シンデレラの嘘 10






あらかじめ総司から聞いていた通り、入れ代わり立ち代わり総司の知り合い――多分分家の人や遠い親戚――が総司と千鶴のところにあいさつにやってきた。
 総司が注意していたようなあからさまな嫌味や詮索などなく、なごやかに話し、和やかに去っていく。
「あら、女の子連れなんて珍しいですわね、総司さん」
上品なおばさまにそう言われて、総司が千鶴の肩を抱きよせた。
「雪村千鶴さんです。真剣なお付き合いをさせてもらってるんですよ」
「まあ! それはいいことだわ、あなたもそろそろ身を固める年齢ですものねえ。本家はお姉さんが継がれると聞いてますけど、やっぱり直系の男性がきちんと子どもをつくらないと」
総司は例の胡散臭いスマイルでニッコリとほほ笑む。
「まだ具体的には考えていないんですけどね。そうなればいいと思ってます。ね?」
最後は千鶴の顔を覗き込むようにして優しく笑う。千鶴も幸せそうな笑顔を作ってうなずいた。         
「まあ! あてられちゃったわ〜」
と場が和やかになったところで、その女性は会釈をして去って行った。
 次にやってきた年配の夫婦は千鶴に、「お父様は何をなさってるの?」と聞いてきた。
「会社にお勤めですよ」
と総司が引き取る。これもウソだ。千鶴の父は医者だったけれど、千鶴が高校を卒業する前に死んでしまった。総司は千鶴の父親がいないことは知っているけど、職業までは知らないだろう。
 ……ほんとになんにも知らないんだな、お互いの事。
千鶴も総司の父親が何をやってるのか知らない。本家の長男だというのも昨日聞いた。沖田家がどれくらい歴史があって家格があるのかについては、今の親戚の人達の話しぶりでなんとなくわかるくらいだ。
 好きになったこの三ヶ月は、こんなにふわふわした実体のない関係だったのかと千鶴は苦笑いをこらえる。今の千鶴にぴったりだ。
 次に来たのは、若い女性とその母親らしき人、母親と同年代の女性の三人組だ。総司が若い女性の顔をみて「ああ」と声を上げる。
「先日はお付き合いいただいてありがとうございました。料理は口に会いましたか?」
丁寧に聞くと、若い女性は頬を赤らめてうなずいた。
「おいしかったです。ありがとうございました。……あの、私あの時何も知らなくてお受けしてしまって……」
そう言ってちらりと千鶴を見る。
「すいませんでした」
「いいんですよ、うちの姉が強引なのは僕もよく知ってますから」
 話しが見えなかったが、なんとなく千鶴にも察しられた。以前総司がお姉さんと会ったとき、お見合いみたいな感じで若い女性がいたと言っていた。彼女がその人なんだろう。華やかな振袖を着た若くてかわいい女の子。きっと千鶴みたいなウソは一切ない、本当のお姫様なんだろう。
 ああいう風に育ってたら、私も沖田さんとのハッピーエンドを夢見れたのかな。
母親らしき人が聞いた。
「正直なところうちはとても残念なんです。式はいつごろのご予定ですか?」
 総司が千鶴の手を握った。恋人同士のアピールをしておいた方が良いと思ったのだろう。わかっているのに久しぶりに触れる素肌の感触に、千鶴はドキリとした。
「まだ具体的には考えていないんです。彼女はまだ学生なので卒業してからタイミングを見て、でしょうか」
「あら、学生さんでしたの。どちらの?」
「薄桜大学です」
「まあ、しっかりしてらっしゃるのねえ」
 千鶴は必死で笑顔を作った。嘘をつくたびに、それを信じる人がいるたびに重くなる背中がさらに重くなって息がしにくい。
ようやく三人組が去った後、総司はつないでいた手を離してつぶやいた。
「上出来」
一生懸命気のせいだと思おうとしたけど、もう確実だ。総司は千鶴を嫌ってる。前は機会さえあれば触れて、手を握っていたのに今はもう触れるのさえ嫌なようだ。
 千鶴は頭痛がしてきた。あとどれくらいだろう。いつパーティは終わるの?
「総司! 来てたのね」
華やかな女性の声がすると、総司は笑顔で振り向いた。これまでの胡散臭い作り笑いではなく本当の笑顔だ。
「姉さん」
 これが噂のミツさん――沖田さんのお姉さんか、と千鶴は圧倒される思いで見た。女性にしては背が高く、総司に雰囲気の似た整った顔をしている。濃い紫のドレープのあるドレスにきれいに結い上げた髪。場慣れた態度。
「お、沖田家の姉弟が揃ってるな」
 また声がして、次に現れたのは近藤と土方だった。
ミツが真っ直ぐに千鶴の目を見る。
「始めまして、あなたが総司の彼女さんね。雪村さん、でよかったかしら?」
これがたぶん今夜の山場だろうと、千鶴はぐっと下腹に力を入れた。
「はい。はじめまして」
ミツは、あら、という顔をして千鶴を覗き込む。
「顔色が悪いわ、貧血?」
「え? そうですか?」
総司も覗き込んだ。
「アンタが気づいてあげなくてどうするの。ここは雪村さんにとってはアウェーなんだから緊張したんじゃないかしら。あっちに休憩用のラウンジがあるから座りましょ」
ラウンジは空いていて、二人掛けのソファに千鶴は座らされた。
ミツが総司の背中を押す。
「ほら、冷たい水か何か持ってきなさい。それから見覚えがある親戚のところにはあんた一人であいさつしておいで。雪村さんのうわさはもうさっきまでの紹介で広まるだろうから、後はあんたがあいさつしとけばいいわ」
「ええ? 僕が一人で?」
 総司がちらりと千鶴を見る。ミツと土方と近藤。ここに千鶴だけ残して行っていいものだろうかという目。だが、ミツには逆らえない。
 がんばって
と口だけの動きで総司は千鶴に言うと、ミツに押されるようにして部屋を出て行った。たったそれだけなのに、久しぶりに目を合わせて優しい表情をしてくれた気がして千鶴は嬉しかった。頬がピンク色に染まり、嬉しそうな表情になってうつむく千鶴を、ミツが冷静な目で見ている。
「あいつが彼女を作るなんて……作れるなんて思ってなかったけど、ホントだったのねえ」
しみじみとミツがいうと、近藤もうなずいだ。
「ああ、俺もそれを知って安心したんだよ」
本当のことを知っている土方は無言だ。
 千鶴は前から不思議に思っていたことを、この総司の保護者ともいえる三人に聞いてみた。
「沖田さん、どうしてそんな風に彼女ができて驚かれるんですか? モテそうだと思うんですけど……」
三人は顔を見合わせる。
「そりゃ、モテてはいるみたいだけどね」
ミツはそう言って考えるように視線を巡らせた。
「高校の時も大学の時も、社会人になってからもいわゆる『彼女』はいないのよ、あいつ。女の子の遊び友達はたくさんいたんだけど」
「なんででしょう?」
千鶴が聞くと、近藤もうなずいた。
「俺もそれが不思議でなあ。一対一でつきあうということは、相手の嫌なところも引き受けなければいけないだろう? 自分もいい顔ばかりは見せられないだろうし、自然とお互いを深く知った親密な付き合いになる、はずだ。総司はそれができんのではないかと心配していたんだ」
 確かに千鶴と一緒にいる時も、後から考えると重要なことは何も話してくれていない。表面的な付き合いだった……とは思いたくないけど……
 千鶴は近藤のことでケンカしたときの総司や、その後の仲直りを思い出す。あの時は総司の奥の本当の彼に触れられた気がした。だからこそ好きになったのだ。
 土方がためらいながら言った。
「俺は、その理由は、あいつが親父さんとお袋さんをなくしたからじゃねえかと思ってる」
皆が土方を見る。土方は続けた。
「親父さんをなくしたのが、あいつが小学校……二年ぐらいだったか? お袋さんが六年生ぐらい。よく覚えてるよ。一番親を必要としている時期で感受性も強いときだから辛かったと思うんだ。それで、じゃねえか」
ミツもうなずいた。
「私もなんとなくそれが関係してるのかって思ってたんだけどね……」
わかっていない近藤と千鶴は顔を見合わせる。
「ご両親を亡くして、だから彼女をつくらないっていうのはなんでなんでしょうか?」
 千鶴が聞くと、ミツがこちらを見た。総司と同じようなアーモンド形のきれいな目。
「彼女っていうか……替えがきかないものをつくりたくなかったんでしょう、多分。それを失くすのが怖いから」  
土方もうなずいた。                 
「かわいがってた猫とか犬が死んじまって、もう二度とペットは飼わねえって決めるガキみてえなもんだ」    
 近藤は腕を組んで唸った。
「なるほどなあ……。ならばそもそも大切なものがなければ大丈夫というわけか。……いやはやわからんでもないが、それでは人生の楽しさや面白さを味わえんな」
土方が笑った。
「だから俺もミツさんも近藤さんもあれこれ口出ししてたんだろ」
ミツが気分を変えるように明るく言った。
「まあ、でも! 結局アイツも千鶴ちゃんっていう彼女ができて乗り越えられたんだから、よかったんじゃない?」
ちょうどそこへ、水を持った総司が帰ってきた。
「盛り上がってるね、何の話?」
千鶴に水を渡しながら隣に座る。そして耳元で聞いた。
「イジメられなかった?」
「大丈夫です」
 水を受け取って総司にほほ笑んで。千鶴はいまだに乗り越えられていない総司を思った。
 沖田さんは変わってない。得ることをしない代わりに失うこともないままずっと立ち止まってる。         
千鶴は、自分で張り巡らした壁の中で膝を抱えてうずくまっている少年の総司を思い浮かべた。連れ出してあげたかったけど、今の私じゃ無理みたい。傍にいることも望まれていないんなら、いなくなることしかできない。
 ちゃんと沖田さんと知り合いたかったな。『感情抜きでお金だけ』なんて知り合い方じゃなくて、感情込みであなたを知りたいって言えればよかった。そして私も知ってほしいって。嘘なんてないから知ってくださいって。
 そして更に、何を間違えたのかわからないけれど総司の中では千鶴はもうゲームオーバーになってしまっている。
 千鶴は総司が持ってきてくれた水を一気に飲んだ。冷たくて気持ちがいい。
 最後まで。
千鶴は壁にかかっている時計を見た。今は夜の九時。後少しで今日は終わる。それまでせめて総司の前では魔法が解けないようにがんばろう。


 千鶴がミツと連れだって化粧室へ消えた後、近藤も知人に呼ばれてどこかに行き、総司と土方の二人がラウンジに残された。
「ケンカでもしてるのか?」
さすがに土方にはわかるか、と総司は椅子の背もたれにもたれると足を組んだ。今は演技はしなくていい。
「してないですよ」
「嘘つけ。お前があからさまに冷たいし、あいつは無理して笑ってるし。早く仲直りしろよ」
総司はふっと鼻で笑った。
「仲直りもなにも、あと……」
壁の時計を見る。
「あと二時間でお別れですよ」
「は?」
「最初から三ヶ月の契約でお金を渡してるんです。前も言いませんでした?」
土方は舌打ちをすると総司を見る。
「それで? 本当に別れるのか? いままでの女とはあいつは違うみてえだが」
総司は今度は声を出して笑った。
「違う違う。本当に違います。びっくりですよ。ここまでころり騙されたのは初めてです。本当にすっかり騙されました。あの外見とか、うぶな感じとか」
 真剣にケンカしたこととか、総司のことを知ろうとしてくれたとことか、心配そうに総司を見る目、楽しそうに笑う声。好き嫌いの多い総司の食事にこっそりと嫌いなニンジンを細かくして入れているのも知っている。その全部がかわいくて愛おしくて、だからこそ裏切られた事が苦しい。
 総司の表情を見て土方も何事か問題があるのを察したようだ。
「まあ……俺にはわからねえこともあるんだろうがな」
「これ以上コケにされるのはゴメンです」
 硬い表情の総司。こんな顔は久しぶりに見る。最後に見たのは……中学生だったか? 剣道で土方にコテンパンにやられた時だ。あれ以降気持ちを隠すのがうまくなったこうやって土方の前で本当の感情をあらわすのは珍しい。
「まあ、な」
 土方も同意した。いい加減なわけじゃない。冷たいわけでもない。それの逆で人より敏感で臆病なんだ、総司は。
「……自分を守るのは、そりゃ大事だ。だけど…なあ。お前がそこまで必死に守ろうとしているもんは、そんなに大事なものなのか?」
総司はすねた顔をして自分のつま先をじっと見ている。
「何を言っているのかわかりませんね」
「わかってんだろ。千鶴をあきらめんなってことだよ。自分を守ることより大事なものってなあ、あると俺は思うぜ」
「……」
総司は無言だった。土方は席を立つ。
「じゃあな。がんばれよ」
「……」
 無言なままの総司をおいて、土方は部屋を出た。これでもし扉を閉ざしてしまったら、多分もう二度と開かないだろう。だが総司は大丈夫だ、……多分。欲しいものはどんな犠牲を払ってでも掴む勇気がある。
「よっ、トシ。総司はまだラウンジか?」
近藤とミツ、千鶴が連れ立って帰ってきた。
「ああ、もう二人で帰ろうって行ってたぜ。ミツさん、近藤さん、あっちで飲まねえか」
 あと二時間。できるだけ二人きりの時間をあたえてやろうと、土方はそのまま近藤とミツをつれてパーティ会場へと戻った。

「はい、これ」
 総司はそう言うと、センタータワーのダイニングテーブルの上にポンと封筒を置いた。最後の三十万円だ。
 複雑な表情でそれを見ている千鶴を、総司はどこか意地悪な気持ちで眺める。
「いらないの?」
「い、いります。……ありがとうございました」
封筒を手に取って部屋の隅に置いてある千鶴の荷物の中のカバンに入れる。
「もう荷造りしてあるんだね。手際がいいね」
「……」
 FOXYのワンピースを着て緩く結い上げた髪で、悲しそうに総司を見る千鶴はこれまで見た中で最高に可愛いくて愛おしかった。
 くそっ
可愛いなんて思ってしまう自分に、そう思わせる千鶴に腹が立つ。やり場のないイライラをぶつける先は、千鶴しかない。
 全部千鶴が悪いのだ。こんな純真な顔をして最初から総司をだましていた。男がいるのを隠して嘘ばかりついて。 嘘なんかじゃないだろう、最初から『体』と『対外的には彼女のふり』という契約だったじゃないかとささやく声は、聞くつもりはない。
 総司はリビングのソファに座ると千鶴を手招きした。
「まだ後一時間あるよ。最後のセックスをしたいんだけど」
千鶴が大きな黒い目を見開いた。
「こっち来て」
 おずおずと近寄ってきた千鶴の細い手首をつかんで引き寄せる。ワンピースのボタンをひとつずつ取っていくと、白とピンクのブラジャーに包まれた胸が零れ落ちた。
「僕にまたがって……そう。……もう濡れてるね。お金のためなのにすっかり調教されちゃったね」
 言いながら胸の先端を口に含むと、千鶴は下唇をかんで声を出すのをこらえている。久し振りの彼女の体。そして千鶴を罰したいとどこかで思っている総司は、前戯もほどほどに、すぐに自分の屹立したものの上に千鶴の潤みをあてて、千鶴の腰をゆっくりと下ろさせた。
「は……っ」
 気持ちよさに悔しいけれど声が出る。千鶴もがまんができないのか「あ……ああ……」と喘ぎ声をあげていた。
セックスをしまくっていた三ヶ月弱から一転、今週一週間の禁欲で、二人の欲求不満は臨界点に達していた。久し振りに会った今日は、双方思うところがあってピリピリした緊張感で、お互いの体を意識し合っていたのだ。
 総司は座ったまま千鶴の腰を回すように動かした。千鶴の敏感なつぼみが総司に当たりこすられるので、千鶴が苦しそうにあえぐ。少し体を傾かせて指をそこにあてて、小刻みにあたるように千鶴を動かした。
 中では総司が脈打ち、外では指でもてあそばれ、千鶴は総司の肩に額をあてて必死で快感に耐えている。
「……気持ちいい?」
 声を出す余裕もないのか、千鶴が紅潮した顔でうなずく。千鶴の呼吸が浅く荒くなり、自らも腰を押し付けるように動き出して、総司は千鶴もいきそうなことを悟った。
「イっちゃいそう?」
またもこくんと頷く千鶴。
「目を開けて僕を見て」
あの男を思い浮かべられるのは御免だ。総司は、うつむきがちな千鶴の顔に両手をあててこちらを向かせる。その状態で腰を何度も突きあげた。君をイかせてる男は誰かちゃんと見て。千鶴の大きな瞳がうるんで目じりから涙があふれ、そして焦点が合わなくなった。
「あっあああっ!」
ビクンと千鶴の腰がはね、太ももが痙攣する。
 総司はそのまま体を入れ替えると千鶴をソファに押し付けた。久し振りで我慢が効かない。まだ痙攣している千鶴に、総司は深く強く何度も突きさした。
「あっああ! お、沖田さん……! あっ」
 敏感になっている千鶴の中を、さらに脚を折り曲げて抱え込み深く深くなんどもこすりあげる。千鶴は幾度も小さな絶頂に達しているようで、下腹がびくびくと痙攣しっぱなしだ。当然ナカの総司も幾度も幾度もねじり取るように締め付けられて、限界を迎える。
「っ……あ…っ……」
「ああっ」
重なった二人の声が、静かなマンションの部屋に響いた。

 激しい放出感に総司がまだぐったりとしていると、隣の千鶴が起き上がった。
 総司が選んだドレスを脱いで丁寧に畳み、着古したジーンズとトレーナーに着替える。大きな真珠のイヤリングと髪の飾りをとって、手櫛でボニーテールにした。
「……帰るの?」
 半身だけ起き上がってソファにもたれ、総司は聞いた。千鶴はうなずく。泣きそうな顔だ。
「三ヶ月が終わったから?」
静かな総司の声。千鶴はしばらく動きを止めて、またうなずいた。
「……君が好きだって、僕が言ったら?」
今度は千鶴は驚いたように振り向いた。
 ああ、言ってしまった。言うつもりはなかったのに。認めたくはないが、あのパーティでの土方の説教が効いたのかもしれない。
 千鶴が欲しい。たとえ嘘だらけでもいい。大切なものはいつも総司を傷つけるけど、それでも千鶴に傷つけられるのならそれもいい。彼女がそばにいてくれるのなら。
 黙ってこちらを見ている千鶴に、総司はあきらめたようにため息をついた。
「君が好きだ。……行かないで欲しい」
千鶴の大きな目にみるみるうちに涙が溜まった。瞬きをなんどもするせいで、その涙は零れ落ちずに千鶴の長く黒まつげを濡らす。
「私……私は」
そこで千鶴は、ゴクンと唾をのんで一息に言った。
「お金をもらってここにいただけです」
 ほら。
と、総司は心の中で土方に言う。
 ほら、こんなに簡単に傷つけられるんです。言わなけば、……好きにならなければこんなに傷つく事もなかったのに。
総司は苦く笑った。
「そっか……もう終わりってこと?」
「……はい。あ、ありがとうございました」
震える声で礼を言い、律儀に頭を下げた後、千鶴は無言でまとめた荷物を持って出て行った。カチャリと扉が閉まる音が空っぽな部屋に響く。
「……京都旅行は……当然無しか」
 総司はそのままソファに寝転がって、しばらく天井を眺めていた。



11へ続く  

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