【WINTER SONG】
「寒いからもう家に入りなよ」
声が聞こえた。
確かに。
ずっと真っ暗な空を見上げて降り出した雪を見ていたら、聞こえるはずのない声。
昨日までの雪がずっしりと積もった木々の枝は重そうにしなって、時折静かな音をたてて雪が地面へと落ちる。
音もなく降ってくる雪が世界のすべての音を吸い込んで、あたりは全く音がしないから。
さっきの声は確かに聞こえた。
凍えるほどの寒さなのに。
不思議と暖かい。
まるであなたの腕にしっかりと抱かれているような。
ああ、そう、きっと。
あなたは私を抱いていてくれる。
空に行ってしまった今も。
今私の頬を流れている涙は、もう拭ってはもらえないけれど。
でも、どこかで見てくれているんでしょう?
悪戯っぽくほほえみながら。
あーあ、風邪ひくよって。
できることなら、この景色を一緒に見たかった。
あなたと一緒に。
降り積もる雪が、あなたと二人でつけてきた足跡を隠してしまうけど。
でも確かに歩いてきた。一緒に。
たくさんの、たくさんの、ほんとうにたくさんの幸せと笑顔を、あなたからもらいました。
私はあなたに何かをあげられましたか?
言いたかったたくさんのありがとうと、
聞きたかったたくさんの質問。
もう言えないけれど。
でもこれだけはあなたに伝えたい。
今、見てくれているあなたに。
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あなたと出会えたことが、私のこれまでの人生の中で一番の贈り物でした
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「千鶴〜!!」
元気な声が聞こえてきて、千鶴は振り向いた。道の向こうから雪をかきわけて、寺の男の子が大きな荷物をかついで走ってくる。
「どうしたんですか?こんなに遅く……!」
頬を真っ赤にさせて、男の子はにかっと笑った。
「母さんが、これ持ってけって。今日は寒いし千鶴んとこ炭がもうそろそろなくなるころだし、だってさ」
男の子はそういって、藁につつまれた大きな荷物を千鶴に差し出した。
「ありがとう……!嬉しい。……でもこんな夜遅くにこなくてもいいのよ?それでなくても毎日朝と夕方に様子を見に来てくれて……。たいへんでしょう?」
「ぜーんぜん!総司との約束だし!……って千鶴……」
男の子はそう言って、まじまじと千鶴の顔を見た。
「……泣いてたのか?」
千鶴ははっとしてかがみこんでいた体をおこした。この寺の男の子は相当な心配性で……。千鶴の安全と健康だけでなく楽しそうかどうかまで気にしてくれるのだ。
「あ、大丈夫よ。悲しくて泣いてたんじゃ……」
「おーーーーい!!!ちーー!!早く来い!!」
少年は突然後ろを振り向くと妹の名を呼んだ。千鶴がそちらを見てみると、雪に埋もれそうになりながら小さな妹が一生懸命走ってくる。
「!!!ちーちゃんも来てくれたの?危ないから……」
驚く千鶴にはかまわず、少年は近くまでかけよってきたちーを、千鶴の眼の高さまで抱え上げた。
「ほら、泣いてるからふいてやれ」
ちーが神妙な顔をしてうなずき、ぷくぷくした冷たい手で千鶴の頬をぬぐう。
「????」
怪訝な顔をしている千鶴に、少年も真剣な目でもう涙がないかチェックしていた。きれいに涙をぬぐえたと判断したのか、少年は満足気にうなずくとちーを降ろす。
「総司がさ、千鶴を抱きしめたり涙をふいていいのは絶対ちーだけで、特に俺はやっちゃだめって言ってたからさ」
「?なぜですか?」
「やきもちだろ」
あっさり言った少年に、千鶴は赤くなった。
総司さん……!もう!
千鶴は赤くなった顔で頬を膨らませて夜空を見上げる。
空の片隅で、まったく悪びれなく笑っている総司の顔が見えたような気がした。
【終】
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あとがきと言い訳