はあ……
千鶴は屯所の離れにある納戸で、夏用の座布団やらゴザやらを取り出しながら大きなため息をついた。外はしとしとと雨が降っており、ため息に相まってたいへんうっとおしい。
ここなら誰にも聞かれないから好きなだけ思い悩める。
悩みの種は当然ながら……夢だ。正確に言うと夢の沖田。
先日朝に廊下でばったり沖田に会ったときは、たっぷり5分は二人とも見つめあって止まってしまっていた。
ぴりぴりとした緊張が満ちて少しでも動いたらまずいことになりそうで動けない感じ。

山の中で熊に出会ったときとかあんな感じなのかな……

少しでも動いたら、声を上げたら。
緊張の糸がはじけて自分の思いを行動に移してしまいそうで動けなかった。不思議だったのは沖田も同じ様子だったことだ。うるんだきれいな緑の瞳が暗く陰って、頬が赤く上気して千鶴を食い入るように見ていた。その瞳には見覚えがあって、沖田との人にはとても言えないみだらな夢の中の彼の瞳と同じだった。
「んっ…」
思い出すだけで今も胸が苦しくなって頬が熱くなってしまう。これは本当に病気なんじゃ?
千鶴は夏物の薄い掛け布団を、よいしょっと棚からおろしながらもう一度ため息をついた。
結局その朝の見つめあいは新八の大声で破れたのだが。

『おーっと総司と千鶴ちゃんじゃねえか!何やってんだ?朝っぱらからこんなところで見つめあって』
後ろから原田もやってくる。
『おう、おはようさん……ってなんだあ?二人ともなんでそんな顔してんだよ。真っ赤だぜ』
その後ろからきた平助も加わった。
『なんだなんだあ?そーゆー関係になっちまったとか?』
そういわれて我に返ったのは沖田が先だった。『なっ!ばっ!そんなわけないでしょ、こんな洟垂れ小僧になんで僕が……!』
『わ、私の方こそ沖田さんなんか嫌いですし!』
『き、嫌いって僕の方が嫌いだよ!』
『嫌いって私が先に言ったのとらないでください!』
真っ赤な顔で言いあう二人の間を土方が強引に割り込んだ。『あー!!うるせえうるせえ!とっとと顔あらってメシにすんぞ!』

あれでとりあえず終わってくれてほんとによかった……
洟垂れ小僧なんて言ってくるような人とのあれやこれやの夢を見て意識しまくりなんて他の人にばれたらなんていわれるか。猫が獲物をいたぶるようにさんざん前足でちょいちょいやられて最後は瀕死のまま放置されて終わりになるに決まってる。土方の強引な割込みでその話は流れ、以降千鶴は必死で沖田を避けまくった。好都合なことに沖田も避けてくれているようで最近は平穏な毎日ではある。

だけど夢は……あれから時々見ちゃうんだよね……なぜか毎回沖田さんが相手なんだけどどうなってるの。もうほんとに迷惑。

夢のせいか体の芯にずっと熱がともっているようで敏感になってしまっている。ほかの隊士と話しているときにもふっと沖田の夢の中の声や視線が脳裏をよぎり、挙動不審になってしまうのだ。ああ、もう全部沖田さんのせい、沖田さんさえいなければ……!
納戸の床にしゃがんで、棚からばふっと夏蒲団をおろした時、後ろから声がした。

「千鶴ちゃん」
こ、この声は……!このつややかな声は。
今の声音は相当うんざりした感じだったけど、夢の中では熱い吐息交じりで千鶴の耳元に……!
千鶴は振り向けなかった。いけない。ここで顔を見てしまったら……!ああこれが気のせいでありますように。神様お願いここから私を救い出してください!
「お、沖田さん……」
千鶴は夏蒲団を凝視して決して入口の方を見ないようにしながら声を絞り出した。
「な、何の用ですか。後で源さんにでも伝言しておいてくだされば……」
体をギシッとこわばらせたまま千鶴は言う。後ろからは盛大なため息が聞こえてきた。今日この時間世界の中で一番ため息が多いのはこの部屋だろう。
「……こんなこと源さんに伝言できないよ」
うんざりした声。ああ、絶対今沖田さんはあの柔らかい髪をかき上げてそのあとガシガシと頭をかいてる。私の好きなしぐさで……って違う!違う違う!神様助けて!
返事をしない千鶴に焦れたのか、沖田が納戸の中に入ってきた。きゃー!!!やめて!こんな狭くて薄暗くて誰も来ないし通りかからないところに入ってこないで!!
千鶴はぎゅっと目を閉じた。もう終わりだ。グヘヘヘヘなんて羅刹みたいによだれを垂らしながら沖田を襲う自分の姿が脳裏に浮かぶ。ああ、もういっそ斬り捨てて。
トンと床に膝をつく音がして、千鶴が凝視している夏蒲団に影が落ちた。しゃがんでいる千鶴の隣に沖田が片膝をついたようだ。ぎしっと音がして千鶴の前にある納戸の棚についた沖田の大きな手が見える。
「……ちょっと最近……おかしいでしょ、僕たち」
顔を見ろとか目を合わせてとか言われず、話し出した沖田に、千鶴はほっとした。
「……は、はい」
「それで……僕も暇じゃないし屯所でいろいろ気まずいのは面倒だから、何とかできないかと思って」
ちゃかしたりからかったりする様子もなく静かに話す沖田に、千鶴も強張った肩の力を抜いた。
そうなのだ。千鶴も困っている。洗濯や炊事、掃除のたびにかならず沖田の分があるにもかかわらず平常に処理ができないし、沖田に会わないように日常の動線に気を配るには限界がある。
「……私も、なんとかしたいです……」
嫌い嫌いといっても、前は楽しいこともたくさんあった。食事の準備を一緒にして沖田の壊滅的な味付けに笑ったり、洗濯物を干しながら縁側でのんびりしている沖田と話すことは多かったし。からかって意地悪もたくさんされたけど、本当に嫌なことはされなかったし平隊士に絡まれたときはかばってくれたし、お土産のまんじゅうを一緒に食べたのはいい思い出だ。千鶴がいれたお茶をおいしいといって飲んでくれた。
そんな関係にまた戻りたい。
そんな思いで顔をあげて沖田の方を見たのが間違いだった。
こちらを見降ろしていた沖田と至近距離で目があってしまったのだ。
目が合った瞬間に沖田の緑の瞳の色が濃くなりとろりととろけるように光る。その瞳に見つめられて千鶴は目が離せない。庭の木々を打つ雨の音がすっと聞こえなくなり、世界に二人だけしかいないような感覚になる。沖田の瞳が千鶴の唇に移り、千鶴は体中が総毛だつような感覚がした。お腹の奥にある熱がちろちろと炎を見せる。
まるで磁石のようにお互いの体が自然に近づく。総司の顔が傾き、緑の瞳の上に長いまつ毛が降りてくる光景から千鶴は目が離せない。
唇がそっと重なった。
柔らかくて少し湿っていて熱い。沖田は確かめるように何度か軽く味わうと、一気に深く口づけた。千鶴は体の奥でぎゅっと縛られていた何かが一斉にほどけるのを感じた。それと同時に全身に温かい血がめぐり感覚が鋭くなる。
沖田の前髪が千鶴の頬に触れる感触。服から香る石鹸のかすかなにおい。どこも触れていないのに感じる彼の熱。口づけの合間の吐息。
どれくらいそうしていただろうか。沖田はゆっくりと唇を離した。二人の視線が絡み沖田の瞳がまた千鶴の唇に移った。もう一度と、沖田が首を傾けた時。
遠くから聞こえる犬の鳴き声と子どもの笑い声に、二人は我に返った。
「あ」
思わず千鶴が吐息交じりの声をつくと、ガタンと沖田が勢いよく立ち上がった。「あ、えーっと……」沖田にしては珍しく動揺した様子で左右を見て。「ごめん」と言うと踵を返して納戸を出て行った。残された千鶴はぼうっと夏蒲団を見つめる。
外の雨は激しくなったようだ。

「なあ、お前千鶴と恋仲になったのか」
そう原田が言いだしたのはその日の夕飯時だった。沖田はガチャン!と茶碗を取り落とす。汁物でなくてよかった。「な、なにを……何をいきなり言うんですか!」ちょうど廊下を通りかかっていた千鶴は、原田のその声が聞こえてきて、動揺のあまり転んでいた。
「あーそれ俺も思ってたんだよな」
隣の平助がごはんをかき込みながら相槌をうつ。「はあ?平助、何言って……」言いかけた沖田の言葉を新八が遮った。「いやそれな!この前の朝もおかしかったしよお!あの時もしかしてやっちゃった後だったとか?」
「新八さんまで!やめてくださいよ!僕はあんな洟垂れの子どもとなんて……!」
廊下に漏れてくる幹部隊士たちの声を聞こうと、千鶴は壁に耳を付ける。自分と沖田の変な雰囲気は、当然他の隊士たちに伝わっていたのだ。
お、沖田さん、頑張ってごまかしてください!
「なかなかいいのではないか」
斎藤の静かな声がする。「お前は島原でも女を買わんし浮いた噂もない。副長も沖田家の世継ぎについて心配されていた。千鶴と夫婦になるのもアリよりのアリだろう」
斎藤の言葉にその場は静まり返った。廊下では千鶴が冷や汗をかいている。
「……そういわれればそうだよなあ」と新八。
「まあ、千鶴がどう思ってるか次第だけど、最近あの様子じゃあ両想いっぽいし総司もその方がいいんじゃね?」と平助。
「確かにな。お似合いっちゃお似合いだな」と原田。
一斉に賛同の声をあげられて、壁の中と外で沖田と千鶴は青ざめていた。いやいやいや、単に夢をみただけでなぜ夫婦になるとかそういう話に…!
「あのさ!そうやって面白おかしく人の人生を話すのやめてもらえる?」
珍しく沖田がとがった声をあげた。
「じゃあ最近のお前らの妙な空気はなんなんだよ」と原田に言われて、沖田はうっと言葉に詰まった。
「なんか二人ともお互いが見てない時をみはからってぽーっとお互いを見てるし、目が合うと大げさに焦って顔背けて逃げてくし、総司に千鶴の話振ったら真っ赤になって拒否られたかと思うとしみじみと千鶴のことかわいいよねとか言ったりするしさあ。それってなんだよって話」
「……そんなことしてないよ!」
ドンと茶碗を乱暴に膳に置いた音がして、沖田が廊下に出てきた。しゃがんで盗み聞きをしている千鶴と目が合ってお互いに真っ赤になる。
しっしと沖田に手で払われて千鶴は急いで逃げ出した。沖田はそれを見とどけると、ため息をついて反対方向へと去って行った。

次の日、副長室に呼ばれた沖田は、ここ最近のいつも通り寝不足だった。
「おはようございます。なんですか?」
ひょいと顔をだすと、なんと千鶴がいる。夕べは千鶴の夢は見なかったが、前に見た夢の記憶はばっちりあるし昨日の現実の口づけだってまだ生々しく覚えている。あの口づけは本当にまずかった。する気なんてこれっぽっちもなかったのに体勝手に動いてああいうことになってしまっていた。さらに悪いことにあの時の甘さとか千鶴の柔らかい匂いとか震えてる華奢な体とかすべて覚えてしまっている。何度思い返したことか。
沖田は逃げだしたくなったがそういうわけにもいかず、戸口に立ち尽くした。
文机に座って手紙らしきものを書いていた土方が、コイコイと手で沖田をまねく。できるだけ千鶴から離れて文机の前に座ると、土方は隣の書棚から分厚い本をドサッと沖田と千鶴の前に置いた。
沖田と千鶴は顔を見合わせる。お互い心当たりがないようだ。
「……これ、なんですか?」代表して沖田が聞くと、土方は「それを読んどけ」と言った。
今度は千鶴が聞く。「私もですか?」
土方は筆を持ち、手紙の続きにとりかかる。「ああ、なんでも最近はやっている是句思惟っつー指南書だそうだ。結納はどこの料理屋でやるのがいいとか姑とのうまいやり方とか三々九度の盃はどこの店のがいいかとかそういうことがごちゃごちゃ買いてある。来週までに読んどけ」
ゆいのう……
沖田と千鶴は再び顔を見合わせた。
「まさかとは思うんですけど、僕と千鶴ちゃんの……」
「祝言だよ。こういうのは早いほうがいいからな。あ、来週近藤さんが大坂から帰ってくるから二人からちゃんと説明しろよ。一応文は送っといたがとんでもなく喜んでたぜ。それはそうと近藤さんの首尾がよければ会津藩からの給金が倍増予定だから、島原のあの妓楼を借り切ってぱーっと祝いでもしようと思うんだがお前その準備を……」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってください。なんですって?」
「だから妓楼の借り上げ……総揚げだよ。こりゃあ京でうわさになるぞ、新選組は羽振りがいいってなあ。そしたら新隊士の応募がじゃんじゃん……」
「その前の話ですよ。僕と千鶴ちゃんが祝言ってどういうことですが、初耳ですけど」
沖田が土方ににじり寄って言う横で、千鶴も青ざめて冷や汗をかいている。土方は筆の反対側でぽりぽりと頭をかきながら答えた。
「恋仲なんだろ?原田たちから聞いたぜ。変に婚姻前にガキができたとかなる前にとっとと祝言あげた方がいいって源さんからも言われたし俺もそう思う。近藤さんも大喜びだったしとっととやっちまえ。今ちょうどミツさんにその件について手紙書いてるんだけどよ……」
沖田は目を見開くと、ばっと手を伸ばして文机にある紙を抜き取ってくしゃくしゃに丸め、肩越しに捨てた。実家なんかに連絡されたらえらいことだ。規定事実になってしまう。
「僕と千鶴ちゃんは恋仲なんかじゃないですよ。何言ってるんですか、全部勘違いです!」
横で千鶴もコクコクとうなづく。あまりのことすぎて声もでないようだ。土方はいぶかしげな眼をした。
「いや、だってお前井戸の時もそうだし、あの朝の時も、そのあともいろいろ……ありゃ恋仲でしかありえん雰囲気だったぞ」
「全部勘違いですよ、僕と千鶴ちゃんは全然そんな関係じゃありませんから。こんな洟垂れ子どもと祝言なんで冗談じゃありませんよ」
ちらりと千鶴を見てそういう沖田に、千鶴も加勢する。
「おっ沖田さんの言う通りです!私も沖田さんのこと嫌いなんです!」
沖田は思わず千鶴に向き直る。
「嫌いって…!いっつも言うけどそれって失礼じゃない?」これで嫌いと言われたのは2回目だ。
「だって嫌いなんですからしょうがないじゃないですか!沖田さんだって私のこと洟垂れ子どもとか…!私鼻をたらしたままでいたことなんてありません。いっつもちゃんとかんでます!」
「洟垂れ子どもはまだ言い方が柔らかいじゃない。嫌いってストレートすぎ……」
「ああー!もううるせえうるせえ!」
千鶴と沖田の喧嘩に土方が割って入る。「夫婦喧嘩は犬も食わねえって言うだろ。暇なときに二人で存分にしとけ、俺ぁ忙しいんだ。せっかく途中までかいたミツさんへの手紙をやぶっちまうし、とっととでてけ。あ、その是句思惟は持ってけよ」
「ちょっと待ってください土方さん、だから僕は千鶴ちゃんと恋仲なんかじゃないんですって」
土方は、あ〜ん?と眉間にしわを寄せた。雷がおちる寸前だ。
「まだ言うのか。それじゃあ来週近藤さんが京に帰ってくるまでにそのお前らの態度をなんとかしろ!お互い不自然に避けまくったり顔真っ赤にしたり仲良く喧嘩したりとかだなあ、そういういちゃいちゃをやめれたらお前のいう事を真剣に考えてやるよ。恋仲だろうとなかろうと二人ともそんな態度じゃすぐにガキができちまわあ!」
ドスッと是句思惟を持たされて副長室から追い出された二人は、三度目、お互いに顔を見合わせた。

「千鶴ちゃん、いい?」
次の日、小姓室で片づけをしていると廊下から総司の声がして、千鶴は固まった。夢の画像、口づけの時に間近で見た沖田のまつ毛、土方に渡された是句思惟が頭をめぐる。会いたくないが会わないままでいるのももっとまずい。千鶴はしぶしぶふすまを開けた。
「お饅頭買ってきたから、二人でちょっと話そう。ここで二人で話してるの見つかったりすると余計めんどくさくなるから、屯所の裏の神社の後ろで。先に行って待ってるから」
沖田は目を合わせないまま早口でそういうと、そのまま去って行った。千鶴は少しほっとする。神社の裏なら、二人きりでも前のように口づけとかそういうことにはならなさそうだ。それに沖田とは本当にじっくり話さないと、このまま夫婦になってしまう。
千鶴は少し時間を置くために温かいお茶をいれて、それをあいている酒瓶にいれる。そして誰にも見つからないように屯所の裏からそっと出ると、急ぎ足で神社の小高い山を登った。

「ああ、お茶淹れてくれたの、ありがとう」
「木のお椀ですけど……」
沖田は神社のぼろぼろの濡れ縁に浅く腰掛け、千鶴はそこから手を伸ばしたら何とか届くかな、くらいの位置にある石に腰をかけたまま、お茶の入った椀を沖田の横に置いた。手渡しは避けたほうがいい。沖田も心得たもので、お饅頭は包み紙の端を持ち反対側の端を千鶴に差し出した。
「ありがとうございます」
もぐもぐと食べてお茶を飲み。二人はふうとため息をついた。屯所ではそういう雰囲気をださないようにと常に人目を気にして気を張っていたので、ここでようやく肩の力が抜ける。
「で、さ」
沖田の言葉に千鶴もうなづく。「このままだと……だめですよね」
「そうなんだよ、もう冷やかされる状態を通り越して祝福されてるんだよ最近。斎藤君なんかお祝いは何がいいかとか聞いてきたし」
「あの……質問があるんですが」
「何」
千鶴は前々から気になっていたことを沖田に聞く。「私が変なのは、その……沖田さんとの夢を見ちゃったからだって言うのはその通りなんですけど、なんで沖田さんも変になっちゃってるんですか?」
千鶴の素朴な質問に、沖田はうっと言葉に詰まった。言いたくない。いっつもからかっていじめていた彼女には言いたくない……が、ここで言わないと共同戦線ははれないだろう。沖田はため息をついて髪をかき上げた。
「……君から夢を見たって言われたその夜に、僕も見たんだよ。千鶴ちゃんと……その、そういうことしてる夢」
みるみるうちに赤くなる千鶴を見て、沖田はこんな時なのにまた腹の奥に火がともるのを感じた。胸が熱くなって、彼女の赤くなった耳たぶやおくれ毛のあるうなじに目が行ってしまう。
「あー!!もうやめ、こういう雰囲気はやめよう。だから二人でどうやったら祝言を阻止できるか相談しよう!」
甘ったるく熱をもった二人の間の空気をかき消すように腕を大きく振って沖田が言ってくれて、千鶴も両手で頬を抑える。
「ほんとですよね。こいうのがダメなんです。でもどうすればいいんでしょうか」
「会わないでいればいいんだけど無理に避けるとまた意識してるとか言われるしねえ」
「それに屯所で私が沖田さんを避けるのはやっぱり無理があります」
それはここ数日で嫌と言うほどよくわかった。避ければ避けるほど周囲がおかしく思うのだ。でも目が合うと顔が赤くなってしまうのはコントロールできないではないか。かといって二人きりで至近距離になると……ああいう次第になってしまうのも経験済みだ。
困ったねえと案がでないまま二人でまんじゅうを食べてお茶を飲む。
「あの、一つ思いついたんですが」
千鶴が言うので、沖田はお茶を飲みながらうなづいた。「何」
「一度実際にやってみるのはどうでしょうか?」
千鶴の提案に沖田は首を傾げた。
「やってみるって何を」
「夢の中で、その……私たちがしたことを、実際にやってみるんです」
沖田はブホッとお茶を噴き出した。同時に持っていた椀を取り落とし熱いお茶が手にかかる。「あっつ!あち!ゴホッゴホホッ!」
気管の変な所に入ったお茶と手にかかった熱いお茶に総司はドタバタした。いったい何を言い出すのかこの子は。そういう事態にならないように今必死に作戦を練ろうと言っているのに。沖田はむせながら千鶴にあきれた。しかし千鶴は前のめりで続ける。
「その、多分結構興味というか…夢と同じなのか知りたいっていうところが大きいんじゃないかと思うんです。私の場合はそうなんですけど。だけど実際には触れちゃいけないいけないって思えば思うほど泥沼になっちゃう感じで。だから一度やってみて、ああこういう感じか、夢と同じだなあとか夢と違うなあって知れたらちょっと落ち着くと思いませんか?」
最初は全否定しようと思っていた沖田は、千鶴の言葉に黙り込んだ。
一理ある。
千鶴の耳が本当に弱いのか、あのかわいい声は本当にああいう声なのか、あの時感じた自分の快感はその通りなのか。
確かめたいと思って触れたくなるのだ。ならばいっそ実際に確かめてしまえば。
「……確かにそれはアリかもしれないね……」
それに、千鶴とできるかもと思った瞬間動悸が激しくなった。抱きたいのか、要は、自分は。
千鶴は確かめたいと言ったが、沖田もそれはあるが、それよりも抱きたい、千鶴を。千鶴を抱きしめて全身に触れて中に入りたい。そう考えただけで腰のあたりがジンと熱くなる。一度抱いてすっきりすれば、こんなバカみたいな熱いどろどろした感覚もあっさりすっきりなくなる可能性が高い。沖田の数少ない島原での経験でもそうだった。

「よし、そうしよう」

沖田と千鶴は目を合わせ、力強くうなづいた。


 


<つづく!>

※あの二人どうなるんだろうと思って書いてしまいました!続いてしましましたが、次で終わる予定です。
7月12日の沖千の日までに書いて、12日のちょっと前にUPします。 
ツイッターで開催されている毎月12日の沖千の日に合わせて書いたものになります。