【子龍の役目】


  

ED後。子龍くんと花ちゃんは婚約しております。虫(G)がでてきます。苦手な人はご注意を。



「実は、お傍を辞すことを考えております」
子龍がそういった時、正直玄徳は心の中で(またか……)と思った。しかしもちろんそんなことは顔には出さない。
心から心配しているという表情で、子龍の顔を覗き込む。
「どうした。何があった?もう忠信と愛情とを間違えていることもないだろうし、何の問題もないものだとばかり思っていたが」
「……」
「俺では相談相手にはならないか?悪いようにはしない。話してみてくれないか」
「玄徳様……」
人徳が滲み出ている玄徳の瞳を見て、子龍は胸にくるものがあった。単なる部下のひとりである自分の相談にまで乗ってくださるような方に、これ以上心配させるわけにはいかない。恥ずかしい話だし、全て自分の問題であるので誰にも言わずにおこうと思ったが、玄徳にここまで言ってもらえるのならと、子龍は口を開いた。
「花殿とのことなのです……」


「はあ?役に立たない?花の?……どういう意味ですか?」
不審気にまゆをしかめた芙蓉に、雲長もこの時は同意した。
「婚約を破棄したいという話でもなさそうだしな」
翼徳は何度も首をかしげている。「俺、全然意味がわからないよ、どういうこと?」
玄徳は「まあまあ」と一旦皆を収める。
「つまりだな、おまえたち皆が心配していた『子龍の様子がおかしい』理由は、子龍が花にしてあげられることが何もないという悩みからくるものだったようなんだ。こんな自分が花のそばにいていいのか→いや、よくはないだろう→花のそばから離れるべきなのではないか→花のそばから離れたにもかかわらず玄徳軍に居続けるわけにも行かない→玄徳軍を辞さなくてはならない。という考え方らしい」
「ですから、子龍が『してあげられることが何もない』っていう意味がよくわからないんです。だって、お互い好きで一緒になるわけなのに?もう婚約までして、花なんて結婚式の準備までしてるんですよ?」
芙蓉の疑問に、玄徳も我が意を得たりと頷いた。
「だろう?俺もそこのところを詳しく聞いたんだが、どうも子龍は、戦場やそのほかで花を守り彼女の策を命懸けで成功させることが自分の存在価値だと思っているようでな。そこで最近各国の力が均衡してきて直接的な戦はなくなってきただろう?子龍にしてみれば槍を振るう場所も彼女を守る必要もなくなってしまったんだ。そうなると、自分のようなものが花のそばにいていいのだろうか、花の役に立っているのか?という思考になるらしい」
「役にって……別に花は役に立つから子龍のことを好きになったわけじゃないと思うんだけど……」
芙蓉が首をひねっていると、孔明が言った。
「まあ、子龍殿の性格ではそういう考えた方になるのも分からないでもないですが。では、要は自分は花の役にたっていると子龍殿が思えれば問題は解決というわけでいいですね?」
「何かいい策があるのか?」
玄徳の問いに、孔明は羽扇で口元を隠して考えを巡らせるようにぐるりと部屋を見渡す。
「最近は戦ではなく外交戦になりつつありますからね、花の護衛として子龍を付けるということはできますが、花を使者とするような案件も今のところありませんしねえ……」
皆も得に他にいい策も思いつかず、とりあえずその場は解散となったのだった。



子龍は相変わらず悩んでいた。
となりで無邪気にごま団子を美味しそうに食べている花を、ぼんやりと見つめる。
「子龍くん?食べないの?おいしいよ」
「あ、ああ……はい。ではいただきます」
子龍が手を伸ばそうとするより前に、花がゴマ団子をつまむと「あ〜ん」と差し出す。
「……」
子龍は一瞬戸惑ったものの、花が頬を染めて嬉しそうにしているのを見て「あーん」と口を開けた。子供のようだと思わないでもないが、嬉しくないわけではない。照れくさいというか恥ずかしい気もあるが、花も嬉しそうだしと思うと特に抵抗もなかった。
「おいしい?」
上目遣いでそう聞いてくる花に、子龍は頷く。
こういうときに最近はいつも……いつもなんというのか胸の奥がざわめくというか妙な衝動が湧き上がってくるというか、花のことが可愛いと思う。こんな幸せを自分に与えてくれた花に感謝するのだ。
そしてそう思うと同時に、翻って自分はいったい花に何をしてあげられているのかと思い悩んでしまう。命の危険もなく平和な日々。戦がない時は、同僚たちに散々言われているように気が利かなく朴念仁でしかない自分。女人の心も全くわからない。こんな自分に花は不満を募らせはしないのだろうか。しかしどうやれば女人を楽しい気分にしてあげられるのかもわからないのだ。


難しい顔をしてゴマ団子を食べている子龍に、花は首をかしげた。

美味しくないのかな?子龍くん、甘いの嫌いだったっけ?

花は自分の手元の皿を見る。ゴマ団子はまだ山盛り残っている。これを全部一人で食べるのは幸せではあるが大変そうだ。夕御飯が食べられなくなってしまう。
実際のところ花の悩みはこの程度だった。
その時、玄徳の声が扉の前からした。
「花?それに子龍もここにいると聞いたが、少しいいか?」
「玄徳さん?はい、もちろんです。どうぞ」
花が扉を開けると、そこには玄徳がいた。となりには芙蓉も。
「休憩中に邪魔してすまん。少し話をしたくてな」
「?はい、もちろんです。中に入ってください。芙蓉姫もどうぞ。私、ちょっとお茶の追加をもらってきますね」
花はそういうとパタパタと廊下を走っていってしまった。
部屋の中の三人は顔を見合わす。
「あの、ではこちらに……」
子龍が玄徳と芙蓉を自分の前にある長椅子へと促したとき、廊下の向こうから絹を裂くような花の悲鳴が聞こえた。
「きゃああああああああああ!!!!!!いやあああ!!」
座りかけていた玄徳と芙蓉がガタッと立ち上がる。しかしもうその時には子龍は風のように部屋を出たあとだった。

はやっっ!!

玄徳と芙蓉があっけにとられて顔を見合わせ、そのあとすぐに部屋から出て子龍を追いかける。廊下にはもう既に子龍の姿はなかったが、花の悲鳴が聞こえてきた方角へと玄徳たちは急いだ。


炊事場の隅にあらかじめ作ってあった冷やしたお茶をついで、お盆に乗せてさあ行こうと思った瞬間、足元を何か黒いものが横切った。
こっこれは……!!日本にもいた、あのいまわしい、見るのも嫌な………
「きゃああああああああああ!!!!!!いやあああ!!」
花は思わずお盆を放り投げてしまった。陶器が壁にあたり割れる派手な音が周囲に響いたが、それどころではない。
「ど、どこ……どこっ!どこに……っていやああ!!」
その黒くて小さな生き物は花の声に驚いたのか、炊事場の壁を上りちょうど花の目線のすぐ先に来ていた。これで飛ばれたら終わりだ。しかし逃げ出そうにも今動いたらそれに驚いたヤツが飛んできそうだ。しかしこのままにらみ合っていると気が狂ってしまう。
「し、子龍くん子龍くん子龍くんー!助けて!」
半泣きで花がそう叫んだとき、一陣の風と共にヒーローが現れた。
「花殿!」
子龍だ。
子龍は花を自分の背後にかばうと、注意深くあたりを見渡す。
人影はないように見えるが、隠れたのか逃げたのか……「一体なにがあったのです!」
「む、虫……!虫が……!」
自分の背で震えている花の言葉に、子龍は厨房の壁を見た。「……虫?」
「ご、ごめんなさい。私それが嫌いで……」
子龍は、懐にいつもある小刀を鮮やかに振るった。早すぎて残像しか残らないその腕がしなったあとの壁には、花をおびやかした虫の姿はかききえていた。

「大丈夫です。あなたは私が守ります」
「うん、ありがとう。ごめんね、こんなことでさけんじゃって……」
「いいのです。私を、……私の名を呼んでくださってこんなに嬉しいことはありません」
「そうなの?迷惑じゃない?」
「あなたのなさることで迷惑なことなどありません」
「え、そ、そう?えへへへ……」

あとから駆けつけた玄徳と芙蓉が見たのは、こんな子龍と花のバカップルぶりだった。
「……解決したみたいだな」
「……ねえ、ほんとに。バカバカしい」
苦笑いをしながら、玄徳と芙蓉はいちゃいちゃしてる二人を残してその場を去ったのだった。







おしまい