千鶴ちゃんの七つのリスト
夏もそろそろ終わりの、気持ちのいい夕方。
風呂上り、ソファでテレビを見ている時に沖田はふと横の棚に置いてあるメモに気が付いた。
「これってあれだよね? やりたいことリスト」
後からビールを持ってソファの前に座った千鶴に渡す。ソファ反対側では、例の黒猫が気持ちよさそうに丸くなってくつろいでいる。
「ほんとだ。懐かしいですね」
千鶴が沖田の脚の間に座ってメモを開ける。沖田はそんな千鶴を後ろからハグしながら一緒にメモを覗き込んだ。
「こんなの作るなんて、なんか千鶴ちゃんらしいよね。好奇心が強いと言うか……意外にこういう日常の中のちょっとしたことって気になるけどやらないままになることが多いもんね」
ずっとやりたいことを我慢してきたから……と千鶴が言うと、沖田は優しく笑った。
「高いお店でフルコース……これはこの前、千鶴ちゃんの誕生日の時に行ったよね」
「はい、美味しかったですよね。お肉がすごーくジューシーで。夜景も奇麗でしたし」
沖田はどこからかボールペンを持ってきて、すでにクリアしたリストに横線を引きだした。
「朝帰りも、雨に降られて僕のマンションに避難した時にしたし……消すよ?」
「はい、お願いします。」
「夕飯ポテチは一番最初にやったね。消していい?」
横線を引く。千鶴も頷いた。
その調子でハンモック、夜の散歩と消していく。
「猫も飼ったし、セックスだっていっぱいしたし……七つのリスト、全部クリアしちゃったね」
「ほんとですね。書いてからまだ……」
千鶴はそう言ってカレンダーを見る。
「まだ二か月くらいしか経ってないのに」
「別に七つしかダメってわけじゃないし、これから追加していけばいいんじゃない?」
沖田はそう言うと、ボールペンを持って「8.」と書き出した。
「うーん……何かある? したいこと」
千鶴もうーん、と考える。
「どうなんでしょう、そもそも私は普通の若い人たちがやる遊びをほとんどやったことがなかったので……沖田さんはどうですか? 私と付き合う前休日や夜は何をしてたんでしょうか」
「僕? 休日は……フットサルとかボルダリングとか? 大学の時の知り合いと結構行ってたかな。千鶴ちゃんもやってみる?」
「フットサルってサッカーですよね、私、運動はだめで……」
「じゃあ、見に来たら? 結構みんな彼女とか来てるよ、お弁当持って」
千鶴の目がパッと輝いた。
「素敵です! やってみたいです。すごく彼女っぽいですね」
その反応が可愛くて、沖田もニヤニヤしてしまう。
沖田は早速リストに追加した。
8.お弁当を持ってフットサル観戦
「ボルダリングは? これは運動できないとか関係ないよ。筋肉ついて体力づくりにもなるし、やってみたら?」
千鶴はしばらく考えてから頷いた。
「やってみます。そう言えば私、ずっと運動なんて体育しかやってこなかったんです。このあたりで挑戦してみるのもいいかもしれないですね」
9.ボルダリングをやってみる。
「あとはー……」
「沖田さんはないんですか? 私とやってみたいこと。これは私のリストではあるんですが、私と一緒にやりたいことなら沖田さんの希望も書いてみるのもいいんじゃないでしょうか」
「僕の?」
沖田はしばらく考えて、ボールペンを再び持った。
10.千鶴ちゃんと給湯室でキス
11.千鶴ちゃんとラブホテル
「ぱっと思いつくのはこれくらいかなあ。会社で……ってのはできればいろいろやってみたいけど、実際には難しいよね」
「お、沖田さん……すごく偏ってませんか」
千鶴が真っ赤な顔でそう言うのが可愛くて、沖田は顔を覗き込んでちゅっとキスをした。
「なんで? 千鶴ちゃんは興味ない? 人が来ないか冷や冷やしながらキスするんだよ」
「……」
何も答えない所を見ると、どうやら千鶴も興味があるらしい。沖田は声を出して笑った。
「他に何かないの? こういう偏ったのでもいいから、千鶴ちゃんが興味ある事」
えっちのバリエーションが増えるかも……などと期待しながら言うと、千鶴はふと思い当たったような顔をした。
「あるの? 何? どんな体位?」
「たっ体位とかじゃありません!」
真っ赤になった千鶴をなだめて、じゃあシチュエーションかそれともプレイ? SMとか? などとわくわくしながら返事を待つ。
「そのう……ほんとに興味だけなんですけど……」
「うん」
「嫌悪感……って最初のころ話したじゃないですか? 沖田さん以外の人に触られるとゾワッとして気持ち悪くて我慢できないって」
「……うん?」
思った方面の話しじゃなくて、沖田は目を瞬いた。
「あれってなんなのかなってずっと疑問で。嫌悪感を持たない人もいるのかなとか、私以外の人はどうなんだろうっていうのにはすごく興味があるんです。沖田さんはどうなんでしょうか? 」
「え? 僕?」
「私以外の女性に触れて、嫌悪感とかあるんでしょうか?」
「……」
「私、これまで嫌悪感を持った人は良く知らない人だったんですよね。だからそうじゃない人……会社とかでもよく話していい人だなって思ってる人だったら嫌悪感はでないのかなあ……とかいろいろ考えてるんですが、どうなんでしょう?」
「……」
沖田は無言でリストが書かれたメモをメモ帳からベリっとはがすと、それを手で粉々に破いた。
「え、沖田さん、何を……」
そしてそれをソファの横のごみ箱に捨てると、千鶴に向き直る。
「あのね、他の人に触られて僕がどう思うかなんて試す気もないし過去のことを話す気もないし、君に試させる気もないから」
そして千鶴の顎を手でつかむように持つと、強引に沖田の方を向かせる。
「そもそもそういうことに興味を持つこと自体許さないよ」
「は……え……、す、すいませ……」
戸惑う千鶴の顔を冷たく見つめて、沖田は千鶴の唇をふさいだ。
この突拍子もない彼女がこれ以上突拍子もないことを考え付かないように、もっともっと沖田でいっぱいにしておく必要がある。
深く口づけた後、沖田はいったん唇を離し、目を白黒させている千鶴を見た。
「初めてだから手加減してあげていたのが甘かったね。これからは全力で行くから」
「ぜ、全力……」
茫然としている千鶴を抱き上げて寝室へ向かう沖田を、黒猫は伸びをしてから見送った。
おしまい