【Let's cooking! 4】
総司と一と平助は高校卒業、大学入学前の春休みで、千鶴は4月から高校三年生になる前の春休みです。「青は藍より……」「Blue Rose」の延長線上の設定です。






 

 

ひんやりとした床に大の字になって、総司は道場の天井をぼんやり見ていた。
自分の呼吸の音が大きく耳に響き、胸が激しく上下している。流れる汗にはかまわず、総司はそのまま動かなかった。
新八と打ち合い、その後左之、平助とも激しく打ち合いをした。最後はもうへろへろで、総司が床に倒れこむのと、平助がもう勘弁!というのが同時だった。
総司は寝転がったまま、道場の隅の水飲み場で水を飲みながら何事かを話している平助たちの声を聞くとはなしに聞いている。

体を酷使したせいで、もやもやとしていたものが汗と一緒に流れ出たように感じる。気持ちがいいくらい空っぽになった頭で、それでも浮かんでくるのは……

千鶴ちゃん……

先程までの一とのあれこれや千鶴とのケンカについてなどの出来事は体力や汗とともに剥がれ落ち、今総司の頭にあるのは想いの核……千鶴に対する思いだけだった。


千鶴ちゃんに会いたい……
会って笑顔が見たい
触れたい


千鶴がどう思うかや自分のしでかしたことについては、体力の限界を突破している今ではもう些細なことに思えた。
傷つけたことは謝って、怖がらせたなら安心させて。
そして自分のことも安心させてほしい。彼女の気持ちが変わっていないということを確かめたい。

総司は腹筋で勢いよく起き上ると、立ち上がった。

 


 携帯のメールに気づき千鶴が自分の部屋から窓の下を見てみると、自転車にまたがった総司がこちらを見て手をあげた。
少し気まずかったものの、千鶴も気になっていたので部屋をでて玄関へと向かう。
門をあけると総司は自転車を壁に立てかけて、こちらにやってくるところだった。千鶴が見ると、総司にはいつも浮かべているほほえみは無く、妙に緊張しているような表情で、頬にはくっきりと手の跡が……

千鶴は目を見開いた。一歩総司の方に足を踏み出し、近くまできた総司の頬をそっと触る。
「沖田先輩……これ……」
総司は千鶴の言いたいことを察して苦笑いをする。
「ここに来る途中、いろんな人に笑われた気がするよ」
「ごっごめんなさい!」
千鶴は真っ赤になってぺこりと頭を下げて謝った。
「僕って結構暴力ふるわれてるよね、千鶴ちゃんから」
からかうような総司の言葉に、千鶴はさらに小さくなる。
「すっすいません……!痛かったですか?」
心配そうにもう一度触れてくる千鶴の手を、総司はそっと掴んだ。

「うん、心が痛かった」
ふざけているのか真剣なのかわからない総司の言葉に、千鶴は彼の緑の瞳を覗き込む。そこには意外に真剣な光があった。
「あの、斎藤先輩とのことは、その……」
千鶴がつかえつかえで、斎藤に抱きしめられた経緯を話す。
「それで、私が泣き止まなくて斎藤先輩が困って……。きっと泣いている妹さんを慰めるような感じだったんだと思います」
「そっか……」

この年で泣いてる妹を抱きしめて慰めてやる兄なんているわけがない、と思いつつも、総司は口では千鶴に同意した。
千鶴にはそう思い込んでもらっていた方がいい。一の本当のところの気持ちは総司にもわからない。
前世でのからみ、現在は総司の彼女であること、でも千鶴と一は現世でもウマがあっているようで……
そういう諸々はおいておいても、一をいえどもオトコで聖人ではない。目の前で千鶴のような可愛い女の子が泣いていたら抱きしめて慰めたくなるだろう。優しさとスケベ心の比率は……一なら6対4くらいだろうか。
さらに面倒なことにあの天然な友人は、他の事には鋭い癖に自分のそういう……色っぽい面には計り知れないほど鈍い。
聡い総司には、あの時の二人の心の機微まで手に取るように推測できたが、今回は天然な二人に免じてこれ以上追求するのは止めることにしたのだった。

「僕が……僕をたたいたのはなんで?無理矢理だったから?場所が場所だったから?」
「そ、それは……」
千鶴は総司の質問に一瞬ひるんだ。握られた手をひこうとしたが、総司はさらに強く握りしめた。暫くの沈黙のあと、千鶴が口を開く。
「無理やり……強引で、私のいう事を全然聞いてくれなくて……。沖田先輩の気持ちは、今ならなんとなくわかるんですが、あの時は、突然なんで?どうして今ここで?っていう驚きの方が大きくて……」
そこまで言って千鶴はさらに顔を赤くして俯いた。
言おうかどうしようか迷うように、下で唇を噛む。しばらく迷ってから、千鶴は思い切ったように顔をあげた。
「でも、叩いたのはやりすぎだったと思います。沖田先輩もまさか……あそこで最後までっていうつもりじゃなかったんでしょう?なんというか……安心したかったんですよね?」

正直総司は、あの時そんな冷静にどこまでするか、などど考えていなかったが、そんなそぶりは少しも見せずに千鶴の眼を見てにっこりとうなずいた。
千鶴は顔を赤くしたまま視線を気まずそうにそらした。
「その、ごめんなさい。あの……私、あの……今日は触られたくなくて……」
そこまで言うと、千鶴はすっと総司に近づき背伸びをして彼の耳に唇を寄せる。内緒話?と思い総司も体をかがめた。

ゴニョゴニョゴニョ


千鶴のナイショの話を聞いて総司は目を見開いた。耳を離して千鶴の顔みる。
千鶴は赤い顔のままうなずいた。
「そうなんだ……オンナノコの日ね……」
「おっ沖田先輩……!」
慌てる千鶴の手を、総司はもう一度握る。
「そうなんだ……。そうじゃなかったらあの時はオッケーだったの?」
「まっまさかっ!あんな場所であんな時間にそんなことするわけないじゃないですか!そうじゃなくて……叩きはしなかったです、っていうことです。その……キュロットを下げられそうになって……止めて下さいって言っても聞いてくれなくて、夢中で……」
ごめんなさい、と謝る千鶴を、総司は愛おしげに見た。
「僕もごめんね。ちょっと……目の前が真っ赤になっちゃってさ」
そう言うと総司はもう片方の手もとった。

「僕の事好き?」
突然とんだ質問と、その突拍子もない内容に千鶴は『はい!?』という表情で総司を見上げた。
「どうなの?」
照れもせずにさらっと聞いてくる総司に、千鶴は口ごもりながらも返事をする。
「…す、好き…です」
こんなところでこんなこをを言わせて、意地悪!と思いながらも恥ずかしさをこらえて返事をする。
と、総司の整った顔がぱっとほころびにっこりと心から嬉しそうに微笑んだ。
辺りにパッとキラキラ光る水しぶきがとんだように爽やかで、純粋な笑顔で。

「ありがとう」
ストレートな表情と言葉に、千鶴は言葉に詰まった。

 ……もう!急に怖いくらいに怒ったかと思うと、なんだかすごく情熱的な感じになって、拗ねてるかと思うと、意地悪をして、かと思うと小さな子供みたいに無邪気に笑うんだから……
気まぐれな沖田先輩にふりまわされてばっかり。
でも……

千鶴は嬉しそうに自分を見ている総司の幸せそうな顔を見る。

 

でも、そんなところも、好き

 

自分の思いに我ながら赤くなっていると、総司が思い出したように言った。
「あーあ、春休み終わったらこんな風に気軽に会えなくなるなぁ」
話題が変わったので少しほっとして千鶴も答える。
「沖田先輩、大学ですもんね」
総司の大学はここから特急でで3時間ちょっと行った遠くの街だった。同じ大学に受かった一と平助は、もちろんここからの通いではなくそちらで家を借りて一人暮らしをするらしい。総司は一応そちらの街に家は借りるものの、週末はこっちに帰って来ると言っていた。
しかしそうなると確かに、こんな風に思い立った時に会いに来ることはむずかしくなるだろう。
「なんだか最初にどっか山奥につれてかれて合宿みたいに泊まりで説明うけたりするらしいんだよね~。千鶴ちゃんに会えない上にめんどくさ」
「……きっととっても……楽しいですよ。いろんな人がいて」
そう言いつつも千鶴は複雑だった。高校の時の総司はモテた。バカみたいにモテていた。
最初のころは少し近寄りがたい怖いところもあったけれど、最近の総司は華やかで人目を引いてとにかくかっこいい。……と思うのは彼女の欲目だけではないはずだ。
新しい環境に入ったら、きっといろんな出会いがあるだろう。大学なんて大人っぽい女性も多いだろうし、こんな高校生の彼女なんて忘れてしまうかも……

そんなことを考えて千鶴が勝手に不安になっていると、今度は総司が体をかがめて千鶴の耳元に囁いた。
「やきもち?」
ずばり言い当てられたうえにからかうような緑の瞳を見て、千鶴は顔を赤らめて黙り込んだ。
「大丈夫だよ、僕には千鶴ちゃんだけだし。それより千鶴ちゃんの方が心配だなぁ。僕がいないからって高校生のバカな奴らが手を出してきそうで」
「わっ私も沖田先輩だけです!」
千鶴は思わず言ってしまった後、まるで告白みたいな自分の言葉にさらに真っ赤になった。
総司は千鶴の言葉に驚いたように一瞬目を見開いて……そして嬉しそうに笑って再度耳元に囁いた。

「合宿終わるころにはオンナノコの日もおわってる?」
悪戯っぽくささやいた総司は、千鶴に『もう!先輩のエッチ!』とプンされて、これまた嬉しそうに笑ったのだった。

 

 

















【終】


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