【誓い 2】
彼女は戸惑ったみたいだ。
「さ、斎藤さん? どんな感じって……?」
「居合いが素敵、とか有能なところが好き、とかさ」
「す、素敵? 好き……って……」
彼女はうろたえて、顔を赤くして言った。
実は、僕は斎藤君は彼女のことを好きなんじゃないかって思ってる。彼は、隠す……っていうか自分でも気づいてないのかな?気づいてるけどどうこうしようとは思ってないのかな?特に行動に移すつもりはないみたいだけど、千鶴ちゃんはどうなのかちょっと気になってはいたんだ。
「よく二人で楽しそうにしゃべってるのをみかけたよ。君があんなに楽しそうに話してるのは斎藤君くらいじゃない?」
彼女はようやく答えやすい質問がきた、という顔をしてほっとして言った。
「そうですね、確かに。斎藤さんはとっても話しやすくてよく話こんでしまって、お仕事の邪魔をしてしまいました」
それを聞いて僕はまた、むせてしまった。
「は、話やすい!? あの斎藤くんの事だよね? 全然しゃべんないじゃない、彼!?話しても硬〜い言葉で一言二言、ってかんじだし?」
「そ、そうですか?私は…よくおしゃべりしてた覚えがありますけど…」
「差し支えなければ、何を話してたか教えてくれない?」
「何を、ってえーっと……。そんなたいしたことは話してないですよ? 今日は寒いですね、とか。あとは子どもの頃の話とか……。雪が好きだとか……。あ、そういえば雪ウサギをご存知なかったんで作ってあげたこともあります」
雪ウサギ……。斎藤君の部屋の窓辺に飾ってあったことが前にあったな…。自分で作ったとは思えなかったから、どうしたのか聞いたら、ちょっとな、といって誤魔化してたっけ……。そういえば、嬉しそうに微笑んでた。
「ふぅん、彼、千鶴ちゃんにはそんなにいろいろしゃべっていたとはね。君は特別なのかな?」
カマをかけてみると、彼女はちょっと頬を赤くして焦ったように言った。
「ち、違います。そんなんじゃなくて……優しい方なんだと思います。私のとりとめのない話にちゃんと付き合ってくださって。誠実な方ですよね。とっても。どんなことにも真剣に対応してらっしゃるのをよく見かけました。その割には、かわいらしいところもあって…。自分のことに全然かまわないでいつも新選組のことを考えてらっしゃって……。それで私のこともよく面倒を見てくださってたんだと思います」
「ふぅん……。誠実、真剣、ってのはまぁ同感だけど…。生真面目、石頭、ってのもあるよね。僕には全然優しくなかったし」
「私が未熟だから……。手助けしていただかないとできないこともたくさんありましたし。屯所の中でわからない事があった時や、手助けをして欲しいときはいつも斎藤さんを頼ってしまっていたんで、それで、だと思います」
僕の知らない二人の間の積み重ねた年月を、次々と聞かされてちょっと不機嫌になってしまった。二人でそんなにしゃべってたんだ。彼女が頼るのはまず斎藤君なんだ。話しやすいのも彼で…?本人は気づいてないみたいだけど相思相愛なんじゃないの?ちなみに、余計なお世話だけど、僕が他の隊士のなかで、誰が一番千鶴ちゃんを幸せにできるかって考えるとやっぱり斎藤君だった。
誠実に彼女を大切にして、愛するだろうし、剣の腕も相当だから守ることもできるだろう。投げやりになったり、情にながされたり、変な見栄で道をあやまって彼女を不幸にすることもないだろうし、彼の組織の中での有能さをみれば、別に新選組じゃなくても十分やっていけるだろう。大事な女性を、地に足をつけて幸せにすることができる男だと思う。
「君たちさ……」
僕は言おうとして詰まってしまった。
何を言おうとしたんだろう、僕は?
好きあってるなら、僕の看病なんかやめて、甲府に行ったら?山崎くんに送ってもらって?
たとえそれを言ったとしても、たとえ本当に斎藤くんのそばにいたいと彼女が願っていたとしても、彼女は行かないだろう。
彼女は自分ををかばって怪我をおった男の看病を放って、好きな男のところに行くような娘じゃない。
急に、膝枕をしてもらった時のうきうきした気持ちが、紙風船のようにしぼんでしまった。
彼女は義理でここにいるんだろうか?好きでもない男の看病は苦痛だろうか?
それに僕は扱いやすい患者でもないし、意地悪や我侭を言って困らせばかりいるし……。僕の前での彼女は、さっきの斎藤君の話みたいに、いろんな話はしてくれないし、楽しそうでもない。顔を赤くして、恥ずかしそうに、困ったような顔をしてばかりだ。
それに。僕ははっきりとした理由はわからないけれど、彼女に行って欲しくなかった。
ここにいて欲しかった。
自分でも驚くほど、彼女がいなくなるかもしれないと思ったら、不安を感じる。
彼女の気持ちがここになくても、それでもそばにいて欲しい……。
斎藤くんならこんな場合、きっと彼女を行かせるだろう。誠実で優しいから。彼みたいにしてあげたほうがいいのは頭ではわかるけど、実行する気はなかった。彼女を苦しめるのだろうか……?
いや、まだ彼女が斎藤くんのことを好きとは決まったわけじゃない。
僕がまじめに療養して、はやく戦線に復帰できれば、こんな答えのない、考えるだけ無駄なことを考える必要もなくなるだろう。僕が元気になれば、彼女は行きたいところへ行けるんだし、甲府には斎藤君もいるし。僕は近藤さんの役にたてるし。
そう無理やり考えて、僕は彼女に明るく言った。
「じゃあ〜、次は、平助君は?あいつとも楽しそうに話してたよね」
彼女の顔は、平助君のことを言ったとたんパッと輝いた。
僕はそれが眩しくて、目を瞬いた。
「平助君ですか?平助君は最初からかばってくれて、とっても感謝してるんです。いろんな楽しい話をしてくれたり、巡察の帰りにはお団子を買ってきてくれたり……。平助くんと話すといつも私、元気がでます」
まぁ、平助は彼女のことを好きなのを全然隠してない。本人は隠してるつもりなのかな?でも直球すぎて、彼女は平助は誰にでもそういうことを言ったりするやつだと思ってるんだと思う。それもそのとおりなんだけどね。僕も平助から、総司っていいやつだよな〜。俺総司大好きだよ!って面とむかっていわれたことあるし。多分千鶴ちゃんに同じようなことを言う時には違う意味も含めてるんだとは思うけど、ただでさえ鈍い千鶴ちゃんがその違いに気づくとは思えない。
「じゃあ左之さんは?」
「左之さんは……、とっても大人だと思います。余裕があるっていうのか……。周りをよく見てて、困っている人にはいつもさりげなく手助けをされてる印象があります。私もお世話になって、本当に感謝しています。島原でとってももてるって聞きますけど、わかります。女性に対する対応が本当に……素敵ですよね」
彼女は頬を赤く染めながら言った。
「ふ〜ん、あいにく僕は男だから、そこはわかんないけどね。じゃあ新八さんは?」
「新八さんも、別の意味で大人、だと思います。馬鹿やってるのも無茶やってるのも、ちゃんとわかった上でやってる、っていうか……」
彼女が彼らと築いてきた関係の深さを聞いているうちにだんだん不愉快になってくるのがわかった。僕から聞いてるんだから、勝手なことを言っていると言われても、不愉快なんだからしょうがない。
試衛館時代からの、生死の境をともにしてきた仲間たちに、するりと入り込んでしまった彼女に腹をてているのか、それとも逆なのか……。
僕は、自分がもうそれ以上彼女の話を聞きたいのかわからなくなって、口をつぐんだ。
頭の下の彼女の脚の柔らかさと暖かさを感じる。
何故だか、急に残酷に彼女に接したい気分になって、僕はもしここで起き上がって彼女に口付けをしたら彼女はどうするだろうか、と考えた。
急に起き上がった僕に彼女は驚くだろう。僕が顔をよせるとびっくりして、手で押し返そうとするかもしれない。
僕は彼女の両手をつかみ、そのまま彼女をゆっくり畳の上に押し倒す。
彼女は抵抗するだろうけど、僕に両手を押さえつけられてるし、体を重ねられているから動くことはできない。
叫び声をあげるかもしれないけれど、その隙に口付けをしてしまえばいい。
そして一息に深く……。
僕の残酷な妄想は彼女の恥ずかしそうな声にさえぎられた。
「沖田さんは……」
「えっ?」
僕の今考えていたことが伝わったのかと思って一瞬焦ったけれど、彼女の顔を見ると違った。
彼女は僕についても話そうと思っているみたいだった。
さっきまでの残酷な想像もたのしかったけど、彼女が話そうとしていることにも興味があったので、僕は気分を切り替えて、彼女の話に耳を傾けた。
彼女は、言葉を捜しているみたいにいいよどんでいる。
確かに僕は土方さんみたいに器は大きくないし、斎藤君みたいに優しくもない。
平助君みたいに楽しい話をして元気づけることもできないし、左之さんみたいに女性の扱い方ってのもよくわからない。彼女には、いつも意地悪を言ったりからかったりしてるだけだし。
それに、彼女の前で人を斬ったことも何回もある。彼女自身に対しても脅してたし、怖がられていてもしょうがないとは思っている。
でも、新選組の隊務や近藤さんに対する態度についてはまじめに手を抜かずにやっているつもりだ。
千鶴ちゃんは隊務にはあまりかかわってないからわからないかもしれないけど……。
そんなことを考えていると、彼女がとつとつと話しだした。
「沖田さんは、とても、きれいでまぶしい、です」
思ってもみない言葉が出てきたので、僕は彼女の膝の上で目を瞬いた。