【とらいあんぐる 1】
青藍シリーズの「something blue」の後のSSです。ボストンにいる総司と千鶴(結婚済。赤ちゃんも無事産まれました)のところに日本から一と平助が遊びに来ることになった設定です。
 
 









 「千鶴〜?まくら、あったよ」
ふと寝室の入口に影が差し、総司が、客用に千鶴が用意した枕二つ……、一つを脇の下に挟んで、もう一つを手からぶらさげて現れた。
白いシャツに洗いざらしのジーンズ、そして裸足というラフな格好だ。
寝室のクローゼットに頭を突っ込んでいた千鶴は、その声にほっとしたように笑顔を見せる。
「よかった〜。カバーを洗ったのは覚えてたんですが、どこにしまったのか忘れてしまってて……。どこにありました?」
「洗面所の上の棚に乗せてあった」
「あ〜…そういえば、一度そこに乗せて……」
千鶴の言葉はベビーベッドから聞こえてくる、ふぇっふぇっという声に途切れた。
「……起こしちゃいました?」
千鶴は小さい声で、ベビーベッドを覗き込んでいる総司に聞く。
「いや……、大丈夫。寝言…?寝泣き?」
総司は8か月の二人の赤ん坊……千代のふっくらとしたお腹を優しくリズミカルにトントンとたたいてやる。起きてしまうかとひやひやしながら覗いてる千鶴の前で、千代は総司の大きな手のリズムに安心したように、またすーっと眠りに入った。

 「よかった……。今は忙しいから起きちゃうとたいへんでした……」
小さい声で千鶴は言って、総司と一緒に枕を持ってそっと寝室をでた。そのまま客間に行ってベッドメイキングをしている千鶴に、総司は呆れたように言う。
「こんな真昼間から寝ないと思うけどねぇ」
「だって飛行機で17時間くらいかけてくるんですよ?日本時間だと今は真夜中だし……。きっと眠いと思うんです」
「千鶴はさー、高校の時の夏合宿にこなかったから知らないと思うけど、一君もへーすけもどこでも寝れるんだよ。僕なんか繊細だから、蚊がとんでたり布団がくさかったりいびきがうるさかったりでまっったく寝れなかったけど、あの二人はもうがーがー寝てたよ。飛行機の中でも絶対爆睡してるね」
総司の言葉に、千鶴は枕をたたいてふっくらさせていた手を止めた。

「……そうなんですか?じゃあ、何か軽く食べるものでも作った方が…!」
そう言うやいなや今度はキッチンへとパタパタ走っていく。
産前のふっくら具合を少しまだ残している千鶴は、今日はオレンジ系のチェックの起毛素材のシャツワンピースに茶色の毛糸のスパッツ、厚手の靴下にスリッパをはいている。総司はそんな妻の魅力的な体のラインを後ろから眺めながら、ゆっくりと彼女の後を追ってキッチンへと向かった。

 「そんなに歓迎しなくてもいいよ。来なくていいって何度も言ったのにさ〜。全く新婚の家に押しかけてくるなんて無神経だよね」
そう言いながらも総司が実はこっそり一と平助が好きな日本の焼酎と日本酒を、ボストンで苦労して手に入れていることを千鶴は知っていた。千鶴自身も久しぶりに日本の友人と会えるのでわくわくして、かなり張り切っている。

 プルルルル……

電話の音に、コンロに鍋をかけていた千鶴が総司を見た。そろそろ一と平助が空港に着いたと連絡が来るころだ。空港からはタクシーで来るように言ってあるし、タクシーに告げる住所も伝えてある。
総司は、はいはい、という顔で軽く手をあげてキッチンから出て電話をとりにダイニングへと行った。ダイニングから聞こえてくる総司の声を聴きながら、千鶴は朝から作っていたクラムチャウダーの仕上げを続ける。

 「あ〜、着いたの?僕たち?うん今家。子づくりしてたとこ。一時間くらい時間つぶしてから来……」
コツン!と乾いた音がして、総司はお玉でたたかれた頭を押さえて振り返る。千鶴は総司から受話器を取り上げた。
「あっ!すいません!斎藤さんですか?無事着かれたんですね?はい、ええもう全然大丈夫です。待ってますので直行してください」
痛そうに頭をさすっている総司を、千鶴は睨んで電話を続ける。
「お腹減ってませんか?そうですか。じゃあ軽くお茶の用意でもしておきますね。はい。はい。お待ちしてます」

ガチャン

と電話を切って千鶴は真っ赤になって総司に怒る。
「もっもう!!なんてこと言うんですか!」
「これから一週間もこの家に泊まるんだから、僕のお嫁さんに手を出さないように千鶴にはもう仕込み済みだって……」
今度はフライパンを振り上げている千鶴を見て、総司は口をつぐんだ。
「手なんか出すわけないじゃないですか。斎藤さんと平助君ですよ?まったく総司さんはほんとに……!」
憤懣冷めやらぬ、と言う感じでキッチンに戻りかけた千鶴は、少し考え込むように立ち止まって、真面目な顔になってもう一度総司を振り向いた。
「……ホントは、もう大丈夫ですよね…?私が……いなくなってしまうことはないってもう思ってます……よね?」

千鶴の不安そうな顔に、総司は瞬きをした。

 どうだろうか……。確かに結婚してボストンに来てからはそのことについて考えたこともなかった。……ということはもうそんな不安はなくなったということなんだろうか?一緒に暮らせるようになって、触れたいとき抱きしめたいときにいつもそばにいてくれて、過去を思い出しても自分の傍にいてくれて……。確かに前世からずっと感じていた、飢餓感や不安、千鶴に対する後ろめたさは薄れているように思う。でも……。いや、そんな今だからこそ聞けるのかもしれない。

 「……結局千鶴はさ、一君のことどう思ってたの?」
妙に真面目な声で、深い緑の瞳でまっすぐに聞かれて、今度は千鶴が目を瞬いた。
「え?さ……斎藤さん?」
「まぁいろいろ不安なんだけどさ、つきつめるとそこなんだよね。僕は前世で江戸で療養生活に入る前までは、君と斎藤君は相愛なんだと思ってたんだ。でも僕が君を庇ってけがをしたせいで、僕の看護をするために一君と否応なしに別れることになっちゃったんじゃないかってさ」
少し視線をそらせて気まずそうに言う総司を、千鶴は唖然として見つめていた。
「……その思いが、いろんなシチュエーションで形をかえて僕を不安させるような気がする。結局君が、本当に心から望んでいるのは、……僕の傍じゃないんじゃないかって。前世で、あの時点で僕が無理矢理きみの運命を変えちゃって、そこからずっと……君は望まない運命を受け入れてるんじゃないかって。いつかそれに気づいて本当に望む運命にもどっていくんじゃないかってさ」


 「私……、だって…。私が総司さんのことを好きなことは知ってますよね……?」
思ってもみなかったことを次々と言われて、千鶴は何を言えばいいのか混乱した。

 斎藤さん……?どうしていきなり斎藤さんが……?

「総司さんを好きだから、一緒に居たくて、結婚して、赤ちゃんも……」
いったい今更この人は何を言っているんだろう、という顔で自分を見ている千鶴を総司は髪をかき上げて見つめ返した。

「うん。それは知ってるしとっても幸せだよ。でも前世の……僕たちの関係の始まりを考えると、その幸せがすごく不安定な上に建てられた幸せみたいに思っちゃうんだよ。たいていはそんなこと考えてないんだけど、時々…やきもちをやいたり、君を失くしそうになったりしてヒヤリとしたときとかにそういうことを思い出しちゃうんだよね。僕は前世では死病にかかってたし、あんまり付き合いやすい人間じゃないし、はっきり言って近藤さんと千鶴以外の人間はどうでもよかったからひどいこともいっぱいしたし、信念なんて特になかったし……。まぁ貧乏くじじゃない、言うなれば。それなのに、君は天女みたいに優しくて、きれいで、真白で……。あんな血まみれの僕が手に入れていいような人じゃないんだよね、本来は」

頭の後ろを掻きながら、うつむいて言う総司に、千鶴は眉根を寄せた。

 まただ……。天女とか羽衣とか…。
 前世でもそうだった。自ら血をかぶってでも私やみんなを守ってくれているのに、そんな自分を汚いものみたいに隠して。
 そして、それを私には見せないようにして、私だけはきれいにしておこうと……。
 血ぬれた自分の人生に、私をひきこまないように必死だった。

 でも私は覚悟はできていたのに。
 私を守って人を斬ったのなら、それは私も同じ罪だって。
 総司さんとならたとえ地獄でも一緒に行きたいって。


完全にすれ違ってしまっている自分たちに、千鶴は何から言えばいいのかわからなかった。言いたいことはたくさんあるのに、どうすれば総司の心に届くのか……。それはつまり、総司が言うように、屯所時代に斎藤の事をどう思っていたかを言えばいいのだろうか。

 「斎藤さん……ですか……」

千鶴は考え込む。

『どう思っていたか』というのはもちろん、男性として、だろう。自分が男性として斎藤のことをどう思っていたのか、千鶴は考えてみる。

 会えれば……確かに嬉しかった。見かけると駆け寄って話しかけてしまう。そういうのは斎藤にだけだったと思う。
それが何故かと言われると……わからない。
斎藤と話すときの静かな雰囲気が好きだったことを千鶴は思い出す。話す内容は他愛もないことで、暖かくなってきた、とか寒くなってきた、とかそんなこと。でも千鶴を受け入れてくれるような感じがして、それが嬉しくてついつい話し込んでしまっていた。
剣の鍛錬や隊務への姿勢も、人として尊敬できた。
自分を律することのできる強さもあこがれる。
一つ一つの事を丁寧に着実にこなしていく、というやり方は千鶴の理想とする考え方にもあっていて、いつも手本として見ていたのを思い出す。

 ちなみに総司に対するあの頃の思いは、斎藤に対するものをすべて逆にした感じ。

それでも江戸療養中から総司をよく知るようになって、どんどんと彼の発するオーラのようなものに巻き込まれ、あっという間に恋に落ちてしまっていた。考える暇もなく抗う術もなく、総司の、想像を超える発想や魅力にあてられて、まぶしくて自分では制御できなくて……。それが恋だと、今になって千鶴は思う。

 そんな思いを感じたのは総司にだけ。
……しかし、それは総司だからなのかもしれない。例えば斎藤と恋愛したとしたら、総司の時のような嵐に巻き込まれるような思いはしないのかもしれない。斎藤との恋は穏やかで落ち着いた、けれども心の芯から温まる様な恋愛なのかもしれない。
そう、結局……。

「……わからないです……。特に男性として好きだった、とは思わないですけど……」
総司は、ふーん、と言ってしばらく無表情で黙り込んだ。
「……自覚はしてなかったってことだね」
「自覚って……。私が斎藤さんを好きだってことを自覚してなかった、ってことですか?斎藤さんを好きだったのはもう前提なんですか?」
すっかり有罪のような顔で自分を見ている総司に、千鶴は呆れてそう問い返した。

総司は軽くうなずく。
「千鶴ってはっきり言って鈍いじゃない。僕は……人の気持ちとか結構聡い方なんだよね。千鶴は屯所時代、一君のことを好きだったと思うよ。でもまぁ、自覚がなかったっていうのは……、嬉しいかな」

勝手に前世のころの自分の気持ちを決定されて、千鶴はちょっとムッとする。
「私が斎藤さんのことを好きだった、って言ってるのは総司さんが勝手に言ってるだけじゃないですか。それなのに有罪みたいに言われるなんて納得できません。それに……、そもそも、じゃあ総司さんはどうなんですか?そんなに私を責めるように言いますけど、総司さんだって屯所のころは私のことなんとも思ってなかったですよね?それどころかからかって意地悪ばっかりしてたじゃないですか!」

 千鶴の言葉に、総司はうっと言葉に詰まった。
確かに……千鶴のことはかわいくて、楽しくて、面白いおもちゃだと思ってた。からかうところころと表情を変える。怒ったり笑ったり……泣いたり。最後の方はそうでもなかったが、最初のころはかなり邪魔者扱いをして泣かせたことを総司は後ろめたく思い出した。

「でも相手の事をなんとも思ってなかったのは同じかもしれないけど、僕は別に他の異性の影なんてなかったからね」
君と違って、と、ちらりと千鶴を見ながら厭味ったらしく言う総司に、千鶴も頬を膨らませて言う。
「私だって異性の影なんてありません!総司さんが勝手に思い込んでるだけじゃないですか!それに異性の影だって……!私知ってるんですよ。そりゃ永倉さんたちほどじゃないですけど、総司さんだって時々島原に行ってたじゃないですか!」
「あっあれは、別に異性云々じゃなくて酒を飲みに…!つきあいだよ、つきあい!」
「そんなことありません。帰ってこないときだってありましたよ」
「なっないない!ないよ。女を買っても泊まりなんて……!あ!」

しまった……!!という顔をしている総司を、千鶴はショックを受けて見た。
「買うって……。ほんとに……?」
「あー!もうやめやめ!前世の話で、ここで『土下座』か『しらをきる』かの選択肢を出す気なんてないよ。昔の、しかも千鶴とまだ相愛になる前の話でしょ?今は、もう千鶴ちゃんと会ってからは千鶴一筋なんだから!」
「私なんかより…、総司さんの方がはるかに有罪じゃないですか……」
どんよりと暗くなりながら千鶴が恨めし気に言う。
「島原の女と一君とでは雲泥の差だよ」
「だから斎藤さんのことは総司さんの思い込みですって……」

 ピンポーン


 結局二人の考えはすれ違ったまま、話し合いは終了したのだった。

 

 

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