【春はさくら】

※子ネタ、転生ネタ、死ネタです。しかも死ぬのは千鶴ちゃんです。ハッピーエンドではありません。独特設定なので苦手な方はブラウザバック!




















目を閉じて眠っていたのに、何かを感じて総司は顔の前を横切った『なにか』を思いっきり手ではたいた。

パン!という思いのほか鋭い音が響いて、その音で総司は目を覚ます。弾いた手にはしっかりとした手ごたえがあった。
瞳を開けると空気のまったりとした春の青空を背景に、満開の桜。そして驚いたような顔をしている桜色の着物に白の袴の女の子……

いや男の子か

総司は、一応男装していることになっている彼女の境遇に思いをはせて、心の中でくすりと笑った。
「何?」
機嫌が悪いわけではない。いや、暖かいし気持ちいいしむしろ機嫌はいいくらいだ。
だが昼寝を邪魔されたわずらわしさで、総司はつっけんどんに少女に聞いた。彼女は想像どおりにびくりと肩をふるわせておどおどと言う。
「あの、起こしてしまってすいませんでした。お昼寝にはすこし肌寒いかと思って……」
彼女は羽織を広げて持っており、昼寝をしていた総司にかけてくれようとしていたようだった。
「別にいらないよ。あったかいし」
「でも沖田さん、ここのところ風邪をずっとひいて……」
言いかけた千鶴の顔と総司の顔の間に、ひらひらと何かが舞い降りてきた。総司が手のひらを広げて受け止めてみると……
「桜の花びら……」
千鶴はそう言うと、屯所の廊下の向こうに咲いている大きな桜の木を見上げた。
「風で飛んできたんですね」
そう言ってにっこりほほ笑んだ彼女の顔が何故か妙にまぶしくて、総司は目を瞬いた。
「……」
なんと返せばいいのかわからず、黙ったまま自分の手のひらを見る。
そこにあるのは白と見まごう程薄い桜色の、繊細な花びらだった。

 

 

手のひらの上にある一枚の桜の花びらは、そのまま風に吹かれて柔らかく飛んでいった。
風に乗って、歩道に停まっている青いスポーツカーの上にふわりと舞い降りる。
青い車が動き出し先ほどの花びらが風にまかれて見えなくなると、総司は視線を前へと戻してゆっくりと歩き出した。
今年の桜の開花は遅いのか早いのか。ニュースをあまり聞かない総司にはわからないが、公園のようにきれいに手入れされているその広い敷地の桜は、満開だった。

一年前の今日も、病院の窓の外にはむせ返るような桜のピンク色が風に揺れていた。白やグレイの病室から見るそれは、まぶしいくらい鮮やかだった。
その日の記憶は曖昧なのに、その桜の色の記憶だけがまだ総司の脳裏には鮮明に残っている。
それに対抗するわけではないが、今日総司が選んだ花は黄色がかったオレンジ色のにぎやかなバラだ。

イメージ的にはもうちょっと庶民的な花なんだけどね……

しかし彼女に贈るのにのにあまりにも素朴だと寂しいのではないかと思い、今日はこの陽性なバラの花束を選んだ。
定番の菊はもちろん検討すらせずに却下だ。菊は日持ちがするとかいろいろ理由があるのだろうが、千鶴が見て、パッと笑顔になる様な花を贈りたかったのだ。
そう、意識としては『供える』ではなく『贈る』なのだから。

あの日、総司の周りの世界がすべての色を失くした日から今日でちょうど一年。
現実の世界がすりガラスの向こうにあるような鈍くなった感覚の中、神経を麻痺させたままで総司はそれでも淡々と日々を過ごしてきた。
やらなくてはいけないことはたくさんあって、それが逆に救いだった。
そして今日。
花屋の色とりどりの花を見て、こんなに世界は鮮やかだったのかと総司は改めて気づく。
満開の桜の花の、薄い色なのに萌えるようなピンク色。道路を走り去る鮮やかな青のスポーツカー。手に持ったバラのオレンジ。バラを包んでいる紙の薄い緑色……

世界はこんなに美しくて、そして以前それに初めて気づかせてくれたのは千鶴だったことを総司は思い出す。
人に花を贈るという行為をしたのも、総司にとっては千鶴がはじめてだった。
結婚してしばらくたった時、会社帰りの駅の構内に小さな花屋が可愛らしいピンクや白の花を手ごろな値段のブーケにして売っていたのを見つけて、何の気なしに買って帰った。
その時の彼女の嬉しそうな顔。

総司は千鶴のその時の顔を思い出して、ゆっくりと春の空気を吸い込んでからほほ笑んだ。

その後、そのブーケが枯れてしまうまで、千鶴はずっと幸せそうで。ついつい総司は、帰りに時間があるとその花屋に寄るようになった。
ブーケの時もあれば、花一本のときもある。鉢植えを買って帰ったこともあった。千鶴はいつも喜んでくれた。


そうだ。本当にたくさんの幸せもあったんだっけ。
彼女を失ってから全てが悲しみに覆われて、それすらも忘れてしまっていた。
彼女が総司にくれた、たくさんの素敵な物。
この美しい世界も。
この花の匂いも。

総司は手に持っていたオレンジのバラを持ち上げて香りを嗅いだ。

 

 

「…いい匂い」
総司はそう言うと、千鶴の手に自分の顔をうずめる。
突然の総司の行動に、千鶴は驚いたのか『ひゃっ』という声をあげた。
江戸で隠れて療養している最中のことだった。
丁度夕餉の膳を千鶴が下げようとしたときで、布団の上に起き上っていた総司は、椀を下げたり湯呑を渡したりとよく動く千鶴の白い手をぼんやり見ていた。
「……せっけん?」
ひんやりと冷たい千鶴の手からは、清潔な匂いがした。総司が彼女の手首を放す。
「こんな時間に洗濯を君がしていたの?お手伝いの人が明日してくれるんじゃないの?」
「……」
千鶴はかちゃかちゃと椀を片付けながら、少し考えるように頭をかしげて総司を見た。
「……先ほど代えた包帯に、血がついてたのて……」
「……」
視線をそらしてそしらぬ顔をしている総司に、千鶴は諭すように続ける。
「今夜は山崎さんがいないので大丈夫ですが、明日の朝には帰ってらっしゃいます。そこで血の付いた包帯を見つけたら、また叱られてしまいますよ?」
ようやく最近傷口が閉じたと山崎さんもほっとしてらしたのに……。そう言う千鶴に、総司は拗ねたようにプイと顔をそむける。
「……またこっそり起きて素振りをしたんじゃないですか?」
「……」
山崎にやいのやいの責められるのは腹が立つが、千鶴にやんわりと叱られたり心配されたりするのは楽しい。それに総司には総司なりに理由があるのだ。
「……君はそういうけどね、僕は僕なりに考えるところがあって素振りをしたり体を動かしてるんだよ」
「治ったらすぐに近藤さんを追いかけたいんですよね?そのために体力をつけて早く元のように動けるために、少しずつ鍛えてらっしゃるんだってわかっています。でも早く治ればそれだけ早く本格的に鍛えることができるんですよ?」
まるで姉か母親のように説教してくる千鶴が可愛くて、総司は黙って聞いていた。
しかしこっそり鍛えることはやめるつもりはない。血の始末だけちゃんとつけておけばいいだけの話だ。

日本を変える、幕府を変える…などという大層な力は自分にはないことを総司は身を持ってわかっていた。
ならばせめてこの手で届く範囲の大事な物は、自分の手で守りたいと思う。
近藤や新選組はもちろんだが、今は……その中にこの少女も入っている。

自分は何も持っていない。大事な人のためには、剣をふるって人を殺すことしかできない。
屯所に何度も襲撃をかけてきたあの鬼たちもまた千鶴を狙っているし、薫もいつ現れるかわからない。今の自分ができること――彼女を危険から守ることぐらいはやり通したい。いざというときに何もできずに彼女に危害を加えられたり連れ去られたりするだけは耐えられない。そんなことになれば、自分がこの世に存在している意味がないではないか。
ふと千鶴を見ると、彼女は心配そうな顔で総司を見ていた。

総司はほほ笑むと、急に早く打ち出した自分の心臓を無視して、ゆっくりと手を彼女の頬へと伸ばす。

 

伸ばした手を、総司はジャケットのポケットへいれて携帯を取り出した。メールの着信が表示されており、総司は立ち止まって受信ボックスを見る。
メールは近藤からだった。今日の夜、近藤の家で皆で鍋をやるから来ないかという誘い。
まさか現世でも例の面々とつるむとは思っていなかったが、一人出会い、一人集まり…という具合で結局全員そろってしまい、時々会っている。前世の記憶を持っているのは自分だけだが。今日の夜は、心配性の近藤と土方とか原田あたりの発案だろう。彼女の命日の夜を総司が寂しく過ごさないように。
おせっかいだなとは思うものの、気持ちは嬉しい。

人の好意を素直に受け入れることも、千鶴から教えてもらった。彼女が素直に喜ぶのを見ているうちに、斜に構えて壁ばかり作っていた自分が馬鹿らしくなったのだ。
何をこんなに必死に守っていたのか?守りたい自分は、そんなに大事な物だったのか?


前世の記憶が、多分総司には生まれたときからあった。
幼いころから、現実世界と幕末前世との度重なるデジャヴ――この言葉は成長してから知ったのだが――を経験しており、他の人も皆そうだと最初は思っていた。
変な子扱いをされることもあったが、基本的におおらかで個性的な家族のおかげで、総司のそのおかしな現象は特に問題になることもなく思春期を迎える。
さすがにその頃には、他の人にはこの折り重なるパラレルワールドは見えていないようだとわかっており、それを口にすると変な顔をされるので一切口にはださないようになっていた。特に生活に支障が出るわけでもない。人とは違う世界を見ている自分を気持ち悪く思うこともあったが、産まれたときからその状態だっため特に苦も無く慣れていた。
偶然出会って友達となった平助や斎藤、相変わらず小うるさい土方に大好きな近藤、悪いことばかり教えてくれるいいアニキの原田と新八。彼らは何も覚えていないようで、なぜ自分だけがという思いもある。しかし心のどこかでなんとなく理由が分かっているような気もする。それが何かははっきりとはつかめないが……

それがはっきりと分かったのは、千鶴と出会った時だった。
大学の時に夏の避暑に皆で遊びに行った東北の別荘地。そこで地元に住んでいるまだ高校生の千鶴と偶然出会い、そして全てが分かる。

彼女ともう一度時を過ごしたいと、自分が強く強く、時間を超えるほど強く願っていたことを。総司が20歳、千鶴16歳の夏で、総司の前世の記憶も同じ年までのものしかないが、とにかく彼女を手に入れなくてはいけないということだけはわかった。

遠距離や歳の差、うるさい双子の義理の兄の障害を乗り越えて手に入れた幸せな日々。

そしてその幸せな日々の突然の終わり。
それは過去と同じだった。
先に死んだのは、労咳に羅刹というハンデを背負った総司ではなく、千鶴。

前世では総司をかばって。
現世では病気で。

一人残されたのはいつも総司の方だった。




優しく頬を撫でる暖かい風に、総司は目を細めた。
くるくると回りながら、桜の花びらが舞う。

 

これは運命なのだろうか?
何度転生を繰り返しても、自分は彼女と共に老いていくことはできないのか?
彼女の亡くなった年齢は前世と同じだった。
自分と出会って夫婦になったのも同じ。
総司の心の奥に、どす黒いシミのように広がっている不安。

自分との出会いが彼女の運命を決めてしまっているのではないか?

他の男と結ばれたとしたら、そうしたら彼女はもっと長くこの美しい世界にとどまれるのではないだろうか?
もし来世、再び彼女と出会えたとして。このことを覚えていたら、自分はどうするのだろうか?
彼女が他の男と結ばれるのを指をくわえてみている?
そうしたら彼女の運命はその男になってしまいそうな気がして、総司は想像だけで足元が抜けるような不安といら立ちを感じた。それから後は生まれ変わったとしても、千鶴の運命はその男の物になってしまう気がする。総司とは未来永劫結ばれないような。
それに、たとえ他の男にゆずったとして。
千鶴がやはり同じ年で亡くなったら?
千鶴が長く生きて天寿を全うすることができたら……?


「お父さん!」

総司の答えの出ない物思いは、澄んだ声にさえぎられた。
思考とともに視線も下向きになっていた総司は、元気のいい声に顔を上げる。
途端に五感が一斉に開いたような感覚がして、総司は目を瞬いた。
ぼんやりとした4月の青空、かすかに香る桜の匂い、暖かな風にそよいで頬をくすぐる自分の髪、娘の千代のにぎやかな声。
「早く行こうよ!帰りに横の公園で遊んで行ってもいい?」
もうすぐ小学校3年生になるというのに相変わらず子供っぽい千代に、総司は風に乱された髪をかき上げて微笑んだ。
妙に大人っぽい表情や発言をして、ドキリとすることも増えたがこういうところはまだまだ子供だ。
「いいよ。ちゃんとお母さんに一年間の千代の出来事について報告するんだよ?」
「うん!もう考えてあるから大丈夫!」
身軽にかけていく千代の姿からはキラキラした生命力があふれ出ているようで、総司はまぶしくて目を細めた。

千鶴には本当にたくさんのものをもらったが、千代はその最たるものだ。
千代の存在も前世と同じだった。そして千鶴亡き後、千代からたくさんの幸せと笑顔をもらったことも。
千代が居なければ、総司はどうなっていたのか自分でもわからない。でも千鶴が……千鶴が最後まで千代を心配して想っていたことをわかっていたから、総司は自分がちゃんとしなくてはと思えたのだ。
ひょっとしたら千鶴は全てを分かっていて、総司のために千代を産んでくれたのではないかとかんぐるくらい、総司は千代の存在に救われた。

墓前でしゃがんで、神妙な顔をしている千代の横顔は、ギクリとするほど千鶴に似てきている。
ここに千鶴が生きていた証がある。
それを健やかに慈しむことは、総司にとって千鶴を愛することと同義だった。

「はい、お父さんの番」
そう言って千代は立ち上がり、総司に場所をゆずった。
総司は千代ににっこりとほほ笑むと、彼女のさらさらの黒髪をくしゃっと乱してから、墓前にしゃがんだ。
千鶴を思い浮かべて瞳を閉じる。

僕の運命も前世と同じなら、どうやら僕はもう少し生きないといけないみたいだね。
千代がちゃんとした大人になってからじゃないと、そっちに行っても君に怒られそうだし。

総司は千代と満開の桜を思い浮かべる。

大丈夫。君がくれたいろんなもので僕はちゃんと前を向いて歩いて行ける。
そしてちゃんとすべてを終えたらそっちに行くから、その時は優しく迎えてくれるよね?
来世では……どうすればいいのかまだわからないけど。

その時、目を閉じていたのに何かを感じて、総司は目を開けた。
千代が覗き込んで、総司の方へと手を伸ばしている。
千代の視線を辿って、総司は上目で何かがついている自分の前髪を見た。
「ほら、これがついてた」
そう言って千代がつまんだものは桜の花びらだった。
「……千代は…お母さんに会えなくなって寂しい?」
立ち上がって総司がそう聞くと、千代はうなずいた後、しばらく考えて首を横に振った。
「一緒に居られないのは寂しいけど、お母さんのことはずーっと好きで、これからもずーっと好きだから変わらないの」
「変わらない?何が?」
「お母さんが言ってたの。傍に居られないだけで、お母さんはお父さんと千代のことをずーっと好きだったしこれからもずーっと好きだから何も変わらないのよって」
「……」
「お母さんは産まれる前からお父さんのことが好きだったって。だから死んじゃってからももちろん好きなままだし、いつかまた絶対会えるからって」

ざあっと風が木々を揺らし、桜の花びらが狂ったように舞い散った。
そして確かに……かすかにだが、千鶴の懐かしい匂いが総司を一瞬包む。

総司は苦笑いをすると、手をあげて前髪を掴む様にしてかき上げた。ほんの少し滲んだ涙をかくすように。

……君が言わせてるの?

来世も一緒に居ていいのかという総司の不安に応えるように、千鶴の優しい答え。

なんだか何から何まで君の手のひらの上にいるみたいだね

総司は霞がかった春の青空を見上げる。
あちらに行ったら、また話すことができた。いつから思い出していたのか、死んでしまった後もずっとそばにいてくれたのか、なぜ話してくれなかったのか……きっちり問い詰めなくてはいけない。
それに、こんなに千鶴を抱きしめたくてたまらない気持にさせたことを怒らなくては。
抱きしめて、キスをして、笑って、大好きだよ、と伝えたくてたまらない。
君はここにいないのに。

「じゃあ隣の公園に行こうか?」

総司は久しぶりに感じる色鮮やかなまぶしい世界の中で、千代に手を伸ばした。

 













 

「総司さん!初雪です」
ガタガタという立てつけの悪い粗末な板戸を開ける音と共に、まぶしい光がさしこんで、総司は布団の中で寝返りを打って光から顔をそむけた。
「ん〜これから毎日見るんだから、別に今日朝はやくからわざわざ見る必要ないよ。ほら戻っておいで。いなくなると寒いよ」
さらに布団にもぐりこむ総司を見て、千鶴は腰に手を当てて溜息をついた。
これから本格的な冬が来るとなると、この人里離れた雪村の里ではやらなくてはいけないことが山ほどあるのだ。総司の体の心配もあるし、できるだけ早く冬の準備をしなくてはいけない。
「もう朝ですよ。起きてください」
千鶴はそう言いながら枕元に膝をついた。
「ほら、早く……あら?」
千鶴の驚いたような声に、総司は布団を少し下げて彼女を見る。
「何?」
「総司さんの前髪に雪が……」
そう言って千鶴は指を伸ばして、総司の前髪についていた何かをつまむ。
「雪じゃないですね。これは……」
千鶴が手のひらの上のものをまじまじと見ているのが気になって、総司も起き上って彼女の手を覗き込んだ。
「?何これ……」
それが何なのかわかり、二人は顔を見合わせた。

「桜の花びら……?」

 

 

 

【終】


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