【嫉妬】

※「歯車」の続きです。沖田さんがかなりヘタレです。余裕があってSで意地悪な沖田さんが好きな人はブラウザバック!






「じゃあ、この席はこういう風にしたらどうですか?」
そう言いながら千鶴が身を寄せてきて、総司は思わず少し体をひいた。
千鶴はそれには気づかずに、総司の前にある披露宴の席次表を覗き込んでいる。さらりと肩から滑る黒髪からフローラルの甘い香りがした。
千鶴はペンを持って表に書かれている人を入れ替える意味の矢印をひき、これでどうですか?と総司の方を向いた。
「ああー……うん。それなら君の方の友達と僕の方のと年齢も近いし、同じテーブルが女の子だからあいつらも喜ぶと思うよ」

あからさまに棒読みだし視線もあってない

総司は自分でも気づいていたが、彼女の目を見ることが出来ずにそのままそらしていた。
千鶴は何か言いたげな顔でしばらく総司を見ていたが、結局何も言わずにもとの姿勢に戻る。
「じゃあ、あとは主賓の方の席を決めて……」
気を取り直すように千鶴はそう言い、出席者リストの紙を持ち眺め始めた。線を引いたりチェックをいれてリストを整理している千鶴の横顔を、総司は眺める。

 

今日はようやく待ちに待った週末で、二人で結婚式の打ち合わせを総司の部屋ですることになっていた。
それが決まった先週から、総司はこの日をいろんな意味で楽しみにしていた。
彼女にまずあのクッションを見せよう。
高校生の時に千鶴が作ったクッションを、まだ使っていると言ったら驚くのではないだろうか。
そうだ、その前にクッションがあるなどとは言わずに、部屋に入って自分で発見してもらおう。
それにお昼を何か作ります、と千鶴は言ってくれていた。総司はほとんど料理はできないが、傍で彼女が料理をしているのを見てみたい。そしてもう少し…二人の距離が縮まって仲良くなれれば……

お見合いで彼女と再会してから、あんなに彼女といつも会いたいと思っていたのに。
今日も、とても楽しみにしていたのに。

クッションは想像どおりだった。千鶴は驚いて、そしてとても嬉しそうに総司の顔を見て笑った。
昼ごはんも思っていた通り。彼女はスパゲッティとスープを作ってくれた。ほとんど道具がないため苦労したが、楽しそうに作ってくれてとてもおいしかった。

しかしその間中総司の心は暗かった。
自分の心を隠すのは得意なので、彼女には少し元気がない程度にしか思われないだろうが……

原因は一昨日に近藤から聞いた話。
仲人をしてくれることになっている近藤と総司は、夕飯を一緒に食べたのだ。
その時に。


『そうか、結婚することにしたんだな。見合いから一か月か。婚約おめでとう!』
近藤が心から嬉しそうに笑い、総司にビールの入ったグラスを差し出した。総司は微笑み、自分の飲みかけのグラスを近藤のグラスに軽くあてる。
『ありがとうござます』
『彼女は二回目の婚約だな。まあでもお前がそんなに乗り気だし、彼女の方もすぐにOKだったそうだから今度は大丈夫だろう』

二回目の婚約……。初耳だという顔を総司がしたのだろう。近藤は不思議そうに問い返してきた。
『お見合いの写真と一緒に入っていた手紙は読んでいないのか?結婚離婚ならともかく、過去の婚約歴などお前は気にしないだろうからそんなことまでわざわざ報告してくれなくてもよかったのに、と思ったが、まああちらの仲人はお堅い方だしあらかじめ知らせておいた方が良いと思ったんだろうな、見合いは恋愛ではないからなあ。そこに書いてあったぞ』
その夜総司は家に帰って、近藤からお見合い後再び渡されていたお見合い関連の資料一式を、全部ちゃんと開けてみた。

お見合い前は相手が千鶴だと知らず、興味もなかったのでそういうものは一つも見ていなかった。
お見合い後は相手が千鶴だったので、もうそれ以外の情報など興味がなく見ていなかったのだ。

その中に、確かに近藤が言うように手紙が一通入っていた。
仲人の年配の女性が書いたのだろう、達筆な縦書きの手紙。内容は、千鶴は総司と見合いをする少し前に風間という男と婚約をしていたこと、そして結局は破談になったことが淡々と書かれていた。


彼女はその風間という男とどれぐらいつきあったのだろうか。
お見合いだったのか恋愛だったのか?
何故破談になったのか。

総司は隣で紙とボールペンを持っている千鶴を、椅子にもたれながら見た。
目を伏せて紙をに書かれているリストを見ているせいで、彼女の睫が白い頬に繊細な影を作っている。
透明感のある柔らかそうな白い肌に、濡れたような黒目がちな瞳。
風間という男は、彼女のあの頬にできる影を、こうやって眺めていたのだろうか。
自分が触れたことも無い、彼女の頬に触れて、その柔らかさも知っていたに違いない……

そこまで考えて総司は気を取り直すように椅子に座りなおした。
軽く頭を振って彷徨い出た思考を振り落とす。
「じゃあ席次はこれでいいよね。招待状のリストもこれで完成したし、メニューも決まったし…」
総司が決まった項目にチェックをいれていく。
「あとは……ドレス関係ですね」
千鶴が嬉しそうにドレスのパンフレットを手に取ったのを見て、総司はにやりと笑った。
「やっぱり楽しみ?」
千鶴は恥ずかしそうに微笑みながらうなずく。
「それはやっぱり……男性はそんなことはないんですか?」
「うーん……タキシードを着たいと思っているヤツはあんまりいないんじゃないかなぁ……千鶴ちゃんはどんなのがいいの?」
総司はそう言って千鶴の持っているパンフレットを覗き込んだ。
「いろんなのがあって迷っちゃうんですけど、自然な感じのがいいなって前から思ってて。えーっと……」
千鶴はそう言いながらぱらぱらとパンフレットを捲って何かを探す。そして見つけた様でそのページを机の上に開いた。

総司はその写真をのぞきこみながらも、先ほどの千鶴の台詞にひっかかっていた。

『前から思ってて……』

風間という男と婚約までしたのだ。当然結婚式についての話もしていたのだろう。その時にドレスをいろいろ見ていたのか。
近藤が総司のことを『過去の婚約歴など気にする男ではない』と言ってくれていたのに、今こんなに気にしている自分に、総司は自己嫌悪をしていた。
しかし気になるのだ。
これまで何人かの女の子とつきあってきて、当然総司の彼女になる前に他の男と付き合ったことのある子だっていた。
『前の彼氏にもらった』というアクセサリーをつけていても、バックを持っていても、総司は特に気にならなかったため、自分は嫉妬とか独占欲は薄い方なのだと思っていた。
しかし今はどうだ。
自分でもどこかおかしいのではないかとひくくらい、彼女のことが気になる。
しかし正面切って彼女に問いただすことは、何故か総司にはできなかった。

すっかり終わった事について根ほり葉ほり女の子に聞く自分の姿は、客観的に見て受け入れがたい。
さすがにかなりかっこ悪い自覚はあるし、そんな自分を彼女に知られたくないという見栄もあった。
それに、そんなに嫉妬深い自分を知られたら……結婚が破談になってしまうのではないかというかすかなおそれ。
しかしほんとに恐れているのはそんなことではないのだ。

お見合いの時に彼女は、彼女の方から断るつもりはないと最初から告げてきた。
風間の事を知らない時は、高校の時から自分を好きでいてくれたのかと総司はうぬぼれていたのだが……。
違うのかもしれない。もしかしたら、風間を忘れるために、次のお見合いは断るつもりはないと決めていたのではないだろうか。そんな時に舞い込んだ見合い相手がたまたま総司だったというだけで。

「沖田さん?」
千鶴の、懐かしいトーンの声で自分の名前を呼ばれて、総司ははっと我に返る。
そして卑屈で後ろ向きで情けない自分にまた嫌気がさす。
総司は彼女のことが好きだという自覚があった。
高校の時の初恋が彼女だという事に気づいてから、総司は彼女をつくる気がなくなった。
あんな思いが恋なのだとしたら、他の誰にも同じような思いを抱けるとは思えなかった。知らなければ自分をだまして他の女の子とつきあって結婚していくこともできたかもしれないが、千鶴と一緒に過ごした時間の感触を知っている今となっては、どうしてもあれと比べてしまう。そしてあの感触は千鶴としか無理だと総司にはわかっていたのだ。
お見合いで再開して、総司の気持ちは高校生の時から一足飛びに溢れだした。
しかし彼女はどうなのだろう?
お見合いを断っては来なかったし、何回かのデートにも嬉しそうに来てくれた。
3回目のデートでプロポーズ……というか、結婚式は和風と洋風とどっちがいい?と総司から聞いて、千鶴が洋風がいいです、と答えた。特に好きだの愛してるだのの言葉はなく、その後も淡々と結婚にむかって進んでいる。

「このドレスだと、沖田さんのタキシードはこんな感じなんですけど……」
千鶴の声に反応して、総司は考え事をしたままパンフレットを覗き込んだ。
二人で同じものを覗き込んだため、総司のすぐ横、体温すら感じそうなくらい近くに千鶴の頬がある。ふわりとフローラルの香りがして、総司は固まった。
その様子に何か変に感じたのか、千鶴はわずかに振り向く。

二人は目と鼻の先にあるお互いの顔に驚き、無言になった。

総司はどうしても抗えなくて、彼女の柔らかそうなピンクの唇に自分の唇を重ねる。
あ……という千鶴の声が聞こえた気がしたが、二人の唇の中に吸い込まれて消えた。

彼女の唇は甘かった。比喩ではなく、本当に。
もっと深く探りたくなった時、総司の脳裏に先ほどまでくよくよと考えていたことが浮かぶ。

この唇を味わった他の男がいたのだろうか

がつんと頭の裏を殴られたような衝撃を感じて、総司はパッと唇を離した。千鶴の長い睫がゆっくりと上がり、頬を染めて総司を見る。その表情にまたグラリとしたが、総司はそんな自分を断ち切るように視線をそらした。
「……今日は……もうこれで終わろうか。送って行くよ」

 

総司の話が終わると、斎藤と平助はお互いに顔を見合わせた。
「……何が問題なのかわからんのだが」
「要は幸せで幸せで困っちゃうとか言いたいんじゃねーの?」
返ってきた二人からの返事に、総司は溜息をついた。
「そうじゃなくてさー……。何でわかんないかな。僕にしてみたらすごいキツイんだよ、いろいろあの子の過去を想像しちゃって。で、あの子への接し方もすごく不自然でそんな自分が嫌で悩んでるの」
「いろいろ想像しなければいいのではないのか?」
斎藤が真顔で答える。平助も頷いた。
「そうだよ。別に浮気してるわけじゃねーし、隠してたわけでもねーんだろ?お前だって高校の時告白したりしたわけじゃねーし、その後だって他の女の子とつきあってたじゃん。彼女の方からも同じこと言われたらどうすんだよ?」
確かにそうだ。総司は少し考えて答える。
「過去は変えられないけど、今は君がすごく好きだよって伝えるよ。っていうか前からずっと好きだったんだって!自覚がなかったりタイミングが合わなかっただけで、大学の時も一応どうしてるかなーって気になってたし……」
何が言いたいのかよく分からない総司に、斎藤は呆れたように言った。
「……だから要するにお前も彼女から同じセリフを言われたいだけなのだろう?彼女にその……前の婚約者とはどういう関係だったのか、今総司の事をどう思っているのか聞けばいい」
「〜〜!!だ〜か〜ら!それができないって言ってるの!」
平助が口をへの字にして聞く。
「何で。結婚するんならそれぐらい聞けんだろ」
「だって……」
だってそんなこと気にしてる情けない男だなんてあの子に思われたくない。それに聞いた途端気まずそうに視線をそらされたり返事をごまかされたりしたら、きっとつらすぎて立ち直れない。
「結婚は大きな事だから臆病になる気持ちはわからんでもない。だが、彼女はお前がそんなに思い悩んでることなど知らんのだろう?彼女に聞いてみればいい」
まさか斎藤から恋のアドバイスをもらうとは思っていなかった総司は、釈然としない顔でだまりこんだのだった。

 

 

完全な個室……というわけではないが、三方を壁に囲まれている席で、総司は千鶴と向かい合って鍋をつついていた。
水炊きで有名な店で、総司から誘った金曜日の夜。
千鶴はフェミニンなフレアスカートでかわいかった。
店の若い男性店員が、妙に千鶴にだけ親切なような気がして総司はいらいらしていた。
千鶴も、おすすめはどれか、などと聞いたりしてその店員と二人でメニューをのそきこんだりもしていた。
総司のグラスが空いているのに気づき、千鶴がお替りを頼もうと例の男性店員を目で探し出したとき、総司が言った。
「席、かわろうか」
「え?」
「そっち入口に近いから、千鶴ちゃんにいろいろやらせちゃうでしょ。悪いし」
「え?いいですよ、そんな……。全然気に……」
「代わろう」
総司は彼女の言葉をさえぎって、強引にそう言うと立ち上がった。千鶴が、何か総司の気に障ったのかと気にしている表情をしているのはわかっていたし、我ながら行き過ぎだと思うが、ガマンができない。
机の上のものも置き換えて、総司は自分で男性店員にお替りを注文した。
「明日…週末さ、式の打ち合わせもほぼ終わったしどこか遊びに行かない?」
微妙にピリピリした雰囲気だったのだが、総司がそう言ったので千鶴はほっとしたように表情を緩めた。
「はい。どこに行きましょうか?どんなことがお好きなんですか?」
アウトドアが好きなのか、映画でも見て街をぶらぶらするのが好きなのか、テーマパークなどに行ってがっつり遊ぶのが好きなのか……、彼女はどれが好きなのかわからない自分に、総司はまた苛立つ。
自分が、自分だけが彼女のすべてを知っていたかった。それなのに、『結婚』という相手にはなったものの、彼女については初心者もいいところだ。総司は今や、彼女のことをよく知っている女友達や両親にまで嫉妬しはじめていた。
しかしもちろんそんな様子は見せずに、総司は提案する。
「ディズニーランドとかは?ああいうところ女の子すきじゃない?」
千鶴はにっこりと頷く。
「ええ。私も好きで……」
その時、彼女の笑顔が一瞬固まったのを、総司は見逃さなかった。そして記憶の中にある過去を彼女が思い出したことも。
「えーっとディズニーランドは……ちょっと週末で行くには……。あの、映画を観に行きませんか?観たいのがあって……」

総司は箸で野菜をとるふりをして、瞼を伏せた。

胸が痛い。
自分が平静な顔を保てているか自信がない。
近藤が、お見合いは恋愛ではないと言っていた。
だからきっとこの自分の思いは、彼女にとっては理解できない物なのだろう。

このまま付き合いを続けて行って結婚をしたら、自分がどうなってしまうのか総司は怖かった。










 

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