【誓い 1】
「それで、今日も添い寝はしてくれないの?」
まあ、千鶴ちゃんなら絶対しないだろうと思いつつ、僕は、そう言った時の彼女のうろたえた顔を見たくて、今日も言ってみた。案の定彼女は顔を真っ赤にして、立ちすくんでる。
そんな彼女を横目に見ながら、僕は布団の周りにちらかった書やら手紙やらをまとめて、立ち上がった。部屋は夕闇に包まれて、行灯の光がやわらかく周囲を照らしていた。
「きょ、今日は、おつきあいします!」
「ええっ!?」
自分から言っておいてなんだけど、まさか承知してくれるとは思っていなかったんで、僕は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「添い寝してくれるの?」
嬉しいけど、かなりびっくりだなぁ。どうとればいいのか…、複雑。
普通に考えれば、この状況の添い寝は、まぁ…そういう事になってもいいっていう意思表示ととっていいんだろうけど、相手が千鶴ちゃんだから、まさかそれはないだろうし…。
いや、あるのかな?
僕が黙り込んでまじまじと彼女を見つめながら、いろいろと余計な事を考えていたら、彼女のあわてた声が聞こえてきた。
「ち、違います! 添い寝はしません!…けど、沖田さんが眠るまでおつきあいしたいと思って……」
「あ、そういうこと。なんだ、いろいろ期待しちゃったよ……」
やっぱり千鶴ちゃんは千鶴ちゃんだなぁ、とがっかり半分、安心半分だった。
彼女はいい意味で、揺るがない強さがある、と思う。彼女は、こんな状況で、添い寝なんかしない娘だ。例え自分のせいで瀕死の怪我を負った男からのお願いでも、自分を変えることはないだろう。
ま、わかってて言ってる僕も我ながら意地悪だな、と思うけど。
最初のころは、彼女のそんなところにいらいらしたこともあったけど、長い時を一緒に過ごしてきて、いい時も悪い時も共有してきた今となっては、尊敬し、信頼しているところでもある。
僕は抱えていた書や手紙を部屋の隅の文机の上において、振り向いた。
彼女は、僕の部屋をぱたぱたと動き回って、畳にほうり投げてあった綿入れを枕もとにたたんだり、行灯のあかりを調節したり、眠る準備をしながら言った。
「日中も横になって眠って、そんなに動かないから体も疲れてなくて…。それじゃあ夜が長くて長くてつらいですよね。 当然なのに、気が付かなくてすいませんでした」
今度は僕が立ちつくす番だった。
彼女は本当にわからない。
鈍いのか鋭いのか…。
日常では、なかなかわかってくれないことが多いのに、突然核心をついてくることがある。今みたいに、僕自身が気づかなかった気持ちまでわかった上で、それをくんだ事をしてくれたり……、かと思えば言っても言ってもわかってくれなかったり…。でも、彼女が僕の夜のつらさを理解してくれたことが、何故だかとても嬉しかった。
一人で、眠れないまま暗い天井を眺めていると、いろんなこと…、将来のことやこれまでのことが頭の中を渦巻いて、気が狂いそうになってくる。
永遠に続くような闇が、つらかったのは事実だった。
僕は内心の動揺を隠して、軽い感じで言った。
「添い寝は本当に、だめ?」
彼女は、真っ赤になり困った風にあたりを見わたす。そして、ふと思い当たったように僕をみて言った。
「じゃあ、膝枕はどうですか? 沖田さんが眠るまで…」
「あ、いいねぇ」
それくらいなら、ちょっと楽しいし安心かな。
僕はさらにからかってみたくて言った。
「夫婦みたいだね」
「めっ、夫婦!!?」
彼女は、目をまんまるにして、真っ赤な顔でさけんだ。
あれ?意外。
「膝枕、っていったら夫婦でしょ?」
「め、夫婦、…というか、私は、小さい子とか、夜が怖い赤ちゃんとか、そういうつもりで…」
彼女は、真っ赤な顔で下をむいてもごもご言った。
「子ども……、ねぇ。……ふぅん」
正直いって心外だった。そりゃ、新八さんや近藤さんほど男っぽくはないけど、小さい子、とか赤ちゃん、っていう言葉があてはまるほど、頼りない体じゃないんじゃないの?
不機嫌そうに自分の体を見下ろしてる僕をみて、彼女があせって言う。
「そ、そういうつもりじゃないです! 沖田さんがこどもってわけじゃなくて……」
「膝枕に対する印象ね。いいよ、別に。わかってるから」
口ではそう言ったけど、複雑な心境だった。別に彼女とはそういう関係じゃないからいいんだけど、あまりにも男として見られてないのも楽しくない。自分でもよくわからなくて、僕は気分をかえるように言った。
「で、膝枕でしょ? いい?」
枕を足で蹴ってどかして、彼女が座る場所を指さして座るよう促す。
彼女は座ろうとしたけれど、思い出したように立ち上がり、何故か灯りを消すと、庭につながる障子を開けに行った。
その途端、部屋は、満月の光に薄暗くつつまれる。
僕が少しびっくりして彼女を見ると、彼女は振り向きながら僕を見て、微笑んでいた。とても幻想的で、僕はちょっと彼女に見ほれてたみたいだ。
前から、かわいい子だなとは思っていたけど、月の光の中二人きりの部屋で見る彼女は、とても美しくて、神々しくて、触れると音もたてず粉々になってしまいそうにはかなかった。
「さっきお風呂から見たら、満月がとてもきれいだったんで……。お月見がてら、と思って。沖田さん? どうかしましたか? ちょっと寒いですか?」
僕は、月じゃなくて彼女から離れない目を、無理やりひきはがして答えた。
「いや、別に、大丈夫。寒くないよ。空気が気持ちいい」
なぜか大きな声をだすのがはばかれて、ささやいたら、声がかすれてしまった。
彼女は綿入れをとって、さっき僕が指差したところに正座し、どうぞ、というふうに膝をの上で手を広げた。
僕は、それを見ると、また愉快な気分になってきた。
にやにや笑いながら、彼女の膝に頭をのせる。
「よろしく。お姉ちゃん」
「ちゃんと布団をかけてくださいね」
彼女はそういいながら、寝転んだ僕の上にのりだして、掛け布団をひっぱった。彼女の息がかかり、膝と胸の間に挟まれる。
体温を上と下両方から感じ、僕はちょっと変な気分になった。でも嫌な気分じゃあない。そしてそんな自分にちょっと驚いていた。僕はもともと人に触れられるのがあんまり好きじゃなくて、人の汗とか息とか体温とか感じるのもあまり好きではないのに、彼女の場合は心地いいとも思う。何故だか安心する。
彼女は僕がそんなことを考えている間にも、綿入れで僕の肩をせっせとくるんでいた。
「膝、高くないですか? 崩したほうがいいですか?」
「いや、ちょうどいいよ。それに、膝を崩したりなんかしたら……」
着物のすそが割れてしまうよ。
続きは思わず赤面して言えなかった。
まったく僕は何を考えているんだか……。
彼女は全然いつもどおりで、ほんとに姉か母親みたいなのに、僕だけ何をこんなに意識してるのかな?
っていうか普通するよね?こんな状況なら。
今夜は山崎くんもいないし、この家で二人っきりで、薄暗い月あかりの中で、こんなことしてるんだから。
彼女の方がちょっとおかしいんじゃない?
だいたい僕はそもそも女性に膝枕してもらうのなんて、そういえば初めてだし…。
彼女は膝枕をしてあげるのに慣れてるのかな?
屯所では男に囲まれてたし、幹部のみんななんて入れ替わり立ち替わり彼女に会いに行っていたから、誰かにしてあげていたのかもしれない。例えば新八さんとか平助くんとか、ずうずうしく頼みそうだし。
あれ?僕も今頼んだってことになるのかな?
いや、彼女から言い出してくれたんだよね。僕が頼んだのは添い寝で…、って、あれ?こっちのほうがずうずうしい?もしかして?
変な方向に行きそうになる思考を止めようとして、僕は月を見て、思いついたことを言った。
「春の月、か…」
彼女も月をながめながら、ちょっと笑って言った。
「土方さんもどこかでこの月を見上げながら、句を詠んでるんでしょうか…?」
急に土方さんの顔が浮かんで、さっきまでの変な考えはふっとんだ。
「詠んでるね。絶対。 あの人春の月、大好きだからさ」
今頃どこにいるんだろうか、彼らは。甲府城の警護をして、新政府軍を迎え撃つ、って言ってたけど、京都ではまったく役に立てなかった分早く甲府に行って、近藤さんのために闘いたい。
羅刹になったのもそのためなんだし、早くしないと大勢が決してしまい、刀としての僕が役に立てる機会がなくなってしまうんじゃないかと焦る。昨日山崎君に叱られたけど、明日からやっぱり素振りくらい少しずつしてみようか…。
そんな風に新選組のみんなに思いをはせていると彼女が言った。
「土方さんは、ずっと沖田さんのことを一番心配してました。療養の仕方も、もっと早いうちに屯所から出して空気のきれいなところに行かせた方がよかったんじゃないかって、悔やんでらしてたみたいです」
「ほんとに余計なお世話だよね」
僕が軽い口調でいうと、彼女は僕を見下ろして、にっこりと笑った。
「本当に沖田さんと土方さんは、……仲がいい、というか絆が深いんですね」
僕は思わずむせてしまった。彼女が心配して背中をさすろうとしたけど、それを断って言った。
「大丈夫、咳じゃなくて、むせただけ。それより絆が深いとかやめてくれる?気色悪いから」
千鶴ちゃんはキョトンとした顔で不思議そうに言う。
「沖田さんも土方さんも、お互いのことをそんな風に言えるのは、安心してるからだと思いますけど……。信頼しあってるから口ではなんとでも言えるんじゃないですか?土方さんは、強くて、厳しくて、熱くて……。でも面倒見がよくて、みんなをよく見ていて、正直で。そして、優しくて信頼できる人だから沖田さんも、きっとみなさんも副長を慕っているんだと思います。斎藤さんとか、山崎さんとか、きっと近藤さんも。私は3年くらいしか一緒にいませんけど、それでもみなさんが副長に付いて行きたがる理由が少しわかる気がします。副長の情熱にみなさんのまれてしまうんじゃないでしょうか、きっと。副長もそれを全部受け入れる器の大きさがあると思います」
いつもはあまりしゃべらない彼女が、とうとうと土方さんのことを褒めちぎるのを、僕はびっくりしながら聞いていた。彼女の雄弁にもびっくりだけど、その内容も。
土方さんのいい所を認めるのは癪だけど、確かにそうかもしれない。僕も文句をいいながらも、少し甘えているところもあるのかもしれない。それにあの人の有能さは信頼しているし。ただ目的のためには手段を選ばないところとか、俺様なところとか、気に食わないところもたくさんあるけど。彼女の洞察の鋭さに少し驚くとともに、彼女なら当然かな、という思いもある。
なにしろ3年近く僕らを近くで見てきてるし、聡明な子だし。でも彼女の土方さん像をそのまま肯定するのもつまらないくて、からかうように言った。
「すごい副長びいきだったんだね、君って。悪いところはないの?君から見て」
「全部一人で背負ってしまうところが心配です。弱音を、吐く場所が、あった方が楽になるんじゃないかって思います。でも、私にできることはほとんどなくて……」
彼女のしゅんとした顔をみていたら、僕はなぜか面白くなくて、明るい感じで雰囲気を変えるように言ってみた。
「でも、君の副長論は面白いね。すごく鋭いなって思うところもあるし、甘甘すぎるんじゃない?って思うところもあるけど。君の前では土方さんはそんな風だったんだなってわかるよ。あの人女性が好きだし。他の人はどう?例えば斎藤くんとかは、君からみたらどんなかんじなの?」
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