【雪】
総司大学二年生、千鶴大学一年生の冬です。「青は藍より……」の延長線上のいつかの設定です。




 携帯のかすかな振動音で総司は目を覚ました。
千鶴を起こさないようにそっと腕を伸ばして携帯のアラームを止める。そのままゆっくり腕枕をしていた腕を抜く。
「ん……」
千鶴が小さく呟いて体を離そうとした総司の方へすり寄ってきた。総司は抜いていた腕をビタッと止めて、しばらく千鶴の様子をみる。
そのまま、スーッと寝息をたててまた千鶴が眠り込んだのを確認して、総司は腕をまたそっと抜いた。そろそろと体を離してベッドに座る。はだけた布団をまた裸のままの千鶴の肩にかけてくるむようにして、総司はようやくベッドから降り立った。
脱ぎ散らかしてあったジャージとTシャツを着て、電気をつけないまま総司は窓へと向かった。カーテンを少しだけ開けて外を見る。

 雪はまだ降っていた。

静かに、音もなく。夜の暗さに細かな雪の白さが浮かび上がっている。
雪のせいで車の音もバイクの音も何の街の音もしない、まったくの静寂だった。
総司はそのままカーテンを閉めて机に向かう。テレビをつけると千鶴を起こしてしまうかもしれないし、こういうピンポイントの情報はネットの方がいい。パソコンを立ち上げるとぼんやりとした液晶の光が部屋を薄暗く照らした。
カチャカチャとキーボードを打ち、総司は気象情報と電車の運行状況を確認した。

電車は雪のせいで止まっていた。

総司は満足気な笑みを浮かべる。
振り返って壁にかかっている時計を見ると、夜の11時過ぎ。総司の一人暮らしの家から千鶴と薫が二人で住んでいるマンションまでは電車で一駅。最終電車は11時35分で今から準備してぎりぎり間に合う時間だった。

 明日は薫がクラスの親睦旅行から帰ってくるから今日は家に帰っておかないと、という千鶴をあの手この手で説得して、キスで気をそらして、ようやくじゃあ終電で帰りますと言ってもらった。必ず終電には乗せてあげるから、と言った手前ちゃんと起きられるよう間に合う時間に携帯アラームをつけておいた総司だが、電車自体が止まってしまっているのならどうしようもない。
三連休の今週末は、ロシアから強力な寒波が降りてきて天気は荒れ模様になるという予報。夕方から降り出した細かな雪。どんどん下がっていく気温。これらの状況から千鶴と一緒に夕飯を食べている時に総司は後二時間もしたら電車は止まるだろうと読んでいた。こんな雪じゃタクシーもつかまらないだろうし、自転車なんか運転できない。歩いて帰るのも無理。今日は金曜日の夜でこれから三連休だし、冷蔵庫には食糧がいっぱいあるし……。
総司は我知らずにんまりと笑った。

 そもそも千鶴が同じ大学に来れることになって総司には幸せな未来が広がった、と思っていた。どちらも一人暮らしになるのだから、とりあえずは近くに別々に住んで、そのうち千鶴の家に入り浸ってどんどん自分の物を増やしていって半同棲。次は本同棲……。そんな幸せな未来は、千鶴の双子の兄の薫のせいで真っ二つに引き裂かれた。
同じ大学に入学した薫は、実家の金銭的な負担を盾に、千鶴と二人暮らしをすることにしてしまった。さらに総司の家をあらかじめ調べたうえで違う駅で家を探し、千鶴には嫁入り前の娘がだらしないことはするな、と外泊禁止の上門限まで……!

お前はがんこ親父か……!

総司は激しく抗議したが、まったく相手にされず結局実家の時と同じ不自由な千鶴ライフになってしまった。

でも天気だけは、いくら薫でも文句がつけれないよね……。

総司はベッドの方を見た。千鶴は総司の布団にくるまってスヤスヤと眠っている。
外は静かで、部屋は薄暗くて、まるで外界から切り離されたような空間で二人きり。

 このまま千鶴ちゃんを閉じ込めて。
 誰にも見せずに僕だけを見て。
 彼女の世界のすべてが僕だけに。

そんなことを考えて、総司は千鶴を見つめながらベッドへとゆっくりと向かった。
暖かい、生まれたままの千鶴の横に潜り込みながら、総司は静かに千鶴に呼びかけた。
「……千鶴ちゃん」
「ん……」
「電車、止まっちゃったよ」
「……」
「今日はもう帰れないから泊まってきなよ。薫も明日にはたぶん帰れないよ。明日電車が動いたら、また送って行ってあげるから」
「……」
「千鶴ちゃん?」
意識を戻さない千鶴にとりあえず起こしはした、という既成事実を一応つくって。
総司はそのまま、また千鶴の肩の下に腕をいれて彼女を抱き寄せ、首筋に顔をうずめて眠りについた。


 朝、窓から差し込むぼんやりとした光で目を覚ました千鶴は、時計を見て隣で安らかに眠っていた総司を叩き起こした。
「おっ沖田先輩!明日になってるじゃないですか……!終電に間に合うように起こしてくれるって言ってたのに……!」
「……ん……。千鶴ちゃん、外見てみなよ。すごい雪だよ。昨日ももう電車が止まってたんだよ。一応起こしたんだけど起きないし、電車も止まってるからどうせ帰れないし、と思ってね」
総司の言葉に、千鶴は外があまりにも静かなこと、朝の光があまりにも薄暗いことに気が付いた。
「……そうなんですか……?」
「うん。今週末は交通機関がマヒするみたいだから、多分薫も帰ってこられないよ。三連休だし、僕は別にいいから僕の家でゆっくりしてきなよ」
総司の優しい言葉に、千鶴は気まずそうな顔をして頬を赤らめた。
「……ごめんなさい……。怒っちゃって……」
総司は少し寂しげな顔をする。
「……別に、いいけどね。千鶴ちゃんに信用されてないのはいつものことだし」
「そんな……!そんな信用してないなんて……!」
「そうなの?信用してる?」
「し、してます!もちろん!」
「じゃあ、好き?」
え?そ、それはまた別の話じゃないの?と目を瞬いた千鶴に、総司は重ねた。
「好きじゃないの?」
「す、す……好きです……」
「じゃあキスしてよ。そうしたら怒ったのを許してあげるよ」
「……なんか、ぜんぜん会話がかみあってないような気がするのは私の気のせいですか……?」
「気のせいだよ。ほら早く」
千鶴は赤くなったまま固まった。

これまでの経験から考えると、自分は裸のままだし、特にこの後何にも予定のない土曜日の朝だし、ここでキスをするとほぼ100%そういうことになるような……。だけど起こしてくれなかったと誤解して叩き起こしちゃったのは確かだし……。

千鶴は仰向けになったままの総司に唇をよせて、頬にちゅっとキスをした。その瞬間総司ががばっと千鶴を抱え込み、体勢を入れ替えて抑え込む。総司の膝が千鶴の脚を割り、片手がむき出しの胸を包む。悪戯っぽく笑いながらキスをしてくる総司に、千鶴は、もうっ、と思いながらも笑ってしまう。そしてそのまま唇を受け入れて……。雪も解けてしまうような熱い朝を二人で過ごしたのだった。

 

 「沖田先輩、もう二日目ですよ。いいかげん電車も動いてると思うんですけど……」
「さっきネット見たらまだ止まってるって書いてあったよ」
じとっとした疑いの目で総司をみる千鶴に、総司は傷ついた顔をした。
「あ、また信用してないよね」
「だって……。じゃあ私にもパソコン見せてくださいよ」
「だめ」
「じゃあログオンパスワード教えてください」
「ナイショ」
「じゃあテレビつけてくださいよ」
「壊れちゃったって言ったでしょ。何?そんなに僕と二人きりは不満なの?二人で話したりいちゃいちゃしたり、楽しくないの?」
「〜〜!だから、それはまた別の話です……!金曜日の夜に来て、もう日曜の夜ですよ?その間一度も外に出してもらえないし、テレビもネットも……。そもそも私の携帯、どこにやったんですか?」
「だから、知らないって。家に忘れてきたんじゃないの?」
にっこり爽やかに笑いながら、総司は千鶴の肩を抱いた。
「僕は幸せなんだけどな〜。外からのうるさい邪魔が一切なくて、千鶴ちゃんと二人きりでごはん食べて、しゃべって、ゲームして、エッチして、お風呂入って……。あー、幸せ……。千鶴ちゃんは嫌なんだ?」
「いえ、だからそれはそれで私も、し、幸せですけど……」
総司の素直な喜びようがかわいくて、千鶴の追求が緩んでしまう。総司はそこを見逃さずたたみかけた。
「ホント?ホントなら嬉しいなぁ」
「……ホントです」
「二人で幸せだね」
コツン、と二人のおでこを合わせてにっこりとほほ笑みあう。そのままそっと総司は唇を千鶴に近づけて……。
「だめです!」
総司の口を千鶴は手のひらで押さえた。
「もうごまかされませんよ。確かに外は大雪です。ほんとに電車は止まってるままなのかもしれません。でもネットかテレビか見せてください!」
「……僕のこと信用……」
「してます!してますけど、この件に関しては信用してません!それと携帯。ちゃんと持ってきてるはずです。だって、金曜日薫から電話があったじゃないですか」
「知らないなぁ」
あさっての方向を向いてそらとぼける総司に、とうとう千鶴が言った。

 「……先輩。いい加減にしないと本当に怒りますよ……」
「あ、あった!こんなところにあったよ!」
そう言って、総司はベッドの下からさも今発見したかのように千鶴の携帯を取り出して渡した。
千鶴は総司を軽くにらんで、携帯を受け取る。総司は全然罪悪感なんてないような笑顔で、見つかってよかったね、と言った。
「あ、電源切られてるじゃないですか!あ、あれ……?……?おかしいな、薫から電話が一回も……?」
携帯を操作していた千鶴が不思議そうな顔をする。
「あ、もしかして……!もう!沖田先輩!また薫を着信拒否にしましたね…!」
何回か総司が勝手に薫を着信拒否にしたことがあって。確認したらその通りだった。

 

 急いで薫に電話して、あやうく捜索願をだされる寸前だったところを止めて。怒り狂ってる薫をなだめて。
結局土曜日も日曜日も昼間太陽が出ている間は雪も解けて電車は運行していたが、夜は止まってしまっていた。日曜の夜、今も電車はもう止まってしまっている。交通機関は大混乱でタクシーもつかまらない上に事故が多発していた。薫は怒り狂っていたものの、さすがにこんな状況で帰ってこさせるわけにもいかず歯ぎしりしながら、明日電車が動いたらすぐ帰ってこい!と言うことしかできなかった。


 「あ〜あ。千鶴ちゃんと二人っきりも今夜でおしまいか」
千鶴が作ってくれたナポリタンスパゲッティとかぼちゃスープを食べながら総司がぼやいた。
「泊まりはなかなかできないですけど、毎日って言ってもいいくらい会ってるじゃないですか」
千鶴がパスタをフォークでまきながら言う。
「ずっと二人がいいんだよ。千鶴ちゃんが僕にしか会わなくて、僕としかしゃべらなくて…。まぁ結婚したら、だね」
ぴた。
千鶴の手が止まる。
「沖田先輩……今の……」
「何?僕と結婚しないつもりなの?」
「いえ、そうじゃなくて……。っていうかそれも重大な話なんですが、今先輩聞き捨てならないことを言いませんでした?私、結婚しても別に先輩以外の人とも会うし、しゃべりますよ?普通じゃないですか?」
「ダメ。千鶴ちゃんは結婚したら僕以外と会ったりしゃべったりしちゃダメ」
平然とかぼちゃスープを飲みながらそういう総司に千鶴はあきれた。
「無茶ですよ。そんなことできません。だってごはんとか買い物とか……」
そう言って座っているカーペットに手をついた千鶴は、指の先に何か冷たいものが触れるのに気が付いた。
それはベッドの下にしまわれていた何かで……。千鶴はそれをずるずるとひっぱってみる。

長い太い紐。その先にはベルトのようにとめることができるリストバンド。反対側の端にはどこかにひっかけるためのフック。それが二本……。

千鶴は思わず後ずさった。
「お、沖田先輩……!こ、これ……」
総司は千鶴が引っ張り出したものを見て、楽しそうににっこりと笑った。
「いいでしょ、それ」
千鶴の頭に、このリストバンドを両手首につけられ、紐でどこかにつながれたまま閉じ込められている自分が浮かんだ。
思わず立ち上がろうとした千鶴の手を総司が掴む。

「待って待って!千鶴ちゃんごめん!」
総司が笑いながら、おかしそうに言う。
「これ、拘束具じゃないよ。筋トレ用の道具。ほらこうやって……」
総司はリストバンド部分を自分の手首につけてみる。紐の反対側のフックをベッドの枠のところにひっかけて、腕を伸ばすと、紐はゴムの様に伸びた。
「この紐、ゴムでさ。結構きついんだけど、これで、こうやってゴムの引き戻す力に逆らって腕を前にだすことで、腕と背中の筋肉が鍛えられるんだよ」
「あ、そうだったんですか……」
千鶴は赤面した。まさかいくら総司でも本当に拘束して閉じ込めるわけがなかった。そもそも閉じ込める理由もない。千鶴と総司はつきあっていて別にケンカしているわけじゃない。それどころがとても仲がいいのだから。
そんなことを考えて千鶴が勘違いを恥ずかしく思っていると、リストバンド部分を確かめるように見ていた総司がぽつりと言った。
「でも、これ使えるね。ここのリストバンド部分とさ、フックのところに錠をつければいいんだよ。そうすれば外せないでしょ」
「……つ、使えるって……?」
「拘束具としてもさ。千鶴ちゃん鍵方式の南京錠か、ダイヤル式の錠かどっちがいい?」

冗談なのか本気なのかわからない総司の言葉に、千鶴は返事ができなかったのだった。




                





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おまけ


千鶴が食べたお皿を洗っているのを、総司は横に立って他愛もないおしゃべりをしながら見ていた。ふと思いついて、千鶴の唇にはりついている後れ毛を耳にかけてあげながら聞いてみる。
「ねぇ、さっき言ったあれ、拘束具さ。あれは冗談だけど、もし、もしもほんとに僕にあれでつながれて監禁されちゃったら、千鶴ちゃんどうする?」
その言葉に千鶴はちらっと総司を見て考える。
考えている千鶴を見ながら、総司は彼女ならどうするかを想像していた。
泣く?もちろん泣くのは泣くだろうけど……。怒るかな?その後僕を嫌いになる?それともあきらめてこの部屋でそれなりに楽しく暮らしていく?僕は大事にするし、案外幸せになっちゃったりして……。

 「もしほんとにあれにつながれちゃったら……」
千鶴の言葉に、物思いにふけっていた総司は顔をあげた。
「うん?」
先の言葉を促す。
「そしたら、たぶん毎日毎日あれで一生懸命筋トレして……」
千鶴はそう言ってちょっとにらむ様に総司を見上げた。
「ムキムキになって沖田先輩をやっつけます!」

千鶴の返事に、総司は笑い死にしたそうです。