【夏と海と冒険と 3】
いつもの散らかった事務所。
その中で唯一ピシッと整理整頓されている部屋の隅のデスクに座り、斎藤はうっとりした顔で通帳を眺めていた。
そこには千鶴案件の半額が前金として入金されたという印字。
仕事を首尾よく終わらせれば、残り半額も入金されるはずだ。
「今年中の保険代は一括前払いで払ってしまおう、何があるかわからんからな。そして家賃用にプールして皆の給料と……」
それでもまだ余るのだ。前金だけで。
ボーナスを出してもいいがそれよりも……
「……総司」
斎藤はソファに寝転がってジャンプの最新号を読んでいる総司に言った。総司が目線だけで斎藤を見る。
「欲しいものがあるのだ。こんな貧乏会社には分不相応だと思い、毎回自分で項目をつくり計算式をいれて税金や支払に対応してきたのだが、それらをクリック一発でやってくれるというすばらしい会計ソフトがある。今回の仕事で入る金から比べれば微々たる額だし、もし可能なら……」
「あーいいんじゃないの。買える時に買っといた方がいいよね」
総司は興味もなさそうにそう言うと、ふたたびジャンプに目を移す。斎藤は口ごもりながら続けた。
「いや、それが…そのソフトは重くてな。ここにあるこの旧式のパソコンにいれると他が動かなくなる可能性が高いのだ。それで相談なんだが…」
「ああ、買えば?PCぐらい今は安くなってるんだろうし?」
「いいのか?できればノートパソコンが欲しいと思っているのだが」
「買えばいいんじゃない?平助も別に何も言わないと思うよ」
「そ、そうか……!!」
ぱああああっと斎藤の周りに花がとんだ。斎藤は、頬を紅潮させ飛びつくようにパソコンに向かい、すごい速さでカチカチとマウスを動かし始める。
きっとネットで即座に購入したに違いない。
斎藤があらかた注文し終えた(多分)ところに、キイッと音がしてドアが開き、平助が事務所に入ってきた。
「器材の説明は終わったぜ〜。次は頼む、一君」
「あ、ああ、わかった平助」
斎藤はそう言うと立ち上がり、窓の外を見た。窓からは外の日陰に置いてあるテーブルセットの椅子に座っている千鶴が見える。
今朝は朝から、平助によるダイビング器材の説明、次は斎藤による海についての全般的な座学、そして最後に総司による実際の器材の扱い方や装着方法の講習の予定だ。
そして明日は、この浜でダイビングの練習をする。
千鶴はすぐに例のスポットに船をだし潜りたかったようだが、総司達が安全のために、と何とか説得したのだ。
「いやーやっぱ賢い!ちょっと説明したら全部わかったみたいだな。斎藤君の座学もすぐわかると思うよ」
「そうか、じゃあ明日の午後には目的のスポットに行って潜れるかもしれんな」
総司が再びジャンプから顔をあげる。
「午前中にそこで一回ダイビングして、午後に船だしてってこと?どうかなあ。頭は良くても運動神経がダメかもしれないし実践は苦手かもよ」
「相当焦っているようだし、できるだけ希望に応えられるようやってみるしかないだろうな」
斎藤がそう言って事務所を出て行った。
窓の外を斎藤が歩き、日陰の千鶴の傍まで行くのを窓から確認すると、平助はおもむろに総司が寝転んでいるソファの肘かけの部分に座った。
「あの…さ。千鶴からのお金、前金入金されたんだろ?」
午前中だけのつきあいでもう千鶴呼びになっている平助に、総司は片眉をあげてジャンプから目を離した。そしてそれには特に追求はせず、平助の質問にうなずく。
「そうみたいだよ。さっき斎藤君が会計ソフトおねだりしてた」
「マジ!?お、おれも欲しいのがあってさー!」
「……何?」
「ドキドキ号をさ…!少し改造ってゆーかおめかしってゆーかさ……」
総司は呆れてジャンプを胸に置き平助を見た。
「軽トラに?ホイール変えるとかそういうこと?」
総司がそう言うと、平助の顔がパッと輝いた。
「そうそう!ホイールも変えたいし、サスをさ…!もっといいやつにしてさらにエアロとかもしたいなー…なんて」
「軽トラにエアロ!?」
「そう!かっこいいぜ?そんでボディに『きらきら青い海!』って書いて後は電話番号とかさー!いっそ全部沖縄の海の色に塗っちまってもいいよな!宣伝にもなるしさーなー総司ーいいだろ?」
「……」
宣伝というか…噂にはなりそうだが。
「まあ、いいか。ここは細かいことを気にしない人が多いし…斎藤君がウンって言ったらね」
「ホント!?やっりい!」
大喜びで飛び跳ねてる平助を見て、総司はこの事務所にブチバブルの波が来たことを実感していたのだった。
昼をはさんだ斎藤の授業はつつがなく終わった。昼から夕方にかけて行われた総司の講習でも千鶴は優秀な生徒だった。
器材の扱い方、装着や点検の流れ、緊急時の対処法など、言われるとすぐに……いや言われる前に理解するような千鶴の様子に、総司は講習の終了後に思わず聞いてしまったほどだ。
「ダイビングの経験があるの?」
千鶴は驚いたように大きな瞳を見開いて総司を見て、一瞬後に夕暮れの中でもわかるくらい頬をピンク色に染めた。
真っ白な肌がピンクに染まる様が妙に色っぽく、そうさせたのが自分の言葉だと思うと何故かドキッとして、総司は目を瞬いた。
「あの…東京で、沖縄で潜るということがはっきりした時点でいろいろと本を買ったり人に聞いたりして調べたんです。なので、知識だけはある頭でっかちで……せっかく教えていただいているのにすいません」
「あー、いや、別に……」
教えがいがないとかかわいくない客だとかそう言う意味で言ったのではなかったが、小さく縮こまっている今の千鶴にどういえばいいかわからず、総司は頭をかいた。
「そういう意味じゃないよ。それに知らないことをちゃんと事前に勉強してくるってのは謝るような事じゃないし」
「いえっ!もう実地ではまったくなにもできないんで!」
本当に褒められ慣れていない千鶴の様子に、総司は肩をすくめる。
「……これまで……なんだっけ?『知識だけはある頭でっかち』とか言われたことがあるみたいだけど、君はそんなんじゃないよ。真面目に物事に取り組んでるだけでしょ。まじめすぎるかもしれないけど、それは別に悪い所じゃない。悪い所は周りの奴らの言うことを素直に信じすぎることだね」
「……は……」
ポカンとした千鶴の顔を見ながら、総司は別の事を聞く。
「泳ぎはできるの?」
「い、いえ…泳げないです」
「泳げないの!?」
千鶴は更に恥ずかしそうにうなずいた。
「はい。学校で教えられるぐらいの泳ぎはできますが…でもダイビングは泳げなくても大丈夫だって調べたら書いてあったので」
「まあ、そうだけどね。ほんとにいろいろと調べてきたんだねー」
また『頭でっかちで』なんのと謝罪が来るかと思ったが、千鶴は今度は何も言わなかった。白い頬がさあっとピンク色にはなったが。
その方がいい。
自分を責めるような恥ずかしそうな顔はこの子には似合わない。
しばらく考えてから、千鶴は言った。
「早く…潜りたくて。潜って探さないといけないんです」
千鶴は笑顔だったが、瞳には真剣な光がチラリと浮かんだ。
「明日には行けますか?明日には沈没船のあたりで、私、潜れるんでしょうか?」
必死な彼女には何か事情があるのだろう。が、総司はひょいと肩をすくめた。
こんなに肩に力が入って思いつめてるなんて、この南の島にはそぐわない。
総司はのびをした。
太陽が沈みかけてきて涼しい風が千鶴の黒い髪を優しく揺らしている。
「いろいろあるんだろうけどさ、そんな手元の紙ばっか見てないで、ほら、見てごらん」
総司はそう言うと、夕暮れの海を指差した。
千鶴は思わず総司の指差す方へと顔をあげて、海を見る。
ちょうど夕日が海へと沈むところだった。
どこまでも続く水平線と、抜けるような空をオレンジ色に染めて、大きな夕日がゆっくりと沈んでいく。
水平線の際から空にかけて濃いオレンジからピンク、薄い灰色、ブルー、深いブルーと美しいグラデーションになっている空。
空の色がうつっているのか、同じくオレンジ色から青へと色がかわっていく海。そして湿気をはらんだ穏やかな空気。
「……夕日が……」
千鶴はそうつぶやき、それ以降の言葉が出なかった。
空気が澄んでいるせいか遮るものがないせいか、内地よりも大きく見える太陽の迫力と、穏やかな波の音に心を奪われる。
ふと気が付くと、浜には同じように夕日を眺めに来ている現地の人らしき男性や、犬の散歩途中のような老人や、家事の手を休めてちょっとだけ浜に来たような女性が、それぞれぽつりぽつりと立ち、海を眺めていた。
千鶴が気が付き周りを見ると、総司もそれに気が付き千鶴を見る。
「毎日ね、こんな感じだよ。観光客は観光に忙しくて逆にこんなにゆっくり夕日が沈むまで眺めたりなんてできないんじゃないかな」
そう言った総司の顔は、夕日に照らされて顔の半分が暗くなりどこを見つめているのかわからない不思議な表情をしていた。
髪の毛がきらきらと透けるように金色に輝いてとてもきれいだ。
千鶴は何故か目が離せなくて、夕日を見ている総司の横顔を見つめる。
「僕も、内地からこっちにきてたいへんなことととか思い通りにいかないこととかいろいろあるけど、この夕日を見ると全部チャラになるんだよね。心が洗われるってこういうことをいうんだなって実感として思った。夕日を見ることと、沈むまでの時間を静かに楽しむことと、知らない人とその人と時を共有することと、さ。……全部ここでしか味わえない」
テレビや雑誌ではもっと美しい夕日もあるだろう。
しかし今ここに、この場にいないと味わえない感動が確かにあった。そしてそれをこの浜にいる人たちで共有していると言う連帯感が、たとえ何時間語ろうと得られない満足感を与えてくれる。
どこか寂しそうな総司の横顔を見ながら、千鶴は何故か胸が切なくなった。
能天気で漫画ばかり読んでいる遊び人としか思っていなかったが、彼だってそれなりにいろんな思いを味わって今ここにいるのだろう。
それに先ほどの千鶴のコンプレックス……自分でも気づいていなかったが、これまで何度か学校の優等生ぶりをからかわれてきた。それがコンプレックスになっていて必要以上に卑屈になっていたのだと、先ほど総司から言われて初めて気が付いた。
まだ会ってからほんの少ししか一緒にいないのに、千鶴自身でも気づかなかった絡まりあったコンプレックスを、たった一言で解いてくれるなんて。
そんな彼が味わったというつらさや楽しさ、その時どう感じたか、いったいどんな人なのかと千鶴は総司のことを知りたいと思った。
こんなに穏やかで深い眼差しを持っている男性を見たのは初めてだ……
千鶴の視線に気づき、総司も彼女を見た。
これまであった見えない壁のようなものはなくなって、瞳に素のままの彼女が現れている。
それはとても柔らかく艶やかでかわいくて……きれいで……
「総司ーー!おまえ今日はナンパした女の子たちと北谷の祭りだろ?そろそろ時間だぞ」
唐突に事務所の方から元気な声がかかり、現実に引き戻されて千鶴は瞬きをした。
北谷(ちゃたん)…とは南の方にある若者向けの街のはずだ。そこで…女の子たちと?ナンパ?
平助の言葉の内容が頭に浸透してくるにつれ、千鶴は先ほどまでの夕日のマジックから覚めたように総司を見た。
最初の時の印象――遊び人――そのものの行動ではないか。いや別に赤の他人がどう行動しようといいのだが。
でもあの夕日を見ていた彼の表情を、とても純粋できれいだと思った千鶴は、裏切られたように感じた。
ナンパした女性たちと祭りに…とは。
しかも千鶴は、平助が『女の子「たち」』と言ったのにもきっちり気づいていた。平助の口調から言うと行くのは総司一人のようだし、何が『内地からこっちきにきてたいへんなこととか思い通りにいかないこととかいろいろあるけど…』だ。
ああいうことをさらりと言えてしまうのが、遊び人たるゆえんなのだ。
少しムードのある状況でミステリアスな感じで影をつくって。
危うく騙されるところだった。
硬くなった千鶴の表情を見て、総司は椅子にもたれて頭をかいた。
先程のほんのわずかだけれど心を開いてくれた表情ではなく、あきらかに軽蔑しきった顔になっているじゃないか。
別に好かれたいわけじゃないが軽蔑されたまま二週間すごすのもめんどくさい。
心の中で舌打ちをして、脚を投げ出すようにして下から平助を睨むように見上げる。
「ったく平助らしいよね…」
そして千鶴の顔を見る。
「いや、ナンパじゃないよ?うちのツアーを先週利用してくれてね、もうすぐ帰るらしいんだけど祭りの案内をさ…」
「ナンパされたんだろ?」
「ナンパじゃありません。別に僕だけって訳じゃないしね、ね?平助も行くよね?」
「俺!?嫌だよそんな誘われてもいないのにのこのこついていくなんてさあ!」
「……平助」
ふいに小さく低くなった声に、平助は総司の顔を見る。その顔は仲間内で『黒い笑顔』と言われている顔で、これに逆らうとあとからいろいろとひどい目にあうことは、平助は経験上わかっていた。
「な、なんだよ急に」
「……行くよね?」
「ええー…?俺別に北谷に用なんて……」
平助は困ったように視線をあちこちにやり、ふと椅子に座ったまま自分たちを見上げている千鶴と目が合う。
「あ!そうだ!」
平助は千鶴の前の机に両腕をついて千鶴の顔を覗き込んだ。
「千鶴も行かねえ?夕飯まだだろ?北谷には沖縄の名物とか集まってるし、ホテルのメシとかよりはうまいと思うぜ!」
「え?わ、私ですか?でもそんな女性の方達のお誘いに女の私が参加するなんて……」
あきらかに尻込みをしている千鶴に、平助は気軽に笑った。
「大丈夫だって!北谷についたら総司はその女の子たちを祭りを見に行けばいいじゃん。で、俺たちは俺たちで夕飯食べたりさ。千鶴、空港から直でここに来たんだろ?観光も何もしてねーじゃん。いろいろ土産物屋もあるし楽しいぜ」
平助のアイディアに総司は今度は胸の中じゃなく本当に舌打ちをした。
「余計なことを…。それなら僕も夕飯一緒に……」
「総司は約束があんだろ?俺だってそんなのにお邪魔虫でついてくのやだし、千鶴だってそーだよ。でも北谷自体は面白いところだからさ!」
ぐっと言葉に詰まった総司を後目に、千鶴は平助の話に目を輝かせ始めた。
「それは……それは楽しそうです。いいんでしょうか?」
「いいーっていいーって!行こうぜ!」
斎藤は、不参加だった。
今日購入した会計ソフトが届いたらただちに過去分のデータを入力できるように今夜中にデータの整理をしておきたいとの事だ。
総司は正直面白くなかった。
千鶴と一緒に北谷で夕飯を食べるのなら、総司もそちらの方が楽しそうで興味がある。
しかし約束はしてしまっているし、相手は店のお客さん達だし、斎藤からは『決して手は出すな。しかし来年また来てうちを使ってくれるように感じよく祭りを案内しろ』と厳命を受けている。手を出す気などさらさらないが、女の子3人ときゃいきゃい祭りを見るよりも、千鶴と二人で夕飯を食べる方が楽しそうなのに。
彼女の見た目と中身のギャップに興味が少しでてきた……というか見た目だって服装が固いだけでそんなに悪くはないし。
平助自身は、純粋に内地から来て知り合いもおらず観光もしてない千鶴が寂しく夕飯を一人で食べるくらいなら、という感じのようだけど。
「どうした、総司。うかない顔だな」
斎藤がパソコンから顔をあげて総司に言った。
「別に」
事務所の入口近くにあるぐちゃぐちゃの本棚の中から沖縄のガイドブックを引っ張り出している平助と千鶴と見ながら、総司はぶっきらぼうに答えた。
「別に、なんだ」
「別に、は別にだよ」
「……今日の祭りの女性三人はお前の好みなのだろう?」
「は?」
突然とんだ話に、総司は平助達から視線を外して隣の斎藤の顔を見た。
斎藤は続ける。
「なんといったか……『わかりやすいタイプ』だったかと思ったが。海に入ることよりも日焼け止めを塗ることと爪に塗った色が剥げることの方を気にしていた」
「ああ…そのこと。そうだね、あの子達は『わかりやすい』タイプだね」
そういう子たちの方が接しやすいのは確かだ。どういう言動、どういうキャラが望まれているのかよくわかるからそれを演じればあっという間に欲しいものは手に入る。
「……だから楽しんで来るよ」
それが本音のはずなのに、その言葉は総司の耳には何故か負け惜しみのように聞こえた。
軽トラのドキドキ号は二人乗りなので、千鶴の軽のレンタカーに三人が乗り北谷に向かう。
「運転するよ」と総司は言ったが、千鶴は首を横に振る。
「いえ、私のレンタカーですし。大丈夫です」
そうして、ホテルに一度寄ってから北谷に行きたいという千鶴のために、千鶴の運転でホテルへと向かう。
「汗でべとべとなので着替えたいんです」
そういう千鶴に、助手席を確保して座っていた総司はちらっと彼女を見た。今日の服装は初日の堅苦しいスーツではないが、白い7分丈のブラウスのボタンをきっちりのど元まではめて、相変わらずのパンツ。ストッキングにパンプスで、とても南の島にバカンスに来ている様には見えない。
「確かに風通しも悪そうだし暑そうだよね。スカートとかないの?」
総司が言うと、平助も後部座席から身を乗り出した。
「あとさ、靴は?その靴はビーチには会わないし、沖に出るときはあぶねーぜ」
「スカートも靴も…普段はこういうのしか着ないので、持っていないんです」
千鶴が運転しながら居心地悪そうに答えた。ほとんど見ず知らずの男たちに、自分の服装のことをやいのやいの言われて困っているのだろう。
「何でスカート着ないの?似合いそうなのに」
「えっ…そ、そんな……私はそんな……」
特に深い考えもなく言った総司の言葉に、千鶴は赤くなって口を噤んでしまった。
思わぬ初心な反応に、総司は心底不思議だった。スタイルは、そりゃたしかに胸はないし背も低いけど女性らしくて華奢で白くて柔らかそうだし、きっと脚も綺麗だと思う。なんでこんなにドギマギするのかわからない。
これまで東京で男どもからちやほやされてこなかったのだろうか。
「似合うよ、きっと」
総司がそう言うと、千鶴はいたたまれないとでもいう風にさらに赤く小さくなる。
平助はそれに気づかずに頷いた。
「じゃあ北谷にそういう店はたくさんあるから、ついでに買おうぜ!」
ホテルで着替えて再び現れた姿は、前よりは少しはくだけているが、相変わらずのパンツスタイル――ジーンズだった。
水玉のブラウスがノースリーズだっただけでも進歩だろう。それにストッキングは脱いで、素足にサンダルを履いている。
露出は全然ないし、デザインも古臭いものだったが、総司は新鮮でドキッとした。
となりで「おお!涼しそうでいいじゃん!」と気軽に言っている平助のように素直に言葉が出てこないのだ、何故か。
いや、かなりいいとは思っているのだ。
かわいいし……むき出しの腕がすごくきれいだし、前のブラウスよりは少しだけくれている首の辺りの鎖骨が色っぽいし、手首の細さとか色の白さとか……
しかし総司は無理矢理視線をそらすと、「はやく行くよ」とだけ千鶴に告げたのだった。
千鶴のホテルから北谷へ向かう国道までの道は、原生林に囲まれた山の中だった。
30分余りかかるその道を、千鶴は注意深くハンドルを切りながら運転していく。
「お約束のお祭りの時間は大丈夫ですか?」
千鶴が総司にそう聞くと、総司は頷いた。
「うん、まだあるよ……と、わ!!」
「きゃあ!」
道の真ん中に行きにはなかった大きな石が落ちていて、千鶴はとっさにハンドルを切った。その瞬間、総司はあることに気づく。
ん?エンジンの音が……
しかし、ハンドルを切った反動で車体が揺れ、アスファルトとの道を外れて車は林の中に突っ込んで行った。
舌を噛みそうなくらいの大きな振動と、生い茂った木々の枝が車体をこする音。
「きゃああああ!!」
「わああ!」
運よくと言うか運悪くと言うか、軽自動車は木にぶつかって停まるようなことは無く、木々の間をすり抜けて少し斜面になっている崖を滑るように落ちて行ってしまったのだった。
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