【WILD WIND 16-2】
※千鶴ちゃん(記憶無)と斎藤さん(記憶アリ)の間の子どもがオリキャラとしてでてきます。それ以外のオリキャラオリ設定てんこもり。艶表現があります。苦手な方はブラウザバック!
思ったよりも遅くなってしまった。
斎藤はシンと静まりかえった襖の前で立ちすくんでいた。
左之達には夜這いに行くと言って部屋を出たのだが、途中で『ほんとうにいいのだろうか』『今夜は千鶴も疲れているのでは…』等思い始めた途端、迷いがでた。
斎藤には確信があった。
多分千鶴は思い出している。
斎藤の事を『はじめさん』と呼んだし、風間の事や過去のことをまるで自分が経験したことのように話していた。
何よりも自分を見つめる瞳が、以前とは違うような気がするのだ。
……まったくのカンではあるが。
斎藤としては記憶をなくす前はもちろん夫婦だったのだし、記憶を亡くした後も関係をゆっくりと積み重ねて求婚し、受けてもらったと思っている。妻と一緒に宿をとるのなら、今夜一緒に寝るのは当然だろう。……と思わないでもない。
別に焦っているわけではないが、何か落ち着かないのだ。
川の中で意識のない千鶴を抱きしめた記憶が、べっとりと脳裏に張り付いて離れない。斗南で鬼に妊娠中の千鶴がさらわれそうになったこと、江戸でさらわれてしまったこと。
心臓を冷たい手でつままれるような恐怖感が、いつも斎藤を脅かしている。
彼女の暖かい体を抱きしめて、深く深く彼女の中に潜り込めば、この冷たい感覚は消えるとわかっているのだ。
彼女の白い細い腕が受け入れるように自分にまわされる感覚を、斎藤はまだしっかりと覚えていた。
その時の震えるような喜びも。
もう一度受け入れて欲しい。
俺のすべてを。
斎藤はごくりと唾を呑みこんで、襖をそっと開けた。
中は真っ暗かと思ったが、部屋の隅にある行燈がぼんやりと灯っていた。
布団が動いて眠ろうとしていた千鶴が起き上るのを薄暗闇の中で見ながら、斎藤は部屋に入り後ろ手に襖を閉める。
「あ、あの……」
驚いたように少し寝乱れた胸元を抑えて起き上がる千鶴は、色っぽかった。
久々に見る妻の寝姿に、斎藤はこれからの展開に対する緊張もあいまって喉が鳴る。
襖の前に立ったまま言葉を探す。
しかし何を言えばいいのかわからない。
斎藤はそのまま脚を進めて、布団の横に膝をついて千鶴を見つめた。
「……今夜は、ここで一緒に過ごしたいと思って来た」
「え?こ、ここで?ですか?」
戸惑ったような千鶴の頬に、斎藤は手を伸ばす。
「…そうだ。ダメだろうか?」
「い、いえ……そんな…でも…えっ…え、えっ?」
言っている間に体を寄せてくる斎藤に、千鶴は赤くなり戸惑う。斎藤は千鶴の真っ赤な顔を見て、そのまましばらく千鶴の抵抗を待った。
しかし待っても特に千鶴には抵抗の様子がなく、頬を染めて戸惑った表情で斎藤を見ているだけだ。
千鶴ともう一度視線をあわせたあと、斎藤は切れ長の瞼を伏せ、顔を寄せる。
「あ……」
千鶴の戸惑った声は、斎藤の柔らかな口づけで途切れた。
少し硬くなってはいるが抵抗する様子がない千鶴の肩を、斎藤は優しく掴む。
かなり強引だったような気もするが、ヘンにグダグダと説明をするのもおかしいだろう。それに何よりも早く千鶴を抱きたいのだ。
強く強く抱きしめて、彼女の全身を味わいたい。
斎藤の手は、千鶴の肩を降り背中に回り、細い腰へとまわされた。何度も何度も唇を合わせついばむ様に柔らかな唇を味わう。
髪のしなやかさと肌の滑らかさ、柔らかな女性らしい曲線と甘い香り。斎藤の目がくらみ、頭が真っ白になる。
「ん…」
千鶴の体から徐々に力が抜けていく。
斎藤はゆっくりと口づけを深めた。と、同時に彼女の腰の帯を解いて行く。
「あっ…!」
慌てたような千鶴の手を抑え、斎藤は唇を離して千鶴の顔をを覗き込んだ。
「……いやか?」
斎藤の深い蒼い瞳は、薄暗闇の中でも熱く光り千鶴を求めていた。
千鶴はその瞳に飲まれるように動きを止め、斎藤の瞳を見つめる。返事のない千鶴の様子をしばらく見つめ、斎藤は再び口づけた。帯を解いて袷をゆっくり解いていく。
今度は千鶴からの抗議の声はあがらなかった。
行燈の光がふっと消え、千鶴は浅い眠りから目を覚ました。
夢中になって時間の感覚がなくなっていたが、行燈の油がなくなったということはあれから一刻程度しかたっていないらしい。
寝返りをうとうとして、千鶴は自分が枕にしている温もりに気が付き、暗闇の中で頬を染めた。
温かくがっしりした腕が千鶴の腰に廻され、安心したような定期的な寝息が千鶴のうなじをくすぐっている。
千鶴は斎藤を起こさないように、彼の腕の中でそっと寝返りを打つと、斎藤の端正な顔を間近から覗き込んだ。
いつも静かな微笑をたたえて自分を見つめてくれている彼の蒼い瞳は、今はとじられている。すっきりと通った鼻筋は冷たい印象を与えるが、実は人見知りなだけだということを千鶴はもう知っていた。
……たくさん心配をかけて、迷惑をかけて……
千鶴は斎藤の寝顔を見つめる。
北の鬼の所では混沌としていた記憶が、今はすっきりと一つの流れになって甦ってきた。
新選組との初めての出会い。京の月夜。
冷たく厳しい人だと思っていたが、実は一番優しく暖かかった。口数が少ないけれども新選組や武士に対する思いは人一倍強くて……。
人を殺すことについても正面から向き合い、自分はいつか同じように刃の前に倒れると覚悟していた。そのせいで千鶴についてもなかなか受け入れてもらえなかったけれど。
あの頃の千鶴は必死で、捨て身で。自分の命さえもいらない覚悟で飛び込んだら、その腕は暖かく千鶴を抱き留めてくれた。
千鶴は微笑んで、斎藤の暖かな胸に頬を寄せる。
斎藤は寝ながらも無意識に千鶴を抱き寄せてくれた。
二人で小さな所帯を持った後も、千鶴の鬼の血のせいで斎藤には本当に迷惑をかけた。それを迷惑とも思わず、どこまでも自分に厳しく千鶴を守ってくれた斎藤。
千鶴は江戸での二度目の斎藤との出会いからの時間を思い出して、小さく笑った。
『偶然だ』『偶然だ』と言ってはいたが不自然なほどいつも助けてくれた。影になり日向になり。千鶴には優しい風が吹いているとしか感じられないように気を使って、ずっと守ってくれていたのだ。
千からもらった薬を飲む前の事を思い出したといつ言おうかと千鶴は思い悩んでいた。
あの後二人きりになる機会もなく、平助たちの前で夫婦の話をするのも…と思い敢えて口にはしなかったのだが、本当のところは少し気恥ずかしくて言えなかったというのが正解だ。
だって記憶をなくして丸丸二年…もうすぐ三年も、赤の他人として同居していたのだ。名前も『斎藤さん』と呼び、あまり馴れ馴れしくしないようにして……。その時の記憶がしっかりあるので、いきなり『夫婦』です、と宣言するのが妙に恥ずかしかった。
だから、斎藤が夜に部屋に来たときは本当にドキドキした。
まるで初めての時のように。
暗い知らない部屋の中で見る斎藤は、以前一緒に暮らした夫というよりは『男』で、千鶴はどう反応したらいいのかわからなかった。
斎藤はほとんどしゃべらず、強引で……
「……」
千鶴は、先ほどのひと時を思い出して一人頬を染めた。
初めての時のようにぎこちなかった自分が恥ずかしい。妙に敏感になっていて、あられもない声をあげてしまった。彼は何と思っただろうか……
千鶴が体を固くしたのに気が付いたのか、「ん…」という小さな声と共に斎藤が身じろぎをした。
大きな手が自然な仕草で千鶴の髪を梳き、抱きよせる。千鶴は顔を赤くしながらも抗わずされるがままになる。暖かい脚が絡み、斎藤が姿勢を変えて千鶴の上にのしかかるような格好になった。そして目を閉じたまま千鶴の頬へ唇を寄せる。
「あ…」
起きてるのか?眠ったままなのか?千鶴が戸惑いつつも口づけを受け、かき混ぜるように髪をなでる斎藤の手を受けていると、斎藤が千鶴のうなじの辺りで呟いた。
「……起きていたのか」
「…は、はい……」
斎藤の唇が千鶴のそれをさぐり、あわさる。垣根のなくなった後の口づけは、深く、深く甘かった。
角度を変え、何度も合わさる斎藤の唇を千鶴はうっとりとうける。全身の力が抜けてとろりととけていくのを感じる。
斎藤の手が千鶴の裸の曲線を滑り胸を包んだ。
「あ……」
二人を包む空気が、あまくゆったりとしたものから熱くせわしないものに変わる。
そこからしばらく、二人に言葉はなかった。
少し恥ずかしそうに身づくろいをする妻を、斎藤は朝日の中でまぶしそうに見つめた。
朝食の用意ができているとの連絡が先ほど旅館の小間使いからあった。平助たちが待っているかもしれないので、早めに行った方がいいだろう。
あいつらと顔をあわすのは少し気まずいが。
昨夜はほとんと話をしなかったな、と斎藤は苦笑いと共に反省をする。
話さなくても彼女の気持ちはわかったと思っているし、きっと自分の気持ちも伝わったと思っている。しかし言葉にした方がいいこともあるだろう。
斎藤は洋装のボタンを留め終えると、身の回りのものを片付けている千鶴を見た。
「その…昨日はすまなかった」
唐突な斎藤の言葉に、千鶴はキョトンとして手を止め斎藤を見る。斎藤は少し赤くなって言い訳するように手をあちこち動かした。
「いや、その……急に夜に女性の部屋に…など……」
ぷっと笑い声とともに千鶴が口を押えた。
「今更じゃないですか?」
「……今更、だな」
確かに。斎藤もうっすらと頬を染めたうなずいた。だが、言おうと思っていたこととはそれだけではないのだ。
「その…今更なのだが、そういうわけではなくて……。なぜ俺が夕べその…急にこの部屋に来たかというと、だな。伝えなくてはと思ったのだ」
千鶴は片付けていた手を止めて、斎藤を見た。
「……なぜ来たんですか?」
「その……夫婦だから来たのだ」
「……夫婦……」
「そうだ、お前と俺は夫婦だと思っている。……違うだろうか?」
少々不安そうにそう聞く斎藤に、千鶴は再び笑いをかみ殺した。昨日の強引さとはえらい違いだ。
「いえ、私も、斎藤さんとは夫婦だと思っています」
「それだ」
「え?」
斎藤は真面目な顔をすると、畳に腕をついてずいっと千鶴に近づき顔を覗き込んだ。
「……名前の呼び方が違うと思うのだが……。以前に、前に……その…」
目じりをうっすらと染めて、言いづらそうに言葉を探している斎藤を見て、千鶴の胸の辺りから、暖かな微笑がいくつもいくつも膨らみ弾ける。千鶴は頷いた。
覚えている。
そう、もちろん覚えている。この呼び方が斎藤にとって特別なことも。
千鶴が覚えていることも、斎藤はわかっているはずだ。だって今目の前の彼は、恥ずかしそうに嬉しそうに、頬を染めて微笑んでいるではないか。
「はじめ、さん」
恥しそうな言葉と共に、千鶴は暖かな腕に抱きしめられたのだった。
【終】
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