SSLの平千ルートの始まりはこんなだといいなーという勝手な妄想です。
やっぱ平千は青春まっただ中高校男子のもだもだがいいっす!幼馴染設定じゃなくてすいません……
いつもの朝。
いつもの満員電車。
平助はいつもの乗り口のあたりでスーツのおっさん達に揉まれながらあくびをしていた。
こもったアナウンスの声とともに電車が速度を緩める。
平助の目は少しだけ覚めた。
毎朝この次に止まる駅で乗ってくる島原女子高の女の子。
いつも半分寝ていたり音楽を聴いたりしている平助は、夏休みも終わって二学期が始まったこの時期になってようやくその女の子に気づいた。校則の厳しい島原女子高のせいもあるだろうが、その子は清潔感がある清純そうな女の子で、彼女に気づいてから平助は、この駅で乗ってくるのをいつも心待ちにしていたのだ。
今日はいるかな……
ぷしゅー…という音と共に電車の扉が開き、この駅で降りる人たちが入口で脇に寄った平助をすり抜けて降りていく。それといれかわりに、駅からどやどやと通勤客が電車に乗ってきた。
あれ、いない。
キョロキョロと見渡して、平助はがっかりした。風邪だろうか。それとも一本早い電車でもう行ってしまった?
諦めてまた耳元にイヤホンをかけた平助は、ホームの端の階段から走ってくる彼女に気がついた。
今時珍しい真っ黒でさらさらの髪。黒い大きな瞳。白い肌は、今は走っているせいで頬が薄くピンクに染まっていてかわいい。表情も、いつもと違って少し焦っているようで新鮮だ。
平助は心の中で『早く早く!』と彼女を応援した。扉が締まる警告音がホームに響いているのだ。
なんとか扉が開いている状態で平助がいる乗り口まで走ってきた彼女は、入口をみて困った顔をした。ぎゅう詰め過ぎて彼女が乗るスペースがないのだ。
平助は壁に体をこすりつけるようにしてなんとか少しだけスペースを空けた。彼女も平助がスペースを空けてくれたことにきがついたようで、「あ……」と言って平助を見る。
やっべー!!ここにあの子が乗ってきたら……!
このすし詰め状態だ。かなりの密着度になるのではないか。
う、嬉しいけど……困るっ!どこを見たらいいのかわかんねーじゃん!いやでも嬉しいけど!
な、名前とか聞けたりして!今度映画でも見に行こうかとかそういう話になったりして!!
一人密かに興奮していた平助の目の前で、彼女の後ろから中年太りのおっさんが彼女の肩を押しのけて、ぐいっと強引に乗ってきた。「ちょっ!」こ、このスペースはなあ!あの子のために空けたの!あんたのためじゃないの!降りてくれる!?
……と言いたかったがもちろん言えない。平助が彼女の顔を見ると、彼女は困った顔をしてもうスペースがなくなってしまった乗り口を見ている。乗れなかったら遅刻してしまうのかもしれない。
「閉まるドアにご注意ください〜。駆け込み乗車はおやめください」
駅員のアナウンスの声に、彼女の顔に諦めた表情が浮かんだ。その時、考えるよりも早く、平助の体が動いてしまった。
入口から体をよじって、平助はホームに降り立つ。
そして驚いた顔で自分を見ている彼女に、「ほら」というふうに手で一人分だけ空いた電車のスペースを指し示す。
「え……?」
「いいからさ。ほらしまっちゃうぜ」
「でもあの……」
入口周辺でもたもたしている二人に、駅員の笛の鋭い音が降りかかる。「早く乗ってください!!」
「ほら、いいから」
平助がなおも彼女にスペースを譲ろうとしていると、その様子に気がついたらしい電車の乗客たちが少しづつ中に詰めてくれた。結果二人分弱くらいのスペースが空く。
「あの、じゃあ一緒に……」
彼女が言う。乗客の目と駅員の目に押されて、かっこよく譲ったつもりだった平助も、結局一緒に乗り込んでしまった。
しかも……
ち、ちっかいっ
ちっけーよっ
二人分には少し足りないスペース。さらに電車の揺れでおしあいへしあいしているせいで彼女の体は平助にぴったりとよりそっていた。ちょうど平助の顎のあたりに彼女の頭があって、シャンプー(だと思う)のとんでもなくいい匂いが平助の鼻をくすぐっているのだ。
ガタン!と電車が大きく揺れる。
「あっ」
彼女がさらに平助に倒れこみ、後ろから人の壁が彼女を後押しする。
ほ、細い……ってか薄い!柔らかいいいいいいいい!!!
やばいヤバいヤバいって!
両手をどこにやればいいのか。だらりと両脇に下げていると、彼女の体に触れてしまうし、かと言って彼女の背中に腕を回せるわけもないし。ふとしたを見ると、彼女も平助と密着しているのを意識しているのか頬を真っ赤に染めてうつむいている。
それがまた……
ああ、俺多分今朝一生分の運を使い果たしてる……
このまま昇天してもいいんじゃないかと思っているうちに、電車は当然ながら次の駅――平助の薄桜学園の最寄駅だ――に到着した。
「あの……」
降りようとした平助に、彼女が顔をあげた。
「え?」
平助は立ち止まろうとしたが、後ろから降りる乗客に押され彼女と一緒に駅のホームに降りてしまった。彼女の高校の降車駅は次の次の駅のはずだ。
「……ありがとうございました」
駅のホームで人の流れから少し外れたところで、彼女は平助に小さな声でそう言った。スペースを譲ってくれたことに対する礼だろう。
「ああ、いーって別に」
妙にそっけなく返事をしてしまったが、彼女が恥ずかしそうに微笑みながら会釈をして電車に乗ろうとしたのを見て、平助は少し焦った。
毎朝気になっていた女の子と会話をすることができたのだ。なにか……もうちょっと話をふくらませて……せめて名前とか……でも再び乗客が乗り終えた電車は既に発車しそうな様子で駅員が入口付近を指差し確認している。
呼び止めて何か言いたかったが何も思い浮かばない。「あ、あの……」平助が言いかけたとき、「あっ」と彼女が何かに引っ張られたようにバランスを崩した。
「え?」
平助が見てみると、彼女の制服のポケットから携帯がはみ出していて、それのストラップのきれいな色のビーズの飾りが、平助のカバンの金具にひっかかっているではないか。
「あ…わっ!ひっかかっちまってる!」
「電車が……」
プルルルルルという発車の合図に彼女は焦ったように思わず自分の携帯を引っ張った。途端、ストラップは飾り部分を平助のカバンに残したままぶちんと切れてしまった。
「……あー……」
「ああ……」
呆然とした二人を残して、電車の扉は閉まった。
結局彼女――雪村千鶴ちゃんというらしい――は次の電車に乗った。
平助のカバンに引っかかったストラップの飾りは、あの短い時間ではどうしても取れなくて。
「あ、じゃあさ、俺が学校でこれゆっくりとるから、取れたら連絡するよ。ケー番かメアド教えて?LINEとかでもいいけど」
するりと出た言葉に平助は自分でも驚いた。しかしLINEは図々しかったか。いや、普通に相手が別に男子でも同じことを言っただろう。だから別に下心などなかったのだが、結果としてかなり自然に……名前とメアドが聞けた。
電車に乗る彼女を見送って改札を出て、学校まで歩いていた平助はニヤニヤがどうしても止められなかった。
ちょっとこれマジで俺ついてるかもしんねーな。
平助はそう思いながら、カバンに引っかかっている彼女のストラップの飾りを見た。
壊さないように丁寧にこれをとって。
そして彼女にメールをするのだ。
毎朝同じ電車に乗っているのだから、これからひょっとしたら毎朝彼女と話せるかもしれない。そしてもっと仲良くなって、遊びに行こうとか誘って……!!
17歳男子の脳内は、楽しい妄想ではちきれんばかり。
宙に浮いているような足取りで、平助は薄桜学園へと向かったのだった。
昼休み、中庭で平助は総司とまったりとしていた。一は風紀委員の集まりがあるとかでいない。平助が、スマホに登録されている千鶴の情報を見ながらニヤニヤしていると、総司がすっと平助のスマホを取り上げた。
「ニヤニヤしながら何見てるの?えっちな画像?」
「ちっがっうって!!返せよ!」
「焦るところが怪しいなー。僕にも見せてよ」
「そういうのじゃないって!いいから返せって………ああっ!!」
平助が総司に掴みかかった衝撃で、総司の手から平助のスマホが落ちた。
その先には中庭にある澱んだ池。
ぼしゃん!という音と共に沈んでいく平助の携帯を、二人は呆然としてみていた。
「平助、あの携帯、もしかして防水とかそういうオチは……」
「……ねーよ……」
立ち尽くす二人の上に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いたのだった。
つづく