【そんなところが……】
総司大学一年生、千鶴高校三年生の春です。「青は藍より……」の延長線上のいつかの設定です。
夜、枕元に置いておいた携帯が点滅しながらメールの着信を知らせた。
千鶴はすっかり眠っていたが、目をこすりながら携帯をとりあげ、てメールをチェックするついでに時間を見た。
午前0時34分。
メールが誰からか、なんて思う必要もなくこんな時間に千鶴にメールを送ってくるのは総司しかいない。今日総司は大学のクラスの合宿から2週間ぶりに帰ってくる予定だったから、きっと家に到着したことを伝えてきたのだろう。
明日はお互い学校だからダメだけど、明後日の週末には2週間ぶりにあえるかな……。
千鶴はほほえみながらメールを開けた。
『ただいま。まだ起きてた?』
想像どおりの総司のメールに、千鶴のほほえみが深くなる。泊まり込みでの合宿の場所は、ここから電車で3時間ほどの山の中の研修センタで実施されていた。会おうを思えば会える距離だけど、それでもやっぱり総司の家の方が彼を近くに感じられるような気がして嬉しい。
『今起きました。おかえりなさい。』
ちょっと嫌味かな、と思いつついつも、総司がいつも思い立った時に行動するせいで非常識な時間や場所でいろいろと振り回された思い出がたくさんある千鶴は、敢えてそう書いてみた。
『そっか。ごめんね。窓開けてくれる?』
は?
千鶴が総司の返信を読んだ瞬間、二階にある千鶴の部屋の窓が、コンコンとノックされた。まさか、そこまでは……と思いつつも、彼のことだからあり得る……と妙な確信も持ちつつ、千鶴は恐る恐るベッドから抜け出してノックされた窓をそっと開ける。
そこにいたのはやっぱり、総司だった。
「こんばんは、千鶴ちゃん」
「こんばんは、って……。沖田先ぱ……」
シーッ!総司はそう言いながら話そうとした千鶴の口を自分の手のひらでふさぐ。
「後ろの平助の部屋、まだ電気ついてるしさ、とりあえず入れてよ」
「ん〜〜!もごもごっ!」
『こんな時間に何言って……!父も薫も家にいるんですよ!だいたい来るなら玄関から……!』
言いたい台詞はいくつもあるけれど、口をふさがれていて一言も言えないまま、総司は強引に千鶴の部屋にあがりこんだ。
千鶴の家と平助の家はぴったり隣同士で、平助の家のガレージの屋根が千鶴の部屋の窓の外まできている。ガレージの屋根には、千鶴の家の門から登ろうとすれば(ある程度の筋力と運動神経があれば)登ることができるのだ。
総司は脱いだ靴を、反対の窓にあるベランダに置くと、まだ窓のところにへばりついて目を大きく見開いたまま固まっている千鶴の方へ歩いてきた。
「そんなに怒らないでよ。2週間も千鶴ちゃんに会えないし、研修センタは山の奥で何にもないし……。たった今バスで駅について解散になったんだ。家にも寄らないでまっすぐ千鶴ちゃんに会いにきたんだよ?」
彼女冥利につきるでしょ?にっこり笑いながら千鶴を抱きしめようとする総司の腕から、千鶴はするりと逃げる。
「だ、ダメです…!みんないるし、見つかったらたいへんなことになりますよ!もう会えたじゃないですか。今日はとりあえずこのまま帰って、また週末にでも……」
ひそひそと声をひそめて必死に言う千鶴を、総司は悲しそうに見つめた。
「……千鶴ちゃんは、冷たいよね……。僕ばっかりいつも会いたがってて……。もういいよ。千鶴ちゃんに会いたくて会いたくてたまらなかったのは僕だけだったってことだね」
視線を合わせず、自嘲気味にそうつぶやいて、総司は元来た窓の方へと踵を返した。
「まっ待ってください!違います!ごめんなさい!そうじゃなくて……」
焦った千鶴が総司の前に回り込んで、自分も会いたかったと伝えようとしたとき、総司の表情に気づいた。にやにやと嬉しそうに笑っている総司に、千鶴は続きの言葉を飲み込む。
「……沖田先輩は、意地悪です……」
千鶴が頬を染めながらぷいっと横を向くと、総司は千鶴の顔をのぞきこんで言った。
「そんなところが好きなんでしょ?」
「……!なっ…!」
千鶴は言い返そうと思ったが、言葉に詰まってしまった。確かにその通りだった。意地悪で甘えんぼでひねくれてるけど素直で優しい……。
真っ赤になってぱくぱくと口を開けたり閉めたりしている千鶴を、総司は勝ち誇った笑顔で見つめた。
「それじゃ、そういうことで、いただきまーす」
何を?
と思う間もなく、総司の腕に千鶴は引き寄せられた。ぎゅっと抱きしめられて胸とお腹のあたりが熱くなる。顎に指をかけて上を向かせられると同時に、総司が唇を寄せてきた。思うが儘にむさぼられるかと思いきや、意外にも触れるだけの優しいキスだった。何度も何度も離れては角度を変えて、チュッと音がしそうなキスやついばむようなキスを繰り返す。だんだんと夢中なってきて、千鶴は総司の唇が離れそうになった時思わず自分の唇を寄せて追いかけてしまった。
総司はスッと顔をあげて、にやにやと千鶴を見る。千鶴は気まずくて耳まで真っ赤になった。
「……意地悪……」
そうつぶやいた千鶴に、総司は愛おしそうに言った。
「……よく言われる」
そう言ってもう一度総司がしたキスは、今後は深いキスだった。
「ん……」
突然の変化に必死について行こうとしている時、千鶴はふと気が付いた。
「……匂い……」
「ん…?」
千鶴の言葉に、キスの合間に総司が呟くように聞く。
「匂いが、いつもの先輩と違うから……」
「……ああ、研修センタのシャンプーだからかな?洗濯の洗剤も違うし……」
違う人みたいでドキドキする……。
そういえばいつもよりも総司の体が硬い気がする。千鶴の体を抱く手もちょっぴり余裕がない感じ……。
久しぶりで、少し緊張してるのは私だけじゃなくて……。
会いたくて、触れたくて、いっぱいいっぱいなのも、きっと同じ……。
千鶴は総司の顔を見上げる。総司は千鶴の髪に手を入れて、かき混ぜるようにする。そして、再び唇を寄せながら聞いた。
「……何?」
千鶴は総司の唇に、吸い寄せられるように唇を開き、自分から総司の首へ腕を回して体をぴったりと寄せた。
「……とっても、とっても、会いたかったです……」
千鶴の腰に回された総司の腕に力がこもり、キスがさらに深くなった。
明日寝坊しないようにしなくちゃ……。
頭の隅でそんなことを考えながら、千鶴はベッドに連れて行かれたのだった。
【終】
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