【あなたにすべての幸せを 2】

オリキャラ(名前もありませんが……)がわんさと出てきます。苦手な人はブラウザバック!






「!……ち……!!」
叫びかけた少年の口を、総司は自分の手のひらで塞いだ。静かな表情で三人と小さな一人を見ている。
『武士崩れ』の一人が言う。

「村の子供か……」
「どうする。殺すと後が面倒だぞ」
「しかし見られてこのままにしておくわけにもいくまい。しょうがない。この子供を殺して、我らもこの山から移動するとしよう。死体は沢にでも落としておけば見つかるまい。子供の事だ、行方不明のまま神隠しにでもあったのかと思われて終わるだろうさ」
そう言って男は、すらり、と音をさせて刀を抜いた。

少年は全身から血の気が引くのを感じた。しかし動こうにも瞳が抜き身のきらめきに射すくめられたようになって動けない。
このままではちぃが殺されてしまう……!と思った瞬間、後ろから自分の口を塞いでいた手がするっとはずされて、横をすり抜けて前へと出て行く気配があった。
灰色の着流しの広い背中が見え、振りかぶった『武士崩れ』の刀を持った手を後ろからがっちりとつかむ。

 総司……!

少年の目の前で、総司は男の腕をにこやかに微笑んだまま掴んでいた。
「丸腰の子供を刀で斬るなんてね。ずいぶん勇気があるな」
「なんだお前は!」
他の二人が一斉に刀を構える。総司は後ろから捕まえている男の反対の手をねじり上げて自分の盾のようにして他の二人に対峙した。そうして立ち上がったまま茫然と草むらから自分を見ている寺の子と目を合わせ、顎をしゃくってちぃを目線で示す。
少年は、はっと我に返って、キョトンとしているちぃの所まで駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。ちぃは何が起こっているのか理解していないようだ。
「僕の後ろから出ないようにね」
総司は少年にそう言うと、『武士崩れ』達に視線を移す。彼らは総司にかまう風でもなく話し合っていた。

「……村の男か…。どうする?」
「かまわん。子供の時と同じだ。見られたからには殺して始末をせねばならんだろう。どうせ丸腰の農民だ。哀れだが、我らが生き延びるためにはしょうがあるまい」
『武士崩れ』達が発する強烈な殺気に、寺の少年はちぃを抱きしめながらがたがたと震えだした。歯の根がかみあわない。総司は刀ももっていないし、そもそも武士と斬りあいになって勝てるはずもない。それに三対一では、たとえ武士同士でも分が悪い。

 もうだめだ…!

少年がぎゅっと目をつぶった時、総司が視線は『武士崩れ』から離さずに、顔だけ少し少年へと向けて言った。

「ねぇ、ちぃちゃんの眼と耳を塞いでおいて。君は……守りたいものがあるのなら見ておいた方がいいよ」
そうして総司は顔も『武士崩れ』達へと向き直る。
「『生き延びるためにはしょうがない……』ね。それも道理かな。じゃあこっちも、生き延びるために手加減無でかまわないよね?」
総司はそう言うと、盾にしていた男の刀を持っている手首をぎりぎりと締め上げた。
「ぐぁっ」
うめき声とともに男が刀を取り落した瞬間、総司はその男を、向かい側の右側にいる男へと突き飛ばす。右側で男二人がもつれ、左側の男がとびかかってきた一閃を総司は身をかがめてかわし、地面に落ちていた刀を手に取った。
そして寸断無く総司は、斬りこみをかわされてたたらを踏んでいた男の背後にまわり袈裟懸けに斬りつけた。
「ぎゃっ!」
血が飛び散り、男が膝から崩れ落ちた。
総司は刀を振り血を弾き飛ばすと、唖然としている残りの二人へと冷たい視線を向ける。
「命乞いも今更だよね」
総司は言葉とともに、刀を持っている男へと踏込み、素早い突きを繰り出した。何が起こったのかわかっていない男は、キョトンとした表情だったが一瞬ののち、ブシッという音とともに首筋から血が噴き出した。そのままの表情で後ろに倒れて行く仲間を、刀を総司に奪われた男が青ざめて見ている。総司は何も言わずに、最後のその男もあっという間に斬り伏せた。


 目の前で繰り広げられていた殺戮を、少年は妹を胸に抱きかかえながら目を見開いてみていた。
全身に血を浴びて、無駄のない動きであっという間に武士三人を殺したこの男は、ほんとうにあの怠け者でごくつぶしの総司なのだろうか?
殺した後も慣れた手つきで倒れた男たちの脈をとり、ほんとに死んでいるかを確かめる冷静さ。まるで流れ作業のように三人を沢へと落として死体の始末をする冷徹さ……。
頬に飛んだ血を腕で拭い、手のひらの血を着物で拭いて、総司は少年に向き直った。
少年の表情を見て、総司は目を瞬き、ニヤッと笑う。
「……怖い?」
「こっ怖くなんかない!」
からかうような眼差しで少年を見ながら、総司はすでにこと切れている旅人へと向かった。懐をさぐっている総司に、少年が恐る恐る聞く。
「……な、何してんだ?お前も金をとるのか?」
「まさか。この人にはなんの罪もないんだし、身元がわかるようなものがあったら不慮の事故にあったことを家族とかに知らせてあげた方がいいかと思ってさ」
旅人の懐から引っ張り出した手紙のような紙を、総司はパラパラと読む。
「……」
「なんて書いてあるんだ?」
何も言わない総司に、ちぃをようやく放した少年がおずおずと聞いた。ちぃも近くまできて覗き込む。
「お嫁さん、もらったばっかりみたいだね、この人。無事に帰ってきてくれるようお嫁さんからの手紙」
総司はそう言うと、その手紙を袂にしまった。
そうして旅人の死体に手をあわせてから、沢へと落とした。

「あーあ、血まみれ……」
自分の姿を見下ろして、困ったように言う総司に、少年が答える。
「里に行こう。俺たちを助けてくれたって言えば風呂とか服とか貸してくれるよ」
そう言う少年と、頷くちぃに、総司は少し困った顔をした。
「……できたら僕が剣を使う事とか、ここで君たちを助けたことととか村の人達には内緒にしてて欲しいんだけど……」
総司の言葉に、駈け出していた少年たちは脚を止めて振り向いた。
「なんで?かっこいいじゃん!あ、そうだ!道場!総司開けばいいんじゃない!?あんだけ強いならみんな習いに来るし、村のみんなも助かるし……!」
「うーん……」
乗り気ではなさそうな総司の様子に、少年は不思議そうに総司に向き直る。
総司はどう説明したものか…と考えながら続けた。
「先祖代々からここに住んでいたんならともかく、突然来た流れ者だからね、僕らは。あんまり……目立ちたくないんだ。特に剣は人の命を左右するものだし、たとえ今回は君を助けたとしても、何かあったらどうなるかわからない、って思うのが人の常だと思うんだよね……。言ってる意味わかる?」
正直少年にはよくわからなかった。ちぃなどちんぷんかんぷんのようで、もう飽きたのか周りの草むらで花を探しだしている。
「つまりさ……。まぁちょっと剣道のたしなみはある怠け者のごくつぶしのダメ亭主のままでいたい、ってこと」
少年はうなずいた。
「わかった。よくわからないけど、でも総司がそうしたい、っていうのはわかった。この先に滝壺があるから、そこで体と着物を洗おう。暑いから半刻もすれば着物も乾くと思う」

 

 「あー!気持ちイイ!極楽極楽〜!」
素っ裸になって、総司と少年は滝壺で泳いだ。ちぃは疲れたのか日陰で眠り込んでしまっている。総司の着物は二人で血抜きをした。すぐに洗ったのともともと汚れがあまり目立たない色だったのとで、すっかり元通りになったように見える。日の当たる大きな一枚岩の上に広げて乾かしているが、もうほぼ乾いているようだ。
総司が手をこすり合わせて爪の間に入ってしまっている血をこすり落としていると、少年が近くに泳いできた。
黙って真剣な顔で自分を見ている少年に気づき、総司も彼を見る。
「何?」
「……助けてくれてありがとう」
少し頬を染めて、気まずそうに律儀に礼を言う少年に、総司は濡れた髪をかき上げてから微笑んだ。
「どういたしまして」
「この恩は絶対に返す。何か一つ言うことを聞くから言ってくれ」
「ええ?」
ムキになって言ってくる少年に、総司はちょっと驚いた。
「じゃあ、千鶴をあきらめて」
冗談めかして言った総司の言葉に、少年は顔を赤くした。
「あっあきらめるも何も…!俺は別に…そんな…。そんなじゃないし!そういうんじゃなくて、何かないの?頼みごと!」
「わかったわかった。うーん…、じゃあ何か考えておくよ」


そのまま総司が手を洗っていると、しばらくの間の後、ぼつん、と少年が言った。
「さっきの事…千鶴にも言わないのか?」
「……うん。できれば君も秘密にしておいてくれる?あの子……心配症だからさ」
少年は、洗っている総司の手を見ながらうなずいた。
「あの……旅の男の家族に連絡するのか?」
「ん?うん。文でも出すよ」
綺麗になった自分の手を、さらに裏返したり、横から見たりして、血がついていないか総司はチェックする。
そうしながら、独り言のようにつぶやいた。
「……あんな風に命を落として、お嫁さんも悲しませて、そんなつらい目にあうのはどんな因果からなのかな……」
どこか上の空でそうつぶやく総司を、少年は見た。

総司は自分の指を見つめながら続ける。
「僕はさ、君にはわかったと思うけど、いっぱい人を殺してきたんだ。それが仕事だったし、大事な人を守る強さが欲しかったから、それは少しも後悔していない。してないんだけど……でもその因果の報いが、千鶴に降りかかるのだけは怖い」


 自分の手を見つめながら独り言のように言う総司を見ながら、少年は言葉を探した。
「総司はさ……。総司、これからいいこといっぱいすればいいんじゃないの?」
少年がそう言うと、総司はキョトンとした顔で彼を見た。
「あの、旅の人が殺されたのは何の因果なのか、とか、因果の報いが奥さんにふりかかるのか、とかは俺わかんないけど、でも報いって悪いことばっかりじゃないだろ?たとえばいいことばっかりした因果の報いはいいことだろ?総司がこれからいいことばっかりしたらさ、総司にも千鶴にもいいことばっかり報いがくるんじゃないの?」

総司はしばらく目を見開いたまま少年を見ていた。そしてにやっと微笑むと、笑い出した。
「そうか……!あっはっははは!君すごいね!きっといいお坊さんになるよ!あっはははは!」
総司がなぜ笑うのかわからなくて、少年は赤くなりながら言った。
「なっなんだよ!なんで笑うんだよ!違う?そうだろ?」
「うんうん!そうだよ!あっはは!そんなことに気が付かなかった自分に笑ってるの!はははは!」
大笑いしている総司と、顔を赤くしながら総司につっかかっている少年の上に、ふと影が落ちた。気が付いて二人は滝壺の岸を見上げると……。

「総司さん……!」
「おまえたちぃ……!!!」
怖い顔をした千鶴と寺の奥さんがこっちをにらみつけていた。


小さくなって座っている総司と少年の前に立って、寺の奥さんと千鶴が質問をなげかける。
「探してこいって言ったよね?ご飯だからって。何してたんだい?」
「……た、滝壺で水浴びを……」
「最近物騒だからって、総司さんについていってもらったんですよね?どうして一緒になって遊んでるんですか!」
「暑くて……」

じりじりと照りつける太陽にさらされて、総司と少年の濡れた髪もすっかり乾いた(総司の着物はとっくに乾いたのでもう着ている。)。
女性たちは総司達の帰りが遅いので、散々心配し、とうとう探しに来てみたら、総司達はのんきに水浴びをしていて……。
ちぃは無事で、何事もないのはよかったけれど、大人の総司がついていながら帰らずに子供たちと遊びほうけていたことを散々しぼられたのだった。

引き立てられるように寺へと帰る帰り道、隣を歩く千鶴に、総司は再度謝った。
「ごめんね、心配させて」
「ほんとです。水浴びは結構ですけど、一回帰ってから行って欲しかったです」
「……はい」
しょんぼりとしている総司を見て、千鶴はくすくすと笑った。
「……総司さんと一緒なら、あの子達絶対大丈夫だって思ってましたからそんなに心配してなかったです。……特に何もなかったんですよね?」
確認するように聞く千鶴に、総司はにっこりほほ笑んだ。
「うん。ちぃちゃんを探しているときも『武士崩れ』は見なかったし、もうこの辺にはいないんじゃないかと思うよ」
そう言う総司を、千鶴は立ち止まって見上げた。

「……何かあったんですか?」
「いや、別にないけどさ。さんざん山を探し回ったのに『武士崩れ』には会わなかったから」
総司も立ち止まって優しく千鶴を見おろす。
千鶴は、揺らめく黒い大きな瞳で総司をしばらく見つめて……、すっと腕をあげ中指の先で総司のこめかみをなでるようにこすった。
「?何かついてた?」
「……落とし忘れた血が…」
そう言ってまた歩き出した千鶴の背中に、そう、ありがとう……と言いかけて総司は目を見開いた。

 ……血?
 ……落とし忘れた……?

総司さん?と言って振り向く千鶴の顔を見て、総司は苦笑いをした。
彼女の隣にむかって歩きながら、総司は頭をぼりぼりと掻く。
「……お見通しってこと?千鶴にはかなわないなぁ」
「なんのことですか?」
悪戯っぽくきらめく目で自分を見上げる千鶴に微笑み返して。

総司は自分の、先ほどまで血まみれだった手で、千鶴の真っ白な手を握る。

二人で手をつないで歩きながら、総司は抜けるように青い空を仰いだ。








 
 神様。

もしあなたがそこにいるのなら。
願わくば……。


僕の因果の、すべての厄災は僕の上に。


すべての幸せは、彼女の上に……。




















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