シンデレラの嘘 7
「……お、沖田さん……もう、だめ……お願い……」
総司の上で千鶴は苦しそうにもだえていた。総司も苦しい。が……
「まだ、十五分も経ってないよ、最低でも三十分このままでいないと」
「無理、無理です」
千鶴が半泣きで言う。抑えきれないらしく総司の上で小さく腰を揺らした。中に入ったままの総司は当然ながら刺激され、グンと硬くなる。
「んっ! だめ…だって!」
総司の大きな手で千鶴の真っ白なヒップをつかんで動きをとめた。千鶴がうるんだ目で総司を見る。
「どうして我慢しなくちゃいけないんですか? いつもはこんなことしないのに」
「だから、こうやって……」総司は腰を少しゆする。千鶴が「あんっ!」とかわいらしく喘いだ。
「こうやって挿れたまま三十分以上じっとしてるとね、僕も出さないのに何度もイって、千鶴ちゃんなんかもうイきまくっちゃうらしんだよ。すごーく気持ちいいみたいだから、やってみようって」
「でも、私、もう……」
総司と繋がった部分は、千鶴からあふれでる液でぐちょぐちょだ。シーツが濡れてしまうと千鶴が気にするので彼女を上にしたのだが、それでも総司の腰を伝ってシーツが濡れるほど滴っている。
「ほら、やっぱりいつもより感じてるでしょ? 効いてるんだよ」
突きまくってイカセまくって中で思いっきりぶちまけたい気持ちを、総司は必死で抑える。快感もそうだが、千鶴が半泣きで総司のことを欲しいと言ってくるその表情と声がたまらない。おねだりだけでイってしまいそうだ。
千鶴も最近は慣れてきたけれど受け身で、こんな風に全身で総司を欲しがるのは初めてでそれも新鮮で興奮する。
「動いてほしいの?」
コクンと千鶴がうなずく。潤んだ瞳と紅潮した頬が欲情を刺激する。
「だーめ、我慢して」
「沖田さん、でも、私、このままじっとしてても、もう……」
千鶴はそう言うと小さく叫んで顔を総司の胸にふせた。どうしたのかと思っているとビクビクッと中が痙攣し一拍おくれて「あ、あああ……ん…あ…」と千鶴の細い喘ぎ声。
総司を包み込むようにねっとりとうごめく千鶴の内部に、総司も危うく達しそうになる。
「っ……イっちゃったの? 動いてないのに?」
涙を浮かべて恥ずかしそうに千鶴はうなずいた。ドクンドクンと総司の熱に千鶴の痙攣が伝わってくる。そのたびに総司の腰にしびれるような快感が広がる。
「……あと……十五分くらいかな」
千鶴が眉を寄せた。目がトロンとしたままだ。「沖田さん……」千鶴の内部がうごめくのを感じて、総司は唇をかんだ。
「何? まさか、またイきそう?」
「沖田さんが話しただけで……」そのわずかな振動だけで、千鶴は感じ始めてしまったらしい。
「お願いです、動いてもいいですか?」
訴えるような上目づかいに、総司はぞくぞくした。「ダメ」
「お願いです……ああ……」
千鶴の腰が自然に動いている。総司は好奇心に駆られて今度は止めずにいた。「沖田さん、沖田さん……すごい、…ああ、いっちゃう……ああっ……あっあっ」千鶴の腰は早くなり全身を総司にこすりつけるようにすると、あっという間に達した。
「あ……あ……」
ビクンビクンという痙攣がいつまでたっても収まらない。そのたびに総司の熱をくるむようにねじるように締め上げられて、総司も我慢ができなくなってきた。
「まだあと……五分くらいあるけど……もういいや」
総司は千鶴のヒップをがっしりとつかむと、力強く下から突き上げた。
「あああっ!」
千鶴がのけぞるのを腕で抑え込んで動かないようにし、さらに下から腰を突き上げえぐるように突く。我慢していたものが切れた分、総司も動きには容赦がなかった。
「あっあっ…いくっ! あああああっ」
悲鳴と同時に千鶴が達した。中がドクンドクンと脈打ち、今では総司全体が脈のカタマリのようだ。総司はいったばかりでもうろうとしている千鶴とつながったまま体を入れ替え彼女を下にすると、再び動き出す。
もっと深く。もっと強く。
千鶴の奥の奥まで貪りたい気持ちがつのり、総司は千鶴の片足を持ち上げさらに深く自身をうずめた。
「あっあっ……あ! だめ、だめです……それは……お願い……奥、にあたって……」
「あたるの?」
「あ……あっあああああああっ」
悲鳴と共にのけぞって千鶴はまた達した。
「くっ……これは……気持ちよすぎるな。千鶴ちゃん……ああ、僕ももういってもいい?」
「………」
とろんと快感の波に揺られて返事のない千鶴を抱きしめて、総司は一気に腰の動きを早くした。
「一緒にいけそう?」
抱きしめて耳元で聞く。自分の息があがっているのがわかる。千鶴もマラソンをしたように小さな喘ぎ声と共に荒い息をしている。
「まだ?」
体で会話しているから、言葉は最小限で伝わる。総司の問いに、千鶴は総司の目を見た。それだけで総司は千鶴がもうすぐいきそうなのをさとる。
両足をぐいと折り曲げて、彼女の奥深くに入る体勢にすると、総司は一心不乱に腰を打ち付けた。三十分近く我慢したうっぷんを晴らすように何度も何度も彼女の中で自分をこすりあげる。
「あ……!」
ひきつったような彼女の声と、自分の絶頂の予感がほぼ同時で、総司はそのまま突き進んだ。
「ああっ」「うっっ…は、くっ」
二人は同時に達し、総司はその圧倒的な感覚に身をゆだねる。そして、まだ小さく痙攣している彼女を抱きしめた。
総司が職場の机でパソコンに向かっていると、昼飯の買い出しに行っていた左之と平助が帰ってきた。「お、買ってきたか」と土方も社長室から顔をだす。
おしゃれなセンタータワーの裏の路地にある、慣れ親しんだホカ弁だ。
「やっぱこれだよなあ」「学生んときからの御用達ってな」
「このビルに入ってるようなおしゃれなカフェメシなんぞ、腹の足しにもならん」
がやがやと包み紙を開け、注文したものを分けていく作業も手馴れている。皆でソファやら椅子やらに座って食べ始めると、「しかしなんだなあ、総司は幸せ者だな!」と左之が焼鮭を食べながら言った。
「は?」から揚げを食べようとしていた総司が顔をあげる。平助もうなずいた。
「俺らが買い出しに行く途中に、会ったんだよ。ホラ、千鶴ちゃん!」
「ああ……」そういえば今日はパン屋のバイトがないって言ってたっけ。今自分の家にいると思うとちょっと顔を出しに行きたくなるな。
「話をしたのか」
土方がウナギを食べながら聞く。左之がうなずいだ。
「俺たちの仕事のこと、総司が話したんだろ? なんかいろいろ本を借りてたぜ」
「本?」
平助がにかっと笑ってからかう。
「『ITセキュリティ初歩』『認証技術とは』……いろいろさ。こんなんに興味あんの? って聞いたら、特になかったけど……だって。総司がやってることを知りたいって思ったんじゃねーの?」
「へえ…」「ほお」皆が口ぐちにつぶやいた。総司も驚いた。そんな話は何もしていなかった。
「ふうん……」
その場はそれで終わったが、総司は午後、仕事の手が空いた隙を見てこっそりとセンタータワーを降りてマンション棟へと向かった。
綺麗に色づいている街路樹やセンタータワー公園の木々を見て、先週末に千鶴とここを歩いたときの事を思い出す。紅葉した葉を見ながら目をキラキラさせて、もう秋ですねと千鶴は笑っていた。こっちまで笑顔になってしまいそうな楽しそうな顔。総司は足元に散らばる色とりどりの落ち葉を踏みしめ、微笑みながらマンションへと向かった。
自分の部屋を開けるとやはり千鶴の靴がある。
「千鶴ちゃん?」
妙に静かな部屋の中を不審に思いながら歩いていくと、リビングのソファで千鶴は眠っていた。胸の上には読みかけの本。先ほど平助が言っていた、総司の仕事に関する本だ。
総司は小さく笑った。
「そりゃ、全然知らないんだから眠くなるよね」
起こそうかと思ったがやめた。目を覚ました千鶴には今の総司の顔を見られたくない。
勝手に笑ってしまう口のあたりを手で隠しながら、総司はマンションを出てまた職場に戻った。
「いちゃこらしてきたのか?」
エレベーターホールで運悪く土方と顔を合わせ、開口一番にそう聞かれた。顔がにやにやしていたせいでばれてしまったらしい。
「別にそんなんじゃありませんよ。帰ったらあの子、寝てたし」
「最初のころあいつが泣きながらマンションを飛び出してきた時はどうしようかと思ったもんだがな。うまくやってるみたいじゃねえか」
からかうような土方の言葉。しかも最初の頃のケンカも知っている。嫌な奴に嫌なところでつかまってしまった。
「そんなんじゃないですって。……もう仕事に戻りますよ」
そう言って総司が去ろうとすると、土方が呼び止めた。
「来月の例のパーティ、お前、あの子と行くんだって?」
何の話かとしばらく考えて、姉のミツが言っていた話かと思い当たった。ほんっとにあそことここは繋がってるな。保護者なんかいらないっていうのに。
「そういうことになっちゃいましたね」
「俺も近藤さんも行くんだよ。ミツさんも当然いくし、あれだろ? 親戚も大勢来るんだろ? 大丈夫か?」
一応千鶴には伝えてあるし、総司がそばを離れずに全部対応するつもりだ。それよりも今は土方のしたり顔のニヤニヤの方がうっとおしい。
「まあ、そういう約束なんでちゃんとやってもらいますよ」
「そういう約束?」
「大金を払う代わりに期間限定で彼女としてふるまってくれるっていう約束です。いや、約束っていうか……契約かな? もちろん肉体関係も含んで」
土方の表情から、さっきまでのしたり顔が消えて、あっけにとられたような間抜け顔になった。それがおかしくて、総司はプッと吹き出す。
「やだなあ土方さん、何て顔してるんですか」
土方の目つきが険しくなる。
「お前が好きに生きるのはいい。だが相手がいることに自分のやり方でつきあわせんのどうかと思うぜ」
「はあ? そもそもその話だって彼女から持ち掛けてきた話ですよ。僕から頼んだわけじゃない」
「それでてめーは何も考えずに乗ったってわけかよ。相手の事情につけこんで金にあかせて女買うとか、お前も落ちたもんだぜ」
吐き捨てるように言う土方に、総司はムッとした。提案にのって何が悪い。あの子も助かって僕も楽しい。外野からうるさく言われないといけないような子供でもない。
「もう行っていいですか?」
行こうとする総司の背中に、土方は言った。
「てめえのツラを鏡で見てみるんだな。それだけ顔にはっきり書いてありゃあ、いつまでも自分をごまかせねえぞ」
総司は肩をすくめただけで、土方の怒声を受け流した。
別に彼女なんかいなくても生活はできるよ。特に困ってもいない。今のあの子の契約が切れれば、その場限りで相手になってくれる別の子はたくさんいる。
なのになぜあの人達はああもうるさくやいのやいのいうのか。仕事もちゃんとしてるしお金も稼いで、立派な社会人だ。そもそも彼女がいないのなんて、土方だって同じだし平助や左之たちだって今はいないではないか。でもあちらには特にも何も言わない。
いったい僕とあの人達の何が違うっていうのさ。
きっと小さいころから弟分として育ってきたから、いい大人になってもそれが抜けなくて過保護なんだろう。
「いい加減弟離れしてもらわないと」
総司はうんざりしてつぶやいた。
「面白かった?」
借りてきた本を返しに行くと言う千鶴に、総司はついていくことにした週末。道々歩きながら総司にそう聞かれて、千鶴は首を傾げた。
「うーん……? 面白い……うーん……勉強にはなりましたけど……」
図書館までは地下鉄で三駅ほど。総司はいつもタクシーなのだが、今日は千鶴について久しぶりに地下鉄に乗ることにした。
「じゃあなんで借りたの?」
千鶴は困った顔をした。
「なんでと言われても……興味を持ったので……」
総司はなぜかドキンとした。
「興味を持ったの? 僕に?」
千鶴は無邪気に「はい」とうなずいた。
「沖田さんが夜遅くまで何か分厚いファイルを読んだりパソコンで仕事をしてて、どんなことをしてるのかなあって思ったんです。本は難しくてよくわからなかったですけど」
恥ずかしそうに笑う千鶴に、総司はなぜか胸がざわざわする。地下鉄から降りて暖かい日差しの中を千鶴と歩いている間も、総司の胸はどこか波立っていた。
「あっ……だ、だめでしたか?」
「え? 別にいいんじゃない? なんで?」
「前に、興味をもたれたくないって言ってましたよね」
「いや、別にそういうのじゃないよ」
でも、何かひっかかる。
家に戻った後も、これはなんだろうと総司は考えていた。
悪い感じではなく、いい方にひっかかるのだ。総司の知らない千鶴の一面を知れたことが何か楽しいというか面白いと言うか。考えているうちに訳が分からなくなってきて、総司は考えるのをやめた。
まだ薄暗い総司のベッドルームに、ピピピッとアラーム音が響いた。
「ん……」
千鶴が寝返りを打って目を開けると、既にYシャツを着てネクタイを首からぶら下げている総司が覆いかぶさっている。ちょうど枕元のスマホのアラームを止めようと腕を伸ばしたところだったらしい。
「いつもよりかなり早いから、まだ寝てていいよ」
ほほ笑みながらをそう言われて、千鶴はハッと目が覚めた。
「そうだ、沖田さん今日から出張で……」
「うん、ニューヨークに一週間。斎藤君とね」
「私、一緒に起きようと思ってたのに……すいません。朝ごはん……」
「あー、いいよ。早すぎて僕も食欲ないし、飛行機でも出るしね。空港のロビーで軽く何か食べるよ。ほら、寝てて」
そう言われたが千鶴は起き上がった。もう目は覚めてしまった。
「一週間……」
会えないのだ。
「さみしい?」
直球でそう言われて、千鶴はかあっと赤くなった。
「それは……は、い……」
金で買われた愛人なら、ここで『寂しくて死にそう、早く帰ってきてね』とでもいうべきなのだが、千鶴にはそんな悪女力はなかった。総司のからかうような視線の前で、顔がどんどんゆでだこになっていくだけだ。
「あっちから電話するよ。時差があるから……あっちの夜にかけて日本でモーニングコールくらいかな?」
本来ならお金で買った女にそんな手間とお金と時間をかける必要はないのだ。大丈夫ですと断るべきなのだろうが、千鶴は言えなかった。声が聞けるがうれしい。あちらでも千鶴の事を少しでも考えてくれているのは、もっと嬉しい。
総司はパッキングが終わっているスーツケースに最後の荷物を詰めて、鍵をかけている。
これから毎日、沖田さんのいないマンションに帰ってくるのか……と考えていて、千鶴はふと気になった。
「あの、私、沖田さんがいない間はこのマンションにいない方がいいでしょうか?」
セックスと彼女のふりのために千鶴はいるのだ。そもそもマンションに一緒に住む必要もないのだが、なし崩し的に住んでしまっている。家賃も光熱費も食費も、千鶴は払っていない。総司が日本にいなくて千鶴のお役目果たせないのに、マンションにいてしまっていいのだろうか。
総司は目を見開いた。思ってもみなかった質問だ。
「……い、いよ。もちろん」
妙な間が空いた。彼女がここ以外に住むべき場所があるということを忘れていた。総司は慌てて付け加える。
「もちろん、自分の家の方がいいならそれでもいいけどね」
だが、それは断ってほしい。だから千鶴が、「じゃあ……ご迷惑じゃないのなら。荷物ももうこっちに全部あるし……」と言ったとき、総司はなぜかホッとした。
『僕も君がここにいてくれると嬉しい。僕がいない間もね』
さらりとそう言おうとしたが、なぜか言葉が出なかった。別になんという意味もない言葉なのに。何故言えないのか。ベッドに座っている千鶴を見て、総司はその言葉にならない思いを彼女になだめてほしくなった。
総司は千鶴の隣に座り、寝起きの寝ぼけ眼の千鶴に顔を傾けてキスをした。キスに驚いている千鶴を、総司はゆっくりとベッドに押し倒す。
「したくなっちゃった。これから一週間できないし」
「え!? い、今からですか? 沖田さん、時間……」
「羽田だからちょっとくらいは大丈夫。……いい?」
いいもなにも、千鶴はもう寝間着代わりのTシャツを脱がされ、下も脱がされている。
「お、沖田さん、スーツ……が、しわに……」
言われて、総司は締めたばかりのネクタイをほどきYシャツを脱いでしわにならないようにベッドわきの床に脱ぎ捨てた。
「千鶴ちゃん、裸になって……」
裸で抱きたい。
キスをした途端、力が抜けた千鶴の体を、総司は強く抱きしめた。柔らかさと温かさが総司の心に沁み込んでくる。
早朝の薄い光が満ちた静かな寝室に、二人の甘い吐息とベッドがきしむ音が響く。
すぐに終わらせるつもりだったその行為は、当然ながらかなり長引いた。総司はスーツを着、ネクタイは締めずにポケットに突っ込むと、ベッドの上でぐったりとしている千鶴の頬にキスをして急いで部屋を出て行った。
「電話か?」
総司がスマホを取り出したので、斎藤はそう聞いた。ニューヨークのホテルの総司の部屋で明日のアポについて打ち合わせをし、詳細を詰めていた時だ。
「うん。いま日本は……朝の七時半かな? 起きたとこぐらいかな」
毎夜のことなので斎藤も慣れた。
「では、俺は自分の部屋に戻って風呂に入ってこよう。一時間後に戻ってくる」
「ここにいてもいいのに」
そう言う総司に、斎藤は顔をしかめた。初日の夜その言葉に甘えて総司の電話の傍で仕事をしていたが、甘ったるい言葉の連続に背中がかゆくじんましんが出そうになった。よくまああんな意味のない会話をえんえんとできるものだ。しかも毎日。
ニューヨークに来て今日で四日目だが、相も変わらず総司は電話している。
「LINEやメールもあるだろう」
「んー? まあそうだけどね」
声が聴きたいんだよとかしょうもない返事を聞かされそうで、斎藤はそうそうに部屋を出た。ドアを閉める直前に「もしもし? 僕だよ」という甘い声が聞こえる。
変われば変わるものだな……と斎藤は内心驚いていた。総司には女の気配が絶えたことはなかったが、ここまで私生活や会社にまで影響を与える付き合いはなかった。本人もそんな話は一切しなかったし斎藤も長い付き合いだが紹介されたこともない。休日に女連れのところをたまに見かけたり、仕事後にデートだからと言って帰るぐらいだった。
それも毎回違う女だ。
千鶴は総司に紹介されて一度会っただけだが、見た目とは裏腹に芯の強そうなしっかりとした女性だった。総司のペースには流されず自分の意志を通すタイプだと。だが優しくて面倒見がよさそうで……皆も言っていたが総司はいい女性を選んだ。あの男に必要なのは適度に甘やかしつつも手綱は渡さず締める時は締められる女性だ。すっかり総司が恋愛脳になってそれを隠しもしないところには閉口するが。
……まあ幸せそうだから良しとするか。
斎藤は腕時計で時間を確認し、自分の部屋のドアを開けた。
『起きてた?』
男の人にしては軽やかな声。いたずらっ子のような彼にはびったりだと、千鶴は携帯を耳にあてながら思った。
「はい。そちらは夜ですか?」
『うん、まだ仕事が残ってるから寝ないけどねー。それに寒くてこっちでコート買っちゃった。日本はどう?』
千鶴は立ってマンションの窓から下を見下ろす。
「昼間はまだあったかいですけど夜は寒いです。マンションの周りの木の葉っぱもずいぶん落ちちゃいました」
『そっか。寒いの嫌いなんだよなあ……今度温泉にでも行きたいな。あ、そういえば千鶴ちゃん、机の上のお金気が付いた?』
「ああ……は、はい。ありがとうございます」
あの朝総司が空港に行った後、キッチンに行った千鶴はダイニングテーブルにお金が入った封筒が置いてあるのに気が付いた。
二ヶ月目の二十万円だ。
「あの、でも……お金、多かったんですが……」
『ああ、それはね、彼女のふりとかいろいろ追加で頼んじゃったから、ボーナス。好きなものでも買ったり食べたりして楽しんで』
「はあ……ありがとうございます」
『嬉しくない?』
面白そうな総司の声。
「嬉しくない、わけではないですけど……。家に住まわせてもらって普段は食事もおごってもらったりしてるしこれ以上は心苦しいです」
総司の笑い声が聞こえて、千鶴はドキドキした。総司の楽しそうな笑い声は好きだ。笑顔も好き。目の前で見られないがさみしい。
『そんなのいいのに。僕も楽しんでるんだから。君ってお金に執着がないよね』
「そうですか?」
執着がなければ体を売ったりしないと思うのだがと千鶴は首を傾けた。
『そうだよ。……っていうより棚ぼた的なおいしい思いは勘定に入れていないっていうか。基本自分の手で稼ぐお金しか信じてない感じがする』
「はあ……」
千鶴は首を傾げた。よくわからない。自分の手で稼ぐ以外どんな方法があるのだろう。
『そりゃ、若い女の子にならその気になればいろいろあるでしょ』
「なるほど……」とは言ったものの千鶴にはよくわかっていなかった。総司にも『よく意味が分かってないよね』とからかわれる。
『僕の家にいるの?』
唐突にそう聞かれ、千鶴は部屋を見渡した。インテリアコーディネーターに丸投げしたと言う生活感のないおしゃれな部屋。だが千鶴が住むようになって、少しだけ雑然としてきている。
「はい」
『僕がいなくて寂しい?』
甘く聞かれて、千鶴はどうしてもごまかせなかった。
「……はい」
小さい声で答える。総司の声がさらに優しく甘くなった。
『明日……日本時間だと明後日の夕方には帰るからね、それまで我慢して』
明後日……今の千鶴には遠すぎる未来だ。どうしてこんなに会いたいんだろう? 顔を見て目を合わせたい。あの大きな手で頬に触れて、がっしりした腕で強く抱きしめて、奥まで、全身で総司を感じたい。
声が震えてしまいそうで、千鶴は黙った。
『じゃあ、空港に迎えに来る? 一番早く会えるよ』
「え? 空港に行ってもいいんですか?」
なーんてね、そこまで必死に会いたいわけじゃないよね、と冗談で済まそうと思っていた総司は、千鶴の素直な反応に面食らった。
『え、いいけど……わざわざ迎えに来なくても、羽田から直で家に帰るよ?』
会える時間は迎えに来た時とこなかった時で実質一時間もかわらないだろうに、それでも迎えに行くと千鶴に言われて嬉しくないわけがない。金だけのつきあいだし期間限定だし、と斜に構えていたボーズは千鶴の無邪気な反応にあっというまに消え去った。
『じゃあ……待ってる。空港でね』
そう、会いたかったのだ、総司も。自分でも驚くほどに。あと少しで会えるし、これまでの一番の関心事は仕事だったはずなのに、今は仕事を放りだしてでも会いたい。その気持ちををごまかして仕事をするために、彼女の声が聞きたかった。だから毎夜電話していたのだ。
しかし素直に会いたいと言ってくれた千鶴の反応に総司のストッパーも緩む。
会いたい。