そして二人はいつまでも 




第二話




------当日朝十時------


「いーやーだ」
「薫……そんなこと言わないで」
「いーーやーーだ!って言ってるだろ!しつこいよ!」
「ほら、薫がそんな大きい声を出すから千代が泣いちゃって……!」
千鶴の責めるような声に、薫は千代を抱き上げて顔を覗き込んだ。そして今にも泣きだしそうに顔を歪めて口をへの字にしている千代に優しく話しかける。
「よしよし、びっくりさせて悪かったよ。千代は何も悪くないんだよ。お前のお母さんとおじいちゃんが無茶な話ばっかりするからさ」
薫に鋼道が言う。
「私からも頼むよ薫。せっかくの式だ。千鶴のためにも…」隅でおろおろと立ち尽くしていた式場係の女性も言う。
「どなたか親族の男性でないと……。お兄様がいらっしゃるのでしたらぜひお兄様に…」
「だから嫌だって言ってるだろ!もう何回も!!」
「ウワーン!!」
薫の大きな声に驚いた千代が泣き出した。千代をなだめようとする千鶴の声、薫を叱る鋼道の声、皆様落ち着いてください!と慌てる式場係の声……
そんな大騒ぎの最中に、総司が扉から顔を出した。
「あの……どうしたんですか?」
総司の声に部屋の中の五人が一斉にドアの方を見た。
「総司さん!」
千鶴がほっとしたように言った。
「外まで騒いでる声が聞こえるぜ、何やってんだよ薫」
平助も総司の後ろから部屋に入ってくる。
「平助……」
薫が、嫌な奴らが来た、とでもいうように横を向いて舌打ちをする。
「久しぶりだな、千鶴」
一だけがまるで何事もなかったように挨拶をして最後に入ってきた。
総司は部屋をぐるっと見渡す。
大きな鏡の前の椅子に腰かけて、困った顔をしているのは総司の愛しい妻、千鶴。まだ着替えていなくて白い長いシンプルなオーバーシャツにグレーのスパッツ姿だ。髪もいつもどおりたらしているし化粧もしていない。 
「まだ準備しなくて大丈夫なの?」
総司が少し驚いて千鶴に言うと、千鶴はさらに困ったような顔で、それが…と言い薫をちらりと見る。
 薫も、ジーンスに白のシャツという私服のまま別の椅子に座り、膝の上に千代をだっこして千鶴達から顔を背けている。千代はいきなり人が入ってきたので驚いたのか、キョトンとした顔をして泣き止んでいた。総司がさらに視線を巡らすとその隣のパイプハンガーにはウェディングドレスが掛けられており、その前に困ったように立っている式場係らしき女性、そしてその横のソファには何故か父親の鋼道が横になっており……      
「……どうされたんですか?」
こんな状態なのにソファにのんびり横たわっているなどどこかおかしい。総司が鋼道にそう聞くと、鋼道が、それが…と話し出した。
「今朝よちよちと寄ってきた千代を抱き上げたときにな、こう…腰が『ゴキッ!』と音をたててだね…それから動こうとすると信じられないほどの激痛で、歩くことも立つこともできなくなってしまったんだ」      
「ぎっくり腰ですか」
一が静かな声で言った。
「医者だというのにお恥ずかしい……。立つのもつらくて座っているのがやっとなんだ。式の参列は車いすで座ったままでなんとかなりそうなんだが、バージンロードが……」
鋼道の言葉に総司と千鶴は顔を見合わせた。
式場との打ち合わせの時に式の段取りは聞いていた。
総司が祭壇の前で待っている所に、鋼道に手を取られた千鶴が参列者たちの間のバージンロードの上をゆっくりと歩いて行く。そして鋼道の手から総司の手へ千鶴を渡して…
式場係の女性が思い切ったように口をはさんだ。
「お父様が歩くことが難しいということでしたら、どなたかご親族の男性にバージンロードのエスコートをお願いしなくてはいけなくて、お兄様が一番適任でいらっしゃるかと思うのですが…」
「だから嫌だって言ってるだろ!」                   
間髪入れずに怒鳴った薫に、膝の上の千代がくしゃっと顔をゆがめる。                                       
総司は溜息をついて部屋を横切ると、薫の膝の上の千代を抱き上げた。
「とーたん!」
初めて総司に気が付いた千代が、嬉しそうに総司の首に手を回し抱きつく。総司はそんな千代の背中を優しくトントンしながら言った。
「それでこの騒ぎってワケ……」
「ほんとうにすまない総司君。二人の大切な日にこんな…」
申し訳なさそうに言う鋼道に、総司は言った。
「いえ、ぎっくり腰はしょうがないですよ。気にしないでください。それより車いすでも参列していただけるようでよかったです」                                     
平助が薫に言う。
「なんでそんなにイヤなんだよ?」
薫はさらに顔を背け、椅子の背に腕をかけて頑なに言った。
「イヤなもんは嫌なんだよ。何が嬉しくて妹の手をとって、あんな衆人環視の中を歩かなくちゃいけないんだよ。しかもおまえに……」
薫はそう言ってまるでゴキブリを見るかのような目で総司を見た。
「お前に千鶴を渡すとか、悪夢以外の何物でもないよ。ほんとは俺は式も出たくなかったんだ。だけど千代が…」
そう言って薫は、今度は総司に抱かれた千代を見た。その目は先ほどとは違ってとても暖かく優しい。
「千代が頑張ってフラワーガールをするって言うから、まぁそれは見たいかなと思って出てやることにしたんだよ」
薫の言葉に平助は呆れた。
「出てやるって…お前アニキだろ?ちゃんと妹の幸せを祝ってやれよ」
「や・だ・よ!何度も言わすなよ。だいたいあれっくらいの距離一人で歩けるだろ!なんでわざわざエスコートしてやらなくちゃいけないんだよ!」
式場係が焦ったように言う。
「それは、式の演出上必要ですし、そもそもの伝統でもそのようになっておりまして…」
「別に変えてもいいじゃないの、それぐらい。そうだ!平助がやったら?幼馴染だから似たようなもんだろ」
いいアイディアだというように言う薫に、式場係が困ったように言う。
「いえ、血縁関係のない方のエスコートは余程の事情がなければ……」
「余程の事情じゃない。ぎっくり腰だろ?じゃあ俺が父さんの車いすを押すからそれで行けばいいじゃないか」
「いや、だから父さんは手を上げるのもつらいんだよ。座っていれば大丈夫、というわけではなくて、座っているのがやっと、という状態なんだ。だからとてもそんなことはできそうにもないんだよ」
「じゃあ、やっぱり平助がやれば?」
「いや俺じゃあ……」
「薫お願い!一回だけじゃない。お願い!」
千鶴が必死に頼む。
「薫、頼むよ。私のためだとも思って!」
鋼道も必死だ。
一も不思議そうに言う。
「そんなに我慢できないほどイヤな事だとは思えんが…」
皆に口ぐちにそう言われ、薫は唇をかみしめ皆をにらむ。言い返すにしても「イヤ」としか言えず、会場係を含め皆が「それぐらいやってやれよ」という顔をしている中、薫の味方は誰もいないかと思われた……が。
「まぁ……薫の気持ちもわかるよ」
平助が、まぁまぁというように皆と薫の間に入って言った。意外な助け舟に、皆の視線が平助に集まる。平助はそれらの視線に軽く頷くとおもむろに口を開けた。
「泣いちゃうんだろ?」
平助はからかうでもなく至極真面目に、薫を気遣うようにそう言った。
そしてその言葉に部屋の中は固まる。
一番最初に我に返ったのは薫で…
「ちっ!!!ちちちちちっちちちちちがう!!!!何言ってるんだよ平助!泣っ泣くなんて…!」
「薫……」
千鶴が感動したように目を潤ませて薫を見た。
「違うっていってるだろ!平助!変なこと言うな……」
言いかけた薫は、背中に感じる視線にふと冷たいものを感じて黙り込んだ。薫の後ろにいたのはもちろん総司だ。
「ふぅん……。泣いちゃうんだ」
「違うって言ってるだろ、沖田!勝手なこと…」
「でもそれ以外考えられないよねぇ?たった一人の妹のためにたったあれくらいの距離も一緒に歩けないなんてさぁ。たしかにその年でそのキャラで泣いちゃあかっこつかないよねぇ。そんな可哀そうなことさすがの僕でも頼めな…」
「やるよ!!」
部屋中の視線が『え?』という表情と共に薫に集まった。
「やればいいんだろ!それぐらいなんでもないよ」
「いや、泣いちゃうんだったら別に……」
にやにや笑いながら言う総司を、薫はすごい勢いで遮った。
「やるって言ってるだろ!」
控室を出て自分たちの部屋へと向かう途中で、一は平助をまじまじと見た。
「…意外とやるものだな…」
平助は一の言葉に目を見開いた。
「へ?何のこと?」
「計算していないところがまたすごいな」
少し呆れたように一が言う。
「???何が?」
一が何を言っているのかさっぱりわからず、平助は首をかしげたのだった。
 


------当日昼十二時------

ドレス上半身はショルダーレス。
ハイウェストのエンパイアラインで、背の高い総司と釣り合うようにかなり高いヒール…といより上げ底の靴を履く。
ドレスの切り替え部分に黒に近い濃い茶色のアクセントのリボンがあり、総司のタキシードと色があうようになっていた。                        
ナチュラルなメイクが終わり、髪をきっちりと右側に寄せるようにセットしてもらい、メイクさんは届けられた髪飾りの生花を箱からそっと取り出した。  
「まぁ……きれいですね……」
小さな白い花と緑の葉がと輪になっている花冠だった。
「最近は花嫁さんが作られる場合も多いみたいですけど、作られたんですか?」
ヘア係の女性に聞かれて、千鶴は顔を赤らめた。
「いえ、その……夫が……」
前世から総司は器用だった。今回一緒に結婚情報誌を見ているときに、作りたいと言い出したのだ。
『前に作ったでしょ。覚えてる?』
もちろん覚えている。忘れるわけなどない。
激動の日々の後にきた陽だまりのような幸せな思い出として、千鶴ははっきりと覚えていた。
そんなことを言いだした総司を乙女……と、思わないでもなかったが、千鶴はとても嬉しかった。
今、その花冠がそっと千鶴の頭に乗せられる。
はずれないように隠しピンで留めていく。花冠と同じ花で作った長く垂れたブーケを手渡され、花嫁の準備は整った。「じゃ、手袋していただいて、涙はこの布でそっと涙を拭いてくださいね」
手袋をして、ブーケを持った千鶴を、メイクさんは頭の先から足の先までチェックする。
 子どもがいるとのことだったがまだ若いだけあって、千鶴の花嫁姿はとても初々しくかわいらしく、女性としての魅力もあり素敵だった。新郎もちょっと驚くほど色っぽくスタイルもよく、きっと二人が並べば理想的なカップルになるだろう。
 メイクさんは小さくうなずくと、最後に……とつぶやいて、千鶴の頭のコームにヴェールをつけて繊細なレースでできたヴェールで千鶴の顔を覆った。
鏡の中に映る自分を見て、千鶴は心臓がどきどきしてくるのを感じていた。
いよいよ始まるのだ。
みんなちゃんと席についていてくれてるだろうか。
千代は泣いて平助や一を困らせていないだろうか。
そして薫……                    
ちゃんと一緒にバージンロードを歩いてくれるのか……
千鶴はあれこれ考えを巡らせながら、式場係の人についてチャペルへとゆっくりと歩いて行った。

 

 

------当日昼十二時二十分------

ブラックスーツを着た薫は、式場係に連れられて大きな扉の前まで来た。場所的にチャペルへ入場するための扉だ。きっとこの扉を開けるとチャペルなのだろう。
 式場係の後ろを歩く薫は、もうすでに激しく後悔していた。ふと視線を挙げると、入場を待っている総司がドアの前に立っており、その後悔はますます激しくなる。    
 総司は薄いベージュのタキシードだった。ジャケットの襟の部分から少しだけ濃い茶色のストライプのベストがのぞいている。白いシャツにベストと同じ模様の太目のタイをして、胸のブートニアは白い花と緑の葉。
千鶴の花冠やブーケとお揃いだ。
手足が長く頭が小さく、スポーツマンらしく姿勢がよく、正直男から見てもかっこいい。性格に大きな難があるのをおいておけば完璧な花婿といえるだろう。
 結婚する前に妊娠させといて、式も二年後とかで、どの面提げて花婿とかいうんだか…!
薫は、ケッという顔をして総司と視線を合わせないよう横を向いた。
総司はここで待つように言われているらしく動かない。薫を案内してきた式場係もどこかに行ってしまい、扉の前で総司と薫は二人きりで手持無沙汰になる。
しかし世間話をするつもりなど薫にはさらさらななかった。
ひたすら総司の存在を無視して顔をそむける。     
「君さ、覚えてるかな。前に僕にかなりひどいこと言ってるんだよね」
唐突に話し出した総司を、薫は今更文句でも言うつもりかと冷たい目で見た。
「忘れた。何を言ったにしろウソは言ってないよ。その通りの人間だろ、お前は」
ケンカを売るつもりなら買ってやろうじゃないか、というつもりで薫は挑発的に言う。           
総司はその言葉を聞いて、相変わらずの何を考えているのかわからない微笑みを浮かべた。
「一番ひどかったのはさ、大学生の時千鶴と突然連絡がとれなくなって君たちの家まで行ったら追い返されて……」
話し出した総司の言葉の内容に、そんなことがあったかと薫は記憶をたどる。                
「ああ…お前が浮気したかなんかで千鶴が落ち込んでた時か。ちょうどあいつの携帯もなくなったとかで……」
思い出した薫がつぶやく。
「いや、浮気じゃないから。ちょっとしたアクシデントってだけなんだけどね。で、携帯での連絡もとれなくて家電に電話してもとりついでくれないしPCメールも迷惑メールにされてて、拉致があかなくて家に行ったらさ…」
総司の言葉に、薫はどんどん思い出した。
そうだ、あれは…秋だった。夕方で……千鶴は確かどこかに行っていたはずだ。マンションのチャイムが鳴って、薫が出てみたら総司が立っていたのだ。
「そうだ、確かお前は次の日から近藤道場の遠征についていくとかで、その前に千鶴と仲直りしたいとか言って……」
「そうそう。隠してる千鶴ちゃんを出せって言ったんだよ」
総司が楽しそうに言う。
「いや、だからあの時も言ったけど、本当に千鶴はいなかったんだよ。まぁいてもおまえには会わさないけどね」
薫が冷笑すると、総司は穏やかな顔で微笑みながら薫を見つめた。
その笑顔が何か居心地が悪く、薫はムッとしながら言う。
「……なんだよ?」
「その時君が僕に言った言葉、覚えてる?」
薫は眉根を寄せた。
その時言った言葉…?まぁどうせ罵詈雑言だとは思うが…
薫が黙っていると総司が口を開いた。

秋の夕暮れの下、千鶴と薫が暮らしているマンションの五階の部屋のドアの所で、総司と薫が押し問答をしていた。
『君の嘘はもういいからさ、早く千鶴ちゃんをだしてよ』
『とっとと帰れよ。千鶴は今いないって何回言えばわかるんだ。ストーカーか、お前は!』
そう言って薫が閉めようとした扉を、総司が上からガシッと掴んだ。
『ストーカーじゃないよ。彼氏。君は認めたくないみたいだけど相思相愛なんだよ僕ら。無駄な邪魔をしてるのは君の方だよ?』
総司の勝ち誇ったような微笑に、薫は腕を組んで冷笑した。
『……お前が好きなのは千鶴じゃないよ』
『まだそれを言ってるの?だからそれは誤解だって……ああ、もういいよ君に言い訳しても意味ないし。とにかく千鶴ちゃんを…』
『俺が言ってるのはそういう意味じゃないよ』
薫の冷たい落ち着いた声に、総司は目を瞬いて改めて薫を見た。
薫は総司の眼をまっすぐに見ながら言う。
『お前の好きなのはお前だよ。千鶴じゃない』
『……はぁ?』
何言ってるのさ、という総司にかまわず薫は続けた。
『千鶴が他の男を好きになって、そいつとの人生が千鶴の幸せだとしたら、お前は千鶴を手放してやれるかい?』
挑戦的にいう薫に、総司も真面目な顔になった。
『……前世のことを言ってる?』
『前世も今もお前の本性はかわらないよ。お前は『お前のことを好きな千鶴』が好きなんだよ、お前のためだけに。別に千鶴に他に好きな奴がいないとしても、千鶴の人生の為にあいつを手放すことはおまえにはできないだろう?』
 総司は黙り込んだ。薫の腹を探るように顎のあたりを指でなでながら考え込む。
『…どういう意味?』
『意味わかってるだろ?お前の傍にいてくれることだけを求めて、千鶴の幸せを考えていないってことだよ』
バタン!と大きな音をさせて閉められたドアを、総司は声もなく見つめ続けていた。

「ああ、そんなこと言ったかもな……。ほんとにその通りだな」
我ながら鋭いことを言った、と薫が過去の自分をほめていると、総司が口を開いた。
「まぁシスコンもあそこまでいくとかなりヒクけど。でも君にそう言われて僕は結構いろいろ考えたんだよね。正直あたっているところもあってさ。『千鶴の幸せを考えた愛し方』が、今は完璧にできているとは思わないけど、でも方向性はわかったっていうか」
思いもかけなかった言葉に、薫は目を見開いて、組んでいた腕をほどいて、まじまじと総司の顔を見た。
「……は?」
総司は続ける。
「ぶっちゃけ君のシスコン具合はかなり気持ち悪いし世間一般的にいって性格も破綻してると思うけど……でも千鶴のこと、千鶴の幸せを考えてるとこは認めてる……ていうか頼りにしてるんだよね」
ポカンと口を開け、それと同じくらい目を大きく見開いて唖然としている薫を、総司は面白そうに見た。
「僕は一生千鶴の傍にいて彼女を幸せにするつもりだけど、でも運命ってどうなるかわからないでしょ。彼女のこと心底考えてる君の存在は、安心するよ」
口を開けたまま固まっている薫の横を式場係が通り過ぎ、総司に声をかけた。新郎の入場を促すその言葉に総司は軽くうなずき、式場係の後ろにつく。
式場係がゆっくり開けた扉の中に足を進める間際、総司はまだ唖然としている薫にからかうように言った。
「……これからよろしく、お義兄さん」
 
薫はあんぐりと口を開けたまま、総司の背中を見ていた。
 ……なんだあの気持ち悪い沖田は……
 どこかで頭でも打ったのか、結婚式で幸せすぎて脳みそ溶けたか…
茫然と総司が去り再び閉められた扉を見ながら、薫は混乱していた。
『千鶴の幸せを考えている所は……』『頼りにしてる…』『結構いろいろ考えたんだよね…』
先程の総司の言葉が頭の中を渦巻く。
『これからよろしく、お義兄さん』
薫は、胸の奥から正体不明の熱いものがこみ上げてくるのを感じたが、押し殺した。
……くそっ……!沖田ごときに……!
薫がぐっとこらえて拳に力を入れたときに、つんつんと袖をひかれた。
何かと思い振り向くと、式場係が合図していた。
「花嫁様がいらっしゃいます。腕を組んで合図があったらお伝えしたように赤いじゅうたんの上を……」
式場係の声は、薫の耳をすり抜けて行った。
 式場係の後ろにいたのは…真白なウェディングドレスに白い花と緑の葉のブーケ、顔は…レースのヴェールのせいでよく見えないが、自分を嬉しそうに見ているのはわかる。
花嫁の、白い手袋をした手が薫に伸ばされた。
「薫……!」
千鶴の嬉しそうな声が聞こえ、千鶴の手が薫の腕にかかる。
「ありがとう」
式場係が扉をあけるタイミングを図っているときに、千鶴が小さな声で言った。
「薫に……エスコートしてもらうのって想像していなかったけど、本当に嬉しいよ」
そう言って見上げた千鶴の表情は、至近距離のせいでヴェール越しに薫にも見えた。
その幸せそうな笑顔に、何故か子供のころの無邪気な千鶴の笑顔が重なる。
 自分の中で何かが決壊したのを薫は感じた。
そこに追い打ちのように、式場係の合図が入り、扉が両方開けられる。荘厳な音楽が流れだし、上から雪のような羽のようなものが天窓からの荘厳な光の中を舞い……
 
……陰謀だ……!                                 
薫は血が出るほど下唇を噛みしめた。

 これは陰謀だ。                                   
 くそっ!だから俺は嫌だって言ったんだ……!
それなのにあいつらが……っ!!
くそっ!くそっ!くそっっ!!恨んでやる!一生恨んでやるからな……っ!!!
胸の奥からこらえようのない熱いものがこみ上げる。
視界がにじんでくるのも感じる。
そして薫は、千鶴と共にチャペルのバージンロードへと一歩踏み出したのだった。




第三話へ 

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