【スノーホワイトを探して 1】






C×P 15.0
RFO  55
ASTT  35
AL×T 22
-GTP 12
 

そのノートパソコンは、たまたま通りかかった聞いたことも無いような電化製品店の前で買った。
電化製品屋とは関係のないフリーマーケットなのか、店の前の細いスペースで中古の電化製品が破格値で売られていたのだ。
会社帰りの夜9時。
そんな時間だと言うのに意外に会社帰りのサラリーマンたちがむらがっている。
総司が地下鉄の駅に向かって歩いていたら、ふとノートパソコンの価格が目についた。
一万円と格安で、まあ当然ながら5年くらい前の型だけれど。しかし、その日の朝たまたま総司の家に置いてあるパソコンのスピーカー部分だけが壊れてしまったのだ。総司の部屋にはCDやDVDデッキはなくパソコンで音楽を聞いたり映画を観ていたりしたので、困ったなと思っていた。
今更デッキを買うのも、スピーカーだけのためにパソコンを買い替えるのも、どちらもばからしい。しかし音楽は聞きたい。
それが帰り道に一万円のノートパソコンに目を止めた理由だった。
確認したところスピーカー部分は動くようだし、パソコンとしても型が古いだけで使えなくはないらしい。
中古でノートパソコンを買うという発想はなかったが、タイミングと価格から、総司はまあいいかと思いその場でそれを買った。

前に使っていたヤツのデータが残ってたらキモチ悪いけどね……

そう思って家で立ち上げてみると、フォルダは全部きちんと消されていてメールソフトも他のソフトもアプリケーションも何一つない。
ただ一つインターネットに接続するソフトだけ、真っ青な空のようなデスクトップの中に浮いていた。
それが一週間前。



総司は今日も会社から帰ると真っ直ぐに中古のノートパソコンの前に行き、起動ボタンを押した。
起動を待つ間コートとスーツのジャケットを脱ぎクローゼットのハンガーにかける。そしてネクタイを緩めながらノートパソコンに行くとカチカチとマウスをクリックして音楽ソフトを起動させ、ブラウザを立ち上げた。
ブラウザのホームはツイッター。
ブラウザがパスワードを覚えていたのだろう。総司がちょっとした好奇心でたった一つ残っていたブラウザを立ち上げたときから、それは自動的にツイッターのとあるアカウントにログインしていた。


C×P 9.0
RFO 24
ASTT 17
AL×T 9
-GTP 20

ツイッターのフォローは一人、フォロワーも同じ人一人。そのフォロワーのツイッターアカウントは『スノーホワイト』だ。
『スノーホワイト』も、フォローフォロワーは総司の端末のツイッターアカウントだけで鍵付きだ。双方一人だけでさらに鍵がかけられているため、ノートパソコンに入っているツイッターは事実上一対一チャットのようなものだった。
「スノーホワイト…ね」
総司の端末の唯一のフォロワーのツイッターアカウントだ。そして自分は『薫』。プロフィールを見るとどうやら20代の男らしい。
つまりこの薫という男がこのノートパソコンの前の持ち主で、データを全部消して売っぱらったのだろう。しかし何故かわからないがブラウザだけ残っており、総司のマンション内の無線LANを設定したところネットにつながり『薫』が以前使っていただろうツイッターにログオンしてしまっているのだ。
総司は『薫』になりすまし、彼の交友関係を盗み見してしまっていることになる。

交友関係って言ってもこの『スノーホワイト』だけなんだけどね

総司は冷蔵庫からビールを取り出すと、ネクタイを緩めたYシャツ姿のままノートパソコンがおいてある机の椅子をひいて、ドサリと座る。
しかも『スノーホワイト』は、総司がツイッターを見たときから、意味が分からない数字とアルファベットの羅列を毎日毎日律儀に呟いていた。
『スノーホワイト』というからには女性なのだろうか。アイコンはりんごの画像だけど、やっぱり白雪姫の物語にちなんで?『薫』とは恋人同士で別れてしまったのだろうか。数字はどういう意味なのだろう。
この二人の関係がよくわからなくて、それが妙に興味を引いて、総司は毎日ノートパソコンを立ち上げツイッターを覗くようになってしまった。

『スノーホワイト』が呟くのはく数字の羅列と意味をなさない覚書のような文章、その日の天気、感じたこと。身の回りのきれいだと思ったものの写真。今やっているらしい編み物。
返事を期待する風でもなく話しかける風でもなく、まるで自分のメモ帳のようにツイッター使っている。
『薫』はなぜ、こんな状態のツイッターを放置してノートパソコンを売ってしまったのだろうか。『スノーホワイト』はそれを知っているのか知らないのか。
過去のTLをさかのぼって見ても、別端末から『薫』がログインして『スノーホワイト』に絡んでいるツイートはないから『薫』の使用端末はこのノートPCだけだったんじゃないかと総司は考えていた。

そんなことを考えながらも、総司は次第に『スノーホワイト』のツイートに魅せられていった。
赤く紅葉した葉を写した『スノーホワイト』の写真を見て、総司ははじめて通勤途中の街路樹もそういえば紅葉しだしていることに気が付いた。
ガラスについた雨粒のアップを写した『スノーホワイト』の写真、そして『冬は暖かくて好き』という彼女のツイート。
そう、夏は暑い。冬は寒いけれどだから『暖かい』と感じることも多いのかもしれない、などと、総司は彼女のツイートから普段は決して考えたりしない妙に観念的なことを考えたりしてしまうのだ。
そして数字の羅列。
次の日は、毛糸で花のような形を編んでいる途中のものをUPしていた。編み物の横には支えている彼女の手もうつりこんでいる。
我ながら気持ち悪いとは思うが、総司はその手がきれいだと思った。白くて滑らかで細くてすんなりして…
総司の脳内で、『スノーホワイト』に対するイメージがどんどん膨らんでいくと同時に、彼女の瞳を通したこの世界がこんなにのどかで美しいのかと総司は新鮮な発見に驚いていた。
彼女のツイートを見る前までは、今日は雨かと舌打ちをしデスクワークで凝った肩をぐるぐるとまわして、ああ、まだ水曜日かとためいきとついて出かけて仕事をして帰るだけの、何の面白味もない灰色の世界だったのに。
彼女も大げさに驚いたり感動したりするような言葉を書いているわけではない。日々気づいたことを短くツイートしているだけなのだが、彼女が世界を愛していて、世界も彼女をとても愛して大事にしているように総司には感じられた。

今日は写真はあるかな

総司はそう思いながら、ビールを一口飲んでからマウスを操作してTLをさかのぼる。
写真はUPされていた。彼女がいる部屋の窓から外を写したものだろうか。紅葉した葉が残り少なくなった木を写したらしい。
そこに写っている風景が意外に都会なのに総司は少し驚いた。
のんびりとしたツイート内容や生活環境がうかがえたので、田舎でゆっくりと生活しているのだとばかり思っていたのだ。
窓からの景色には木の合間から行きかう車や人々、そして林立するビルが見えた。木々は人工的な広場をぐるりと囲うように植えられておりその合間にブロンズ色のモニュメントのようなものが立っているのがぼんやりと見える。
その先は昨夜見たツイート内容で、総司はもう一度最新のツイートまで戻った。
その時例のごとく数値羅列がツイートされる。彼女が丁度今どこかでツイートしているのだ。
そして……
「……ん?」
今日はその数値の羅列の最後に、ツイートがある。

『安定。手術が決まったみたい』

「……」

総司は缶ビールの缶を机の上に置き、椅子に座りなおした。しばらく迷ったが、キーボードに手を置き素早く打つ。

『病気なの?』

総司には、無機質なディスプレイにあるTLの向こう側で、彼女が驚いているのが感じられる気がした。
当然だろう、総司が遡った限りではツイートはずっとこの『スノーホワイト』が一方的に呟いているだけでそれは一か月前からずっとその状態だったのだ。唐突に返信が来て、しかも問いかけで。驚き混乱している『スノーホワイト』が目に浮かぶようだ。
彼女がどうでるかと総司が何度も再読み込みをしていると、1分後に彼女からのツイートがあった。

『薫なの?』

画面に反映されるその言葉には彼女の戸惑いが十二分に表されている。『薫』という男は彼女が病気かどうか知っているのだろうか。こうやって彼女が聞いてきたということは、今彼女と一緒にいるわけではないらしいが。
総司はカチャカチャとキーボードを打って返事をした。

『違う。通りすがりの男です』
またしばらくの沈黙。
『でもこれは鍵をかけてるから誰からも見れないって薫が』
『ツイッターは不具合が多いからね、混線みたいなものじゃないかな』
また一分後。
『そうなんですか。そんな不具合があるなんて知らなかったです』

総司もそんな不具合初耳だから当然だろう。我ながら苦しい言い逃れだと総司は思ったが、『スノーホワイト』は一応信じてくれたようだ。多分あまりツイッターに詳しくは無いのだろう。先ほども『薫が…』と言っていたし、ツイッターについても鍵についても『薫』の言うがままというか言いなりで始めたのかもしれない。

やっぱり元カレとかかな

会ったことも無いのに何故だか総司は面白くない。この一週間総司を図らずも夢中にさせたツイートや写真が自分あてではなく、その『薫』とかいう男あてなのかと思うとがっかりだ。が、それより今は気になることがある。
『病気か何かなの?手術って?』
またしばらくの沈黙。
見ず知らずの男にそんなことを話す義理などもちろんないだろうし、画面の向こうでログアウトしてしまっていてもおかしくない。だが、総司には彼女は返事を返してくれるという妙な確信があった。
彼女の呟いた内容は『薫』あてというわけでもなくまるで日記のようだった。しかし相手がいらない日記なら何もツイッターでつぶやかなくてもいいのだ。でもそれをわざわざツイッターで呟いたということは、誰かに聞いてもらえたい、伝えたい、つながっていたいという本人すらも気づいていない意識があったからツイッターというツールを選んでいたのではないかと総司は感じていた。
ツイッターでは個人情報まではわからないのだし、きっと……

『はい。病気で入院しています。手術も今日決まったんです』

何の病気?
難しい手術なの?
手術日はいつ?
どこの病院?
いくつなの?
薫とはどういう関係で今はどうなってるの?
名前は?

聞きたいことは山のようにあったが、いきなり知らない男から聞かれたら警戒される質問ばかりだ。
総司はしばらく考えて、とにかく会話をつづけやすい話題にすることにする。
『そっか、だから昼間も呟いてるんだね』
『ずっと私が書き込んでいたのを読んでたんですか?』
『うん。景色の写真とかきれいだなって。ごめんね』
彼女は許してくれた。
入院生活で飽きてもいたのだろうし、わかっているのはお互いのツイッターアカウント名だけだし、警戒するほどのことでもないと思ったのかもしれない。その後の総司の『何を編んでるの?』という他愛もない質問にも気軽に答えてくれた。
『ひざ掛けを編もうかなと思ってるんです』
『でも写真みたけど小さいよね』
『あれをいくつもつくってつないで大きなひざ掛けにするんです』
千鶴のUPした写真は手のひらサイズの丸い花のようなもので、総司の知っている「編み物」というよりは「飾り」のようだった。
それをいくつもつくってくっつけて……
『ああ、あのおばあちゃんちとかによくありそうなやつかな?』
『おばあちゃんって!ひどいです!』
『ごめんごめん』
その日はそれからしばらくツイッターで会話をして、千鶴が消灯の時間だからと言ったのをきっかけに終わった。

次の朝総司が出社準備をしながらふと思いついてツイッターをのぞくと。
『おはようございます』
『スノーホワイト』のツイートだ。
これまではTLにはなかったこの言葉に、何故だかニヤニヤしてしまいそうになるのを我慢しながら、総司も『おはよう』と返した。





それからは総司は家にいる間中、ツイッターを立ち上げ覗き込むようになった。
いつも『スノーホワイト』と話しているわけではないが、独身の男が家に帰ってもテレビを見るぐらいしかやることがない。その間脇机においてあるノートパソコンはずっとたちあがっていてツイートがあればすぐ見られる状態になっていた。
昼間に会社にいても、通勤途中のふとしたときも、「こういうの『スノーホワイト』好きそうだな」という目線で世界を見るようになった。そしてそれを伝えたくなる。
その日総司が見かけたのは、停まっている車の上でくつろいでいる黒い猫だった。鼻先と前脚の先だけが白い。
持ち歩いているスマホからも彼女とツイッターができればいいのだが、『薫』アカウントのパスワードがわからない。
総司はスマホで写真を撮って、それを家のノートパソコンへ送り、夜に『スノーホワイト』とのTLにあげてみた。
『かわいい!!』
思った通り大喜びだった。彼女の喜びように総司も嬉しくなる。
『ネコが好きなの?』
『はい。飼ってたこともあるんです。うちのは全身真っ黒で……』
ネコで弾んだ会話が楽しくて、総司はそれからも出先でとった写真を家でUPするようになった。
『スパゲッティですか?』
『うん。今日昼食べたんだ。美味しかったよ。ビザも窯で焼く本格的なやつでワインが飲みたくなった。仕事中だったから我慢したけど』
『うらやましいです。私も食べたいなあ』
『イカスミとかおいしいよね』
『真っ黒なスパゲッティですよね。私食べたことないです。おいしいんですか?』
『おいしいよ。見た目とは全然違う味』
『私はいつもクリーム系ばっかりでした』
『じゃあ今度一緒に食べに行こう。イカスミね』
会話の流れでサラッと誘った後、総司は彼女がどこにいてどんな人なのかも知らなかったことを思い出した。
顔も声も名前も、何歳で今どこにいるのかも。
この一週間かなりの時間をツイッターで彼女と過ごしているため、そんな感覚が薄れてしまっていたのだ。しかし彼女と会いたいのも本音だ。
暫く待っても返事がないので、総司はもう一度書き込んだ。
『やっぱりイカスミはだめ?』
『じゃあ退院したらイカスミに初挑戦してみます』

総司は思わずホッと息をついた。
そしてその吐息で自分が意外に緊張して彼女の返事をまっていたことに気づく。
「退院したら」というからにはそれほど重い病気ではないのだろう。薫のことももうすでに別れているのかもしれない。
顔もしらない女の子をデートに誘っている自分に驚くが、不思議なほどに総司はきっと彼女の顔を見てどんな人かを現実で知っても、彼女に対する今の自分の気持ちは変わらないだろうと思っていた。
ツイッターでわかる彼女の性格……いや性格というよりは雰囲気だろうか。多分総司はそれが好きなのだと思う。
好きというのにはまだ早いから「気に入っている」だろうか。

彼女も僕の事をそう思ってくれてたらいいけど。




総司と話すようになって、数字の羅列は無くなった。
あれはなんだったのかと聞くと、検査の結果だということだった。毎日のように検査をして体の状態をみているらしい。そして検査の結果が安定してきたため今度手術をすることが決まったと『スノーホワイト』は言っていた。

後は……
『薫』との関係とどこに行けば君に会えるのかが知りたいんだけど……

さすがに聞きにくい。
ツイッター上だけの知り合いと友達と恋愛の間のあたりをふわふわとさまよっている間柄から、一歩踏み出す質問だ。
断られるのもつらいし、入院中の彼女に妙なストレスを与えるのもためらわれる。
手術をすること自体はきまったのだが、いつするのかの日程はまだわからないそうだ。

『お互いの写真を晒してみない?』
ある夜酔った勢いで総司が提案した。当然ながら『スノーホワイト』は抵抗する。
『ええ?恥ずかしいから嫌です!』
『でも一緒にイカスミ食べに行くのにオッケーしたってことはいつかは会うってことでしょ?初対面でいきなりじろじろ見合うのもなんかいやじゃない?』
『それはそうですけど……』
なんだかんだで言いくるめて、総司は『スノーホワイト』に写真をUPすることを合意させた。鏡に向かってスマホをかざし、総司は自分の写真を撮る。そして「せーの」でお互いにUPした。

『なんかすごく……思ったより…』
総司の写真を見た彼女は、そう言ったきり呟かなくなった。
『思ったより……何?』
そこで止められると余計気になる。
『思ったよりかっこよくて……っていうかかっこいいですよね…びっくりしました』
『スノーホワイト』の感想を聞いて、総司は何故か耳が熱くなるのを感じた。学生時代はもてたし社会人になってからもお誘いは結構頻繁にある。そこまでひどくは無い方だと自分では思っていたが、『スノーホワイト』の言葉は正直ものすごく嬉しい。
そして彼女の方は……
『君は想像したとおりだった』
大きな黒目がちな目に艶やかな長い黒髪。真っ白な肌に繊細なまつげ。優しそうな、だけど芯は強そうな女らしい女の子。
完璧だ。
いますぐ会いに行きたいくらい。
『なんだか恥ずかしいですね』
彼女の気持ちは総司にもわかった。
『お見合いみたいだよね』
『えっ?そういうわけじゃ……あの、仲良くお話させていただいていてなんだか今更とかそういう感じで恥ずかしいって……』
『ああ、なんだそっちか』
暫くの空白のTL。どうしたのかと思っていたら『消灯時間だと看護婦に叱られた』とのことで『スノーホワイト』はおちた。
総司の部屋も総司も何も変わっていないのに、TL上に『スノーホワイト』がいないだけで妙に部屋がガランと感じる。
「僕も寝よっかな」

ずっと彼女と話せたらいいのに

総司はそう思いながら、一人でベッドに入った。





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