【Let's cooking!
3】
総司と一と平助は高校卒業、大学入学前の春休みで、千鶴は4月から高校三年生になる前の春休みです。「青は藍より……」「Blue
Rose」の延長線上の設定です。
平助は目玉焼きが空を飛ぶのを初めて見た。
それは綺麗に水平に飛び、一の家のキッチンのタイルにあたった。ちょうどいい焼き具合の黄身がたらりとたれて白いタイルに跡をつける。
「沖田先輩!」
千鶴の悲鳴にかぶさって、総司に殴られた反動で一が倒した食器類が割れる音が台所に響く。
一発目は突然だったこともあり見事に一の頬にあたったが、二発目は避けられた。再度襟ぐりを掴んで殴りかかろうとする総司の足を、今度は一がはらう。総司はバランスを崩し一と一緒にキッチンの隅の棚に倒れこんだ。その衝撃で二人の上に缶詰やじゃがいも、乾麺などが落ちてくる。それにはかまわず再度馬乗りになろうとする総司を、平助がようやく一から引き離した。
「ちょっ……ちょっと待てって!ホラ総司!落ち着けよ!」
平助が総司の腕を引っ張り立ち上がらせている間に、千鶴が倒れこんでいる一に駆け寄る。赤黒く殴られた痕がついている一の頬を見て千鶴は息を呑んだ。
「だ、大丈夫ですか、斎藤先輩……救急箱……」
手当をしようとする千鶴を押しのけて、一は立ち上がった。そして冷たい緑の瞳で一と千鶴を見ている総司に向き合う。
「……全くの誤解だが、すまなかった。俺が軽率だった」
謝った一に、総司があざ笑うように言う。
「……謝るんだ。有罪ってこと?」
「誤解だと言っているだろう。俺は慰めていただけだ。ただお前の気持ちも考えずに軽率だったと……」
「僕がいないからああやったんでしょ?抱き寄せる必要はないんじゃないの?」
バチバチっと男同士の火花が飛ぶ。
千鶴は困ったように二人を見ながら言った。
「あ、あの、私が泣いたりしちゃったから……」
その声に、総司は初めて彼女の方を見た。まだ涙でぬれて潤んでいる睫、とんでもない展開に驚いて紅潮している頬、そして困ったような表情……
総司は眉をしかめて舌打ちすると、千鶴の手首をつかんで踵を返した。
あわあわしている平助と、口の中の血をペッとシンクに吐き出している一をキッチンに残して。
千鶴の手を強引にひいて総司は一の家にある自分の部屋へとむかった。
部屋に入り扉を閉めるとすぐに、千鶴を抱きしめて強引に唇を合わせる。
「…んんっ…!」
千鶴が驚いて抵抗するのに構わずに、一息にキスを深めて総司は貪る。
「…はぁっ……ん……」
驚き強張る千鶴には構わず、総司は唇をあわせたまま千鶴を抱き上げ、ベッドへ押し倒した。
「お、沖っ……!」
驚く千鶴の手首を抑え、総司は彼女の顔を覗き込む。
「……むかつく……。なんでそんなにかわいい表情してるの。涙で潤んだ瞳とかピンクの頬とか、自分が今どんなふうに見えるかわかってる?一君じゃなくても誘惑されるに決まってるよ」
低い声で言う総司に、千鶴は目を瞬く。
「ゆっ誘惑って…!んっんんっ」
千鶴の声は、総司のキスで再び途絶えた。キスと同時に総司の手が千鶴のセーターをまくり上げ素肌を撫でる。
「っ…!」
千鶴は驚いて背筋をそらした。
「んんっ!」
抵抗する千鶴を力で押さえつけて、総司は千鶴の胸をブラの上から掴む様に揉みしだいた。総司は、必死で顔をずらした千鶴の耳を舐めうなじへと唇を這わす。
「沖田先輩っ!やめて……あっ…だめ!!」
千鶴が必死に総司の肩を押し体を離そうとするのにかまわず、総司は手を千鶴のウエストへさげそのままキュロットのボタンを外した。
「おっ…沖…いや!!」
パンッ!
乾いた音がして、総司が驚いたように千鶴に叩かれた自分の頬を抑える。
千鶴は涙がいっぱい溜まった瞳で総司を睨むと、さっとベッドから抜け出し、そのまま部屋を出て靴を履き玄関から走り去っていった。
なんなの、この拷問……
平助はどこに視線をやればいいのかわからず、あちらこちらと意味のないものを見てみる。
目の前には頬にくっきりと真っ赤な手の跡をつけた総司が座り、むっつりとコーヒーを飲んでいる。
隣はというと、同じく頬に殴られた痣をつけたままの一が、これまた無言でコーヒーカップの中のコーヒーを覗き込んでいる。
総司と一はお互い言葉も視線も交わさない。
一人だらだらと嫌な汗を流しながらちらちらと向かいと隣を見ている平助。
ダイニングテーブルは重苦しい沈黙に包まれていた。
あれから一の怪我を診て、壊れた食器を片づけて新聞紙でくるみ『割れ物キケン!』とかいた不燃ごみの袋に入れて、飛び散った目玉焼きを片付け、棚から落ちて転がっていた缶詰などを片付けたのは平助だった。
一は無言のまま、途中まで準備されていたコーヒーメーカーで、コーヒーを淹れる作業の続きをしていた。
先ほどまで殴り合いをしていたのに、その冷静な様子のギャップが怖い。
平助が、後ろで几帳面にコーヒーを計っている一を気にしながら片づけをしていると、廊下の向こうの総司の部屋のドアが勢いよく開き、千鶴の乱れた足音がして、そのまま玄関を出ていくのが分かった。
平助は目玉焼きを生ごみ入れに捨てながら溜息をつく。
総司が千鶴を引っ張って行ったのを見て、まずいなぁ、とは思った。しかし彼氏彼女の話し合いに自分が口を出すのもおかしいし、一の家で自分たちもいるのだからさすがの総司も無茶はしないだろうと思って気にしながらも放っておいたのだ。一の様子も心配だったし片付けもしなくてはいけなかったし……。
しかし多分……千鶴を泣かせるような展開になるだろうな、と総司の様子をみると想像できて。
そしてそれはあたったようだった。
あっちもあっちでなんとかしねーと……
平助が全部の片付け作業を終えるころ、コーヒーのいい匂いがしてきた。
一を促してダイニングテーブルに座らせてコーヒーを飲ませると、平助は総司の部屋へと恐る恐る向かう。
軽くノックして開きっぱなしになっている扉から顔をのぞかせると、総司はベッドに腰掛けてぼんやりとしていた。
「あの……さ、とりあえずコーヒーはいったから……飲まねぇ?」
平助の声に反応してこちらを見た総司の顔は……
くっきりと頬に手跡で目はうつろ。
あ〜……久々にイっちゃってるよ……
平助は走り去った千鶴のフォローもしなくては……と思いつつ、とりあえず総司を連れてダイニングへと向かったのだった。
「え〜っと、腹へらねぇ?」
「減ってない」
「いや、結構だ」
上滑りをしながらも、会話をしなくては!と頑張った平助の言葉は、あっさりと拒否された。
コーヒーもそろそろなくなりそうで、相変わらず全く会話はない。
「そっか…そうだよな……はは……」
意味もなく笑った平助は、完全に二人にスルーされている。
ううっ誰か助けてくれ〜!!
平助の心の叫びは誰にも届かず、時計が時を刻む音がダイニングに響くのみだった。
「あっあのさ!宴もたけなわだけどさ!俺、今日近藤さんとこの道場で練習する予定があるから、これで帰るわ」
平助はもう限界とばかりに逃げ台詞を言う。
自分がいなくなったあとの総司と一を考えるとこの上もなく不安になるが、まぁ二人でなんとかしてもらうしかない。ここで平助が脂汗を流していても事態は何もかわらないのだ。
これでこの場から逃げられる……!と平助が思った瞬間、向かい側に座っている総司が、口を開いた。
「……僕も道場に行くよ」
「……」
来なくていーよ!と喉まで出かかった言葉を、平助は呑みこんだ。目を白黒させながら返答を考えていると、総司が視線をあげて一を見た。
「……殴って悪かった。……謝罪は受け入れるよ」
総司の言葉に、一も目をあげる。
「……了解した。こちらも……すまなかった」
「……もういいよ」
お互いに頬に殴られた跡をつけたまま、気まずそうながらも総司を一は言葉を交わす。
平助はほっとした。
「そっか…!これでチャラってことだよな。あーよかった!」
総司はそんな平助を見ながら席を立った。
「むしゃくしゃを剣道ですっきりさせたいんだよね。相手になってくれるでしょ」
総司の言葉に平助は青ざめる。
「え?俺が?総司の相手をすんの?」
にっこりとほほ笑んで頷く総司に、平助は無言のまま固まった。
「左之さんっっっ!!新八さんっっ!よかったああああっ」
平助は道場で練習をしていた左之と新八を見つけ、駆け寄った。左之が平助の様子に呆れたように笑う。
「なんだぁ?何泣いてんだ、お前」
後ろから来た総司が、ちょうど素振りを終えた新八に声をかける。
「新八さん、相手してもらえませんか」
新八が、おお!と快諾し空いているスペースへ去っていく二人の背中を見ながら、平助は左之に事と次第を説明した。
「……なーるほどなぁ。あの手の跡はそれか……。またブチ切れて無理矢理なんかしたんだろ、あいつ」
左之が竹刀を肩に担いで、試合をしている総司を見る。平助はうなずいた。
「多分ね。俺は見てねーからわかんねぇけどさ」
「それにしても斎藤に妬くって、そりゃねーだろ。あいつは人の女に手をだすようなやつじゃねぇし、総司の友達じゃねぇか」
もっともなことを言う左之に、平助は溜息をついて説明する。
「総司さぁ、正直すげーやきもちやきなんだよ。っつーか、あんなキャラだっけ?総司って」
左之は顎に手をやり思いを巡らす。
「あんま人や物に執着するっていうイメージはねぇけどな。でも近藤さんと千鶴ちゃんには執着してるよな、あいつ。高校になって千鶴ちゃんとつきあうようになって、角がいい感じにとれて安定してきたなって思ってたんだけどよ」
「抱き合ってるの見ちまったってのが大きいのかな……」
左之は赤見の強い艶やかな髪を、乱暴にがしがしとかいた。
「あー……まぁそうかもな。好きな女が他の奴に抱きしめられてるのは……なんつーか、盗られたって思うよな」
左之がそう言った時に、二人の後ろから声が聞こえた。
「ったく総司のやつ、卒業したってのにまだそんな問題おこしてやがるのか」
苛立し気に舌打ちをしている土方が、左之と平助の後ろに立っていた。
「うわっ!土方さん!聞いてたのかよ!」
左之が驚いて言う。土方はうなずいて腕を組んだ。視線の先は、相変わらず新八と試合をしている総司だ。
「雪村もやっかいな相手につかまっちまったもんだ」
溜息をついている土方に、左之がとりなすように言った。
「でもよ、土方さん。総司、成長してると思わねーか?」
どこがだ?という視線で左之を見る土方に、左之は続けた。
「前までだったら自分のいらいらをあたりにぶちまけて、ケンカしたり問題起こしたりしてたけどよ、今はホラ。ああやって……」
左之の言葉に促されて、三人は竹刀で新八とうちあっている総司を見る。
もうかれこれ30分近く、休みもなく激しく打ち合っているため総司の額には汗が幾筋も流れている。かなりの運動量できっと何も考えずに無心に剣をふるっているのだろう、その緑の瞳は最初のような曇りはなく、今は澄んでいた。
「……ああやって自分で解決してるじゃねーか?」
まぁ相手させられてる新八は気の毒だけどよ、と付け加えて、左之は微笑みながら総司を見た。
土方は眉間の皺は相変わらずだったが、総司を見る紫の瞳がふっと和らぐ。
「……そうかもしれねーな」
そう言った土方の口調は優しかった。