吐息 1

総司大学三年生、千鶴大学二年生のお正月です。「青は藍より……」の延長線上のいつかの設定です。
暴力行為の表現と大人向けの内容があります。苦手な方、18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。













































 「誰か!捕まえて!!ひったくりーー!!!!」
女性の甲高い声が聞こえてきた。

 待ち合わせの場所でまだ来ない総司を待っていた千鶴は、驚いて声がする方を見る。
除夜の鐘から続く年始参りの客たちが、まるで朝の通勤ラッシュのように神社の入口のあたり、夜店が連なっている道路にひしめいている。ちょうど日付がかわり新年になったばかりのその時は、まだ真っ暗だったが夜店の灯りで周囲は明るかった。
 人ごみが割れて、誰かがすごい勢いで人をかき分けて千鶴の方に向かってくる。背の低い千鶴は、ほとんど人の波にのまれてしまっていて女性の声は聞こえるが何が起こっているのか全く見えていなかった。と、突然目の前の人が避けて、茶色の塊がものすごい速さで千鶴にぶつかってくる。

 「!……っきゃ!!」
強い力でぶつかってこられて体勢を崩した千鶴は、その茶色いものに思わずつかまり体を支えようとしたが、一緒に勢いがついたまま地面にもつれるように倒れこんでしまった。千鶴とその茶色いもの……ひったくり犯が倒れこんだ先は夜店の大きなポリバケツのごみ箱で、二人の勢いでゴミ箱は倒れ周囲の人たちから驚きの声や叫び声があがる。

 「いたたた……」
かなり強く打った膝をさすりながら千鶴は地面に手をついて体をおこす。その目の前に、茶色い地味な服を着た中年の男には不似合いな派手な女性もののバッグがあった。とっさに千鶴はそのバッグをつかんで立ち上がる。それに気づいた男も立ち上がり言った。
「寄こせ!」
ドスの効いた声に、千鶴は足がすくんだ。しかし、これはたぶんひったくられたバッグだ。渡すわけにはいかない。千鶴がバッグを抱え込むのと、その男が手を伸ばして無理やり奪い取ろうとするのが同時だった。男が千鶴ごとバッグを引っ張るが千鶴は体重をかけて奪われないようさらに抱え込んだ。男は舌打ちをすると千鶴の体を強く押してバッグから引き離そうとした。その時男の手がすべり、バッグから手が離れる。抵抗するために力をいれて後ろに引いていた千鶴は、突然引っ張られなくなったためバランスを崩し、今度は夜店のカウンター代わりの机の上に勢いよく倒れこむ。

ガチャーン!!ガラガラガラ!!

鉄パイプを組んだだけの簡易な作りの夜店は、千鶴の激突に簡単に崩れた。夜店の主人の怒鳴り声と周囲の人垣の叫び声が聞こえる。千鶴達のまわりは騒然となった。

 今度は肩から倒れこんだ千鶴は、上から鉄パイプやらビニールシートやら割り箸やらが降ってきて身を守るのに必死だった。バッグは抱え込んだままだ。

 痛……!!

 起き上ろうとした千鶴の肩に激痛が走る。先ほど打った膝もズキンズキンと痛む。

 男は周りが大騒ぎになったのにあわてた。とにかくバッグだけは……と思ったのか、千鶴のバッグに再度手を伸ばす。それに気が付いた千鶴は奪われないように転んだ姿勢のまま後ろに後ずさった。男の目に苛立ちが走り、大きなごつい手を千鶴にむかって振り上げた。

 

 

 


 人ごみがすごすぎてなかなか千鶴との待ち合わせ場所にたどり着けない総司は、苛立ちながら人を避けて歩いていた。携帯をかけようにも、おめでとうコールのせいでつながらない。

 待ち合わせ場所、失敗だったな……。やっぱり薫がうるさくても家まで迎えに行って一緒に行けばよかった…。

 そう考えながら伸びあがって待ち合わせ場所の方を見たとき……。


ガチャン!!という何かに重いものがぶつかるような音、それに続いてガラガラ!と何かが崩れるような音。それにかぶさるように人の叫び声やら怒声が聞こえ前の方が騒がしくなった。なにか物騒なことがあったらしい。
 千鶴との待ち合わせ場所の方だ……!そう思った総司は前の人ごみを強引にかき分けて、足早にそちらに向かった。
 そして立錐の余地もないような人ごみなのに、ぼっかりときれいな円を描いて人々が遠巻きにしている場所を見つける。その後ろにはぐちゃぐちゃに崩れ、ライトが道に転がり、骨組みがバラバラになった夜店……。その中に座り込んでいる真っ白いコートと鮮やかなブルーのマフラーをした千鶴。そして彼女のコートの襟首をつかみ、今まさに千鶴を殴ろうとしている男……。

 

 殴られる!!!
千鶴は覚悟して顔をそむけてギュッと目をつぶった。しかし次に来た衝撃は拳や平手ではなく、掴みあげられていた襟口を急に離され道路についた自分の尻もちの衝撃だった。それと同時に骨と骨がぶつかる様な重い音がする。周囲の人々の驚きの声も。びっくりして目を開けるとひったくりの男は殴り飛ばされて道路に転がっていた。唇が切れたのか、口から血を流している。千鶴が視線を移し、男を殴った人を見上げると、それは総司だった。

 千鶴の場所からは総司の横顔しか見えず、しかもライトが地面に落ちてしまっているため表情はよくわからない。けれどもあたりを圧倒するような殺気があった。遠巻きにしてみている人々も総司の雰囲気に呑まれたのか沈黙している。総司はそのまま男の方に近寄ると胸倉を掴みあげた。そして、周囲が注目していることにかまわず全力とわかる勢いで男の鼻柱を拳で殴りつけた。
「ぐがぁっ!!」
血とよだれと涙と……。あらゆる液体をまき散らしながら男は再び地面に転がる。総司はその男が転がった瞬間、間髪を入れず男の腹をけり上げた。ボスっと鈍い音がして、男は声もなくエビのように腹を抱えて丸くなってのた打ち回った。

 全くためらいのない総司の暴力と無抵抗の相手を殴る非情さに、最初は救いのヒーローが来た、というムードだった周りの人々も眉をしかめたり、非難のささやきを始める。誰かが、おい、警察呼んで来い!と叫ぶ。

総司はそれらの声が聞こえていないようで、ふと道路に転がっている夜店の骨組みの鉄パイプを見た。迷いなくゆっくりとそれを拾い上げ、試すように一振りする。それは、ブンッと重い風切音を出しながらきれいな弧を描いた。これから起こる出来事を予測して、周囲の女性からは小さな悲鳴が、男性からは息を呑む声が聞こえてきた。

 千鶴ははっと我に返った。

 「お、沖田先輩……!」

 立ち上がった瞬間、体中、特に肩に鋭い痛みが走ったが千鶴はかまわず総司の方へ走った。

 「沖田先輩……!ダメです!もういいです!十分です!」

 総司の前に回り込むようにして、千鶴は総司の腕を掴んで見上げた。

 総司の表情は全くの平静だった。緑の瞳の色だけが、透明かと思うくらい薄くなっている。
しかし、千鶴に視線を向けても千鶴の事は見ていなかった。

 「沖田先輩!?聞こえてますか?」

 千鶴が総司の腕をゆすると、総司は初めて見るというように千鶴を見た。

 「千鶴ちゃん……。大丈夫?けがは?」
「私なら大丈夫です。怪我はないです。先輩、もう大丈夫です」
そう言っても鉄パイプを放そうとしない総司を見て、千鶴は後ろを振り向いて道路にしゃがみこみながら顔中ぐしゃぐしゃにしてこちらを見ている男に言った。
「行ってください!早く!!」
男は立てないようで、最初ははいつくばりながら、途中からようやく立ち上がり、こけつ、まろびつ、という感じで人ごみをかき分けて逃げて行った。周囲の人々は一様にほっとした表情をしてばらばらとまた神社へと向かって歩き出す。バッグを取られた女性がお礼を言ってくるのに会釈で返して、千鶴は総司に向き直ると、未だに握っている鉄パイプをそっと取り上げて地面に転がした。そしてまだどこかぼうっとしている総司の両手をつかみ、自分の頬にあてる。
「……沖田先輩?大丈夫ですか?私はなんともないです。助けていただいてありがとうございました」

 総司の両手は細かく震えていた。千鶴の顔をまじまじと覗き込む総司の瞳はまだどこかうつろだ。
総司は千鶴の髪に指を差し入れ、かき混ぜるように撫ぜる。そして千鶴の肩に腕を回して千鶴を引き寄せ抱きしめた。総司のオレンジ色のダウンに顔をうずめて、千鶴は総司の背中に手をまわしギュッと抱きしめる。

 抱きしめられたことで、不思議なことに千鶴には総司の胸にぽっかりと……穴のようなものが開いているように感じた。出会ったころに感じた刹那的な虚無感、置いてけぼりにされた子供のような寂しさ、不安定さ……。最近はあまり揺れることもなくなったと思っていたのだが、ふいに顔を出す。千鶴は総司の顔を見上げた。総司は千鶴を抱きしめたまま遠くを見つめていた。何か見ているけど何も見ていない、自分の心の中にある暗がりをじっとのぞきこんでいるような瞳をしている。

 千鶴はふいに総司が得体のしれない何かのような気がして怖くなった。千鶴の触れることのできない部分。多分総司自身でも制御できない総司。きっと彼の胸の黒い穴にはそれが住んでいる。

 ……怖いけど……。

 千鶴は再び総司の胸に顔をうずめて思った。 黒い穴にいる誰にも飼いならせない総司。


 ……怖いけど、愛おしい……。

 

 


 その後はどこか上の空の総司とお参りをして。人のにぎわう夜店が立ち並んでいる通りを駅まで二人で歩く。今日は初詣をするということで、薫は深夜に総司と出ることをしぶしぶ許可した。しかしお参りがすんだら必ず夜のうちにかえってくるように!と厳しく二人に言い渡していた。
元旦のためオールナイトで走っている電車に二人で乗る。夜中の2時近いのに初詣の客、遊びに行く客たちで電車の中はにぎわっていた。先に総司のマンションがある駅に電車は停まるが、たぶん総司はそれよりもう一駅行った千鶴と薫の住むマンションの駅で降りて千鶴を家まで送って行くつもりだろう。千鶴は電車の中で総司と並んで立ちながら決心した。

 今日は沖田先輩と一緒にいよう。

なんだか総司を一人にするのが千鶴は心配だった。

 薫は……まぁ、適当にごまかせば大丈夫だよね。今は沖田先輩の方が心配だし。

千鶴はそう決めると、総司のマンションのある駅のアナウンスに、総司の手をひいた。
「沖田先輩、降りましょう」
まだどこかぼんやりとしている総司は、促されるまま千鶴と一緒に電車を降りる。降りると総司はいつもの見慣れた風景に少し驚いたように言った。
「ここ僕の駅だよ。千鶴ちゃんの家までおくるよ」
もう一度電車を待とうとする総司の腕を千鶴はひき、ホームの壁際にとどめる。
「あの……。一緒に先輩の家に行きたいんですけど……ダメですか?」

 千鶴の言葉に総司は振り向く。
「……なんで?」
「なんでって……」
言葉に詰まる千鶴を、総司は面白そうに見た。
「僕が心配?」
総司の言葉に、千鶴はどうしようかと迷ったが、小さく、はい、と答えた。
総司は溜息をついて髪をかき上げる。
「……ごめんね、心配させちゃって。でも大丈夫だよ、一人でも。部屋でしばらくじっとしてればこの震えもおさまると思うし」
そう言って差し出された総司の手は、まだ時折思い出したように震えていた。

 この人は……。

 千鶴は何度も行ったことのある総司の一人暮らしの部屋を思い出す。

 この人はあの部屋で一人でこの震えを止めるんだろうか……。どんな表情で何を思いながら……?たった一人で……。


 理由はわからないが、千鶴はそれは嫌だった。一人っきりで自分の中の自分と対峙している総司が、つらくないはずなんてない。何もできないかもしれないけど、せめて傍にいたい……。
「私も……、いっしょにいちゃダメですか?できるだけ邪魔をしないようにするので……」
千鶴が総司を見上げながらそう言うと、総司の表情がスッと真面目なものになった。しばらく沈黙した後、総司は千鶴の瞳を覗き込む。


 「君を抱きたい」

突然の言葉と総司の熱がこもった瞳に、千鶴の胸がドクンっと鳴った。

千鶴が何と返事をすればいいのかわからず、言葉を探していると総司は続けた。

 「むちゃくちゃに抱きたい。たぶん……あんまり、というか全然手加減できないと思う」
……だから家には来ないでほしい。

総司はそう続けた。





 少し顔を背けて、視線をそらしている総司を見て、千鶴の胸の奥からは何か熱いものがこみ上げてきた。
何がどうなってそう思うのかわからなかったが、千鶴が思ったことはただ一つ。




  沖田先輩の激しさも強さも怖さ寂しさも、全部受け止めてあげたい。
 きっと……。
 きっと、私は沖田先輩から受け取ったそれを、愛しさや優しさに変えることができると思うから。

 

千鶴はカバンから携帯電話を取り出すとボタンを押した。総司は何も言わずに千鶴を見ている。

 「あ、もしもし?薫?うん、私。……うん。沖田先輩とちょっと一緒にいたいから、今日は帰らない。……お説教は帰ったら聞くから」
そう言うと千鶴は強引に電話を切り、電源を落とした。

 携帯電話での会話の途中から千鶴に向き直り、食い入るように彼女を見ていた総司は、千鶴が電話を切ると同時に千鶴をきつく抱き寄せた。突然のことに驚く千鶴にかまわず総司はそのまま体勢を入れ替えると千鶴をホームの壁に押し付けてかぶさるように口を寄せてきた。いつもは人前でのキスを嫌がる千鶴も、今回は総司の余裕のない表情や仕草に圧倒されてされるがままになっている。総司は震える指でもどかしそうに千鶴のコートのボタンをはずすと、薄いセーターに包まれたウエストを抱き寄せて自分の体にぴったりと合わせる。人前でするにはあまりに親密なその行為に、千鶴は赤くなって抵抗した。
「先輩……!ここじゃだめです…!家に帰りましょう…」

 千鶴の言葉は総司の唇に封じられた。まるでベッドの上で、総司が千鶴の中にいるときに交わす口づけのような濃厚なキスを総司はしてきた。お互いの唾液を交換し、それを呑みこむ暇さえ与えずに舌で千鶴の舌を探る。総司の体は千鶴にぴったりとあわさり、熱くなった自分自身を押し付けていた。熱い愛撫に、千鶴の頭がもうろうとしてくる。

「……ん……。っあっ…」
小さな甘い吐息が千鶴の口からもれだすと、総司はやっと唇を離した。震えるような熱い溜息をつく。
「……行こう」
そう言って、総司は千鶴の手をとり指を絡めた。


 千鶴をひっぱるようにして改札を出てマンションに向かう総司を、千鶴は小走りに追いかけながら見上げる。
総司は前を向いたまま無言だった。いつもほほえみと会話を絶やさない総司とは全然違うその雰囲気に千鶴は少し怖くなる。
けれども手を放してほしいとは思わなかった。怖くてもついていきたい。

傍に居たかった。
















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※18歳以上の携帯ユーザーには本当に申し訳ないのですが【2】は、たぶん携帯からは見られないようにしてあります。【2】を飛ばして【3】に行っても話は通じます。







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