【薄桜学園卒業式!】
総司高校三年生、千鶴高校二年生の三月、卒業式です。二人はつきあっています。「青は藍より……」の延長線上のいつかの設定です。                                                      
!!ATTENTION!!沖田さんが相当ヘタレてます。ツン沖田さんが好きな人はブラウザバックを!


























 ネクタイの結び目に無意識に指を入れ緩めようとする総司に一が言う。
「卒業式くらいきちんと締めておけ」
「……苦しいんだよね〜。なんか」
先に二年生が体育館に入場して行くのを、渡り廊下でぼんやりと眺めながら総司はそう言った。
「あ、千鶴だ」
平助が言い、手を振る。気づいた千鶴がこちらを見る。平助をみとめて一瞬笑顔で手を振りかけるが、その隣に総司がいるのを見つけるとふい、と顔をこわばらせて視線を外してしまった。

 千鶴の妙な行動に、一と平助が意味ありげな視線を総司に向けた。
「……ま〜たなんかやらかしたんか?」
「千鶴を怒らせたのか」
総司は顎に手をやりながらこちらに背を向けている千鶴を見ていた。
「なんで僕が推定有罪になってるわけ?」
「過去の実績からだ」
千鶴がこちらを見ないまま体育館に入ってしまうと、総司はくるりと背を向けて渡り廊下の柱によりかかった。
「……正直、わかんないんだよね……。特に何もやってないと思うんだけど。でも確かに避けられてるような気はするかな」

 一緒に帰ろうという誘いは、委員会があるだの友達との約束があるだので断られ続け。週末のデートの誘いは家の用事やら剣道部の練習やらでボツになり。電話をしてもそっけなく、メールの返事も要件だけ。昨日なんか、廊下で偶然向こうからくる千鶴と目があった瞬間向きを変えて逃げられた。余裕ぶって『避けられてる気はするかな。』などと言ってはみたものの、総司は内心相当どんよりとしていた。

 「大学に受かった事を知らせて喜んでくれた、と先週おまえから聞いたが」
「ああ…。電話で一番最初に知らせたんだ。すっごく喜んでくれたよ。おめでとうございます!って。でも、思えば確かにそのころからかなぁ。あんまり会ってくれなくなったような気がするのは……。せっかく大学合格してエッチ解禁になったってのに、合格してから未だ二人きりで会ってないし」
「だーーーー!だから千鶴とのそーゆー話を俺の前でするな!!」
耳を抑えて聞こえないようにする平助にかまわず総司は続ける。
「最後にちゅーしたのはバレンタインだけど、別に普通に濃厚なやつしたし、嫌がるようなことはしてないと思うんだけどなぁ」
わー!わー!わー!
耳に人差し指をつっこんで、自分で騒音をだして、平助は聞こえないようにする。
「なんでかなぁ……」
珍しく考え込んでいる総司に、ぜぇぜぇと息をきらしていた平助の眼がキラリと光った。

 「それがイヤなんじゃねーの」
面白がるように言う平助に、総司は顔をあげて不思議そうな顔をする。
「それって?」
「だから、お前とそーゆーことをするのが嫌で、大学受かって解禁になったから避けてんじゃねーの?千鶴」
「……なんで嫌なのさ」
ムッとして言う総司に、平助はひょいっと肩をすくめた。
「知らねーよ、そんなの。ヘタだったからじゃね?」
ぶっと一が吹きだした。そんな一を総司はじろっと睨む。
「別に他のコにはそんなこと言われたこと無いし……」
「それがイヤなのではないか」

 今度は一に言われて、総司はさらにムッとして一を見る。
「……それって?」
「こういう話の時に、他の女性の例を引き合いに出すようなおまえのデリカシーの無さがイヤなのではないだろうか」
「〜〜〜!別に千鶴ちゃんには他のコの話なんて……!!」
「……してなくても、なんとなく感じるもんだぜ。でりかしーの無さってのはさ」
にやにや笑っている平助に言い返そうと総司が口を開いたとき、体育館の方から土方が三年生に入場するように号令をかけるのが聞こえてきた。総司は舌打ちをすると平助と一に背を向けて列に並んだ。

 ヘタ……
 下手……
 へた……
 HETA……?

足元の床が妙にふわふわしているような感覚で、総司はぼんやりと体育館に入場した。有名人で人気のある総司は、入場路の両脇に座っている二年生の女子生徒たちに注目されている。しかしそんなことにも気づかず、総司は無意識に千鶴を目で探す。
薄いベージュのシュシュで髪を結わえている千鶴を、総司はなんなく見つけた。千鶴もこちらを見ており、目が合う。千鶴は赤くなるでもなく、あわてたように顔を背けてしまった。

 ……なんで?どうして?ホントに僕とエッチするのがイヤで避けてるの?下手だった!?


 死んでもそんなことは聞けないし、返事を聞いたら本当に死んでしまいそうだが、総司は駆け寄って千鶴の腕をつかんでそう聞きたくてたまらなかった。

茫然としている間に、厳粛な卒業式は粛々と進み、総司はアッという間に卒業していた。

 

 式がおわると卒業生は解散で、校庭に散らばる。在校生達も学校は終了で卒業生たちと最後の別れを告げていた。
総司も一も平助も、卒業生、在校生双方の女子に幾重にも取り囲まれて、花を渡されたり写真を一緒に撮ったりプレゼントや手紙を渡されたり……。それはもうたいへんな人気だった。しかし相変わらず総司は茫然としたまま、機械的にプレゼントや花束には礼を言い、写真をせがまれれば上辺の笑顔でカメラを見て、告白には彼女がいるから、と断って……。
ひととおり終わったころ平助が総司に言った。
「うちのクラスの有志でこれからカラオケ行くってさー。総司も行く?」
俺と一君は、最後だし行くけど?平助はそう言って、校舎の下駄箱の方を顎で指した。総司がぼんやりと示された方を見ると、二年生の女友達2〜3人と一緒に何かを話している千鶴がいる。

 総司はぐっと腹筋に力を入れ、花束やプレゼントがつまった紙袋三つを平助に押し付けて千鶴の方へと走った。

途中で千鶴は総司に気づき、少し怯えたように、逃げ道を探すように辺りを見渡した。しかし一緒にいる友達が押し出すように千鶴を総司の方へと差し出すので、千鶴はしぶしぶ…といった感じで俯いて総司の前に立った。千鶴の友達は心得たもので、さーっと校舎の中に消え総司と千鶴を二人きりにしてくれる。

 俯いたまま居心地が悪そうにしている千鶴を見て、総司の胸は痛んだ。

 何から聞けばいいのか、何を聞けばいいのかわからない…。

 どうしてそんなに冷たいの。僕何かした?他に気になるヤツでもできたの?卒業したらなかなか会えなくなる僕なんかより毎日会える同級生の方がいい?それとも、ほんとに平助が言うみたいに僕とのエッチがイヤ?それとも一君が言うみたいに僕がイヤになったの?

胸に渦巻く言葉はどれも言えなくて。
総司はしょうがなく唯一言えそうなセリフを言った。

「これから……クラスでカラオケに行くんだって。……千鶴ちゃん、このあともし時間があるなら僕はカラオケには行かないで千鶴ちゃんと……」
「……もう、最後ですし……。みなさんと一緒にカラオケに行った方がいいと思います」
俯いたまま、目もあわそうとせずに言う千鶴に、総司は、『そっか…』と言うことしかできなかった。

 

 

 

 カラオケの広いパーティルームの片隅、どんよりと灰色のブラックホールのようなオーラを出している塊があった。
よく見るとそれは総司。
あまりの暗さに、総司目当てにカラオケにきたクラスの女子も近寄れないでいた。
そんなオーラが全く伝わらない男、平助がすたすたと総司へと向かっていき、横にドスンと座る。
「おーい!!暗すぎんぜ!!千鶴に『カラオケに行け』って言われただけだろ?」
「……」
一も隣に来て座る。
「本当に身に覚えがないのか」
「……ない」
平助が溜息をつく。
「千鶴がなんかした……っていうのも考えにくしなぁ」
一もうなずく。
「彼女はしっかりしているからな」
「そーなんだよなー。意外に強くてたくましいんだよな、あいつ。あんまり感情的にならないしさ」 
「……どーせ僕は弱くて感情的ですよ」
拗ねるように総司は言う。

 確かに総司から見ても千鶴は安定していた。いつもやきもちを焼いたり怒ったりするのは総司で、千鶴はそんな総司をやさしく受け止めてくれている。
「……なんか僕ってさ、千鶴ちゃんから好かれてはいるんだろうけど必要とされてないっていうのか……」
総司の言葉に、一が考え込む。
「……必要……」
「まー、確かに総司がいなくても淡々と生活してそうだよな、千鶴って」
自分から言いだしたことだが、平助の言葉に総司はさらに落ち込んだ。
「やきもちもあんまりやいてくれないし、わがままも言わないし……」
次々と総司の口からあがる愚痴に、一がたしなめるように言う。
「千鶴は、そういう性格なのだろう。執着心が薄い、というか控えめ、というか……」
一の言葉に、総司はたまりこんだ。

 わかってる。それはわかってるし、千鶴ちゃんのそういうところも好きなんだ。だけど僕とあまりにも違うから……。僕は好きだからわがまま言うし、やきもちや焼くし、独占欲の塊だし……。だから千鶴ちゃんにそういうふうにしてもらえないと、好かれていないのかと不安になる。


「ったく……!振り回されてんだからな〜!!いい加減しっかりしろよ!」
平助が見かねて総司の背中を思いっきり叩いた。
情けない顔をしている総司に、平助は力強く言う。
「なさけねーぞ!薄桜学園の種馬、沖田総司だろ!?千鶴が思い通りになんねーなら襲っちまうくらいの勢いで主導権を取り戻せよ!」
そう言う平助の言葉に、総司は少し気を持ち直した。
「誰が種馬だよ。失礼なこと言わないでくれる?」

「そろそろ歌うか?」
「……僕ちょっと抜ける」
そう言って立ち上がった総司に、平助が微笑んだ。
「おし!行って来い!」
「余計なお世話だよ。平助のかわいい幼馴染を襲ってくるよ。薫にはうまく言っといて」
そう言い残し、クラスメイトの女子達の『ええ〜、帰っちゃうの〜?』という引き留めをうまくかわして、総司は出て行った。

「……いいのか?」
一の言葉に、平助は逆に聞く。
「何が?」
「千鶴の幼馴染にして父親でも兄でもあるのだろう?総司に襲わせていいのか?」
「だってあいつら結局お互いにベタ惚れじゃん。どうせ今回のだってしょうもない誤解とかなんかなんだぜ、きっと。とっとと仲直りすりゃいーんだよ」

 


 「もしもし千鶴ちゃん?僕だけど今どこ?」
『沖田先輩?カラオケは……?』
「うん、僕はカラオケだけどさ。千鶴ちゃんは何やってるのかなーと思って」
ここで『会いに行く』、などと言うと、最近の千鶴の傾向から逃げられそうなので総司は嘘を言いながら足早に駅へと向かう。多分家か、女友達と街へ出たか…。
『学校です。』
「え?学園?一人で?何やってるの?……片付け?……ふーん…。ん?いや別に……。じゃあ気を付けてね」

エッチ解禁になって、久しぶりで千鶴は変に緊張して避けてるのかもしれない。それなら一気にシてしまえばこの妙な雰囲気もなくなるはず……。街ならエッチホテルで…と思っていたが、学校か……。まぁ、保健室もあるし(せんせーいるかな?)懐かしの体育館倉庫もあるし(今は寒いか……)、うまいこと言って僕の家に連れて行ってもいいしな…。

総司は回れ右をして駅とは反対方向の学園へと足を向けた。


 校舎には千鶴はいなくて、剣道部の部室かもしれないと思って総司は武道館へと向かう。そっと剣道部の部室のドアを開けると……。

 いた……!

 千鶴が一人でロッカーのあたりを片付けている。雑巾や洗剤がおいてあるので掃除をしていたのだろう。
「千鶴ちゃん」
総司が声をかけると、千鶴は飛び上がった。
「お、沖田先輩……!」
びっくりした……、と手で胸を抑えながら目を見開いている。
「何してるの?掃除とか片付けは一年生メインでみんなでやるから千鶴ちゃんはしなくていいんだよ?」
「……そうなんですけど……」
千鶴は手に持ったままの雑巾に視線を落とした。
「……お礼を言いたくて…」
「お礼?」
千鶴は黙り込む。
「私、剣道部に入って……。ほんとにいろいろ知ったんです。中学のときは何もやっていなかったんで、部活動でみなさんと仲良くなれたこととか、自分で目標を決めて努力していくこととか、平助君の真剣な表情とか、斎藤先輩の優しさとか……。みなさん、ほんとにすごいんだなって。全国大会とか夏合宿とか、ドキドキしたことや楽しかったことがたくさんあって、それはみんな剣道部に入ってたから味わえたことで、そんな思いを味わわせてくださったのは今の三年生の方々なんです。みなさん引退しても練習にはちょくちょく顔を出してくださったし、合宿とか試合には必ず来てくださってたんですけど、それも今日で……終わりなんで、お礼を言いたくて……」

 俯いたまま言う千鶴に、総司は思わず微笑んだ。自分の名前が一度もあがらなかったのはちょっとひっかかるが、千鶴らしい。
「でも、お礼なら掃除とかじゃなくて、面と向かって言えばいいんじゃないの?」
からかうように言うと、千鶴はちらりと総司を見上げ、また俯く。

 「顔を見て……言うと……」
そのまま黙り込んだ千鶴を、総司は不思議そうに見る。
どうしたのかと思っていたら、千鶴の肩が震えだした。小さな嗚咽のような声も聞こえてくる。
突然泣き出した千鶴に、総司は驚いて目を瞬いた。

「顔を見て言うと、な、泣いちゃうので……」
ひっく、ひっくとしゃくりをあげだし、手で涙をぬぐいながら千鶴は続ける。
「せっかくの卒業式で、沖田先輩はちゃんと狙ってた大学にも合格して、とってもおめでたくて、お祝いを言わなくちゃいけないのに…」
もう学校で会えないのかと思うと寂しくて言えなくて……。
泣きながら最後の言葉呟いた千鶴に、総司は思わず手を伸ばして抱き寄せた。
千鶴は素直に総司の腕の中に納まり、もう我慢も限界だったのか声をあげながら盛大に泣き出す。

 震えている千鶴の華奢な肩を抱きながら、総司は囁くように尋ねた。
「……ずっと、僕を避けてたのも、そのせい?泣いちゃうから?」
千鶴は胸の中で小さくうなずく。
「……先輩の、制服姿大好きでした。毎朝駅で会えるのがとっても嬉しくて大好きで……、帰りに自転車の後ろに乗せてもらうのも気持ち良くて大好きでした。先輩の剣道してる姿も素敵で大好きです。廊下で偶然会えるとドキドキして幸せでした」
何度も何度も紡がれる『大好き』に、総司もぎゅっと千鶴を抱く腕に力を込める。

 「……ご卒業、おめでとうございます」

泣きながらも、なんとか絞り出すように言った千鶴は、ホッと体の力を抜いた。
そんな千鶴を大事に、大事に、抱きしめながら、総司は思う。

 そうだった。
 千鶴ちゃんは……、千鶴は、しっかりしてて、安定してて、強くて、リアリストで……。
 でも、本当は泣き虫でとっても寂しがり屋なんだった……。
 なかなか見せてくれないけど。理性でおさえちゃうけど。本当は我慢してるんだった……。
 僕が一番わかってなきゃいけなかったのに……。


千鶴のいい匂いのする髪に頬を寄せて、総司は千鶴の涙が止まるまで、じっと彼女を抱きしめて彼女のぬくもりを感じていた。

 

 

 お別れカラオケも宴もたけなわ。
部屋の入口が開いて、出て行ったはずの総司が入ってきた。クラスメイト達は大いに盛り上がり、次歌いれてー、だの、一緒に歌おうぜー!!だの声がかかる。総司はぼんやりと手を挙げてそれらの誘いを断って、どさり、と平助の横に座った。
平助と一は顔を見合わせる。うまく仲直りできなかったのだろうか。

 俺が変に煽ったせいで無茶な襲い方をして、さらに嫌われたとか……。
 いや、ぼんやりしてるし、どこか幸せそうだ。うまくいったんではないか?
 それならなんで今こんなとこに戻ってくるんだよ。二人でどっかでいちゃいちゃしてるはずだろー?
 ……確かに……。

一と平助は、そんな複雑な会話を視線で交わす。そしておそるおそる総司に平助が訪ねた。

「……どうだったんだよ?ちゃんと襲えたのか?」
妙な質問だが、カラオケを出て行った時からのつながりで言えば妥当ではある。
総司は視線を空に彷徨わせたまま機械的に答える。
「……一緒に部室のロッカーの掃除をして、千鶴ちゃんの家まで送っていった」
「……何もしなかったのか?」
「手はつないだよ」

「じゃあ…じゃあ、どうだったんだよ?うまくいかなかったんか……?」
千鶴と総司がこじれると、また総司が不安定になって一と平助が苦労する。不安な思いで二人はじっと総司の返答を待った。

 総司はまだどこかぼんやりしていた。平助の声が聞こえているのかいないのか……。
ふいにポツリとつぶやく。

 「……千鶴ちゃんってさ……」

一と平助は息を呑んで続きを待った。
千鶴が……なんだなんだ?
冷たいよね?固い?わけがわからない?
何を言われたんだ、総司?大丈夫か、おまえ……!!!


 「……なんであんなに可愛いのかな……」


ドドオッ!!
ベタな表現だが、一と平助はずっこけた。しばらく二人は冷たい目で、まだ夢の中で千鶴を思い浮かべているらしい総司を見る。
「でさ、一君何か歌う?」
「いや、それよりも腹が減ったな。あちらのサンドイッチでも食うか」
「あ、俺も俺も〜!」

 もうあいつはほっとけ。
言葉にはださなくても、一と平助は意見が一致したのだった。













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