんだよ?それはきれいさっぱり忘れててクマだけ覚えてるってそうとう薄情者じゃない?」
覚えていなかったのは事実なので、千鶴は小さくなりながら謝った。総司はそんな千鶴をニヤニヤしながら見ている。
「このホテルの裏の湖のところにね、蛍を放してるんだって。今夜時間があったら見に行ってみようか?」
総司の言葉に、笑っていた千鶴の表情がふと強張った。それに気づいた総司が聞く。
「どうしたの?」
千鶴はためらいながら答えた。
「……総司さんが亡くなってから……蛍をみるのがとてもつらかったんです。今朝の夢は、その時の夢で……」
俯いてそういう千鶴に、総司は千代を抱いていない方の手を伸ばし、そっと頬にさわった。
「…そっか…」
その時ノックの音がして、二人はドアの方を見た。
メイク係の女性が扉を開けて入ってくる。
「そろそろ披露宴の準備がおわりますので、花嫁様のお化粧直しをさせていただきに参りました」
「じゃあ、薫に千代をお願いしてくるよ」
総司はそう言って、千代を抱いたまま立ち上がった。
そして総司は、「言い忘れてた」と言い、ソファに座って見上げている千鶴の耳元にふっと唇を寄せる。
「すごくきれいだよ」
囁くような甘い声に千鶴は真っ赤になる。
メイク係の女性は、いちゃいちゃあまあまの新婚さんに慣れているのか全くのスルーだった。
------当日午後十三時四十五分------
総司と千鶴が腕を組んで会場に入場し、披露宴が始まる。
近藤のスピーチに続き、土方もスピーチ……すると思い
きや、土方はやにわに竹刀をとりだした。
総司が驚いて目を見開いている中、司会の女性は打ち合わせ済みなのか明るい声で紹介をする。
「新郎は学生時代剣道の全国大会で何度も優勝するほどの腕前だそうです。幼いころから通っていた道場の兄弟子でもある土方様とここで軽く一試合して頂きましょう!」
驚く千鶴に、「聞いてないんだけど」と言いながらも総司は楽しそうにジャケットを脱いで椅子の背にかけた。腕のカフリンクスを外して千鶴に渡すと、何故かバキボキバキッと指を鳴らしながら式場側が開けてくれたスペースの方へ歩いて行く。
「おらよ」
土方が投げてよこした竹刀を、総司は片手で受け止めた。
「てめぇは、公衆の面前で兄弟子に恥をかかさないために負けてやる、なんて芸当できねぇだろうな」
竹刀を構える土方に、総司はにやりと笑った。
「それはこっちの台詞ですよ。結婚したばかりの妻にいい所を見せたい夫の気持ちなんて、考えもしないですよね?」
総司は竹刀を軽く振って握り心地を試すように縦に持つ。総司の言葉に土方も不敵に笑った。
「ってぇことはだ」
「「真剣勝負で」」
「始め!!」
いつの間にか来ていた審判役の近藤が合図をして、もう何年ぶりかの土方対総司の試合が始まった。
パン!パン!パァン!
乾いた音が式場に響く。道場でもない普通の場所での防具無しでの剣道はかなりの迫力で、式場内は大いに盛り上がった。女性客の黄色い声や男性客の応援の声が響く。
しかし……
総司と土方、双方観客など全く眼中になくとにかく相手を倒してやるという異様な雰囲気に、だんだんと会場は静かになり始めた。司会の女性もまずいと思ったのか、審判の近藤に「あの、そろそろ……」と声をかける。
近藤が「やめ!」と合図をかけた瞬間土方が気を抜き、総司の胴が土方の腹に入りそうになった。
「うおっ!このやろっっ!」
土方はそれをかろうじて止め、竹刀を放り投げて総司の首をクリンチした。
「てめぇ!わざとだろ!」
「いやだなぁ、違いますよ。最後の最後まで気を抜くなって近藤道場の教えじゃないですか」
「うそつけ!おまえの性格から考えれば……」
「と、このように大変仲のよい兄弟子と弟弟子の新郎の試合でした。どうもありがとうございました!」
まだごちゃごちゃとやっている土方と総司を近藤が強引に引き離し、あやうく殺伐となりそうな余興はなんとか無事に終了したのだった。
そして、平助がボーカル、一がギター、左之がキーボードで新八がトライアングルの即席バンドが前に出る。
スタイルもよく何よりもイケメン集団の四人に、会場がわきたった。
そして素敵な結婚ソングに、かろうじて総司は泣かなかったが千鶴が大泣きしたのだった。