シンデレラの嘘 3
総司と食べに行った夕飯は、カジュアルではあるが千鶴の常識からすればかなりの値が張るフランス料理だった。こんなところに来たことがない千鶴は、自分のカジュアルな服装が気になった。図書館で働いていた時も今も、スーツやオフィス用の服なんて持っていない。
金曜の夜、デートスポットであるセンタータワーのレストランはほぼ満席で、女の子たちはみんなきれいにお化粧をしておしゃれをしている。
「あのう……」
難しい名前の前菜をフォークで食べながら、千鶴は向かい側に座っている総司を見た。
「何?」
「……私、場違いですよね…すいません」
総司は目を丸くした。「何が?」総司は濃いブルーグレーのスーツに薄いピンクのYシャツで、おしゃれでなじんでいる。せめて連れて歩いて自慢できるような女の子ならよかったんだけど、と千鶴は総司に申し訳なく思った。それを話すと、総司は肩をすくめてワインを飲む。
「僕は別に気にしてないけどね。気にしてるのは君でしょ」
「……」
そうかもしれない。その証拠に総司が気にしてないって言ってくれても千鶴の気は楽にならない。……私自身が、こういうところになじむような女の子に引け目を感じてるんだ。デートでこういうところに来るような生活に、あこがれてたのかな。……多分そうだろう。こういう世界はこれまで知らなかったし、多分この仕事が終わればこれからも知らない世界だ。
千鶴が居心地悪そうに座りなおしたのを見て、総司がため息をついた。
「ねえ、周りを気にして暗い顔されちゃ、僕の方がつまんないよ。今さらどうにもならないんだし、それに君が思うほど周りの人間は君に興味なんて持ってないよ。僕もそうだし、君もでしょ?」
「え?」
「僕の渡す金に興味があるんであって、僕自身には特に興味はないよね」
「……」
千鶴はしばらく考えた。
「興味がないというか、あまりプライバシーには入り込まない方がいいのかなって思って……どんな人なのかなって思ったら興味は持つと思います、けど……」
総司はにこやかな笑顔だ。
「僕は興味はあんまりないんだよね。もたれるのも困る」
「あっじゃあ、もちろん持たないようにします」
千鶴が慌ててそう言うと、総司の緑の瞳にからかうような光が踊った。
「御不興を買えばお金をもらえなくなっちゃうもんね」
その言い方に千鶴はムッとした。
「違います。相手が嫌だと言うことはしたくないからです」
総司はバカにしたように笑う。
「まあその方が『優しい子だな』って聞こえはいいけどね」
「沖田さんだって!」
と千鶴は思わず言い返してしまった。
「沖田さんだって、昨日無理矢理私を、無理に私を、……そのう、そういうことはしなかったじゃないですか。嫌がる女の子に無理矢理するのは好きじゃないって。私も同じです。沖田さんのために興味を持たないようにするんじゃありません。自分のためにするんです。人が嫌がっていることをする自分が嫌いだから、そういう事はしないんです」
思いやりとか優しさなんかじゃないです! と鼻息も荒く言ってしまったが、千鶴は特に後悔はしていなかった。また意地悪なことを言われるかもしれないけど、自分の思う通りに言って何が悪いの。
怒っているのかと千鶴が総司の顔を見ると総司は面白そうな笑顔のままだった。
「君、面白いね」
そう言われて、千鶴は面食らった。きつい嫌味なのかストレートな意味なのかもわからない。目は笑ってるし、心なしかやわらかい緑色になってる気がするから……怒ってはいないのかな? どう返そうかと頭を巡らせる。
「興味を持ちましたか?」
千鶴がそう返すと、総司は声をだして笑った。
「いや、持ってない。でも面白いよ」
何が面白いのかわからないけど、総司は千鶴が自分の意見を言うことを不快だとは思わないらしいということはわかった。
「ところでさ、最初に気にしてたことはもういいの?」
スープが給仕されている間、総司が聞いてきた。最初に言いかけたこと? と思い出して千鶴は気が付いた。周りは特に気にならない。
「あの、はい。もう大丈夫です。ありがとうございいます」
「フランス料理は一人じゃ行かないしせっかく来たからには楽しく過ごしたいからね。君の言い方で言うと、君のためっていうより僕のためだから気にしなくていいよ」
何か違うような気がして、千鶴は首を傾げた。
「なら、私なんかよりもっと他の女性を誘った方がよくないですか?」
釣った魚にエサはやらないというか、千鶴はもう釣り上げられているのだし、千鶴にエサをやるくらいなら他の女性にあげた方がいい気がするのだが。
「他の女性、ねえ……」
当然いるに決まっている。顔もスタイルもよくて背も高く、会話も楽しい。お洒落でお金を持っていて……これでモテないとか言われたらふざけるなとスプーンを投げてしまいそうだ。
「ま、そうだけどね。だから困るんだよね」
特に否定もせず、総司はあっさりとうなずいた。
「特定な彼女は作らないで、セックスをしたくなった時は適当な知人の女性に連絡して、こうしてごはんを一緒に食べてホテルでセックスして終わりなんだよね。あんまり特定の子だけを頻繁に呼ぶと、その子が勘違いするし周囲も勘違いして面倒なんだ」
総司の言葉の内容に、千鶴は思わず顔をしかめてしまった。要はセフレが何人もいるということではないか。
「あれ? なにかご不満?」
「……女の人を都合のいい時にもてあそんでる不誠実な人だって思います」
とたんに総司が吹き出した。
「なんか……千鶴ちゃん、ほんと面白いね。売春なんかしてるわりに妙にまっすぐというか正当というか……『私を買ってください』なんて言う子から不誠実だって説教受けるなんて思わなかったよ」
千鶴は赤くなった。
「……出過ぎたことを言ってすいません」
「千鶴ちゃんのその純粋なところも演技かどうかって疑うほど、僕の周りは不純なんだよね。っていうか世の中ってそんなもんだよ? 結婚と恋愛は別とか普通にいうでしょ。女の子の方も僕の金とか地位とかしか見てなくて、うまいこと結婚相手にできたらラッキーてなもんでしょ。多分ほかにもコナかけてるよ」
「沖田さんはお金とか地位以外も見てほしいんですか?」
何気なくした質問だったが、珍しく総司が言葉に詰まった。
「……そうだね、どうかな」
そう言って外を見ながらしばらく考える。
「見てほしい人には見てほしい、かな」
これは本音だと、総司の口調と表情から、千鶴は感じた。なんだかようやく、ほんのちょっとだけ総司という人に触れれた気がする。またすぐ本当の総司はあのうさん臭い笑顔の後ろに隠れてしまうんだろうけど。でも、今ちらりと見えた本当の総司は素敵だと千鶴は思った。
必要なもの以外はいらないと言い切れるだけの、自分への自信が見え隠れしている。そして見てほしい人……大切な人がいるという事実が、なぜか嬉しい。人を人とも思わない、利用ばかりしている人じゃない。
『君から不誠実だって説教受けるなんて思わなかったよ』
千鶴は胸の痛みを我慢した。不誠実なのは総司より自分だ。あちこちに嘘を言ってつくろって、いろんな人の信頼を裏切っている。自分の目的を達成するために。
でもこれで最後……多分。後少しでこんな状態は終わるはず。今だけこれをやりきろう。千鶴は自分に言い聞かせてコンソメスープを飲み干した。
その夜も挿入はなかった。
千鶴は総司に教えてもらいながらも、手と口で総司をいかせて、千鶴も初めて総司の手と口で絶頂を経験した。
「よかった?」
初めての経験で頭が真っ白になりぼんやりしている千鶴に、総司は聞いてきた。総司も興奮しているのか瞳の緑が黒と見間違えるほど濃くなっている。
千鶴は口で息をしながらコクンと力なくうなずいた。
裸になるのにも抵抗があったのに、今は全身の力が抜けて裸のまま動けない。総司が千鶴の首筋から肩にかけてキスでたどっていく。
「きれいだね。肌が真っ白で透き通ってて……胸も……」
総司はそう言うと、自分の浅黒い大きな手が千鶴の真っ白な胸をつかむ。色と大きさ、硬さと柔らかさの対比が下腹に再び火をともすのを感じる。
「胸も、大きくはないけど美乳だし」
いつもなら恥ずかしくて耳を覆うようなあからさまな言葉だが、今の千鶴は催眠術にかけられたように総司の言葉をぼんやり聞いていた。
総司の緑の瞳が千鶴を見るのは、いやじゃない。
あの鮮やかな緑の瞳が自分の体を見て暗く陰るのを見るのが好きだ。胸の奥が熱くなる。そして総司の温かい唇。まるで芸術品をあつかうように慎重に千鶴の体に触れる総司の長い指。その長い指が千鶴の中に再び入ってきて、まだ敏感なままの千鶴はビクンと体を震わせた。
「……トロトロになってる。少し慣れてほしいから……」
総司は、指を二本にしてゆっくりと抽送を始めた。
「あっ…!」
先ほどとは違う深い感覚……体の奥底を揺らされるような快感に千鶴は思わず叫ぶ。
「どう? 痛い?」
首を横に振る。
「痛く、ないです………っん……」
「じゃあ、もう一本」
更に押し広げられる感覚がするが、痛くは無い。それよりもしびれるような快感の方が怖い。
総司の指が早くなる。親指で先ほど散々持て遊ばれた蕾を撫で唇で千鶴の胸の先端を転がしながら、総司は手を動かしている。
「奥までは入らないけど、次に挿れるときに少しは楽になるんじゃないかな」
「…あっ……あっ…お、沖田さん…!」
敏感な処に息がかかって千鶴は一気に駆け上った。腰から電流のような白い波が全身に広がる。
「あああっ…あっ…!」
目の前がちかちかして千鶴はふたたび全身の力が抜けた。 総司が千鶴に覆いかぶさりキスをする。やはり欲求不満なのだろうか、とても執拗で濃厚な体の芯までしびれるようなキス。千鶴の頭はとろとろにとけて何も考えられなくなってしまう。
もう好きにしてください……沖田さんの好きに……
キスをされ全身を押し付けるように愛撫されて、千鶴の欲求も募る。経験がなくてわからない何かが欲しくて、千鶴も自分から体を押し付けた。
と、総司は体をひいてしまった。
ぼんやりと目を開けて不思議そうに総司を見る千鶴を、総司はほほ笑みながら見下ろす。
「明日ね」
「……え?」
「今日は挿れない」
どうして……
「挿れて欲しい?」
総司に聞かれて千鶴は何も考えられないまま頷いてしまった。総司の瞳が満足そうにきらめく。
「こういうのは……」総司が千鶴に唇を近づけ、触れる寸前で止めた。「焦らした方がいいんだよ。君も……僕もね」千鶴のくちびるがものほしそうに開くが、総司は動かない。
「キスしてほしい?」
千鶴がうるんだ瞳で肯定するのを見て、総司は小さく笑って体をひいてしまった。
「しない。……シャワーを浴びてくるよ、全身君のと僕のでドロドロだから」
千鶴はもう総司を止める言葉も出なくて、彼が出ていくのをぼんやりと見送った。二回もイき頭はぐったりと疲れ切って眠りに入りたい。でも体だけは求めているモノをあたえられずに熱くほてったままだった。
昨夜さんざん焦らされたせいで、千鶴の眠りは浅かった。
何度も寝返りをうち、総司に抱きしめられて愛撫されている夢を見てハッと目が覚める。一方総司は、『お風呂でヌイてきた』と自己申告した通り楽になったのか、後ろから抱きしめるような密着した体勢で寝ていても千鶴のようにもんもんとはしていないようでよく眠っている。しかし千鶴は、背中に触れる総司の胸板や絡みつくたくましい脚が気になって眠れない。耳元に聞こえてくる安らかな総司の寝息を聞きながら、千鶴は寝苦しい夜を過ごした。
翌土曜日、『ピンポーン』という音で千鶴は目が覚めた。
「ん……」
千鶴は習慣で起き上がって玄関に行こうとして、ここは自分の家ではないことを思い出した。おまけに裸だ。
「ん〜……うるさいなあ……」
隣で総司が寝返りをうった。カーテンの隙間から射している光が明るい。千鶴は枕元の時計を見て驚いた。
「お、沖田さん。もう十一時ですよ!」
「いいよ、別に土曜日だし……」
『ピンポーン』総司をさえぎってふたたび呼び出し音が部屋に響く。総司は枕の下に頭をうずめてしまった。
「千鶴ちゃん出て」
「え? 私ですか?」
「適当に話聞いて荷物ならサインして受け取っといて」
「でも、私、服が……」
ふ、服はどこ? 焦って立ち上がって見渡すが、寝室にはない。寝ぼけた頭で考えてもパニックになって昨夜どこで脱いだか……脱がされたか覚えていない。
「そこのクローゼットの中に服があるから」
総司はそう言うと布団をかぶってしまった。
「え? でも沖田さんの服ですよね?」
千鶴が聞いても返事もしない。また寝入るつもりらしい。もう一度『ピンポーン』と心なしかイラ出しげな音が聞こえ、総司がうるさそうにもぞもぞと動く。
な、なんとかしないと、と、千鶴はベッドから立ち上がって総司が言っていたウォークインクローゼットをあけた。手前にスーツ、奥に私服らしきカジュアルな服。そのなからとりあえず薄手のグレイのパーカーを選んでみた。当然ながらでかい。ワンピースと言ってもいいくらいまでの裾の長さで、千鶴の太ももの下側あたりまである。しかし、いくら長さがあるとはいってもパンツも何もはいていない状態でパーカー一枚は心もとない。千鶴は腕まくりを両腕それぞれ十回くらいしながら長袖のシャツを手に取った。タグを見ると有名なブランドだ。
ここ、男性モノのシャツなんて作ってたんだ。
千鶴は襟ぐりのボタンを開けるとそれを容赦なく脚からはく。そして両腕の部分をウエストに回しギュッと縛ると上からパーカーをかぶせた。
これで、大きめのパーカーを上に着たドレスシャツの人!
自分に言い聞かせて千鶴はリビングへと急いだ。モニターを見ると映っている人は年上の男性で、宅配の人ではなくちゃんとした格好をしている。
「お待たせしてすいません!」
千鶴がドアを開けるのと男性が再度呼び出しボタンを押そうとするのが同時だった。千鶴を見た男性は、目を見開く。短い髪にがっしりとした体形。総司ほど背は高くないが明るい存在感のある男性だ。
「いや、これは……これは失礼なことをした……のかな?えーっと……総司はいるかい?」
沖田さんのお知り合いの方だ。
千鶴は「は、はい!」と返事をすると寝室へと向かった。自分が出てしまってよかったのだろうかと一瞬あせったが、昨夜のレストランでの総司の話を聞くとかなり乱れた生活をしているらしいから、知り合いなら驚かないだろう。一夜限りのセフレ的な女性にもう一人加わっただけだと思うに違いない。
寝室に戻ってすっかり寝入っている総司にお客様だと告げる。総司は眠そうな顔で舌打ちをした。
「ったく土曜の朝に迷惑な……」
しかしその言葉は玄関で立って待っている人を見て急変した。総司は玄関へと小走りで向かう。
「近藤さん!」
「総司! 寝ているのに悪かったな」
「近藤さんならいつでも大歓迎ですよ。入ってください」
目の前でいきなり変わった総司を見て、千鶴はこれ以上丸くできないほど目を丸くしていた。
あれは誰? あのかわいい、無邪気な、きらきらした目で全開の好意をまきちらしているのは。あれは、これまで一緒にいた何を考えているのかわからなくていつも胡散臭い笑顔を張り付けていたちょっと意地悪な沖田さんなの?
総司が自らスリッパをだし、千鶴の横を通り抜けて近藤を部屋の中へと案内していく。千鶴はハッと我にかえって慌てて後を追った。
どうしよう。沖田さんの親しい人みたいだし私はいない方が良いよね。えーっと、じゃあ……服! 服を着てさらっとあいさつをして帰る……これがいいかな。えーっと服、服……
リビングに行くと、総司は続きのキッチンでなにか――多分飲み物でもだそうとしているのだろう――ないかと冷蔵庫をあけており、近藤と呼ばれた人はリビングのソファの前で立ち尽くしていた。どうしたのかと近藤の傍に行った千鶴は、近藤が見ているものを見てぎょっとした。
昨夜脱ぎ散らかした千鶴と総司の服だ。脱いだ順(というか脱がされた順)に置いてあるので一番上にあるのは千鶴のブラジャーではないか。
「こっこれは……あの、これはですね……!」
バッと飛び出して必死で服を集め言い訳を考えるが言い訳のしようがない。千鶴がパニックを起こしていると、近藤がはっはっはっと笑いながらソファに座った。
「いやいやいや、こちらこそ連絡もせずにお邪魔して悪かった。恥ずかしい思いをさせてすまなかったね」
そしてキッチンの方を見て、総司に声をかける。
「彼女ができたのか」
ああっ誤解をされてしまった。彼女なんかじゃないのに。千鶴が訂正をしようとしたとき、総司の明るい声が返事をした。
「そうなんですよ〜。近藤さんには紹介しなきゃと思ってたんですけど」
総司の返事に千鶴は目を剥いた。
「そうか、やっぱりなあ。お前はもてるのにずっと女っ気がなくて実は心配していたんだ」
「えー、なんですかそれ。僕は大丈夫ですよ」
「お前は一人でしっかりやってるのは知ってるよ。だが、なんというか……人にはもっと、深い喜びや感情があるもんだ。それは人との、特に女性との、人生をかけてもいいと思うような深い付き合いでないと気づかないものでな。お前にもそういう感覚を味わえるような人間になってほしいと思っていたんだ。いや、しかしいらん心配だったな、しっかりしてそうないい娘さんじゃないか」
「そうでしょう? 千鶴ちゃんっていうんです。雪村千鶴。ほら、きみもぼんやりしてないであいさつ。前に話したでしょ? 僕の尊敬する昔からの大恩人だって」
いつの間にか隣に来ていた総司に肩を抱かれて、千鶴は茫然としたまま総司を見た。いや、これは肩を抱くというよりは肩を握っているのだ、渾身の力を込めて。千鶴の顔を見た総司の目が全力で言っていた。話をあわせろ、と。
「は、はじめまして。雪村千鶴です」
千鶴が頭を下げると、近藤は丁寧に立ち上がると手を差し出した。
「近藤です。このマンションに住んでいて、総司とは……なんだろうな? 友達のような兄のような……昔からの知り合いだ。会社は違うが一緒に仕事をすることも多い。よろしく頼みます」
ぎゅっと握られた手はあたたかくて大きくて、近藤の誠実さが伝わってくるような握手だ。
「はい。よろしくお願いします」
千鶴も思わず笑顔になるが、自分の役割を思い出すとチクリと胸が痛んだ。だがスポンサーは総司だ。意向には逆らえない。近藤は総司を見ると嬉しそうに笑った。
「トシとずっと詰めていた件がようやく受注になったと聞いてな。おまえががんばったんだろう?」
総司はああ、とうなずいた。「ああ、あの件ですか。土方さんから聞いたんですか?」
「ああ、俺の会社もその件では一枚かむんだ。大きい案件からなあ。お祝いとこれから頑張ろうなと言いたくてな」
近藤の笑顔は裏も影もなく暖かかった。総司も嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます、近藤さん。嬉しいですよ。お茶でも淹れようと思ったんですけど残念ながらなにもなかったです。外に行きませんか?」
よ、よかった…。千鶴は肩の力を抜いた。二人が出て行ったら服を着替えて帰ろう。そうすればこの優しい人を相手にこれ以上ウソを重ねなくて済む。
が、そうはうまくいかなかった。
「ああ! それはいいな。雪村くんも一緒に行こう!」
「……え?」「近藤さん?」
驚く二人の肩を、近藤はバンバンと叩いた。
「総司に彼女ができたとちゃんと聞いたのは初めてだ。ぜひお祝いをさせてくれ。そろそろ昼だし、仕事のお祝いも兼ねて昼飯をいっしょにどうだ。もちろんおごるぞ。いやはや今日は嬉しいことばかりだなあ!」
寝室で大急ぎで着替え、洗面所で顔と歯を洗いながら、千鶴は必死だった。
「どうすればいいんですか? 何か聞かれたらなんて言えば? あんないい人、これ以上だますの嫌です!」
「しょうがないでしょ、近藤さんにはそういう話はしたくないんだから!」
「でも、じゃあ、当然なれそめとかそういう話になったらどうすればいいんですか?」
「僕が全部何とかするから。君は笑って『僕にメロメロ』って感じで頷いてればいいんだよ」
「それより、全部正直に言っちゃうのはどうですか? 私はお金と引き換えに体を提供してる女なので、そんなお祝いの席に何て出られませんって」
「そんなこと言ったら近藤さんが悲しむでしょ!」
「ほんとの事なのに!」
「近藤さんは、僕の女関係については童貞なみにうぶだと思ってるんだよ、君も話をあわせて」
「無理です!」
半泣きで千鶴がそう言うと、総司が千鶴の横の壁にドンと手をついた。いわゆる壁ドンだ。しかし甘いムードはひとかけらもない。緑の瞳が濃く据わり、蛇のように千鶴を射すくめる。
「いい? 決して本当ことをばらさないこと。僕たちはお互い思いあっていてようやく最近両想いになれたラブラブカップルってことで。いいね?」
「そんな……」
「君も自分の体を三ヶ月好きにするだけで八十万は高すぎると思ってるんでしょ?実際その体だって処女だったせいで味わっていないんだからね。そこのところをよく考えて」
「……」
反論をしようとしたが「八十万」という声で、結局は黙らざるを得ない。
「君が提供するのは、セックスと彼女のふり」
「そんな……そんな話……」
「今からそうなったんだよ。いいね?」
聞いたことがないくらいの強い声と目の光。冷たく輝く無慈悲な緑の瞳に、千鶴は震え上がった。
こ、怖い……
有無を言わせない迫力の総司に千鶴はぐっと言葉を飲んだ。嘘は嫌だ。……嫌だけど、目の前の総司が怖すぎる。胡散臭い笑顔の後ろにはこんな怖い総司がいたのか。
千鶴は蛇ににらまれたカエルのように、小さくなりながらうなずいた