総司はポンポンと連続で来るLINEを見ながら、この子と会うのもそろそろやめたほうがいいなと思った。
彼氏がいるのに何かと理由をつけて総司と二人で飲みに行きたがる、テニスサークルで知り合った明るい女の子。
「LINE?いいの?」
隣で紅茶を飲んでいる髪の長い女性がのぞき込む。総司はにっこりと笑って「うん、大丈夫」と答えた。
大学になったら遊んで暮らそうと決めていた総司は、誘われればどこにでも行き誰とでも遊ぶという享楽的な大学生活をおくっていた。そんな生活をおくるためにお遊びサークルにいくつも顔をだし知り合いをふやしていたのだ。狙い通り顔見知りは増え、総司の外見に惹かれる女の子たちからのお誘いも増え、総司は楽しい大学生活を送っていた。
はずなのだが。
どうも最近…
あまり楽しくない。つまらないのだ。じゃあ何をするのが楽しいのかと考えてもわからないのだが、すべて薄っぺらく感じる。知り合いに毛が生えた程度の友人とも言えない顔見知りや、ふわふわしていい匂いでその場だけ楽しい女の子たちとの会話、身体の関係も。
要は飽きたってことかな?
総司はそう思いながら、夕飯と飲み、おそらくその先にあるお泊りのお誘いのLINEに『今日はやめとく』と断りの返事をした。
『じゃあいつなら大丈夫そう?』という返事に、『当分無理かも』とあっさり返して、総司はLINEを閉じ、隣でこちらを見ている女の子ににっこりと微笑む。
ゼミの帰りに誘われたカフェ。2,3度体の関係を持ったことがある女の子で告白されたが断ったことがある。じゃあ友達なら…と言われて、それならいいよと返したが、そのあとも友達として誘ってくれるのだ。
姉がいるせいか女の子とまったり遊ぶのは楽しいし、男だから当然その先のお誘いも楽しい。
「前に沖田君が見たいって言ってた映画、これでしょ?もしよかったら今日これから見に行かない?」
「いいね」
総司がそういうと女の子の顔はパッと輝いた。
ふとその顔が昨日の千鶴のがっかりした顔とかぶり、総司は瞬きをした。
剣道をたいして好きでもなくやっていたとか、特に一生懸命になっていることはない、と総司が言ったときの千鶴の表情。
小学校中学校高校と、学業に剣道にと忙しく頑張ってきてもううんざりだと大学は遊び暮らそうと思っていた。実際、いい大学に入り就職先もあっさりいいところに決まり、女の子にも不自由せずに社会のやや上あたりで楽に生きていけるこの人生に満足している…つもりだったのだが、昨日千鶴から『一生かけてやりたいこと』の話をされてから、少し色あせて見える気がする。
映画の話をはしゃぎながらしている女の子に笑顔をむけながら、しかし総司は聞いていなかった。頼んでいたカフェオレを飲み、千鶴がわくわくしながら見ていたという剣道をしていた高校生の頃の自分を思い出す。
確かに毎日毎日練習をして去年負けた相手に勝って、少しずつ強くなっていく日々は楽しかった。毎日充実して、生きている実感があった。きっかけは親から言われてやっていただけだったとしても、総司は体格もよくカンもよく、努力すればするほど結果が出たので夢中になっていた。しかし、ある日ふと『もういいか』とおもってしまったのだ。
総司が行っていたクラブは空手や柔道もやっている総合武道道場で、特に目標としている人もなく高校のインターハイ優勝という目標を叶えたらその先がなかった。剣道で一生食っていけるわけもなく、子どもの時からの習い事の延長は、優勝でもう極めた、と思ったのだ。
しかし今何もやっていなくて、つまらないと思っている。
実は結構体育会系の方があってたとかそういうオチだったのか?『一生かけてやりたいこと』を追い求めるとか?
それはわかんないけど……確かに今は
総司は隣の子が出している、映画の上映時刻のスマホの画面をのぞき込みながら思う。
つまらない。
そう思ってしまうのが不本意で、千鶴にそれを見透かされたようで、総司は面白くなかった。
「じゃあ映画にいこうか?」総司はそういって伝票をもって立ち上がる。
面白くない。
つまらない。
何の秘密もなくすべて総司の思い通りになってくれる女の子。
大学に入ってからずっとこれが楽しかったのに。
でもだからといってそれをやめてしまうのは、何か千鶴に負けた気がして嫌なのだ。
「また遊びに行ってくれますか?」
映画も見終わってお茶をして。別れ際に女の子からそう聞かれて総司は一瞬口ごもってしまった。
なぜ口ごもってしまうのか、いつもどおり『うん』と言えばいいだけなのに。総司は気を取り直して、「うん、またね」とにっこり笑って言った。本当はそのあとの夕飯を食べないかと彼女の家に誘われていたのだ。当然手作りの夕ご飯とお泊りもついていただろうが、総司は用事があるからとことわってしまった。
手を振りながら笑顔で去っていく女の子に手を振り返しながら、総司は理不尽にも千鶴に腹を立てていた。彼女が、もうすっかり忘れていた高校時代の話を目をキラキラさせてするからこうなったのだ。彼女が『一生かけてやりたいこと』なんで聞いてきたから、今の生活に物足りなさを感じてしまった。
だからというわけではないが、次のコメダでの家庭教師の帰り道につい意地悪を言ってしまった。
「沖田さん、先週の日曜日映画館にいましたか?」
昨日降った雪が歩道の端に寄せられてすこし足元が悪い中を二人で歩いているときに、千鶴からそう聞かれた。彼女の寒さのせいで赤くなった頬とぐるぐる巻きにしているマフラーがかわいい。
「先週?」
ゼミの女の子と映画を観たあれか。
「ああ、うん。千鶴ちゃんもいたの?」
「はい」
しかし何か言いたそうに口ごもっている。
「……あの、女の人、彼女さんなんですか?」
総司はちらりと隣の千鶴の表情を見た。髪の毛とマフラーで顔はよく見えないが真っ赤だし、探るようなでも少しご機嫌斜めな言い方は、これは嫉妬だろう。
「ううん、違うよ。たまに遊んでくれる人」
「コメダであった人達とは違うひとなんですね。それに……私、前にスーパーで沖田さんと別の女の人が二人で買い物してるのを見たことがあって」
「遊んでくれる人はたくさんいるんだよ」
どうやら総司の女関係が気になるらしい。体の関係があったころはそんな事を気にするそぶりもなかったのにフッた後に気になるってどういう心境の変化?不思議だが楽しくて気分がいい。だから、家庭教師になってから触れないようにしていたことにあえて触れてみた。
「千鶴ちゃんも、少し前まではそうだったでしょ?」
パッと千鶴の顔があがり総司を見た。大きく見開かれた茶色の瞳。傷ついたような表情が心地いい。
「千鶴ちゃんが戻りたいんなら、僕はいつでもウェルカムだよ」
即座に拒否されるかと思いきや、千鶴の大きな瞳は考え込むように揺らいだ。しばらく沈黙の中二人で歩いていると、千鶴がぽつんと言う。
「……戻りたいです」
総司は緑色の瞳を見開いた。思わず立ち止まってしまう。
「え?」
「……もう会わないほうがいいんだって思って、あんな風にお別れをしたんのに、家庭教師で結局会ってしまうことになって……どうすればいいんだろうってずっと思ってたんです。父様のこともあるから今更家庭教師を辞めてもらうこともできないし、でも会うと……」
会うと触れたくなっちゃうし、沖田さんに抱きしめてほしくなっちゃっうんです……
うつむいて小さい声だったが、確かにそう聞こえた。
総司はドクンと心臓が強くなって体が熱くなるのを感じた。
抱きしめたい。キスをしたい。強く強く彼女の中に入って、彼女のすべてを自分のものにしたい。
何も考える間もなく総司の腕は勝手に動き、千鶴を胸に抱き寄せた。耳に唇を寄せ彼女の匂いと温もりを感じる。胸の中で「お、沖田さん…!」と驚いたような声と身じろぎを感じたが、総司は無視して強く抱きしめる。キスをしたくて唇を彼女の頬に這わせて唇を探った時。
「お、沖田さん、ダメです。ここ、歩道……」
千鶴の手袋をはめた手が総司の唇を抑えて顔を背ける。そのせいでマフラーがずれてちらりと見えた白いうなじに、総司はキスをした。
「僕の家に行こう」
我ながらかなり艶のこもった声だった。こんなに彼女を欲しかったとは。こんな風に公道でなりふり構わず女の子をベッドに誘うなんて初めてだ。
「だ、ダメです。私、もう遅いし今日は父様も早いし……」
「じゃあキスだけさせて」
「こんなとこで……」
総司は千鶴の手を引っ張ると一本裏の路地に連れ込んだ。そして適当なビルのエントランスに入ると奥へと歩いていく。小さなオフィスビルのようで入口にある企業名が書いてあるポストを通り過ぎエレベーターの反対側へ行くと自動販売機コーナーと裏口に続く小さなスペースがあった。総司はそこに入り込むと千鶴を抱き寄せる。そしてびっくりしたようにきょろきょろと周囲を見ている千鶴の頬に両手を添えると、唇を寄せた。
彼女の唇は甘く、吐息はさわやかな香がした。壁に押し付けて覆いかぶさるようにして深く口づける。舌を入れて彼女の奥に触れていく。何度も何度も絡み合わせていくと、彼女の喉から「ん……」という小さな声が漏れるようになってきた。うっすらと目を開けて見てみると紅潮してとろんとしている。
ああ……くそっ
抱きたくてたまらないが、さすがにここでは……総司の手が彼女のダッフルの中に入ってウエストを探る。そして制服の独特な手触りの生地に触れて、総司はようやく我に返った。
制服だ。
そうだ、彼女はまだ高校生だった。手をダッフルの中から出して、自分を落ち着かせるために長いため息をつく。相当高ぶっていて、腕の中に千鶴がいる状態ではいつおさまるかわからない。
「……帰ろうか」
キスの余韻でまだぼんやりとしている千鶴を横目でちらりと見て、またため息をつく。彼女の手を取ってビルから出る。
先週の日曜日、ゼミのこといるときに感じていた自分の人生に対するつまらなさや物足りなさは、今はすっかりなくなっていた。
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