【スノーホワイトを探して 2】







会ったことも無いのに好きになるとかヤバいよね……

次の日総司はそう思いながらも『スノーホワイト』のことを考えるのをやめられなかった。
彼女が退院したらイタリア料理のお店に行ってイカスミをたべて、きっとその近くにあった雑貨屋とかも好きなタイプだと思うから連れて行ってあげよう。そういえばネコカフェが隣の駅の近くにできるとか聞いたな……
そんなことを考えながら、総司は今日は残業をせずに家に真っ直ぐに帰る。
帰り道で適当にコンビニでおにぎりを買う。
ツイッターで『スノーホワイト』と話しながら食べた方がおいしいし楽しい。そういえばいいかげん『スノーホワイト』もおかしいな。
何故『スノーホワイト』なのかとか、本名とかも聞かないと……
お互いの顔がわかったことが、妙に『スノーホワイト』を現実にさせて総司の気持ちを推し進めた。
早く会いたい。
総司は家に帰りノートパソコンを立ち上げる。
そこには案の定りんごアイコンがならんでいる。
しかしいつもとは違い写真や単語ではなく、文章だった。文章というよりは総司宛ての手紙だ。それも1ツイートではおさまらなかったのかツイートがいくつも……

『お帰りなさい。ずっと言おうと思っていたんですがどうしても言えなくてこんな形ですいません。』

『明日、手術をします。病気についてはお話してなかったんですが、難しい手術だそうです。』

『怖くて不安で、まぎらわそうと日記代わりにもう使うことがなく放置していたツイッターに日々のことをつぶやいていました。でもそこで思いもよらずお友達ができて毎日がとても楽しく新鮮でした。本当にありがとうございました』

『手術は上手くいかない可能性も高いです。それなのにいろんな約束をしてしまってすいません。でもお話できた時間と約束があったから私は今日までがんばってこれたんじゃないかなって思います』

『いきなりこんなことを言ってすいません。重いですよね』

『手術が失敗して私がもうツイッターにあがってこれなくなったら、きっとあなたはいろいろ考えてしまうと思います。だから私今日でツイッターのこのアカウントを消すつもりです』

『そうしたら、手術が成功してどこかで私が生きてるかもと思っていられるでしょう?実際本当にそうかもしれないですし』

『インターネットで調べてみたら、アカウントを消しても、タイミングによってはキャッシュのおかげでしばらくツイートが残っていることがあるそうです。本当ならこんなツイートも残さずアカウントを消した方がいいと思うんですが、伝えておきたいという思いも恥ずかしながらあるんです』

『こんなことを伝えられても困ると思います。本当にすいません。だから、もしタイミングが悪くてキャッシュが消えてしまっていたらこのツイートは消えてしまって、それはそれでいいんじゃないかと思います。』

『でもあさましい私の心は、できればこの最後のツイートをあなたに読んで欲しいと思っています。ご迷惑かもしれないけれどお礼を言いたくて』

『この二週間(たった二週間なんですね。びっくりです)、とっても楽しかった。これまで会った誰よりも身近に感じられて、あまり人との付き合い方がうまくない私でもあなたとなら本音で話せて、こんな人間関係があるんだって初めて知りました』

『だから、そういう経験も少なくて、のぼせてるだけだって自分でも思うんですが、でも』

『あなたのことが好きです』

『いろいろ後悔とかああなればとか思うことはありますが、こんな気持ちを味わえるなんて思ってもみなくて、それがとてもつらいんですが同じくらい幸せで嬉しいです』

『こんな告白、読みたくなかったかもしれないですよね。ごめんなさい。写真の顔しかしらなくてあなたがどんなふうに育ってきて何を好きで誰と仲が良くて何が嫌いで……何も知らないのに、インターネットで一時話しただけでこんな告白をしてしまって気持ち悪がらせたとしたらすいません』

『でも、多分好きになってしましました。ごめんなさい』

『あなたがこの告白を読まないようにと思う気持ちと、自分勝手だけど伝えたいと思う気持ちと半分半分です』

『ツイッターの混線なんていう滅多にないことでお知り合いになれたのは、きっとインターネットの神様のおぼしめしだと私は勝手におもっています。だからこのツイートをあなたが目にするかどうかも神様に任せたいと思っています』

『それではこんな私につきあってくださってありがとうございました。元気に退院してあなたとイカスミを食べにいくことを考えながら今夜は眠りたいと思います』

『おやすみなさい。お元気で』




投稿は4時間前。
総司はコートも脱がず立ったまま茫然としてそのツイートを読んだ。そしてりんごアイコンをクリックする。
そこには前に見た『スノーホワイト』と書いてあるプロフィール画面はなかった。

『アカウントは存在しません』

総司はドサリと椅子に座った。
「……それはないんじゃないの……」
カチカチとブラウザのバックボタンを押す。
アイコンをクリックしたことでキャッシュ情報がクリアされてしまったのか、先ほど読んだ彼女のツイートもすべて消えてしまっていた。
「冗談でしょ」
総司は泣きたい気分で何度も何度もバックボタンを押す。ホームに戻りフォロワーを探す。

『スノーホワイト』の痕跡はどこにもなかった。

確かに存在したのに。
今朝も『いってらっしゃい』と言ってくれた言葉は、ネットに残っていたのに。
「くそっ!」
総司は汗がにじむ手で髪をかきあげた。
「……名前も知らないのに……」

明日手術とか。
難しい手術だとか。
お礼とか。

「……好きだとか……」

ずるいんじゃないの





その夜総司は眠れなかった。




最悪な気分で目覚めた次の朝。
いくら最低な体調でも社会人は会社に行かなくてはいけない。
いや、ここで家にいて虚しくネットで『スノーホワイト』を探すよりも、会社で嫌な上司にこき使われている方が精神衛生上いい気がする。頭をからっぽにして体だけ疲れた方が……
総司は機械的に顔を洗い、あっちこっちに跳ねている茶色の髪を手で梳く。そして薄いブルーのYシャツを着て深い紺色のネクタイを締めた。
毎朝やっている動作で、ぼんやりとしながらでもできる。
朝食は食べる気がしなかったので途中のコンビニでコーヒーとカロリーメイトを買う。
電車に乗り二駅。乗換駅でおりる。
朝のラッシュの人ごみにもまれながら総司はぼんやりと高架になっている駅のホームから駅裏の広場を見ていた。

今日が手術か……
何時からなんだろう。
僕も好きだって伝えられたら、手術の結果とかかわったりするのかな

それよりも何よりも。
もし手術がうまくいかなかったら――
もう二度と彼女には会えなくなってしまうのだ。
いや、一度も会ってもいない彼女と結局一度も会わないまま終わってしまうのか。もしそうなったらもうそれは取り返しがつかないのだ。
総司の胸には、これまで経験したことがないような焦りが浮かんだ。
しかしどうすればいいのかわからない。せめて名前だけでも聞いておけばネットで検索できたかもしれない。
膨大なネットの海の中でとても探し出せるような情報ではないが、それでもなにか彼女に近づくためにできることがあるのなら喜んでしたいのだ。
それかせめてどこにいるのかだけでも知っていれば。
日本なのか海外なのかもわからない。手がかりになる様なものは何も……
総司はそう考えながら視界に入ってくる駅前広場へぼんやりと目をやり、そしてハッとした。

そこには広場のランドマークとしてモニュメントが立っている。
それを見て、総司は最初の頃に見た彼女の病室の窓から写したらしき外の風景の写真を思い出した。

あの景色……あの景色から病院の場所を探せないだろうか?
かなりの都会だった。にぎやかな街で人もたくさんあるいていた。
もし地方都市なら一番栄えている場所だろうし、東京ならあの広場らしきところはある程度絞れないだろうか。

そうだ…!紅葉のタイミングも雨の写真も僕と同じだった…!

紅葉はともかく雨は、彼女が東京かもしくは東京近郊の病院にいることの証明になる。
総司の頭はこれまでのぼんやりした感じから一点してパッと晴れ、忙しく動き出す。
探せるかもしれない。
見つけ出せるかも。
僕の『スノーホワイト』を。



総司はラッシュの人ごみにのりながら、いつもの乗り換え用の地下鉄の駅ではなく改札へとむかった。
そして会社へ電話をする。
「すいません。急なんですがちょっと病院にいかないといけなくなってしまって。今日午前中だけ休みます」
『なんだ、風邪か?』
「いえ、僕じゃないんですけどね」
上司は、総司の周りの誰かが病気になったのかと一日休みをくれた。珍しいこともある物だと少し驚いたが、彼女の手術は今日だと言っていた。午前だとしたら考えている時間はない。
総司は駅裏でネットカフェをさがした。


雨の写真がアップされていた日に雨が降っていたのは、関東の一部と九州地方だけだった。
紅葉のタイミングからして『スノーホワイト』は多分関東。
「駅前 広場」で検索をかけて探していく。膨大な量の情報をかき分けて探していくのは思ったよりも骨が折れた。しかし確実に一歩ずつ彼女に近づいているという充足感がある。総司は昼を過ぎても食事もとらずに、カロリーメイトをかじりながら探し続けた。

そして見つけた。
多分ここだ。


そこは総司がいる場所から一時間ほど行った、東京の反対側にある駅だった。駅から少し離れた国道沿いに似たような街並みがひろがっていて、広場にはモニュメントがたっている。
『スノーホワイト』のあげた写真のモニュメントは、木々の間からで見にくかったが茶色のようなブロンズ色のような色だった。しかしネットで探したそこの広場のモニュメントは遠目から見ると白い。その点だけが違うが、あとの並木の感じや道路の向こう側に見えるビルはほぼ同じだ。
迷ってる暇はない。
総司はいそいでネットカフェをでて、電車をのりつぎその駅へ向かった。既に昼はとっくにすぎている。今彼女はなにをしているのだろうか。もう手術室に入っているのか。
総司に会いたいとすこしでも思ってくれているだろうか……


広場に立って、総司はぐるりとまわりを見渡した。
写真には大通りが写っていた。と、いうことは写真をとったのは広場の奥。
そこに建っていたものは図書館で、病院ではない。どこかで地図を見て病院から探した方がいいのかもしれない。
総司はネットカフェで地図を見てこなかった自分に舌打ちした。
広場が見つかったかもしれないということに夢中になり、地図を見るまで気が回らないままネットカフェをでてきてしまったのだ。そこまで考えて、総司は手元にあるスマホを思い出す。

こんなことにも思い至らないなんて、相当テンパってるな

スマホで地図を見ようと取り出した総司は、目の前にあるブロンズ像にふと気が付きじっくりと見た。
ネットの写真で白く見えたのは、小さなタイルが飾りのようにして一面に貼られていたからだった。タイルとタイルの間は地の色でブロンズ色だ。
……ということは。
総司はそのままブロンズ像の裏にまわる。
はたして裏側はタイルが貼られておらず一面ブロンズ色だった。

この角度だ。
この角度で、写真の小ささから考えると……
総司は後ろを振り向く。
その位置からだと、図書館の奥に薄いピンク色の大きな建物が見えた。建物の前面の赤十字のマークも。




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