【とらいあんぐる 2】
青藍シリーズ、時系列で一番最後のSSです。ボストンにいる総司と千鶴(結婚済。赤ちゃんも無事産まれました)のところに日本から一と平助が遊びに来ることになった設定です。


 









 

 「って、こんなこと言うんです。私が何を言っても聞いてくれなくて」
総司と千鶴の様子がなんとなくおかしいと感じた一が、何かあったのか、と聞いた途端、千鶴からこぼれるように一と平助が家にくる直前の総司とのケンカの話が出てきた。
一は卵をかき混ぜながら溜息をつく。
「まだそんなことを言ってるのか、あいつは」
すっと伸びた背筋、筋肉質な細見の体、そして深い蒼色の静かな、けれども暖かい瞳……。
黒のシンプルなシャツと濃い茶色の細見のチノパンをはいた一は、幕末のころと全く変わらない雰囲気を漂わせていて、千鶴は懐かしく嬉しかった。

千鶴は一の言葉に強くうなずきながら、炒めたチャーハンの具をフライパンから取り出して、フライパンを洗い再度火にかける。

 一と平助はやはり飛行機で爆睡してきたせいで特に眠くはないとのことで、とりあえず軽くお茶をして千代を見てもらった。
そして千鶴の作った夕飯を食べて、今は飲みに移行しているところだ。散々夕飯を食べたあとなのに、平助が『一君のチャーハンが久しぶりに食べたいなー』と言うので、今千鶴と一は二人でキッチンに立ち、一に指示をしてもらいながら千鶴が手伝っているところだった。平助と総司はダイニングで一緒に飲んでいる。

 「身に覚えのないことでなんだか責められて、言い訳するのもおかしな話ですし、そもそも全部総司さんの妄想ですし」
子どもまでいるのに、もうあきれちゃって……!、と、プンプンしながら言う千鶴を、一はおかしそうに眺めた。
千鶴は、熱したフライパンに卵、ご飯を入れてかき混ぜる。
そんな千鶴に、一はスッと身を寄せて肩を抱いた。これまでにない一の仕草に千鶴はびっくりして一を見る。
「さっ斎藤さん……!?」
思わず裏返った千鶴の声には構わずに、斎藤は千鶴にさらに身を寄せて、まるで抱え込む様にした。高校の時とかわらないシトラスの清潔な香りが千鶴を包む。そして千鶴の耳元に口を寄せ……。
「じゃあ……、『身に覚え』があるようにするか?そうすれば言い訳もしやすいのではないか?」
珍しくからかうように笑みを含ませ、一が囁く。
「あっあの……!?」
「……また殴られたいの。さっさと離れなよ」


 後ろから凍えそうなくらい冷たい声が聞こえて、千鶴ははっと体を一から離した。一は特に抗う風でもなく驚く風でもなく、千鶴を離して後ろを振り向く。
そこには総司が、キッチンの入口で壁に寄りかかって腕組みをしていた。
「見ていたのか、総司」
「最初から気づいていたくせに。よく言うよ」
「まるで浮気の現場をおさえてやると言わんばかりに、声もかけずにこちらをうかがっているのに気が付いてな。それなら期待に応えてやらなくてはと」
「余計なお世話。それに別に浮気現場をおさえるつもりでいたんじゃないよ。僕が話題になってたから入りにくかっただけ」
「お前がそんなことを気にするやつとは思えんがな」

 総司と一の言い合いを、千鶴は口を開けて見ていた。総司が来ていたことにまったく気が付いていなかった千鶴は、総司とのケンカの愚痴を総司本人に聞かれてしまったこと、斎藤との接触を見られてしまったことを思い出して、顔を赤くしたり青くしたりしていた。

 「千鶴、千代が平助と寝室にいるんだよ。平助、どうしても千代をだっこしたいみたいだけど千代は泣くだろ?だから千鶴に助けて欲しいって」
総司が背後の寝室の方を親指で指しながら言う。千鶴は少しほっとして言った。
「あ……。千代はちょうど今人見知りの時期で……」
「それにしては平助の時だけ泣いていたな」
一がぎこちなく千代を抱いたときは、泣くどころか笑顔まで見せて一の心をわしづかみにしたのだ。それなのに平助は、おいで、と手を広げた途端、千代に親の仇のような瞳で見られ大泣きされた。犬には好かれるのに……!とかなり平助はショックをうけていたので、どうしてもリベンジがしたいのだろう。
「あの…じゃあ、私、行っても大丈夫ですか……?」

千鶴は不安げに、出来上がったチャーハンを大皿に盛り取り皿をスプーンを用意している一と、相変わらず腕組みをしている総司とを見る。
 
「大丈夫だ。総司、手伝え」
一がそう言って、スプーンと取り皿を総司に指し示すと、総司は無言だが、でも大人しく一の指示に従っている。
一の言葉もあるし、この様子なら大丈夫かと、千鶴は軽く会釈をしてキッチンを出て、千代の盛大な泣き声が聞こえてくる寝室へと足を向けた。

 

 カチャカチャと音をさせて空になった皿をさげ、チャーハンと取り皿をダイニングの机の上に置く。廊下の向こうの寝室からは、平助の慌てた声、千代の泣き声、千鶴の笑いを含んだ話し声がにぎやかに聞こえてくる。一はダイニングの椅子に座り、総司はリビングのソファの背に浅く寄りかかった。
「……あいかわらず千鶴を困らせているようだな」
焼酎を飲みながら一がからかうように総司に言った。
「……一君が煽るようなことをするから」
拗ねるように総司が答える。
「だから言ったろう?『魂の傷』を軽く考えていたからいつまでも引きずっているんではないか?」
「『魂の傷』ね……。確かにむきあわないようにしてたかもな」


そこで会話が止まり、二人は寝室から聞こえてくる千鶴と平助と千代の声を、聞くとはなしに聞いていた。


総司は机の上で湯気をたてているチャーハンに視線を固定したまま静かに聞いた。

 「……一君は……、屯所にいたころ、千鶴の事が好きだったよね?」


断定的な総司の言葉に、一は少し目を見開いて総司を見た。
「お前はまた……」
「もう別に不安定になったりしないから、ごまかさなくてもいいよ。千鶴は……、自覚してなかったみたいだけど、一君は自分でわかってたよね?」
硬い表情のままそう続ける総司に、一は溜息をついた。

総司は一を見る。
「もしあのまま、僕が隊を離れなければ、きっとあの荒れた時代で千鶴を守ったのは……、千鶴が守られたいと思ったのは、一君だったよね。その思いが、結局いつまでも残ってるんだ」

総司は軽く腰をあげて、テーブルの上に乗っている自分の焼酎が入ったグラスをとる。そして一口飲んでから言った。
「現世でも、一君は千鶴には優しいよね。他の女の子とは全然違う。話も合うみたいだし、……波長が合うっていうのかな?千鶴も一君といるとほっとするみた……」
「悔やんでいる」

 総司の言葉をさえぎるように、一が言った。
総司は、若菜色が濃くなった瞳で一を見る。

一は自分の手の中にあるコップを見つめていた。
「……悔やんでいる。幸せになってほしいと自ら手を離した。自分の血まみれの手で守られるより、もっと安定した幸せがあるだろうと。彼女の、……千鶴の気持ちを、結果的に俺は無視したのだろうな。彼女は新選組を離れての幸せは望んでいなかった。最後まで我々とともに生きたいと思っていた。俺は一緒に戦いたいという彼女の気持ちは考えず、彼女を守ることばかり考えていた。そして自分の信念を曲げることも出来ず、その信念に彼女を巻き込むこともしたくなかった」

 ほとんどしゃべらなかった一が突然溢れるように紡ぎだした言葉を、総司は茫然と聞いていた。一は静かに続ける。
「現世でもそうだ。前世でどうなったのかは薄々わかっていた。現世で再び会えたら……とも思っていた。しかし現世でも彼女の心に入り込んだのはお前だった。悔やんでいる、というのは現世でもだ。千鶴やお前の気持ちなど考えず、運命を捻じ曲げるくらいの気持ちで、なぜ自分の気持ちを彼女にぶつけなかったのかと後悔している」

 表情も変えずに一は一息にそう言い、そして黙り込んだ。
総司も固まったまま一を見つめる。
しばらく沈黙が続いた後……。

「……と、俺が言ったらお前はどうする?」
「は?」
総司が間抜けな声で聞き返す。
一が椅子に座ったまま総司の方に向き直り、再び聞く。
「俺がそう言ったら、お前は千鶴と離婚でもして身を引いて、ゆずってくれるとでもいうのか?」
「……いや、それは……」
「だろう?だったら、俺にも千鶴にもそういうことを言うのは無意味ではないのか?」
「……」
「それに千鶴の気持ちもある。前世でも現世でも千鶴の瞳にはお前しか映っていない。お前が気にしている屯所のころの俺たちは、すべてお前の妄想だ。昔も今も……千鶴にはお前だけだ」

 「……一君、わかった。悪かったよ。僕が自分の不安を勝手にまき散らしてた。でも……、でもさっきの一君の台詞は…」
「お前の疑いを言葉にしてみただけだ。俺から先ほどのような言葉を聞きたかったのだろう?」
「……は、一君……でも……」
総司の言葉は、平助の能天気な言葉にさえぎられた。

「ほら〜!見てくれよ!千代ちゃん抱っこできたぜー!!」
強張った平助の腕には、妙に緊張した顔の千代が抱かれていた。後ろから千鶴が着いてきて、やれやれ、と言った顔で平助と千代を見ている。
「チャーハン冷めちゃいますよ?何してたんですか?」
なんだか一と総司の間の空気がおかしいように感じて、千鶴が聞く。
「総司がまた俺にからんできたのだ。千鶴をどう思っているのか、と」
一の言葉に、千鶴が顔をしかめて総司を見る。
「もう…!またですか?斎藤さんまで困らせて……」


千鶴はそこで、ぱちぱちと瞬いて、そしてふふっとほほ笑んだ。
「……私、でも総司さんと話して気が付いたんです。総司さんがそんなに私と斎藤さんを気にするわけ」

 先ほどの一の発言にまだショックを受けていた総司は、千鶴の思いがけない言葉に少し驚いてダイニングの入口で平助と並んで立ったままの千鶴を見上げた。一も千鶴を見て続く言葉を待っている。


 「総司さんは、斎藤さんが好きなんです」
「……は……?」
突拍子の無い千鶴の言葉に、ダイニングの男三人は目を見開く。
「私じゃなくて総司さんが、斎藤さんの事を魅力的だと思ってるんですよ。自分がもし女性だったら絶対斎藤さんを好きになるから、だから私が総司さんを好きだってことをどうしても信じられないんです」
確信を持って自分の言葉にうなずいている千鶴を、三人は唖然としてみていた。一番最初に我に返ったのは一で……。

 「……総司」
一は総司に真顔で向き直った。

その一の顔を見て、総司も我に返る。
「な…っちょっと千鶴!何言ってんの。僕が一君を好きとか、魅力的とか……。気持ち悪すぎるんですけど!?」
総司はあわてたように立ち上がった。
「総司、気持ちは嬉しいがあいにくお前の気持ちは受け入れられん。俺は女性の方が好みだ」
「僕だってそうだよ!何言ってんの!あたりまえじゃないか!!」
一は、総司には構わずすっとダイニングの椅子から立ち上がって総司に向き合った。
「……しかしお前とは長い付き合いだ。どうしてもと言うのなら一度ぐらいなら思いをかなえてやってもいいかとも思う」
「はぁ!?いっいいよ!いらない!ちょっ…!」

ガシ!と一に手首を掴まれて、総司はひきつった笑みを浮かべる。
「……は、一君……。何この手?ってゆーかふりほどけないんですけど…。あれ?一君今でも筋トレしてる?」
「お前は最近鍛錬をさぼっているな?この程度がふりほどけないとは……」
一は表情を変えずに総司の両手首をつかんだまま、ゆっくりと総司をソファに押し倒した。
「あれ?ちょ…ちょっと何を……」
「大人しくしていろ。俺も初めてでよくわからないが……。痛くしないようには努力しよう」
「って、え!?ちょっ!!一君がそっち?じゃなくて!!わっ!!シャツの下になんで手を入れてるの!!?千鶴!平助!助けて!!」

 ソファの上で一に押し倒されている総司を無視して、平助が小声で千鶴を呼んだ。
「おっ!千鶴千鶴……!千代が寝てる!!」
ぷっくらとした頬を、平助のパーカーに押し付けて、千代がすやすやと眠りこんでいた。
「やったね!平助君!じゃあそーっと寝室にいってベビーベッドに寝かそうか?」
「やった…!これで俺も千代マスター!!」
「まだまだ。ベビーベッドに降ろす時に起きちゃうんだよ〜。そこから寝かすのに時間がかかるんだから」
「そうなの?千鶴、じゃあコツ教えろよ」
「それはね〜……」
千鶴と平助は小さな声で話しながらダイニングに背を向けて寝室へと歩き出してしまった。

「ちょっとちょっとおおお!千鶴!!助けて!!ごめん!ごめんなさい!もう一君と千鶴の仲を疑ったりしないから……!!」
「静かにしろ、総司。千代が起きるだろう」
「そういう問題!?ねぇそういう問題なの!?やめて!!誰か……」


 た〜す〜け〜て〜!!!


総司の声が、冬のボストンの夜空に響き渡ったのだった。











【終】


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あとがき






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