Baby Baby Baby 後日談








 「そっそれで!?」
「おっ千ちゃん!しーっ!」
千鶴は、千の声でこちらを見たお団子茶屋の他の客たちに会釈で謝りながら、千に人差し指を立てた。    
千も気づき、ハッと手を口に当てて周囲の人達に謝るように頭を下げる。隣では君菊が、控えめに微笑みながらお茶を飲んでいる。
 昼下がりの団子茶屋。町娘の恰好の千と君菊、そして人妻らしく落ち着いた着物と結い髪の千鶴の三人は、町の風景にすっかりなじんでおり、周囲の人達もすぐに興味を失ったようだ。               
 周囲の人の視線が外れて、千鶴は先ほどの話の続きに戻った。
「それでね、その夜は一晩中お説教とイヤミと、あとこれから一生食事にネギをいれないことを約束させられちゃった」
てへっと笑う千鶴は新婚のノロケいっぱいだ。
 千と君菊は顔を見合わせて、ほっとしたように微笑んだ。
妙な薬をつかって罠にはめて一夜の間違いをおこさせた、という事自体が間違いで、さらに妙な薬の用法用量もまちがっていたとなれば普通の仲なら絶縁レベルだが、新婚ほやほやにとってはちょっとしたスパイスレベルらしい。
 千はノロケの仕返しとばかりにやにやと笑いながらきわどいことを言った。
「で?今は十人赤ちゃんをつくるための一人目をがんばってるってわけね?」
 千鶴はその質問に少し赤くなったものの、別にうろたえる風でもなくあっさりとほほ笑んで答えた。
「ううん。なんだか沖……総司さん、そういう気があんまりないみたい。しばらくゆっくりしたいのかな?」
 千鶴はそう言って、ちょうどきたお団子に「わあ!おいしそう!」と歓声をあげる。
 盛大にからかってやろうとしていた千と君菊は、千鶴の言葉に顔を見合わせた。難関を乗り越えてようやく晴れて想い合って夫婦になった新婚の旦那が、『そういう気があまりない』だつて?それはありえないだろう。千は慎重に千鶴に質問する。
「えっと……それってどういうこと?今は同じ家に住んでるのよね?違う部屋で寝てるってこと?」
綱道が訪ねてきた次の日、近藤が総司に家を見に行くようにと言った。屯所から少し行ったところにこじんまりとしているが小さな庭と風呂のある趣のある家が貸しにだされているそうだ。もう千鶴が男装して新選組にいる必要もないのだし、総司とも夫婦になった。他の幹部も、通える場所に家を借りて妻をおいたり妾を置いたりしているのだから、千鶴も男ばかりの屯所をでて普通の夫婦として市中で暮らしたらどうか、という近藤からの提案だった。
総司と二人で見に行った家は千鶴も気に入った。早速二人で住むことにして、千鶴は久々に女子としての着物や鏡や……あれこれを買い込む。髪も今既婚の若奥様風の髷に結いあげて、着物も日常着からちょっとしたおしゃれ着までそろえて。下駄に草履に勝手場のあれこれと……
 今も昔も変わらない新婚の楽しい買い物を、女親のいない千鶴は千と君菊と一緒にしたのだ。
 その新婚の家には部屋が二つあったから、まさか別々の部屋で寝ているのかと千は聞いたのだった。千鶴は少し驚くと首を横に振った。そしてぽっと頬を染める。
「ううん。一緒の部屋に寝てるよ」
「じゃあどうして……」
その先の質問は、無邪気な顔をしてこちらを見ている千鶴の顔を見て、千は口に出すことはできなかった。
 三人でのお茶の時間も終わり、千鶴は夕飯の用意をしなきゃ、と言って新婚の家に帰っていく。その弾んだ背中を見ながら、千は君菊に言った。
「……どう思う?あの夫婦の夜の生活」
君菊も頷いた。
「おかしいですね」
 ようやく一緒になった恋女房だ。同じ部屋に大人しく寝ているだけなんて総司のキャラではない。なのに千鶴が言うには、本当に『寝てるだけ』らしい。千鶴は女子だから呑気にしているが、男の総司はたまったものではないだろう。何故そんなことになっているのか……
 君菊が千鶴の会話を思い出しながら考え考え答えた。
「千鶴さんの話だと、お二人で住むようになる前あの屯所で、沖田さんから乱暴に襲われそうになったっておっしゃってましたよね。その後もう一度そういう雰囲気になったときちょっと構えてしまったって」
千はうなずく。
「言ってたわね。たまたま二回目の時は綱道さんが屯所に来た時で、邪魔が入ったからよかったって千鶴ちゃん言ってたわ」
「つまり沖田さんにしてみれば、二回断られる……というよりもっとつらい『怖がられた』わけになります。それが原因だと思いますね」
「……そんなこと気にするような男に見えないけど……」
眉間に皺を寄せて首を傾ける千に、君菊は首を横に振った。
「殿方というのは、そっち方面にはとてもデリケートなものなんです。特に好きな女子に関することだと。二度も自分から挑んで二度とも……怖がって嫌がられた、というのは充分トラウマになると思います。次にまた自分から挑んで、千鶴さんが体をこわばらせたら、とか瞳に恐怖の色が見えたら…と思うと怖くて手がだせないのでしょう。何もしなければ千鶴さんも特に気にせず明るく楽しく可愛らしく過ごせているのですし、それなら自分さえ我慢すればいいと思っているんだと思いますね」
千は溜息をついた。
「じゃあ沖田さんからはもう……誘わないってこと?千鶴ちゃんからなんてあの様子を見てれば誘わないわよ?一生あのままでも幸せって思ってそうだもの」
君菊は考え深げにうなずいた。
「このまま放置しておけば、沖田さんが限界突破して何かしら不幸なことが起こることは目に見えています。ここは、姫様がひと肌脱ぐしかありませんね」

         *

総司の心境は、まったく君菊が言った通りだった。
総司は、朝飯のご飯をよそって笑顔で渡してくれる千鶴を見ながら考える。
 土方とのことで千鶴を怖がらせてしまった夜。あんなことはもちろんもう二度とする気はないが、無理やり襲おうとしてしまった事実は消えない。千鶴はさぞかし怖かっただろう。
 綱道が屯所に来る直前の出来事は、総司はちゃんと言葉でも千鶴への思いを伝えたし、優しく触れたと思っていた、……のに。千鶴は体をこわばらせた。総司が覗き込んだ千鶴の真っ黒な瞳の中には、確かに恐怖があった。
 千鶴のことは抱きたいと思う。切実に。
 隣で一緒に寝ている今など、何の拷問かとも思う。
しかし目を覚ましたときに嬉しそうににっこり笑ってこちらを見てくれる千鶴の笑顔が、自分が抱こうとしたことで恐怖になってしまうのなら、抱かないでいる方が全然いい。
屯所で男装しているときも、男子にはもう見えない年齢になっていて袴の裾から見える白いくるぶしにドキリとしたこともあったが、女子姿に戻った千鶴は破壊的にかわいかった。惚れた弱みもあるだろうが、いっしょに京の町を歩いていると振り返る男どもが多いことから客観的に見てかなり可愛いのだと思う。すんなりとした腰に真白な肌、真っ黒な睫と瞳。ピンク色の頬と唇。総司を見る笑顔は、そりゃもうまぶしくてまぶしくて、時々眩暈のせいで足がよろけるほどだ。
 屯所でも新八や左之あたりにはあからさまにひやかされ、平助と斎藤にはじとっとした目で見られ、さぞ千鶴のすべてを総司が楽しんでいるように思われているが、実際は清らかな……これ以上ない位清らかな毎日だ。前は少しはしていた口づけも、手をつなぐことも、総司の我慢メーターが降り切れてしまいそうだから総司の方から避けている。風呂上りなど、総司は見ザル言わザル聞かザルの精神で石になっている。
 いつまでもこの状態を続けて行けるとは思わない。雪村家再興のために十人子どもを作ると約束したのだ。それは果たさなくてはいけない。
 しかし、我ながら臆病だとは思うがきっかけがつかめない。だが無理に総司からきっかけを作ろうとは思っていなかった。一緒に暮らしているうちに、自然にそうなる時がきっとくるだろう、と思っている……そう思いたい。そしてその『自然にそうなる時』ができるだけ早く来てくれるように総司は願っていたのだった。

             *

千鶴が渡した刀を、総司は玄関口で下駄を履きながら受け取った。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい、いってらっしゃい」
そう言う千鶴が、いつもの家事用の着物ではなく外出着であることに気が付いて総司が言う。
「あれ?君も出かけるの?」
千鶴は微笑みながらうなずいた。
「はい。……あっすいません!総司さんにまだ言ってなかったんですけど、お千ちゃんたちが…なんだか授業があるって。これからしばらくお千ちゃんたちの家に通いたいんですけどいいでしょうか?」
「別にいいけど……、授業って何の?」
総司の質問に、千鶴も首をかしげた。
「さあ?よく分からないんですが、なんだか鬼一族には代々女鬼が結婚すると、女鬼としていかに生きるか…みたいな女性学みたいなのを勉強しなくてはいけないんだそうです。普通は母親の女鬼がするんですが、私の場合はいないので、君菊さんがかわりに教えてくださるそうです」
「ふうん?鬼っていろいろあるんだね。気を付けて、あまり遅くならないようにね」
「はい!もちろんです。お夕飯つくるのにはもちろん間に合うので」
「ん。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
にっこり微笑んで頭を下げる新妻に、総司も笑顔で返して屯所へと向かった。

         *

 その日の夕飯。
食べながら総司は何の気は無しに、今日の『授業』はどんなだったの?と千鶴に聞いた。千鶴は一瞬固まり、それから気まずそうに俯く。
「あの……宿題がでたんです……」
「宿題?」
「……はい。それがそのう……総司さんの協力も必要な宿題なんですがいいでしょうか?」
「僕の協力?僕女性学なんて知らないよ?」
「……君菊さんが言うには『女性というのは対で男性という存在があるのだから、できれば男女で宿題をした方が効果があるのです』ということだったんですが……私にはこれを総司さんとすることに何の意味があるのか……」
 食べ終えた膳を片付けながら、千鶴が困惑気味に言う。食後のお茶を飲みながら総司は聞いた。
「で、宿題の内容はなんなの?」
「……」
「ん?」
「……春画本を二人で見るようにって……」
「……」
 総司はお茶を飲みながら沈黙した。その宿題の意味はよくわからないが……千鶴は確かにそういうことにうとい。母親もおらず思春期には外界から遮断された男だけの世界に閉じ込められていた。普通なら近所のお姉さんのような女性としての先輩モデルや、同い年の女の子たちとの恋の話などからつけていく知識がまったくない。そこを授業を言う形で穴埋めしていこうと思っているのだろうか。
総司は新八の部屋の隅に散らかしてあった春画本の山を思いうかべる。
「……でも、僕春画本なんて持っていないよ」
「あ、大丈夫です。私が持っています」
ぶっと総司はお茶を吹き出した。
「持ってるの!?君。なんで?」
「あの……最初に薫に会った時に、これを見て男というものについて勉強しておけって言われて。ちょっと待ってくださいね」
千鶴はそう言って押し入れに上半身をつっこんでもぞもぞ何かをさがしている。
 総司は吹き出したお茶を腕で拭って、千鶴が恥ずかしそうに持ってきたものを受け取った。隣に千鶴が座って覗き込んでくる。
「君も見るの?」
総司が聞くと、千鶴はキョトンとしてうなずいた。
「宿題ですので」
そうか、と総司は納得する。総司自身男だから、春画本を見たくないなどということはないし、どちらかと言うと見たい。しかし好きな女子と一緒に見たいものではない。どういう顔をして見ればいいかわからないではないか。
 だが宿題なのだし…と総司はしぶしぶ春画本を一枚開けた。
 タコだ……
「千鶴、これ……」
「総司さんもこういうのがお好きなんですか?」
無邪気に聞かれて、総司は何と答えたらいいか言葉に詰まった。この春画本は薫に渡されたと千鶴は言っていたが、これは初心者向けではないだろう。あんな澄ました顔をした薫が触手萌えだということに、総司は驚いていた。
どう説明したらいいか悩みながら、総司は口を開く。
「千鶴、あのね……これはかなり特殊な嗜好で、こういうのが好きな男が全くいないとは言わないけど、とりあえず僕は違う」
「そうなんですか!?」
驚愕!という表情で総司を見た千鶴に、総司の方が驚愕した。
「何、君は僕がこんなことしたがってると思ってたわけ?」
コクンと頷く千鶴を見て、総司が頭が痛くなった。
この女性学とかいう授業と宿題は意外と役に立つかもしれない。千鶴の偏った性教育を是正していくという意味では。
「僕は触手は特に好きじゃない」
「じゃあどんなのがお好きなんですか?」
総司はこんな話を真面目にしている自分たちに、吹き出しそうになった。しかし真面目に答える。
「そうだな……縄とかムチとか縛る…とかそういうのはいいね」
「え!?」
「でも女の子が泣いちゃうようなのは嫌かな。ちょっと制限がある感じが燃えるんだよね………」
 それから長々と続いた総司の好きな傾向について、千鶴は目を見開いて固まったまま聞いていたのだった。

「それでどうしました?」
ここは、京の千の屋敷。その一室で女鬼の女性学授業は続けられていた。
今日は第一回の宿題の復習である。
「えっと……『こんど縛ったりしてる春画本を探してきてあげるよ』って言われて終わりました」
 君菊は指し棒で片手の手のひらをトントンとたたきながら考えた。
 二人で春画本を見たりしたら、盛り上がった新婚旦那があっというまに新妻を襲って授業終了になると思ったのだが。                        いや今回は教材がまずかった。
 前回の授業の時に、君菊の方もいくつか初心者向けの春画本を用意していたのた。しかし聞いてみたところ千鶴が『持っている』というので、じゃあそれで、と内容を確かめずにそれを宿題にしてしまった。内容までちゃんと聞いておけばよかった。確かにタコでは色っぽい方に話が進みにくかったかもしれない。
じゃあ次は……と、君菊はおもむろに口を開いた。
「千鶴さんは口づけはしたことはありますか?」
「え…ええっ!?」
真っ赤になった千鶴に、いっしょに授業を受けている千がからかう。
「その反応じゃああるみたいね」
君菊は頷いた。
「口づけをした時、どう思いましたか?」
「………」
 本当に答えるの?と千鶴は頬を染めて千を見た。千はもちろんにんまりと頷く。千鶴はうつむいて小さな声で答える。
「えっと……なんだか幸せでした」
「気持ちよくはなかったですか?深い口づけでした?あ、深いというのは舌を入れたかどうかという意味です」
「……」
ほら、と千に肘でつつかれて、千鶴はもうままよ、とばかりにヤケになった。
「気持ち、よかったです。……深い口づけも、しました」
君菊は相変わらず冷静に頷いた。
「じゃあ、口づけの仕方について今日は授業をします。宿題はもちろんありますからちゃんと聞いてくださいね」

          *

 その日急いで帰ってきた総司は、そのまま急いで井戸端で水をかぶり体を洗った。
 千鶴はもう入ったらしく湯上りに夏用の涼しげな着物を着て髪をきれいに結い上げている。髪にさしているのは、総司が大坂土産で買ってきた鼈甲のかんざしと櫛だ。
 今日は近藤の妾宅の夕飯に、千鶴と一緒に呼ばれているのだ。隊務で汗とほこりにまみれた服を着替えて水を浴びてさっぱりして、二人でこれから出かけなくてはいけない。
 総司はバタバタと着物を着ながら千鶴に聞く。
「君は?もう準備はできたの?」
千鶴はうなずく。そしておずおずと総司に言った。
「あの、今日も女性学の授業があって……」
 総司はピンときた。帯を締めている手を止めて千鶴を見る。正直今度の宿題は何かと楽しみではある。
「宿題?また僕の協力がいるんだよね。そんなに時間がかからないならじゃあ宿題をやってから行こうか」
「いいですか?じゃあ……」
パッと顔を輝かせて、千鶴は何かを書きつけてある紙を持ってきた。それを見ながら総司に近づく。そして総司を見上げてから少し困ったような顔をした。
「あの、ちょっとかがんで……いえ、こちらに座っていただけますか?」
千鶴はそう言うと総司を腰窓へと促した。腰窓の桟に総司が浅く座る。千鶴は緊張した面持ちで、目の高さがほぼ同じくらいになった総司を見た。
「あの……目をつぶってください」
「え?僕何されるの?」
楽しそうに総司は答えて、素直に目をつぶる。
 しばらくの間、千鶴が持っていた紙(多分宿題を書きつけてあるのだろう)をカサカサとめくる音がして、次の瞬間、ふわりと清潔な石鹸の匂いがした。
え……
総司は一瞬全身が総毛だつような感覚がした。
石鹸の匂いに包まれて、柔らかいものが総司の唇に……千鶴の唇だ。                     
優しく柔らかく動く。                     
総司が応えようとした瞬間、その唇は離れてしまった。
 えっと思い目を開けると、千鶴は手に持っている紙をもう一度捲って読んでいる。そして再び総司に向き直り、目を見開いてこちらを見ている総司と目があった。
「そ、総司さん…!ちゃんと目を閉じていてください!あ、それから総司さんは……その総司さんの方からは何もしないでくださいね。これは私の宿題なんで」
これって拷問?僕の忍耐心を鍛えるための修行?
そう思ったものの、いざ!という顔で再び唇を寄せてきた千鶴に、総司は素直に目を閉じた。
 あきらかに以前の受けるだけだった口づけよりレパートリーが増えている。唇だけでなく、頬や瞼にも不意打ちのように柔らかい唇がおとされて、それがなんだかすごく愛されているようで、総司の限界メーターは振り切れそうだ。
 膝の上で両の手をぐっと握り、彼女を抱きしめて深く口づけしたくなるのを我慢して、それでも彼女が与えてくれる優しい快感は享受して。
 千鶴による甘い拷問はようやく終わった。
唇をゆっくりと離した千鶴は、ぼんやりと瞼を開けた総司を目を合わせる。潤んだ黒目がちの瞳と紅潮した頬がきれいだ。
「……気持ちよかったですか?」
え?という表情を総司がしたのだろう。千鶴が恥ずかしそうに説明した。
「前に総司さんから口づけされた時、とっても気持ちよかったから……。授業で、旦那さんにも気持ちよさをちゃんとかえしてあげてくださいって言われて。すこしでも返せましたか?」
 返すも何も……気持ちよすぎて倒れそうだよ。っていうか君と一緒に倒れたい。
 総司は思わず手を伸ばしたが、その時フッと以前の体をこわばらせた千鶴を思い出した。
あの頃の千鶴は、自分から口づけしようなどと言う発想はなく、総司の行為に耐えているだけのような印象だった。
 それもあのタコのせいならさもありなん、と今は思える。
そうか、こうやってゆっくり千鶴ちゃんをほぐしていく過程も大事なのかもしれないな
この先の幸せな生活のためなら、一瞬のガマンはしょうがない。別に苦痛で苦痛でしょうがないというよりは、まあかなり楽しみな宿題でもあるし。
総司はちょっとゴメン、というと、近藤の家に行く前にもう一度風呂場へ行き、冷たい水をかぶった。


          *

「そうですか、お風呂場で水を……」
手ごわいな、と君菊は思いながらにっこりと千鶴に微笑んだ。
 好きな女子から、恥ずかしそうに口づけをされるのだ。普通の男ならがばっと襲いそうなものだが。
それほど過去二回の千鶴の拒否が、総司にとって痛手だったのだろう。ならばもっと刺激を強くすればいいだけだ。どこまで総司が我慢できるかの我慢比べになりそうだが。

                            *

 次の宿題は深い口づけだった。
 前回と同じく総司を腰窓の桟に座らせて。
千鶴の柔らかな舌が総司の唇を割ったとき、総司は正直もうダメだと思った。これはガマンできる男はいないだろう。
立ち上がって千鶴を抱きしめようとしたとき、カサカサという紙の音が聞こえて、総司は一瞬我に返った。
そうだ、これは千鶴のためなのだ。愛しい嫁ががんばっているというのに自分が欲望に負けてしまっていいのか?たとえ快楽の入口だけ与えられて最後の果実は意地悪く与えられないとしても、そこは愛する嫁のためにガマンすべきところではないのか?事実千鶴は真剣なのだ。授業を一生懸命うけて、どうすれば総司を喜ばせるかを考えて宿題もこなしている。
今日は冷水風呂かな……
柔らかくとろけそうな千鶴の唇にトロトロに溶かされながら、総司はぼんやりと考えていた。

          *

そうして次の君菊からの宿題はさらにグレードアップして、口づけの間総司に好きに千鶴の体を触ってもらうように、というものだった。ただし着物の上から。
 もうこれは絶対いじめか、それとも総司がどこまで我慢できるか試しているのかどちらかだろう、と総司は思う。
 だが思っただけで特に意義も唱えず、言われる通り触りたくてたまらなかった千鶴の体のラインを存分に楽しませてもらった。
 総司も、最初はまた体を固くされるのではないかと緊張したが、そんなことはなかった。逆に総司を受け入れるように柔らかくもたれかかってきてそれはそれでまた我慢するのがたいへんだったのだが。
                            
君菊による新婚夫婦の問題解決は、ほぼ終了していた。
 細かい段階を踏みながら、千鶴の総司との行為に対する恐怖心を拭い去り接触に慣れさせるのが本来の目的だったが、そちらは君菊が見る限り多分もう大丈夫だろう。
あとは、総司のガマンがいつまで続くかだ。
 彼の我慢が切れた時が、この問題がすべて解決するときだろう。


そして総司のガマンは、この宿題の次の次の宿題で切れたのだった。




後日談 裏 へ続く

2012年7月発行
掲載誌:Baby Baby Baby


戻る