シンデレラの嘘 5





怒らせた……怒らせちゃった……
まったりと生きてきた千鶴は、人を怒らせたことがあまりない。その上怒ったのは総司だ。怖いのとショックなのとで、千鶴は混乱したままセンターマンションの自動扉から走って飛び出した。その時、ちょうど中に入ってこようとした人と肩がぶつかり、小柄な千鶴は反動で後ろに転びそうになる。
「おっと…! すまねえ……ってあれ? おまえ……」
転ばないように両肩を掴んで支えてくれたのは、先ほど飲み会の後解散したばかりの土方だ。
「あ……」
 知っている顔を見た途端、張りつめていた千鶴の緊張の糸はぷつんと切れた。同時にぽろりと涙が一粒こぼれる。泣くつもりなんか全然なかったのに。
「おまえ……」
 土方の紫の瞳が驚いたように丸くなるのを、千鶴はぽろぽろと涙をこぼしながら見ていた。

 マンション棟の向かい側のショップ棟にはコンビニがあって、その前にはベンチが置いてあった。昼間は混雑しているが夜もかなり遅い今は人通りはほとんどない。
土方はコンビニで買った暖かいカフェオレを千鶴に渡した。
「ほら」
「……ありがとうございます」
 涙をこすりまくったせいで目の周りがひりひりと痛い。あれから千鶴は堰を切ったように泣き出してしまった。土方は何も言わない。                       
夜のこの時間は、もう秋というよりは冬の気温で、千鶴はぶるっと体を震わせて暖かいカフェオレを両手で包んだ。
「あの……よかったんですか? 家に帰らなくて……」
「俺か?」土方は笑う。
「俺は別に部屋で待ってる女もいないしな。家もここだし、明日も休みだ。かまわねえよ」
しばらく沈黙が続き、千鶴はカフェオレを飲んだ。隣に座った土方もコーヒーを飲んでいる。
「……落ち着いたら、総司の部屋に戻れ。ここは夜中は結構ヤバいやつらがヤバいものを売ってることがある」
千鶴は首を横に振った。
「沖田さんに、自分の家に帰れって言われちゃったんで」
じわりと涙がまた滲み、千鶴は自分で驚いた。そうか、沖田さんに嫌われたかもっていうのが哀しいんだ。     
さっきの冷たい緑の瞳を思い出して、胸の痛みが強くなる。隣で土方がため息をついた。
「……おまえ、ホントは彼女なんかじゃねえんだろ?」
千鶴はギクリと肩をゆらした。
「一緒にいるところを近藤さんに見られて、総司が『彼女だ』ってフイて、近藤さんがそれを信じて俺やあいつらにも言っちまってってオチだろ?」
 そこまでわかちゃってるんだ……
「やっぱりな」
 頷いた千鶴を見て、土方は両足を投げ出して夜空を仰いだ。先ほどセンタータワーの横に見えた半月は、今はもう見えなくなってしまっている。
「どうしてわかったんですか?やっぱり不釣り合いでしたか?」
「ちがう。お前らがどうこうとかそういう問題じゃなくて……俺ぁ、あいつをよく知ってるからな。近藤さんとも付き合いは深いが、あの人はああいう人でいい面ばっかり見ようとするところがある。その点俺はあいつの汚いところもヤバいところもわかってる。一応人を見る目はあるつもりなんでな」
 この数年で会社をここまで大きくした社長だって沖田さんは言ってた。きっとこの人もすごい人なんだろうな……
千鶴はこの数日であったこと自分がやったことと彼らを比べて、みじめさに打ちひしがれた。嘘と犯罪すれすれのことをして……こんな私が沖田さんにあんな風に言われるのは当然だ。沖田さんみたいな人の彼女の振りをするなんてもともと無茶だったんだ。  見るからに打ちひしがれている千鶴に土方は苦笑いをした。
「まあ、何を言われたかは知らねえがあんまり気にするな。総司が女と本気でケンカして出てけなんて言うなんざ、珍しいことなんだぜ。そういう意味ではそこまで落ち込むことはねえ」
千鶴が不思議そうな顔で土方を見ると、彼はうなずいた。
「あいつは嘘がうまいだろ? 女と話が合わなかったり意見が違っても、あの薄っぺらい笑顔で適当に流してやることやって朝にバイバイってのがいつものやり方だ。家を追い出されるまで怒らせたってのはなかなか……誰にもできるもんじゃない」
 適当にあしらって付き合われるのも嫌だけど、でもあんなに冷たい顔で帰れって言われるのもこたえる。かなり。  
千鶴が複雑な表情をしていると、土方は聞いた。
「ほんとのとこ、なれそめはどうなんだ? お前はあいつのまわりにいつもいる女とは毛色が違うように見えるが」
千鶴は考えた。これ以上嘘はつきたくない。
「えっと……。言いにくいんですけど、どっちも……その、好きだからとかそういうんじゃなくて、お互いの都合があったっていうか……どっちかっていうと私の都合のために強引に沖田さんにお願いしたっていうか、そう言う感じでです」
「恋愛感情じゃなくて損得勘定ってことか。それなのにいきなり彼女としてふるまえってのも無茶だよなあ」        
呆れたような土方に千鶴は少しだけほっとした。土方も総司に恋人ができたことを喜んでいたからがっかりはしただろうけど……                      
 土方は千鶴をじっと見た。             
「まあ、それほどあくどいことをやりそうではないな。どっちかってえとお前の方が総司に振り回されて苦労しそうだ。おまえの都合ってのが叶うからそれでもいいってんなら、俺は口出すことじゃねえけどな」
 千鶴はぎくりとした。人を見る目があるって言ってただけある。そして土方は多分ぎくりとした千鶴にも気が付いた。雰囲気をかえるように立ち上がると明るく言った。
「ま、総司に追い出されちまったんなら今日は自分の家に帰っとけ。車で送って行ってやるよ」
千鶴もつられて立ち上がる。
「え? でも、お酒……」
「俺は飲めねえんだ。さっきの飲み屋でも飲んでねえ」
「……」
全然気が付かなかった。そうだったんだ。
「あの、でもいいです。私、地下鉄で帰ります」
「何言ってんだ。もう終電おわってるぞ」

 結局千鶴は土方のポルシェで家の近くまで送ってもらうことになった。
「ここでいいのか?」
「はい。家の前の道がとっても狭いんで。ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げた千鶴に、土方は運転席から顔を出したまま少しためらった。
「その……俺から言うのも変だが、もうちょっと頑張ってみてくれねえかな」
「え?」
「連絡とって仲直りしろってこったよ。飲み屋で見てたがお前たち……というか総司にとっちゃあお前みたいなのが傍にいるのはいい影響を与えると思うんだよな。あいつは一つくらい思い通りにならなくていらいらして怒り出すようなもんがあったほうがいい。……お前はあいつのこと嫌いじゃねえんだろ?」
「え? 私は、そんな好きとか嫌いとかそういう……」
「そうか? 俺から見るとお前はあいつのことを憎からず思っているように見えたがな」
「いえ、私は、そんな……あんな素敵な人を好きになれるような人間なんかじゃないんです。お金もないし、住んでるところもこんな下町で、パン屋さんでバイトしているような庶民なんで、あんなセンタータワーに住んでいるような人とは世界が違います」
 千鶴は本当にそう思っていた。世界が違う。
見慣れた自分のアパートの近くは、小さな家や工場が無秩序に建ち、空は張り巡らされた電線で低く狭い。道も汚くて。さっきまでいたすっきりと広いセンタータワー周辺の空や広場とは雲泥の差だ。
 言えば言うほど増すみじめさを我慢して千鶴がそう言ったのに、なぜか土方は盛大に吹き出した。
「面白いな、お前。あいつが気に入ったのもわかるな」
土方はしばらく笑った。
「……いいか、俺だって成り上がりだ。庶民も庶民。他の奴らもそんなんばっかだ。総司は……あいつはまあ本家でいろいろめんどくさい家だが、それでもセンタータワーのマンションをポンと変えるような金持ちの出なんかじゃねえ。あれは俺達が自分の手でつかんだ。だから」
土方はそこで言葉を止めると、千鶴を見て微笑んだ。
「だから、自分一人で頑張ってる奴を見るとついついかまっちまう。俺たちは、世間でいう金持ちとか貧乏人とかでは人を見ねえよ。自分で頑張ってる奴か流されるままの奴か、見るのはそこだ。総司もそれでお前を気に入ったんだろうよ」
 自分の力で……
『誰か頼れる人は?』
『……ふーん……』
 総司があの時、千鶴を買うときめた時の会話を、千鶴は不意に思い出した。そうか、もしかしたらあの時買うって決めてくれたのもそれだったのかな?
「じゃあな。総司と連絡、ちゃんととれよ」
土方はそう言うと、車で去って行った。
 千鶴はアパートにむかって歩きながら、今日知った新しい総司を思い返してみる。
電話……してみようかな。謝って、もうその話はしないのでって言って……そこで千鶴はまたあの冷たい緑の瞳を思い出してたらりと冷や汗を流す。
……と、当分は無理かな。ほとぼりが冷めた時に……
しかしその時は、千鶴が思うよりもはやく来た。

 その夜、夜中の二時に鳴り響く音。
深い眠りからいきなり起こされた千鶴は、必死で目覚まし時計を探った。スイッチを何度押しても音は鳴りやまない。
 な、なに? 非常ベル?
千鶴がパニックになりかけた時、暗闇の中でちかちかと光る灯りで、携帯電話の呼び出し音だと分かった。
「はい?」
とにかく音を鳴りやませたい一心で千鶴は慌てて電話に出た。とたんに、凍えそうな声が耳元で響く。
『君さ、もう来なくていいから』
「はい……え?」
『クビだよ。まだ一ヶ月もたってないのに渡しちゃった三十万円はもうしょうがないからあげるけど、もううちには来なくていい』
「お、沖田さんですか?」
『僕の他にもお客がいたの?』
「いえ、……いないです、けど……」
『……でも、すぐできるよ。君なら。土方さんなんてちょうどいいよね、確かに。社長だから僕よりもお金持ちだろうし、女の人には優しいし、僕なんかより全然いいよ、ほんと女って計算高いよね』
「土方さん? どうして土方さんが……」
『仲良くしゃべってたじゃない、長い間さ。その後車に乗って一緒にどこかに出かけてたし。いくらなんでももう家に帰ってるだろうと思って気を利かせてこんな時間にかけてあげたんだけど。あ、もしかして今隣で土方さんが寝てたりするのかな? もしそうなら邪魔してごめんね。土方さんと兄弟なんて勘弁してほしいけどね』
総司の話を聞いているうちに、千鶴の眠気はどんどん冷めてきた。見られてたんだ。それで誤解をしている。
「沖田さん、待ってください」
『……やっぱり土方さんがいるんだ』
「いないです! 違います、あの、」
『いつ連絡先を交換したの』
「いつ? え? 連絡先って……土方さんのですか?」
電話の向こうからいらだたしげな舌打ちが聞こえた。
『もういいや、どうでも。じゃあお休み、良い夢を。短い間だったけどまあいい勉強になったよ』
「沖田さん!」
 ブツッと通話は切れた。ツーツーと機械音がする携帯を、千鶴は茫然と見つめる。お、怒ってた。怒りが電話からも伝わってきた。千鶴は急に電源が入ったように立ち上がると、安物のフィッツケースの中から手に触れた服を着た。ジーンズをはいて、それと、寒いからパーカーを着て……髪が邪魔だから結んで。ばしゃばしゃと顔を洗うと、千鶴は財布と携帯をつかんで家を飛び出す。かなり気温は下がっていたが、千鶴は寒さを感じなかった。
 地下鉄は当然走っていない深夜の二時。お金はない。千鶴はアパートの一階に置いてある自転車を引きずるようにして出した。電車で四駅。自転車だと……どれくらい? ううん、考えてる暇はない。早く誤解を解かないと。
 沖田さん、違うんです。土方さんとなんてそんなこと、私はしてないです。
総司の声には傷ついた感情がこもっていた気がする。そもそも『怒る』のだって感情があってそれを裏切られたから。 
近藤さんにも土方さんにも、よろしく頼むって言われたのに。千鶴だって、総司の事をもっと知りたいと思ったのに!
 千鶴はセンタータワーのある場所を目指して夜中の二時過ぎに自転車を飛ばした。

 当然ながらエントランスで必死にチャイムを鳴らしても、総司は出てくれなかった。
ゴージャスなマンションにそぐわない、ジーンズにトレーナー、ポニーテール姿のスッピンの千鶴は、不審に思われたようで警備員が奥の警備員室から出てくる。
「何か御用ですか?」
「あの、沖田さんに……」
「もうこんな時間ですし、お休みになってると思いますよ。あなたも明日出直してもらえないですか」
このマンションには芸能人や有名人が住んでいる。千鶴の服装を見て警備員はファンか追っかけだと思ったようだ。まあ確かにまともな客人がこんな夜に来るはずもない。
「駄目なんです。今話さないと……!」
千鶴はそう言うと、総司の部屋番号を押しインターホンを鳴らした。
「沖田さん!」
「お嬢さん! 迷惑行為ですよ、あんまりひどいと警察を呼びますよ!」
「で、でも……」
 もう一度勝手な事をしたら、本当に警察を呼ばれそうだ。でもどうしても今夜話さなきゃ。千鶴が手を伸ばしインターホンを押すと、今度は手首をつかまれた。「いい加減にしなさい!」
 警備員室に連れて行かれそうになった時、インターホンが応答した。
『誰?……ってまあさっきクビにした人以外いないだろうけど、何しに来たの』
「沖田さん! クビでいいんで話だけさせてください! さっきのは誤解なんです!」
「おい! いい加減にしなさい!」警備員は千鶴に強くそう言うと、インターホンに向かって丁寧に謝った。
「お騒がせして申し訳ありません。この女性はこちらでおとなしくさせますので。……ほら、こっちに来い」
「い、いやです! 離して! 沖田さん、お願いです話を聞いてください!」
「ほんとに警察を呼ぶぞ!」
警備員が声を荒げた。千鶴がビクンとして言葉を飲んだ時、インターホンから総司の声がした。
『……ドアを開けるから、中に入っておいで』
「え?」
警備員と千鶴が同時に声をあげる。
『千鶴ちゃんだけね。それから、警備の人。彼女に手荒なことはしないでくれる? まずその手を離して』
「は、はい。失礼しました」
警備員はパッと千鶴から両手を離すと一歩さがった。千鶴はつかまれていた手首を撫でながら、開いている自動ドアの方へと向かう。
「あの……いいんですか?」
ため息の後、総司の声。
『そこでそんなことをされてちゃ迷惑だよ。さっさと話して帰ってくれるかな』
 冷たい声は変わっていなかった。でも入れてもらえた。
話さなきゃ。誤解をちゃんと解かないと。

 当然ながら総司はとりつくしまもなかった。一応玄関の中には入れてもらえたが、それもこんな夜中に廊下で話していたら迷惑だからだろう。
「だから、マンションを出る時に土方さんと偶然会ったんです。私が泣いていたので、土方さんが慰めてくれただけです」
「に、しては長かったよね」
「泣き止むまでいろいろ話をしたので……沖田さん、下に降りてきてくれていたんですか?」
やっぱり帰らないようにと言いに来てくれたのかと千鶴が嬉しそうな顔をすると、総司はイラッとした顔をした。
「もう電車がないからタクシー代を渡そうと思っただけだよ。そしたら君は新しい客に営業中だった」
散々説明したのに全く話を聞いてくれない。さすがの千鶴もうんざりしてきた。
「違うってもう何回も言ってるじゃないですか! 私は、私があんな……あんな提案をしたのは沖田さんだけです」
総司は鼻で笑った。
「でもクビになったでしょ。どうするの、あと五十万円。土方さんに同じように買ってもらうしかないんじゃない?幸いまだ君は処女だから、そう言えば高値で買ってくれるかもね」
 ひどい言い様に、千鶴は自分の脳みその後ろで何かがブチッと音を立てて切れるのが聞こえた。多分理性だ。もうどうなっても知るものか。
「いいえ、私は沖田さんに売るって言ったんで沖田さんに買ってもらいます」
 千鶴はそう言うと、ガバッとトレーナ―を脱いだ。怒りで我を忘れているせいで、恥ずかしいという気持ちも起きない。千鶴はスニーカーを足で脱いで蹴って玄関へ転がし、トレーナーの下に着ていた厚手のロングTシャツも勢いよく脱ぐ。その下はシンプルな淡い水色のブラジャーだ。千鶴がジーンズのボタンに手をかけると、総司が止める。
「ちょっと、ちょっとなんのつもり?」
 千鶴はそのままジーンズのボタンをとると、するりと脱いでしまった。胸は小さいけれど脚は細くて白くてきれいだとよく褒められる。そのまま靴下を脱いで、床の上にある脱いだ服のカタマリの上に落とした。
「今夜が初夜だって言ったのは沖田さんじゃないですか。私が土方さんに処女を売ったのかどうか、自分で確かめてみたらどうですか」
 挑戦的な千鶴の瞳。総司は冷たい緑の瞳で見返す。
「確かめるまでもないよ、あんな短い時間でそんなことできるわけない」
「そんなのわからないじゃないですか。土方さんとなんでもないって何回も言ってるのは信じてくれないのに、なんでそれは信じてるんですか。私なんか嘘ばっかりなんだから、これだって嘘かもしれないですよね」
 顎をつんとあげて、大きな黒い瞳で反抗的に総司を見る。総司が目を細めた。
「……千鶴ちゃん、あんまり煽ると後悔するよ」
緑の瞳が据わり、声が低くなる。
「後悔なんてしません」
総司と同じように毅然とした声を出したかったのに、残念ながら声が震えてしまった。              
千鶴がそう言った途端、手首をぐいとつかまれて引き寄せられた。総司の大きな胸にきつく抱きしめられる。上を向くように手で促され、すぐに唇をふさがれた。
 総司は寝ていなかったのか飲み会で着ていた時と同じ明るいオレンジのシャツの上に黒いパーカー、黒の厚手のチノ。ブラだけの千鶴の肌を布の感触が刺激する。特に脚を割るようにして千鶴の脚の間にねじ込まれた総司のチノのゴワゴワとした生地が、千鶴の柔らかな太ももをこする。千鶴の体に覆いかぶさるように総司がのしかかってきた。
「んっ…」
倒れてしまいそうな千鶴を、総司の腕ががっしりと抱きとめて動けない。息も許されないような深く濃厚なキスだった。総司の舌が千鶴の口の中で怒りをぶつけるように千鶴の舌を追い求めて絡め取る。
 総司はまだ足りないと言うように、千鶴を廊下の壁に押し付けた。そして全身を使って千鶴を愛撫し翻弄する。
前の二回の時とは違う。前はもっと総司に余裕があった。
でも今は、総司は我を失っているようだった。生々しい男の欲望が、加減も無しに千鶴にぶつけられる。でも千鶴も前とは違った。前は緊張しているだけだったけど、今は……今は、よくわからないけど何か違う。
 抱きしめられたいって思ってたんだ……
 総司にもみくちゃにされてぼんやりとした意識の中で、千鶴はそう思った。抱きしめられたい、キスをされて、欲しいと思われたい。
誤解されたままでいたくないっていうだけじゃない。
私、沖田さんに抱かれたいって思ってたんだ。

 千鶴を壁に押し付けキスをしたまま、総司は自分の黒いパーカを脱ぎ捨てた。オレンジのシャツももどかしそうにボタンを取って脱ぎ棄てる。一瞬体を離して最後のTシャツを脱ぎ捨てると、総司は再び千鶴に体を押し付けた。
腕を背中に回しあっという間にブラのホックをとる。
 千鶴は総司のキスで頭が働かず何をされているのか全く分かっていなかった。ふっと胸の先端の敏感なところにザラザラとした手の感触を感じて、初めて自分が上半身裸になっているのに気付く。
 総司は片手で千鶴の柔らかな胸を強く揉みしだきながら、自分のチノを脱ぎ始めた。中指と人差し指で乳首をもむように転がされ、千鶴は小さく喘ぎ声をあげる。信じられないくらい鋭い快感が、触れられたところから腰へとつきささり千鶴は体をびくりと震わせた。総司が腰を強く押し付けてきた。強く熱く屹立しているモノが下着越しに千鶴の潤んだ部分を何度もこする。
「あ……ああ……」
泣き声のようなせつない声が千鶴の唇から洩れた。こすられた場所からとろけるような感覚が腰全体に広がって、もう立っていられない。ぐったりと寄りかかってくる千鶴を、総司は抱き上げキスをしたまま、リビングの毛足の長いラグに二人で転がるように横になった。
 総司の唇は千鶴のうなじをたどり、胸を含む。そしてしばらく両胸を楽しんだ後、千鶴のショーツをするりと脱がせて、両手で千鶴の真っ白な太ももをつかむと、大きく広げた。
「あっ」
千鶴が隠そうとする前に総司の唇がそこに吸い付く。
「いやっ! あああっ」
 敏感すぎる小さな蕾をいきなり強く吸われて千鶴は悲鳴のような声を上げた。それでも総司はそこを吸うのをやめない。いくらか弱くはなったが相変わらず執拗に舐め、転がし、吸う。とにかく手っ取り早く千鶴をイかせるためだけの愛撫だ。焦らしたり周りを優しく触ってじわじわと快感を盛り上げるのではなく、一気に一番の快楽を貪るため。
「あっ、ああ、そんな……沖田さん、だめ……だめ、やめて…!」
 嫌という千鶴の言葉も全く聞かず、総司はなめ続ける。千鶴の脚が小さく痙攣しだして声に切迫感が加わると総司の舌の動きはさらに早くなった。
「あああっ」
 鋭い快感の矢が一気に振り絞られて、千鶴は達した。腰が跳ね、びくびくと下腹が痙攣する。総司は息をすると、最後にペロリと千鶴の大きく膨らんだ蕾をなめた。
「あっ」
 敏感になっているところをなめられて千鶴がびくりと震える。頬は紅潮し目からは涙がこぼれていた。
 総司は自分の熱を取り出すと、ソファの横の脇机からコンドームを取り出した。                 
千鶴は、総司が器用にそれを付けるのをぼんやりと見ていた。千鶴に入れるためにつけているということまでは考えられない。総司が千鶴の両足の間に膝をつき覆いかぶさる。そしてゆっくりと腰をあてて進めた。
「………っん…」
一度達して十分な円滑油があふれでていたそこは、最初は何の摩擦もなく総司の先端を包み込んだ。
「…は……っ」
 総司の口から苦しそうな声がもれる。開いたままの脚が不安定でどうしても閉じそうになってしまうのを、総司が抑えて腰をさらに進めた。
「んっ」
 ぎしりと奥に鈍い痛みが走り、千鶴はハッと我にかえった。それまでのぼんやりとしとた快感の雲から突き落とされるような感覚だ。総司が慰めるように千鶴に覆いかぶさり抱きしめ、腕や肩をなでる。だがその動きでさらに総司が奥に入り千鶴は痛みに体をこわばらせた。それでも総司はゆっくりとした侵入をやめない。
 無意識に千鶴の脚に力が入り、総司の体を押し返そうと膝が動く。総司はさらに体を密着させた。
「……このままいくから」
荒い息の間に耳元でささやかれたその声は、甘いだけではないオスの強引な意思が込められていた。その言葉通り、総司はぐっと強く、さらに奥へと入る。
「…あっや、あ……」
思わず声が漏れるような痛さ。千鶴の目じりから涙がこぼれる。
「僕の背中に爪を立てていいから」
 総司はそう言って千鶴の手を自分の首に回させた。総司も息が上がり、彼の固い背中にはうっすらと汗がにじんでいる。鋭い痛みとお腹の奥までぎっちりと何かを埋め込まれるような圧迫感があり、千鶴は浅く呼吸をする。あんなに大きくて太かったものが自分の体の中に入るのだ。痛くないはずがない。
 痛いけれど、総司がそれを気遣ってくれているのが少しだけ痛みを和らげてくれた。そしてそれでも千鶴の中に入りたいと総司が思っていることがなぜかとてもうれしい。
 ぐっと押し込まれるような感覚がして、千鶴はギュッと目をつぶって総司にしがみついた。総司の手が千鶴の脚を更に押し広げる。
 まだ? まだ続くの? もう無理……
千鶴がそう思ったとき、ふっと総司の背中の力が抜けて口から小さな吐息が漏れた。
「全部入った……」
 総司の苦しそうな微笑みが千鶴を見た。涙と汗でぐしゃぐしゃになってるだろうと思うと恥ずかしかったが、千鶴も弱弱しくほほ笑んで見返す。なぜかこれで終わったような達成感があったが、当然ながらこれが始まりだ。
 総司の腰が我慢できないように小さく動く。そのたびにぎしぎしと痛み、千鶴は体を硬くした。
「できるだけ早く終わるから……ちょっと我慢して」
千鶴が快感どころではないのが分かるのだろう、総司はそう言うと千鶴の奥で動き出した。本当はもっと激しく動きたいのを我慢して気遣ってくれているのを何となく感じる。
 総司が突くたびに我慢しようとしても小さく上がってしまう声。痛いからじゃなくて……深いところからさらわれるような強烈な感覚だ。そして時折彼が体を引くときに感じるふわっとしたとろけそうな快感。そして当然ながら鈍い痛みと鋭い痛み。
 これまで体験したことの無い感覚に絶え間なく襲われて、千鶴は喘ぎ声を上げ続けた。総司の動きが早くなる。千鶴の腰を押さえて何度も何度もこするように体を動かす。そして千鶴の胸を揉み、舐めて唇にキスをする。全身の全感覚を使ったこの行為に、千鶴はもう何もわからなくなった。総司の体、動き、ため息、汗に翻弄されて、か細い声をあげ強烈な感覚と快感と痛みに巻き込まれ理性が飛ぶ。最後に総司が深く何度か突くと、彼の背中がが固くこわばった。
「うっ…!」
彼は、小さくうめいて、そしてぐったりと千鶴の上に倒れ込んだ。




6へ続く  

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