【Something
Blue 1−2】
『青は藍より出でて藍より青し』『Blue
Rose』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。
三日後、一につきそわれて診察室に現れた千鶴をみて、千は愕然とした。
千鶴はひどいやつれようだった。もともと華奢な体がさらに細く、白い肌がまるですけるように青白くなっていた。
「……千鶴ちゃん……。水分はちゃんと摂れてる……?」
千が聞くと、千鶴がか細い声で答えた。
「飲んでも……吐いてしまって……」
「これは普通ではないだろう?なんとかしなくてはこのまま衰弱していくばかりだ。鈴鹿先輩、千鶴の病名は……」
真剣な表情で聞いてくる一に、千は視線を移した。
「斎藤君、つきそいはありがたいけどここから診察に入るから。出て行って」
「し、しかし……!」
心配そうに食い下がる一に、千鶴が言った。
「鈴鹿先輩、あ、いえ、先生。いいんです。斎藤先輩にはほんとにご迷惑をおかけしてるんでちゃんと説明しないと……」
そう言って、傍らに立っている一に視線を移した。
「斎藤先輩、これは病気じゃないんです。その……つわりなんです」
千鶴の言葉に一はしばらく無表情のままだった。理解が出来ていない様子の一に、千も言う。
「妊娠してるのよ。千鶴ちゃん」
ようやく言葉の意味がわかった一は、真っ赤になったまま固まった。
「……す、すまなかった……。そ、そそそそのようなことを説明させてしまい……。お、おれは無関係なので、では、出て行った方がいいな」
ギシッ、ギシッと音をさせながら、一は回れ右をして診察室を出て行った。ドアを閉めた後廊下にあったゴミ箱につまずいて派手に転んでいる音が聞こえる。
千鶴と千は顔を見合わせて笑った。
久しぶりに見た千鶴の笑顔に、千は少しほっとした。
「……で、水分とっても吐いちゃうのね。とりあえず衰弱が激しいし、点滴をしましょう」
診察室と続きになっている部屋で、千鶴はベッドに横になりながら点滴をうけていた。傍らに千が座り、診察をする。
「特に出血もないみたいだし、問題はないと思うけど……。相変わらず赤ちゃんの心音はまだわからないわね。やっぱりあと一週間くらいしないと……。睡眠はとれてるの?」
千の言葉に、千鶴はゆっくりと首を振った。
「……眠ると、イヤな夢を見るので……。よく眠れないしあんまり眠りたくないんです」
「妊娠の事、沖田君には?」
千鶴は横になって安心したのか、ぼんやりと天井を見上げている。
「……結局ダメになっちゃった時、無駄に心配をさせてしまうだけなので、とりあえず心音がはっきりしてから言おうと……」
やっぱり……。
千の思った通り千鶴は総司には言っていなかった。しかし千鶴の言うことにも一理ある。同じ女として千にも千鶴の気持ちがなんとなくわかった。どうしようかと千が考えていると、千鶴は疲れが限界に来ていたのか瞼を閉じた。うとうとしだしたのか呼吸が安定してくる。
千は、千鶴の白い手をそっと握った。
「……怖い夢を見るのかもしれないけど、睡眠はちゃんととらないと。それから水はレモン水とかちょっとさっぱりした味がついていると飲みやすい場合もあるみたいよ。酸っぱい果物とかからとってもいいし」
千の言葉に千鶴は目を閉じたままぼんやり答えた。
「……そうですね…。井戸でくんだままじゃ飲みにくいのかも……」
「……井戸?」
「あ、違いますね。水道でした……」
ぼんやり訂正する千鶴を、千は見つめる。
「沖田君にも話した方がいいと思うわよ」
「……総司さんは、もう……いないので……」
千鶴の言葉に千は目を瞬いた。
「いないって?勉強のために行ってるだけじゃないの?」
「……そうか、剣の修行に……」
千鶴はそうつぶやくように言うと、そのままスー、と寝息をたてて眠り込んでしまった。
千は千鶴の顔を凝視する。
……剣?剣道じゃなくて……?
っていうより、大学院に勉強しに留学してるんじゃないの?
それに井戸って……。
まさか……。今のは……?
握っていた手をそっと置いて、傍にいた看護師にこのまま静かに寝かせておくように指示をして。
千は待合室にいる一のところに向かった。
「斎藤君!」
人のいない場所まで一を引っ張って行って、千は聞いた。
「斎藤君、前世の記憶あるのよね?沖田君も。千鶴ちゃんはないんでしょ?」
突然の質問に一はすこし驚いたように目を見開いた。
「……そうだが……」
その言葉を聞いて、千は考え込んだ。難しい顔をしている千に、一は、何かあったのか、と聞く。
「たぶん……千鶴ちゃん前世を思い出しかけてるんじゃないかしら……。自分が前世を思い出したときのことを思い返しても、妙にリアルな夢を何度も何度も見て、だんだんと現実と夢がまざってきて、最後になにかのきっかけで全部思い出したっていう感じだったし……」
そう言って先ほどの千鶴との会話を一に話す。
「……確かにその様子は思い出す直前の時に似ているな……」
一も考え込んだ。
「前世を思い出した後の混乱や、千鶴はに、に、に、妊娠し、している、ということもあるし、総司に言った方がいいのではないだろうか……」
「そこなのよ」
千が一の顔をびしっと指差した。
「斎藤君、思い出した時、どんなだった?私は中学の時問題児ばっかのクラスの学級委員にさせられて、ほんっとに泣きたくなるくらい苦労してそれで前にも同じように集団のトップでいろいろ苦労したことがあったような……って思い出したんだけど」
「俺は小学生の時、道場の他の奴らにいじめられて返り討ちにした時に、前も同じことがあったな、と……。夢はその前から頻繁に見てはいたが」
一の言葉に千はうなずいた。
「沖田君が思い出したときは?」
「総司は、高校の剣道全国大会の時に思い出したようだ。自分は以前も同じように剣に対して真剣にうちこんだことがあると」
「やっぱり……」
腕を組んで眉間にしわを寄せた千を、一は不思議そうに見た。
「つまりね、みんな前世での、結構強い印象のある経験を現代でも重ねたときに思い出すんじゃないかって思うのよ」
「ああ、それは確かに……」
「ってことは千鶴ちゃんが今思い出しかけてるのはどんな経験のせいだと思う?」
千の言葉に、一は目を瞬いた。
「……どんな……?」
「……妊娠、じゃないのかな……?」
そういう千に、一は目を見開いた。
「し、しかし前に総司は、前世での二人には子供は授からなかったと……」
「だーかーらー!!」
前世の二人に子供がいなかったのは千も知っている。
鈍いわね!もうっ!と千は一をこずいた。
「……前世で千鶴ちゃんは妊娠したことがあるんじゃないかしら。……沖田君と違う相手と」
千の言葉に一はふたたび固まった。
「……そ、そういう話は他人が立ち入ることではな、な、な、なく……」
「そうだけど!今はしょうがないでしょ!緊急事態でつわりのひどい千鶴ちゃん一人に全部背負わせるわけにはいかないし!沖田君もいないし!」
しっかりしてよ!と千は一を叩いた。
「し、しかし……。総司は複雑だろうが、あいつが死んだあと千鶴が一人であの時代生きていくのは難しかっただろうし、そうなるのは仕方がないのでは……。守ってくれる男がいて、子まで授かって幸せに暮らしたのなら、それはそれで……」
滝のように汗をかき、顔を真っ赤にしながら、一は床を凝視したまま必死に言った。そんな一の努力を千は一蹴するようにつぶやく。
「……それならそれでいいんだけど……、そうじゃなかった場合が心配なのよ」
「……そうじゃなかった場合とは?」
「あの時代で、あの場所で、女一人で…って言ったらわかるでしょ?今みたいに警察なんていない田舎だし……」
一は、千が何を言っているのか全く分からないようで、顔にクエスチョンマークを張り付けていた。そんな一を見て、千は溜息をつく。
「……つまり、特に好きでもない男、全く知らない男かもしれないけど……に、無理矢理……。それで妊娠しちゃったって場合の話!」
千の言葉に、一はとうとう頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「……もう、勘弁してくれ……」
「ダメよ!もしほんとにそうなら一番つらいのは千鶴ちゃんなのよ!斎藤君がそんなんでどうするの?」
「……もう俺では無理だろう。総司に……」
「だから!もしほんとにレイプされて妊娠しちゃってたとしたら、千鶴ちゃんにとってそれを一番知られたくないのは沖田君よ!それに、もしも幸せな妊娠だったとしても、自分の気持ちの整理がつくまでは沖田君とは会いたくないんじゃないかしら」
一は困惑した。たとえ前世がどうであろうと今の千鶴にとって一番大事なのは総司の筈だ。総司とつらさを分け合えばいいのではないだろうか。女心はわからない……。
「……で、俺はどうすればいいんだ」
「とりあえず赤ちゃんの心音が確認できれば沖田君に連絡がとれるんだから、それまで……あと5日くらい毎日千鶴ちゃんを気を付けててあげて欲しいの。レイプされてたとして、その記憶がもどったとしたらどんなになるか私も想像がつかないし……。ただでさえ今は妊娠でナーバスになってるはずだから」
一は目の前が真っ暗になった。
レイプされたことを思い出した妊娠初期の女性に、自分が取るべき態度などまったくわからない。
しかしそんな一にさらに追い打ちをかけるように千は言った。
「ことがことだから、千鶴ちゃんの家族や平助君には言わないでよ。女性のそういうことを言いふらされるほどつらいことはないんだから」
……一人で対処するしかない、ということか……。
一は、人生最大の試練にうなだれた。
その夜、泊まり込みで面倒をみる、という一をなんとか追い返して千鶴は横になっていた。
気持ち悪い……。
病院で少し眠った後、気分がよくなった千鶴は家で軽いうどんをつくって食べてみた。その時はおいしかったのだが、今になって気持ち悪くてどうしようもなくなる。胸の奥から急激にこみ上げてくるものを感じて、千鶴はトイレに走った。
吐くものが全部なくなっても吐き気は続いた。吐いたことで体力を消耗したのかめまいがして立っているのすらつらい。千鶴は、こんなところで……と思いながらもトイレの床にひざまずいた。視界が揺らいで意識が朦朧としてくる。
このまま私も死ぬのかな……。
千鶴はぼんやりと思った。それもいいのかもしれない。彼がいなくなった後のつらさを、もう味わわなくてもよくなる。毎日毎日毎呼吸ごと、苦い溜息をつくこともなくなるだろう。
でも……。
千鶴は目を開けた。
でも、あれだけはしないと……。あの人がもしいなくなってしまったら、私は死ぬ前に必ずあれだけはしておこうと……。
千鶴は、『あれ』を探すために立ち会がった。トイレから出た途端電気のまぶしさで目がくらみ、激しい眩暈がした。そのまま前のめりに倒れてしまいそうになるが、なんとか壁によりかかりずるずると床にへたりこんだ。
ここは……どこ?
千鶴はあたりを見渡す。そして自分をぼんやりと見下ろした。
着物じゃない……。そう、これは洋服。今朝気分が悪くて適当に選んだピンクのAラインのワンピース……。
千鶴はそのまま意識を失った。
実際気を失っていた時間は30分程度だったのだが、千鶴には永遠とも思えるほど長く感じた。
トイレの前の廊下で体を曲げるようにして意識を失っていた千鶴は、ぼんやりと瞼をあける。その瞳からは涙があふれていた。
……どうして忘れていたんだろう……。
千鶴はゆっくりとたちあがった。体が鉛のように重いが、今はそんなことよりもしなくてはいけないことがある。
……あんなに大切な存在だったのに。
私はすっかり忘れて、総司さんと……沖田先輩と二人で幸せに暮らしてた……。
何よりもどんなことよりも大事な存在だったのに。
今の今まで忘れてしまっていたなんて……。
総司さんを失くした後、私を支えてくれたのはあなただったのに……。
千鶴の瞳から、また涙があふれた。そのまま必要なものをカバンにつめる。
……行かなくちゃ。
ごめんなさい。今まで一人にしてて、ほんとにごめんなさい。
もう、一人にしないから……。ちゃんと思い出したから……。
千鶴はそのまま玄関を出て行った。