【夏は祭り】
「総司、帰ったのか」
総司が別荘の駐車場に車を停めていると、庭で近所の猫をおびきよせようとしていた斎藤と平助が声をかけた。
「うん、ただいま」
そう言って車を降りて平助たちの方へ歩いてきた総司は、斎藤と平助がヘンな顔で自分を見ているのに気が付いた。
「何?どうしたの?」
「総司、お前買ったものはどうしたんだよ」
「あ!」
思い出したように声をあげた総司に、斎藤も首をかしげて聞く。
「俺が頼んだ買い物をしに行っていたのではないのか?」
「忘れてた。もう一回行ってくるよ」
そう言って少し慌てたように再び車に乗り込む総司を見て、平助と斎藤は首をかしげた。
「買い物するために出かけたのに忘れてくるなどということがあり得るのだろうか…」
「初日はじゃんけんで負けて、買い出しに行くのにぶーぶー言ってたくせに、最近は自ら立候補して行くもんな。まあ助かるけどさ」
「しかも毎朝あんなに朝早く行く必要はない、魚の売出日のみでいいと言っているのにもかかわらず何故か毎日朝早く出かけているな」
総司の変わりように頭をひねるものの、結局わからないまま斎藤と平助はあきらめた。
ドンドンという低い太鼓の音。
夜店から流れてくる雑多な音楽。
子どものはしゃいだ声と大人たちの話し声。
だんだん薄暗くなっていく景色の中を、総司と斎藤、平助、左之、土方は歩いていた。
「あ、お面!」
平助がお面をかざってある夜店にかけよった。
「何?買うの?」
「こういう時でもないと買わねーしさ!おー!結構レアもんがあんじゃねーか!」
平助はそう言うとワクワクとした表情で選び出す。そこには歴代仮面ライダーのお面がずらりとならんでいる。
「お!アマゾンもある!クウガもあるじゃん!二つ買おうかな〜」
総司もお面を見る。
「あ、これ知ってる。元祖だよね」
「そうそう!総司も買う?」
「買おっかな。確かにこんな時じゃないと買わないよね
買った初代仮面ライダーのお面を頭の上あたりに付けながら、皆でお祭り会場である小学校の運動場を歩く。きょろきょろとあたりを見渡している総司に、土方が声をかけた。
「どうした?何か探してるのか?」
「何かっていうより誰か、ですね。ちょっとしたことで知り合いになった女の子ですよ。高校生の」
左之がひゅっと口笛を吹いた。
「やるじゃねえか、総司。どんな子だ?」
「左之さんには紹介なんかしませんよ。すっごく真面目な純粋そうな子ですからね、左之さんなんかに毒されちゃたまんない」
「なんだよ、それ。応援してやるって言ってんだよ」
左之がニヤニヤしながら総司を小突く。総司は溜息をついて頭をかいた。
「いやだなあ、別にそんなんじゃないですよ。ちょっと仲良くなったってだけです」
意固地に否定する総司に、左之と土方は顔を見合わせて肩をすくめた。
彼女ができても何も言わないし、同じく別れても何も言わず変化もない。そもそもあまり女の子と仲良くしている所もみない総司が、今きょろきょろと女の子を探しているのだ。『そんなんじゃない』とはとても思えない。と、いうより総司が女の子にここまで興味を持ったのははじめてではないだろうか。
「ちょっと探してきます。合流できなかったら放っておいてくれていいですよ。自分で別荘まで帰ります」
そう言い置いて皆から外れて歩き出した総司に、左之と土方はあっけにとられた。
「お、おう…」
と言った声は、さっさと離れて行ってしまった総司の耳にはきっと届いていなかっただろう。
あてどもなく視線を彷徨わせ、人ごみをぬって歩く。
校庭の真ん中でやっている盆踊りの音楽が校舎に反響し籠り、空気を様々な色に染める。合いの手のようにはいる太鼓の音が空気を震わせる。
総司はまるで音と人のプールの中を、水をかき分けて泳いでいるような気分だった。
外界と自分の感覚が妙に遮断されているように感じる。それとは逆に自分の意識が、この祭り会場全体に薄まり広まっている様にも感じる。そうやって彼女を探しているのだ。
田舎の小学校は広く、さらに校庭の端のほうから山につながっている。総司は山の奥の方をチラチラと確認しながらぐるりと校庭を囲む様に立ち並んでいる夜店の間を歩いた。
頭の片隅で、なぜこんなに必死になっているのかという疑問がよぎるが、それについて深く考えることはしなかった。
考える必要などないのだ。
あの子を探すのは自然なことで。
だって自分は……
「は、離してください…!」
小さな声だったが確かに聞こえた。
あの子の声だ。
総司が人をかき分けて声の聞こえてきた方に行くと、男二人に校舎の隅に追いやられている千鶴がいた。
男の一人は千鶴の手首を握っている。
それを見た途端、総司は自分でも驚くほどカッとなるのを感じた。
頭に血が昇ると逆に思考が冷たく冴える。自分の瞳がスッと無表情になり口に柔らかな微笑が浮かぶのがわかる。
総司はそのままつかつかと歩み寄った。
「何をやってるのかな」
総司が声をかけると、男二人と千鶴が驚いたように総司を見た。
浴衣姿で髪をあげている千鶴は可愛かった。
それが余計に総司をいらだたせる。
「手、離しなよ」
静かな声で総司が言う。
辺りが急に静まり返ったようだ。男二人は慌てたようにパッと手を離した。見たところまだ高校生。いや、中学生かもしれない。
ちょっと千鶴をからかってみた程度なのだろう。総司の出現にあたふたと驚き、急に怖気づいている。
「この子に何か用?」
冷たいほほえみで総司が聞くと、男二人はぶんぶんと首を横に振った。
「そ、じゃあもういいよね?」
今度はガクンガクンと首がもげそうな勢いで二人はうなずく。
総司は二人ににっこりと微笑むと、千鶴の肩を抱いてその場を離れた。
千鶴は抱き寄せられた総司の体を意識していた。
肩に置かれた手の辺りが固まっている。全神経がそこに集中しているようだ。さっきまではうるさく聞こえていた盆踊りの音楽や太鼓の音も、もう今は聞こえない。
聞こえるのは……総司の心臓の音。
少しだけ早く打っている。
まるで守るかのように、総司は千鶴を自分の胸に抱き寄せたまま人ごみをかき分けて歩いていた。チラリと見上げると、茶色の髪に何か……お面だろうか?をかぶっている。夜店の灯りでそのお面が見えた。
そして千鶴は思わず吹き出した。
総司が気づき、胸の中の千鶴を覗き込む。
「何?」
「……沖田さん、ヒーローみたいでした」
くすくす千鶴が笑いながら言う。総司は少しだけ頬を赤らめたようだ。
「何言って……」
「それです、お面」
千鶴が言うと、総司はようやく気が付いたように自分の頭に手をやった。そしてニヤリと笑って千鶴を見る。
「これかぶって助けに行った方がよかったね」
千鶴は笑いながら首を振った。
「いいえ。沖田さんでよかったです。……あの、ありがとうございました」
お礼を言われて、総司は先ほどの不快感を思い出した。眉間に皺を寄せる。
「なんで一人なの?女友達と来るって言ってなかったっけ?」
なんだか怒られているような雰囲気の総司に、千鶴は目を瞬いた。
「あの、友達はここから家が近くて。下駄が痛いんで履き替えてくるってちょっとだけ家に……」
そういうことか、と総司は溜息をついた。
「……友達はいつこっちに来るの?」
「もうすぐ来ると思うんですけど……」
千鶴の肩に置かれていた総司の手がスッと離れた。近くすぎてドギマギしていたので千鶴はほっと安心する。
それと同時に温もりが消えて、何故だか少し寂しかったりもして、そんな自分に千鶴は困惑した。
そして次の瞬間、するりと総司の手が伸びて今度は手をとられた。え?と驚いた顔をして見上げた千鶴に、総司はにっこりと微笑む。
「じゃあ友達が来るまでは僕とまわろう」
「……」
ポカンと口を開けている千鶴にかまわず、総司は強引につないでる手を引っ張った。
「僕りんごアメが食べたかったんだよね〜」
そう言いながらスタスタと歩いて行く。千鶴はおたおたとついて行きながらも、総司に言った。
「あ、あの手を……手を離し……」
「離さない」
即答で返事が返ってきて千鶴は驚いた。「え?」と思わず見上げると、総司は目じりをほんのりと赤くしながらもきっぱりと繰り返した。
「離さない」
「……」
それからは二人とも会話は無かった。
総司は言っていたりんごアメの夜店にむかうでもなく、千鶴の手を握ったまま祭りの人ごみの中を歩いて行く。
ドン、ドン、という太鼓の音。
スピーカーから流れる妙に甲高い盆踊りの曲。
そして耳の奥で聞こえる自分の心臓の音。
千鶴は、音を感じながら無言で総司の後をついて行った。
千鶴が持っていた女友達の携帯電話が鳴って、家に靴を履き替えに言っていた彼女が戻ってきて、目を剥いて総司を見ている友達と千鶴にバイバイと手を振って。
別荘に土方達と帰った総司は、その夜熱を出した。
特に喉も痛くないしくしゃみも出ない。病院でもらった総合風邪薬を飲んでも、熱は一週間下がらなかった。
あのバス亭で、あの子はまたバスを待っているのかな、僕が来なくなって何か誤解してないかな、と熱で朦朧とする頭で総司は想う。
そしてその混沌とした意識の中で、総司は延々と続く夢を見ていた。
さくら
刀
血しぶき
涙
焦燥
……そして微笑み
優しい、あの子の微笑み
暖かい膝枕に優しい歌声
そうだ、聞いたことがあるのは当然だった。
あの歌声、あの名前、あの微笑み……
もう来ないのだろうと思っても、千鶴は毎朝バス停に行くときに無意識に彼と、彼が乗っていた外車を探してしまっていた。
あのお祭りの夜、手をつないで歩いた。
ものすごくドキドキして胸が痛くて……
そして次の日、彼はバス停に来なかった。
次の日も、その次の日も……。
結局その週は一度も来なかった。買い出しと言っていたのに、他の誰かがあの車に乗ってこの時間に来ているのも見かけない。
もう東京に帰ってしまったのか、それともお祭りの日、自分は何かやってしまったのか。
それとも特に理由もなく、もうあんな朝早くにここに来るのに飽きたのかもしれない。
千鶴が自分のつま先を見ながらとぼとぼと歩いていると、視界に千鶴よりはるかに大きいごついスニーカーが現れた。
千鶴が驚いて見上げると。
「……沖田さん……」
総司だった。茶色の髪が朝の光にキラキラと光り、緑色の瞳が懐かしそうに細められる。
「……おはよ」
「……」
あんぐりと口を開けている千鶴に、総司は楽しそうに微笑んだ。
「僕のこと忘れちゃった?」
ブンブンと首を横に振る千鶴に、総司は嬉しそうに笑った。
「そ、よかった。風邪でね、熱だしててこられなかったんだ」
「そうだったんですか……」
言われてみれば少しやつれているような気がする。微笑みもなんだか……なんだろう?妙に切なげではかなげで……いろんな感情が込められているような眼差し。
「千鶴ちゃんは……」
総司はそう言うと少し口ごもる。
「千鶴ちゃんは元気だった?」
「はい、私は元気です」
「そっか。よかった」
そしてまた、微笑んだまま千鶴を見つめる。なんだか頭のてっぺんからつま先までマジマジと見つめられて、千鶴は居心地が悪くなった。
「あの、もう大丈夫なんですか?」
「うん、すっかり治ったよ。それでね、僕、今日帰らなくちゃいけないんだ」
「え?」と見上げた千鶴に、総司は頷く。
「もう夏休みも終わっちゃうからね。それで……」
総司はそう言うと、千鶴のカバンを持っていない方の手をとった。
「きゃっ!お、沖田さん何……!」
焦って引っ込めようとする千鶴の手を、総司はギュッと握る。
「僕は千鶴ちゃんにもう一回逢いたいんだ。もっと仲良くなって僕の事も知ってほしい。これで終りなんて嫌だ。だから……」
「千鶴!!」
総司の言葉を、背後からするどい声がさえぎった。
千鶴と総司が驚いて振り向くと、千鶴の双子の兄である薫が息を切らして立っている。
「薫!?どうしたの?」
驚く千鶴に、薫はずいっと布に包まれた何かを差し出した。
「弁当。忘れただろ。それからいい加減離せよ」
千鶴の手首と総司の手を掴んで、薫は無理矢理引きはがした。
「か、薫……」
兄に、手を取られたところを見られたのは恥しい。でも無理矢理引きはがすの総司に対して失礼なような気もする。
千鶴は混乱し、何を言ったらいいのかわからなかった。
総司は意外なことに腕組みをして冷めた目で薫を見ていた。唇にはうっすらと微笑みがある。
「……君もしつこいよね」
呟くようにそう言った言葉は、千鶴には聞こえなかった。
「お前もな、沖田」
それに対する薫の返答も小声で。
「え?薫、何?」
聞き返した千鶴に、薫は「何でもないよ」とそっけなく答える。
「お、沖田さん、あの…こっちは私の双子の兄で、薫っていいます。あの、スイマセン……」
何に謝っているのか自分でもわからなかったが、千鶴はとりあえず謝った。なんというか…薫のだしているオーラそのものが、総司に対して失礼な気がするのだ。
しかしそれに対する総司も、充分失礼と言えば失礼で……
あっさりと薫の存在を無視して、総司は再び千鶴の手をとった。
「それでね、携帯の番号とメールアドレスを教えて欲しい。僕のももちろん教えるから」
「あの、私ホントに……」
千鶴の言葉にかぶせて、再び二人の手をベリッと剥がしながら薫が言った。
「千鶴は携帯を持ってない。これからも持たせる予定はない」
総司がチラリと冷たい視線を薫にやる。そして皮肉っぽいほほえみを浮かべて首をかしげた。
「……必死だね。僕にとられるのがそんなに怖いの?」
「うちの教育方針に口をださないでもらえるかな。お前はまっっったくの他人なんだからさ」
バチバチバチッ
見えない火花が確かに散ったように感じて、千鶴は目を瞬いた。
めげない総司が、再び千鶴の手をとって言う。
「じゃあ、手紙を書くよ。他の人宛ての手紙を盗み読んだり捨てたりするような失礼なことは、さすがに非常識な君の兄さんもしないだろうしね」
ぐっと薫は言葉に詰まった。メールの着信拒否や家電を『今でかけてる』と言って取り次がないのはできそうだが、さすがに手紙を捨てるのは……
そんなことを兄がしているということを妹に知られたら、『最低の兄』と言われてもおかしくない。
「手紙なんか送って来るな!」と言いたいのだが言えずに、ぷるぷると両手を震わせている薫を横目で見ながら、総司は再び言った。
「決まり。手紙を書くよ。返事はくれる?」
握った手を捧げるように持ち、まっすぐに聞いてくる緑の瞳に、「はい」以外の言葉が言えるわけもない。
千鶴が恥ずかしそうにうなずくと、総司はにっこりと微笑んで千鶴の指先にちゅっとキスとした。
「きゃ!」
「離れろ!」
千鶴が小さく驚きの声をあげるのと、薫がブチ切れて二人を引き離すのとが同時だった。
帰りの車の中、鼻歌を歌っている総司に左之が言う。
「ご機嫌だな」
総司は窓の外から視線を移さずに、楽しそうに微笑んだ。
「まあね。手紙とか封筒とか買いに行かなきゃ。どこで売ってるのかな?郵便局?」
斎藤が会話に入ってくる。
「郵便局……では売っていないだろう。カモメール等のハガキなら売っているし切手と……ことによると封筒は売っているかもしれんが」
平助が言う。
「そういえば手紙ってどこで買うんだ?最近メールばっかだからな」
左之が考えながら答えた。
「文房具屋とかじゃねぇか?」
土方も運転しながら口をはさむ。
「しかし最近は純粋な文房具屋もあんまり見ねえな」
そうして一行は東京に着くまで、どこに行けば手紙一式が買えるかについて話し合ったのだった。
【終】