【嫉妬】
※「歯車」の続きです。沖田さんがかなりヘタレです。余裕があってSで意地悪な沖田さんが好きな人はブラウザバック!
『え…?』
「ごめんね。こんな……式の前夜にこんなこと言い出して」
電話越しの千鶴の声は、明らかに戸惑っていた。当然だと総司も思う。
式の前夜に婚約を破棄して、式も中止にしたいなどと言われたら、自分ならブチ切れるだろう。
『あの……どうして…なんででしょうか?私何か…?』
うろたえた声が耳元で聞こえる。
彼女を悲しませたいわけじゃなかったのに。総司はつらくて瞼を閉じた。
「違うんだ。君はほんとに何にも悪くないんだよ。僕が……僕の方の問題で。上手く説明できないけど、ちょっともう……結婚は無理なんだ。式のキャンセルの方は全部僕がやるし、出席者への連絡も……」
『今から行っていいですか?』
「え?」
『沖田さん、おうちですよね?私、今から行きます』
「いや、来ないで欲し…」
ガチャン!
珍しく耳元で切られた電話を、総司は見つめた。面と会って話したら隠せない。表情や仕草で、彼女のことを思いすぎてしまったこと、独占欲と嫉妬で気が狂いそうになってしまっていること、そこから逃げ出すことしか考えていない臆病者であることがわかってしまう。
しかしもう夜も遅いのに、これから来るという彼女を置いてどこかに出かけるわけにもいかないし……。
来たら、そのまま自分も彼女と外に出て、彼女の家まで送って行こう。外は暗いし歩きながらなら適当に……ごまかす、と言うと言葉は悪いが、納得してもらうことができるだろう。
40分後に玄関のインターホンが鳴ったとき、総司はそんなことを考えながらドアを開けた。
もちろん靴も履いて、携帯も財布も持って。
「千鶴ちゃん、おくって行くから歩きながら話……」
ドアを開けてそう言いかけた総司の横を、千鶴はスッと通り抜けて玄関でウェッジソールのサンダルを脱いだ。
「お邪魔します」
そう言って、千鶴はそのまま部屋に上がりこむ。
リビングまで行きこちらに背中を向けている千鶴に、総司は歩み寄って手を差し出した。
「千鶴ちゃん、ほら外に出よう。送るから、歩きながら話そう?」
千鶴はその手の上に、ドスッと持ってきた自分の小さなバックを勢いよく乗せた。そして総司から3歩、4歩離れてようやく振り向く。
「帰らないので送ってもらわなくて結構です」
「……」
「ちゃんと破棄の理由を教えてください。私が何かやってしまったんでしょうか?それとも沖田さんが他に好きな人ができたんですか?」
うじうじと過去の事に悩んで傷つきたくなくて聞けないことを、まっすぐに聞いてくる千鶴に、総司は視線をそらせた。
「いや……そうじゃなくて…」
後ろめたさも手伝ってしどろもどろに答えた総司に、千鶴はかぶせる様に言った。
「私なおします!言ってください。何でもなおすので、破談にはしたくありません。私、何をしてしまったんでしょうか?」
千鶴の真剣な瞳に、ごまかそうと思っていた総司の思いは揺らいだ。
ここで逃げ出してちっぽけなプライドと見栄を守って何を得るものがあるのか?……というより、自分のこの想いを自分の中だけにとどめておくのがもう限界だっただけかもしれない。
総司は千鶴のカバンを、傍の机の上に置いて口を開いた。
「……最初から断るつもりはなくてお見合いしたのはなんで?」
思いもよらなかった問いだったようで、千鶴はキョトンとした。
「え?」
「お見合いの相手が僕じゃなくても断らなかったの?」
「……」
話の展開に頭がついていかなくて、千鶴は言葉につまった。総司はかまわず続ける。
「あの水炊きの店で」
「え?」
「あの男の店員みたいなのが好みなの?」
今度は本格的に、千鶴の眼が真ん丸く大きく見開かれた。
「ディズニーランドは誰と行ったの?そのシャンプーはいつから使ってる?いい匂いだねって言った男は他にいた?いつもスカートなのはなんで?スカートが似合うって言ったヤツがいたから?前に婚約したのはどうして?婚約が破談になったのはどうして?」
総司はそう言いながら、びっくりしたように立ちすくんでいる千鶴に、ゆっくりと近づいた。
「君を一番理解しているのは誰?君が一番好きなのは誰?どんなデートが好きなの?見合いに恋愛は必要ないって思ってる?」
総司はそう言いながら、手をゆっくりと千鶴の頬に伸ばした。
「この頬にこうやって触ったヤツは他に居る?」
その手が細かく震えて、結局頬に触れずに下されるのを見て、千鶴は総司を見上げた。
総司が言う。
「怖い?」
千鶴が目を見開いたまま首を横に振る。総司は哀しそうに微笑んだ。
「僕は怖いよ、君が。自分も」
「……」
「こんな感情ははじめてで、自分でもどうしたらいいかわかないんだ。だから結婚はやめにしたい。君のどこかが嫌だったとかそういうことじゃなくて全部僕の問題で……。この気ちがいじみた独占欲と嫉妬心を君にぶつけるのが怖い」
そう言った後、総司は自嘲して、今ぶつけちゃったけどね、とつぶやいた。
「……君が好きなんだよ。ごめんね」
しばらく沈黙が二人を包んだ。
総司はずっと自分のなかに溜まっていたものを吐き出して、自己嫌悪と同時にすっきりもしていた。取り繕う必要がなくなり楽になったというか。
「……風間さんは……」
千鶴が話し出して、覚悟はしていたものの、総司の胸は熱い刃をあてられたように生々しく傷んだ。彼女の唇が『風間さん』という名を紡ぐのを聞きたくない。でも思い悩んでいるのもつらい。
千鶴は続ける。
「風間さんとは幼馴染なんです。家同士が仲が良くて縁が深くて……年も近かったので何となく子供の頃から大きくなったら風間さんと私が結婚するような空気になっていました。でも、私も風間さんもそんな気は特になくて別に普通だったんですが……。でも最近になって、お互いに他に相手がいないのならっていよいよ結婚話が本格的に浮上していて。風間さんが最初にそれに気づいて、お互いにその気がないことを確認して、双方の親にちゃんと話したんです。だから破談というか……そもそも婚約した意識なんてなかったんです。でも風間さんはかなり大きな企業グループの跡継ぎの方ですし、私の父も大きな病院の医院長だったので報道で少し婚約が流れてしまって……。それを取り消すために多分破談という報道も流れたんだと思います。そして仲人の私の叔母が、それを伝えておいた方がいいと思ったんだと思います」
「……」
思いもしなかった話で、総司は聞き入っていた。
千鶴はつかえつかえながらも、総司に理解してもらおうと整理しながら説明してくれている。
「そのことが……『破談』のことがあって、私も初めて自分のことを真剣に考えて…。好きな人と結婚したいって思うようになりました。そしたらお見合いの話があって……。断るつもりがない、というのは誰でもいいという意味ではなくて、沖田さんと一緒に暮らせたらと……いえ、違います」
千鶴はそこで考えるように言葉を切った。
「一緒に暮らすとか結婚とかじゃなくて……なんというのか……、沖田さんに私を見てもらいたかったんです。沖田さんの中で一番の女性になりたかった。沖田さんに私の事を好きになってもらいたかったんです」
千鶴は総司の顔が見れないのか自分の手を見て、顔を赤くして言う。
「私が、沖田さんのことを好きだったので……なので沖田さんにも同じように思ってもらいたくて……」
言葉の途中で、千鶴はがっしりとした腕に引き寄せられた。
初めて抱きしめられて、千鶴は驚いて体を固くする。
「あ、あの……」
千鶴は体を離そうとしたが、総司はそのまま柔らかく抱きしめていた。
「……僕は……こんな僕だけど、千鶴ちゃん大丈夫?」
「……は、はい……」
「こんな想い方でいいの?」
千鶴は総司の言葉に、落ち着かず動かしていた体の動きを止めた。
がっしりとした腕、広い肩。柔らかい茶色の髪に、すっきりとした顎。
手の届かない、きらきらした彼が今自分を抱きしめている。こんなに力のありそうな、すっぽりと抱きしめられてしまうくらい大きな体なのに、彼は千鶴のことを怖がっている。
千鶴の心の奥から、愛おしいと思う気持ちが温かく湧き上がってくるのを感じた。
「……はい」
千鶴は体の力を抜いて、総司の胸に頭をそっともたせかけた。
「……僕はきっと、これからも風間にやきもちを焼くと思う。風間だけじゃなくて、君の友達とか家族とか……君が興味を持つものすべてに。それでもいいの?」
千鶴の唇が柔らかくほほえむ。
「……お店の人とか、会社の人とかにも沖田さんがやきもちを焼くのを覚悟しておいた方がいいんですよね?」
総司も微笑む。
「そうだね。犬とか猫とか……きっと僕達の子供にも」
総司の言葉に、千鶴は胸の中で彼を見上げた。
「……じゃあ……明日の結婚式は……」
総司は照れくさそうな顔をする。
「雪村千鶴ちゃん。……僕と結婚してくれますか?この先やっかいな男の面倒を見てくれる?」
千鶴は小さく吹き出すと、総司の胸に顔をうずめて、手を彼の背中にまわす。そして「はい」と返事をした。
総司がぎゅっと抱きしめる。
そして上を向くように千鶴の顎に手をかけて促す。
千鶴は素直に従って、顔をあげた。近づいてくる総司の端正な顔を見て、千鶴はゆっくりと瞳を閉じた。
今はまだ黙っていよう。
千鶴は唇に彼の感触を感じながらそう思った。
きっと彼はまたやきもちを焼くだろう。そして千鶴を困らせるに違いない。
その時に教えてあげよう。
お見合いの話を近藤さんに持って行ってもらうように、叔母に頼んだのは自分からだという事を。
これからの長い時間、きっとこんなことはたくさんあるに違いないから。
高校の時の彼を忘れることが出来なくて、ずっと総司が何をしているかを追っていたことをその時に教えてあげよう。
そうしたら彼はちょっとは安心してくれるだろうか?
それに高校のあの家庭科室で、バレンタインデーの時にこっそりチョコレートを用意していたことも。
渡そうと思っていたのに、その日は総司は来なかったと。
卒業式の後も、千鶴は総司が家庭科室に来てくれないかとずっと待っていたのだ。
全部全部。
これからゆっくり教えてあげよう。
千鶴がどれだけの長い時間、総司を想っていたのか。
二人の時間はたくさんあるのだから。